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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第十五話 田植えするエルフ

 サナリエンが、山ン本の屋敷で夕飯を食べた翌日、エルフの村の村長の家では、二人の男が相談しあっていた。

「それで。娘は見つかったのか?」

 エルフの村長は、重々しく言った。緑の服に身を包んだ男だった。顔は若く、30歳にも満たないように見えた。だが彼は、御歳253歳。エルフの中であっても高齢のほうだ。

 エルフは、森の守護を己の任務とする一族だ。日々、森にエルフの戦士達を巡回させ、侵入者や特定の生物の大量発生など異変が起きた時は、全力でそれに対処している。

「申し訳ありません。村長。いまだ手ががりすら掴めていない状態です」

 森を守るエルフを纏めるサイラス戦士長は、申し訳なさそうに答えた。

「一体何処に居るんだ!サナリエンは!」

 サナリエンが行方不明になって三日、彼女の父であり、エルフの村の村長であるレゴラスは歯噛みした。もし、サナリエンがダークエルフや獣人ましてや人族などに捕まっていると思うと夜も眠れない。

 エルフとして、森を中を巡回して数日帰ってこないというのは、ままある。だが、それは、誰が何処を、どの程度の日数をかけて調査するかを、ちゃんと村の長に伝えて、行われている。

 サナリエンは村の東側を一泊の予定で巡回に出ていた。そしてサナリエンが巡回に出た翌日、あの大地震がおきた。幸いエルフの村の建築物は精霊魔法によって作られた生きた木の家であるおかげで、一棟も倒壊する事は無かった。棚に置いた物が落ちたり、その落ちたものに当たったりといった被害はあったが、幸い死者は、いない。

 自然災害などの不測の事態が起きた場合、巡回に出たエルフは、全員即時に村に戻って今後の対応を検討するのが決まりだ。だが、距離的に一日で帰って来れない者を除き、彼女だけが、地震から二日経っても戻ってこなかった。

 サナリエンは、親であるレゴラスが親の欲目を差し引いたとしても優秀な戦士だ。それなのに帰ってこない。のろしなどの連絡なども無いことから、何か更なる不測の事態が発生したと判断。レゴラスは捜索隊を編成させ、サナリエンの捜索に向かわせた。

 捜索隊は、サナリエンが残していった符号を頼りに森を進んだ。

 巡回に出るエルフは、ある程度決まった場所に符号を残し、何時自分がここを通ったかを残しておくのだ。だが、サナリエンを見つける事が出来なかった。かわりに見つけたのは、そこに本来あるはずの無い霧の立ち込めた森。それも彼らエルフが見たことも無い木の森だった。状況から考えて、サナリエンは、その中に居ると思われた。何人もの練達のエルフ達が、その霧の森の中へと探索に向かったが、誰一人、サナリエンを見つける事は出来なかった。それどころか、森で迷うはずの無いエルフが森で迷うという惨事すら発生した。苦肉の策として、霧の森の周囲を捜索させたが、痕跡の一つも見つける事ができなかった。分かったのは、霧の森がかなり広範囲にわたって出来ているということだけだった。


「やはり、サナリエンは、霧の森の中に居るのではないかと思います」

「あの地震の後に現れた謎の森か…」

 可能ならば、自らが探しに行きたいが、村長という立場が彼を縛る。

「すまないが、引き続き捜索を頼む。最近は魔物達が凶暴化しているという情報もある。くれぐれも気をつけてくれ」

「それは、大丈夫だと思いますよ。この頃は、魔物にすら合いませんから…。ですか注意しておきます」


 サナリエンの父親が、彼女の事を心配していた頃、妖怪の里では…。

「なんで、私がこんな事をしなきゃならならないのよ…」

 サナリエンはあぜ道の上に立ってうなだれながら呟いた。

 頭には布つき麦藁帽子、上は細かい柄のブラウス、下は紫色のもんぺ、腕には肘までカバーする腕抜き、そして手袋をつけていた。完璧に農家のおばあちゃんの格好だった。

 エルフであるサナリエンが着ていると違和感が物凄い。

「君は、私達の事を知らない。だから知ってもらおうと思った」

 隣に立っているアオキは、サナリエンと初めて会ったときと同じツナギ姿だ。ただ同じように腕抜き、手袋を装備している。それだけではない。田んぼを囲むあぜ道と言うあぜ道に、この里に住む妖怪達が大集合していた。中にはサナリエンが初めて見る巨大な牛の頭を持った蜘蛛、牛鬼や、そのまま巨大骸骨のがしゃどくろなどの大型の妖怪達まで勢ぞろいしていた。それを見た時、サナリエンは卒倒しかけたが、平然としているアオキ達を見て、アレが居てもここでは普通なんだと自分に言い聞かせ、何とか耐えた。

