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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第十三話 不思議が一杯 あやかしの里

「ハイこれ、領収書。今まで着てた服とか、買った物は、後、アオキのお風呂セットもアオキの家に送っとけば、いいのよねぇ?」

「ああ、助かる」

 アオキが小袖の手に代金(日本円)を支払い、和紙に達筆な毛筆で書かれた領収書を受け取る。これは山ン本に、サナリエンの服の代金を経費として落としてもらうためだ。

 妖怪の里では、普通に日本円を使って買い物が出来るようになっていた。結界で隔離されていたあやかしの里と言っても、完全に現世と切り離されたわけではない。銭湯のフルーツ牛乳などは、現世で仕入れて里まで持ってきていた。それ以外にも、多くの嗜好品を外から輸入していた。円は、あやかしの里で作られた農産物や、その野産物を加工して作った、酒、味噌、醤油を山ン本とマロ爺が売って稼いだ。あやかしの里産の商品は、昔ながらの製法、なお且つ、高品質で味も良く、高値で取引され、異世界に来る前は知る人ぞ知る幻の食品となっていた。そこで稼いだお金を、労働の対価として、働いた妖怪達に支払っていた。その為、この里の中の取引でも基本的に日本円が使われている。だが、異世界にきた事により、現代日本の通貨の価値は無くなった。それでも、アオキ達が日本円をまだ使っているのは、ちゃんと取引があったという事を、記録する為の意味合いが強い。いずれは、この世界での通貨での取引に変わるだろう。

 

 受け取った領収書を財布に収める。

「ああ。ワシのデータが…」

 マロ爺は、スマートフォンを初期化されたショックで地面に四肢をつけてうなだれていた。ヒビキはその様子を見ながら大笑いしている。アザミは、ぞくっとするほど冷たい眼で見ていた。サナリエンは困った様子で、マロ爺を慰めようか、どうしようか迷っていた。

「さぁ次に行くぞ」

 それらを無視して、アオキは次の目的の場所へ行く為に歩き出した。


 途中で、昼食を取った後、次に訪れたのは、妖怪"瀬戸大将"が経営する瀬戸物屋だった。とは言え、店の中には、瀬戸大将は、瀬戸物を焼く窯に言っており、替わりに店番をしている無愛想な鬼が一人居るだけだった。この頃になると、サナリエンも里に大分慣れ、鬼を見ても、反射的にびくっとしなくなった。この里では、まともに人の姿をしていないものも多い。逆に見慣れた形をしている鬼を見ると、サナリエンがホッとするほどだ。ここでは騒動と呼べるものは無く。サナリエン用の食器を一式買うと最後の店へと向かった。


「ここで最後だ」

 最後に訪れたのは、雑貨屋だ。大体八畳ほどのこじんまりとした雑貨屋の中には、大小さまざまな商品が店作りつけられた棚に雑多に並んでいる。調理用品から大工道具、それにサナリエンには何に使うか分からないものまで。正に雑貨だった。

 サナリエンは、その店に入った時、店に店番が居ない事に気がついた。気配を探ってみても建物内には、アオキ達一行の気配しかない。

(店番が居ない。気配も無い…という事は…。)

「どうせ、この店の店番も、普通じゃないんでしょ。出てきなさい!」

 サナリエンは店の中心あたりまで来ると仁王立ちして言った。

「「「「なぁ~んだ。ばれちゃってたか…」」」」

「きゃっ!」

 だが予想に反し、その声は、四方から聞こえてきた。周りを見回せば、棚に置かれていた商品たちに、一斉に針金のような細い手足が生え、目が見開かれた。

「こんにちは。エルフさん」

「我らが雑貨屋"付喪神"へ!ようこそ」

「好きなだけ見てってくれ!」

「気に入った奴が居たら買ってくれよ!」

 しゃもじ、たわし、ノミ、包丁が、その付喪神達の代表のようで、棚の上から挨拶した。そこで、ようやくスマートフォン初期化から立ち直ったぬらりひょんが説明した。

「ここは、彼ら"付喪神"の店なんじゃ。付喪神とは、年を経た道具が自らの意思を持った道具の妖怪の事をいう。基本的には、その道具名の後に"付喪神"って呼ばれるのだが、物によっては別の名前が付いたものもある。ほれ、サナリエンちゃんもちょうちんお化けを見たじゃろ。あれは"ちょうちんの付喪神"であり、別名"ちょうちんお化け"という事になるんじゃ」

「意思を持った道具って"インテリジェンスウェポン"じゃないの!」

 インテリジェンスウェポンとは、呼んで字の如く、意思ある武器だ。付喪神との違いは、インテリジェンスウェポンは、作られた直後から自らの意思があり、そして例外なく強力な力を持っている。遥か昔に、神によって作られた物とされている。インテリジェンスウェポンは、とても貴重で、存在しているとされている物は、どこぞの国の宝物庫最重要区画の奥に厳重に保管されている。