『よし!野郎共!今年も、とうとう、この日が来たぜ!来年の俺達の幸せが掛かっている今日が来た!異世界とかいう訳わかんねぇ所に飛ばされちまったが、んな事はぁ関係ねぇ!』

 声を張り上げているのは、山ン本の屋敷の門の上に立っている朱点だ。門の下には、山ン本とマロ爺が立っている。もちろん、この二人も作業着を着ている。

『のんべぇ共!準備は良いか!』

「「「おう!」」」

 主に鬼や、坊主系の酒好きな妖怪が腕を突き上げる。

『銀シャリが好きな野郎共!準備は良いか!』

「「「おう!」」」

 今度は、お酒は好きではないが、食べるのが好きな妖怪達だ。

『味噌が好きな野郎共!準備は良いか!』

「「「おう!」」」

 河童を中心とした。米はあまり食べないが、調味料の材料として必要としている妖怪達。

『菓子が好きな女共!準備は良いか!』

「は~い!」

 今までの野太い声とは打って変わって、甲高い声の返事だ。里の女妖怪達も今日だけは、おしゃれを控えてみんな農作業のダサい服を文句一つ無く身にまとっている。

 それぞれの声に満足した朱点は、腕を突き上げて宣言した。

『手順は、もちろん分かってるな!わかんなきゃ泥田坊に聞け!よっしゃー!植えるぜ!稲をっ!なぁ!野郎共!』

「「「おう!」」」

 今日は、毎年恒例の田植えの日だ。異世界に飛ばされた事により開催を危ぶまれていたが、サナリエンから話を聞いた泥田坊の判断により、急遽開催されたのだ。

 たかが米とは、言ってはいけない。彼らにとって、米とは魂だ。主食となり、酒となり、調味料となり菓子となる。妖怪としての長い長い生の中で、彼らの心を、体を支え続けた物だ。それに対する思い入れは、強い。なお、一番思い入れが強いのは泥田坊だ。ある意味米の為に妖怪になったとも言えるから当然だろう。

 朱点の開会宣言が終わると、妖怪達は、なだれを打って田んぼの中へと入っていく。そして、その田んぼ担当の泥田坊から、稲苗の塊を貰うと一直線に並んで苗を植え始めた。手馴れたもので、"転ばし"などの等間隔に苗を植える為の道具を使わずに一直線に植えていく。

 手長足長コンビが田んぼの広い面積を、ミシンの様にすばやく稲を挿して行く。その横で一つ目小僧が泥に足を取られて尻餅をついた。河童も、鬼も、経立も天狗も、その他の大勢の妖怪達が苗を植えていく。田植え機など当然使わない。里に居る妖怪達の人海戦術(妖海戦術?)一拓だ。里の住人が全員でやれば一日で田植えは終わる。


「何なのよ…コレ」

 その光景を見てサナリエンは、呆然と呟いた。エルフであるサナリエンだって畑は知っている。エルフにとって花形の職業が森を守護する戦士に対して、農業は大切ではあるが、人気のある職業ではない。彼女の村にも当然畑はある。だが、目の前の妖怪達のように異様なハイテンションで作業を行うエルフは見たことも無い。それに、この里にコレほど大勢の妖怪が居ることにも驚いていた。

(もしかしたら、ウチの村の人口より多いんじゃないの?それにあの大型の魔物。これ皆妖怪なの?)

「田植えだ。さぁ俺達も仕事をするぞ」

「っ!ええ」

 アオキに促されて、テンション低めのサナリエンは覚悟を決めて、泥田坊から苗を受け取ると田んぼに足を踏みいえた。

「さっさとしろよ!マヌケエルフ!サボってんじゃねぇぞ!」

「そういわないの。サナちゃんは初めてなのよ」

 田んぼには先に、ヒビキとアザミが、先に作業を開始していた。この二人もサナリエンと同じような農作業おばあちゃんスタイルだ。

 太陽に照らされたおかげで田んぼの水はぬるい。サナリエンが泥に足を突っ込んだ瞬間グニュリとした感触が足の裏から伝わった。 

(ウウ、気持ち悪いわ。なんであいつら平気なの?)

「大丈夫か?」

「大丈夫よ。コレくらい何とも無いわ」

 初めての感覚に、戸惑いつつも、アオキに教えられたとおりに、苗の塊から三本ほどの根元を持って引きちぎる。そしてそれを目の前にある目印のある場所に差し込んだ。

 サナリエンは初心者という事で、泥田坊の計らいで特別にあらかじめ"転ばし"によって稲を植える位置を田んぼに印をつけてあった。

(何だ。簡単じゃない)

 調子に乗って次々と苗を挿して行く、けれど、腰をずっと曲げ続けるという状態は長い間続けらるようなものではない。泥の中に立つと、足が簡単に動かせなくなるので、その事を考えてバランスを取らなければならないのだが、初心者であるサナリエンには知る由も無い。 次第に痛くなっていく腰を一度伸ばそうとした時に、サナリエンはバランスを崩してしまった。