「こやつらはウェポン…武器ではないから、言うなればインテリジェンスアイテムじゃな。それにこやつらは自分の意思はあるが大した力は持っておらん」

「武器じゃない!?でも、このナイフなら、何でも切れるんじゃないの!?」

 サナリエンは驚愕しながら、包丁の付喪神を指差した。指差された包丁の付喪神は、棚の上で胡坐をかき、足に肘を付いていた。

「バッキャロー!俺は、生まれてこの方300年、魚だけを切り続けた柳刃包丁様だぞ!その俺に魚以外を切れだと!?ふざけんじゃねぇ!」

 柳刃包丁の付喪神は、立ち上がると、小さい体とは思えないくらい、大きな声で怒鳴りつけた。背後には包丁にあるまじきオーラのような物が立ち上っている。

「ひゃ!」

 あまりの剣幕にサナリエンは飛び上がった。

「だめよ~。ここの子達は、道具である自分に誇りを持っているの。それで使用目的以外で使われる事を極端に嫌がるのよ。…そうねぇ。分かりやすく例えるなら、エルフに、無尽蔵に気を伐採しろって言ってるようなものね」

 自分が無理やり木を伐採させられている姿を想像し、サナリエンは背筋を凍らされる。

「ごっごめんなさい」

「ちっ!分かりゃいいんだよ。分かりゃいいんだよ」

 そういうと、柳刃包丁の付喪神はすっと手足を引っ込めて、ただの柳刃包丁に戻った。その様子を見た他の付喪神も顔を見合わせると、つられる様に元の姿に戻っていった。さっきまでの騒がしさが嘘のように、店の中がシーンとなった。

「というわけで好きなのを選んでくれい。こやつらは、使われるのが好きじゃからの。遠慮なんて要らないぞい。それに丁寧に手入れしておるから新品同様じゃ」

「いやいやいや、こんなの貴重なの使えないわよ!普通のは、無いの?普通のは!」

「ありますよ。あそこの一角に置かれている商品は、この里の住人が作った新品か、外で仕入れた物ですよ」

 しゃもじの付喪神は、店の一角を指差しながら、残念そうに答えた。


 サナリエンは、示された一角から、必要だと思うものを選んでいく。とは言え、必要なものは少ない。適当に眺めながら、使いやすそうなフォークとスプーン、それに食事用のナイフを手にとっていく。その時、ふと一個の櫛が目に入った。それは、艶やかな光を放つ黒い櫛で、持ち手の部分にウサギが踊っている蒔絵が施されていた。思わずそれを手にとってじっくりと見入った。こんな細かい細工の入った櫛は、エルフの村にも無かった。

(かわいい…でも)

 手に持ったそれを、サナリエンはゆっくりと元にあった場所に戻す。

「買わないのか?」

 それを不思議に思ったアオキが声を掛けた。

「別にいいわ。必需品って物でもないし…。それに、私の荷物の中にも櫛はあるわ」

「…そうか」

 アオキはそれ以上は何も言わなかった。



「次は山ン本の所に行くぞ」

 買い物が済み、雑貨屋"付喪神"を出ると、ここで買った物が入っているビニール袋を持ったアオキが言った。

「…なんで?」

 サナリエンは、顔をゆがめて本気で嫌そうな顔をした。

「君の買い物の終了報告と、経費の申告だ」

 だが、山ン本に合うのを嫌がったのはサナリエンだけじゃなかった。

「うえ!山ン本の所行くのかよ!じゃあ、俺はここでだ」

「そうね。じゃあ、あたしも山ン本苦手だし、ここでさよならするわ」

 ヒビキとアザミも山ン本を苦手としていた。天邪鬼のヒビキは、腹黒真面目である山ン本に何時も言い様にしてやられ、蛇と蛙、猫とねずみのような関係になっていた。一方のアザミも口うるさく、何を考えているか分からない山ン本を苦手としていた。

「一緒に行かんのか?残念じゃのう」

「ヒビキ、アザミ。今日は助かった」

「貸し一つな」

「いいのよ。困った時は、お互い様」

「あっあの、今日はありがとう」

 サナリエンも、お世話になったアザミに礼を言った。同じ女性であり、この世界の獣人と良く似た容姿をしていたアザミは、サナリエンにとって受け入れやすい姿をしていた。それに、アザミ自身の話しやすい性格に、かなり精神を救われていた。

「気にしないで、私も楽しかったわ」

「間抜けエルフ。貸し一つな」

「なっ!ふざけるな!貴様になど貸しは無い!」

 サナリエンは顔を真っ赤にしていいすが、ヒビキは気にしない。

「いいっていいって!気にすんなよ。いずれ返してもらうから」

 そう言うとヒビキは、走って去っていった。

「人の話を聞けーっ!」

 あやかしの里にサナリエンの絶叫が響いた。



 アザミ達と別れた後、アオキとマロ爺は、田んぼに囲まれた道を山ン本の屋敷に向かって歩く。

 空には、相変わらず二つのお月さんが浮かび、太陽がその上から照らしていた。

 マロ爺は、不機嫌なサナリエンのご機嫌を取ろうと話しかけていたが、サナリエンは、それを無視していた。

「もし、エルフの方。ちぃ話しを聞いて頂けないべか?」

 アオキ達しか居ないはず道で、サナリエンは、不意に誰かから話しかけられた。もちろん、それは、さっきから話しかけて来てるマロ爺でも、黙って歩いているアオキでもない。警戒して、周りを見回すが、周囲には田んぼしかない。遠くに、人型が見えていたが、声は直ぐ近くから聞こえた。