「きゃっ!」

バランスを崩し、あわや泥の中に尻餅を付くというところで、誰かに後ろから支えられた。

「大丈夫か?」

 サナリエンが後ろを向くと、隣で苗を植えていたアオキが腕を伸ばし、支えているのが見えた。

「あ、ありがとう」

 アオキは頷くと、自分の担当分の田植えを再開した。

 それが気に食わないのが一人いた。

「ちっ!マヌケエルフがずっこけるとこを見れると思ったんだがな」

「あらあら。好きな人が取られそうになってそんなに心配?」

「ちっちげーよ!」

 ヒビキがサナリエンをからかおうとするが、逆にヒビキがアザミにからかわれてしまった。


(田植えが出来て何よりですね)

 山ン本は、次々と植えられていく田んぼを見ながら、一人胸をなでおろしていた。

 もし、里から米がなくなれば、冗談ではなく文字通り米一揆が起きる。蔵に米が無くても起きる。それほどまでに米は、この里にとって重要なのだ。

(米は何とかなりそうですが…後は塩ですね。近くに海でもあればいいんですけど…)

 水は近くに一緒に飛ばされた湖があり、何とかなっているが、塩はさすがに里では取れない。蔵に大量に塩を備蓄してあるが、切れるのは時間の問題だ。

(結界が晴れたら、調査隊を出して、海か、岩塩でも取れる場所を探しましょう)

 まだ、居住権で揉めるであろうエルフとの問題もあるが、それ以外にも里は問題が山盛りだ。はっきり言って情報が足りなさ過ぎる。

(でもまぁ。今は、稲を植えましょうかね)

「おーい!何をしておるんじゃ!おぬしも田植えをせんか!」

 既に、田んぼに入っているマロ爺に呼ばれ、

「今行きますよ」

 山ン本は、気分を変えて、意気揚々と自らも田んぼへと足を踏みいれた。

「来年もおいしいお米を食べたいですからね」



 里の田植え大会から二日たった。

 その間サナリエンは、篭りきりにはならず、なんだかんだとアザミとヒビキが彼女にあてがわれた家に訪れ、外に連れ出した。

 当然監視役兼護衛役であるアオキも、それについて周った。

 そのおかげで、サナリエンも里の妖怪達にも大分慣れた。いきなり妖怪に出てこられるとドキッとするが、それ以上の行動は取らなくなった。


 それまでは、遠巻きに見ていた妖怪達も、田植えでサナリエンを見たことで慣れて、すれ違った時に挨拶するようになった。


 今日も、アザミ達に蛟湖という場所にピクニックに誘われていって来た。帰りに、アザミ達のお勧めの食堂八尾でご飯をご馳走になって帰ってきたところだ。サナリエンは、すっかり慣れた動作で靴を脱いで座敷に上がると、畳んであった布団を敷いて、ごろんと横になった

(ここお世話になるのも、あとちょっとね)

 毎日用意されるおいしいご飯。疲れた体にしみる銭湯。そして、心地よく眠りへといざなうお布団。そのどれもがエルフの村には無かったものだ。はっきり言って、一度これらを知ってしまったら元の生活に戻るのはかなりキツイ。

(!?何を考えているのサナリエン!貴方は誇り高きエルフの戦士なのよ!それがこんな体たらくでどうするの!)

 堕落しかけた自分の精神にサナリエンは活を入れる。そして、これ以上堕落しない為にも、別の事を考え始めた。

 考えているのは、田植えの前日に打診されたエルフとの繋ぎの事だ。

(どうしようかしら…。ここの妖怪達は、少なくとも悪い者達ではないわ。気に食わない奴はいるけど…。容姿は物凄く怖いけど、乱暴な妖怪は、殆ど見たこと無い。でも、ここは私達が守護するフィフォリアの森の中、森の掟に従い、侵入者は排除するのが決まり。なら、彼らを排除する?でも、彼らだって好きでここに来たわけじゃない。いきなり見知らぬ土地に飛ばされたのだ。普通なら大混乱に陥っても仕方が無い。けど彼らは、驚くほど理性的に行動しているし。ここの森の精霊も彼らを信頼しているし…。アオキってオーガ…じゃなくて鬼も無口だけど優しいし。って何考えているのよ私!あ~なんで私がこんな事を考えなきゃならないの?私は、村長の娘だけど、今は一介のエルフの戦士なのよ!…もういいわ。これ以上考えたってしょうがないし、今日はもう寝よう。まだ時間はあるしね)

 サナリエンは、買ってもらった肌触りの良いパジャマに着替えると、心地の良い布団にもぐりこんだ。

(ああ、天国)


 だが、サナリエンが考える時間は、もう残っていなかった。


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