「今度は何だ!姿を現せ!」

「…泥田坊か」

 アオキは、誰が話しかけたのかわかったのか、足を止めて呟いた。

「何だ。その泥田坊と言うのは」

 すかさず、マロ爺が解説する。

「泥田坊は、田んぼに住む妖怪じゃ。田んぼは、目の前にある水の張ってある池の事じゃな。ここでサナリエンちゃんが朝食べた米を作っておる。今はまだ植えてはおらんがな。特に人に悪さをする奴じゃ無いのう。ただ、田んぼが大好きな連中じゃ」

「なら、なんで姿を現さないんだ?」

「あやつらは、姿が不気味なんじゃよ。一つ目の人型といえば良いかのう」

「へぇ。その通りで…。出来れば、こんのまんまで、おねげえします」

(恐ろしい姿か…だが、その姿を知らねば、村に報告出来ん)

 この里で見聞きした事を全て村に伝える為に、サナリエンは覚悟を決めた。たとえどのように恐ろしい姿の妖怪が出てこようとしかと見てやろうと。

「いや、出てきてもらうわ。出ないと私は、質問に答えないわ」

「…分かりますたぁー。今出ますんで。へぇ」

 その時、サナリエンの背後でべちゃりと音がした。振り向くとそこには、茶色い三本指の手を持つ二本の腕が田んぼの中から伸びていた。その腕は、泥で出来ており、どろどろと腕を構成している泥が流れ落ちていく。そして畦に手をつき、爪を立てると、ぐっと力を込めた。

「よっこい…しょー!」

 今度はバシャー!と言う水音と共に、泥で出来た上半身が水面から飛び出た。腕が泥なら当然、上半身も泥だ。腕と同じように泥が流れ落ちる。それは、まるで肌が溶け落ちている様だった。ここまでくるとホラーと言うより、スリラーと言う方が正しいだろう。

(なななな何だだだだ。ままままままマッドゴゴゴゴゴゴーレムじゃじゃじゃじゃないかかかかかか)

 そこまでは何とか悲鳴を出さずに耐えていたサナリエンだった。…が、泥の頭にスッと横に切れ目が入り、クワッっと目を見開いた。その目が、ぎょろぎょろと左右に動くと今度は上を見た。そして、泥田坊を見ていたサナリエンと目があった。

「うきゃあああああああああああああああ!」

 とうとう耐え切れずサナリエンが悲鳴を上げ、近くに立っていたアオキの後ろに逃げ込んだ。

「おんめぇ。馬鹿じゃねぇべか!そったらさ早ぐ出たきや、驚ぐだべが!」

 だが、サナリエンの恐怖は終わらない。

「いや、にしゃ達の出てきよったからちゃろうの!」

 一体目の泥田坊に続き、次々と泥田坊が田んぼの中から這い出てくる。瞬く間に田んぼの中は、泥田坊で一杯になる。そしてその視線がサナリエンに集まる。

「うぎゃああああああああああああああああああ!!!!」

 サナリエンは、喉が枯れんばかりの本日一番の悲鳴を上げた。


 サナリエンが平静を取り戻すのには、かなりの時間が必要だった。

「コホン。それで何だ?聞きたい事とは?」

 平静を取り戻したサナリエンは、さっきの事がまるで無かったように聞いた。その強がっている姿に、マロ爺は生暖かい笑顔を向けた。

「へぇ。ここの季節の事を、お聞きしてぇんだ」

 泥田坊の方も、大人なので先ほどの事は完全にスルーした。

「季節?」

 泥田坊達が、聞きたかったのは、この場所のこれから一年の温度変化だった。四季はあるのか?あるならば、今の季節は?季節は何日くらいで次の季節になるのか?など、時節についてだった。それもすべて田んぼの為、ひいては米の為。泥田坊にとって稲作が出来ないなど、彼らのレーゾンデートルに関わる。

 幸い、サナリエンの話からすると、四季があり、しかも、時節の流れも殆ど日本に居た時と同じ事が分かった。その話を聞くと、泥田坊達は、飛び上がって喜んだ。

「良かっただ!こんで田植えさ出来る!米さ出来る!」

「んだんだ!」

「山ン本様さ、伝えて、さっそぐ田植えの準備するべさ!」

「「「おう!」」」

(姿は不気味なんだけど…)

 喜んでいる様子は、ただただ無邪気だった。


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