第十二話 お買い物
「やほーお待たせ」
アザミ達が銭湯の外に出ると、入り口近くに置かれていたベンチにアオキが座っていた。隣にはマロ爺が具合悪そうに横になっていた。
日は、完全に上がり、昼型の妖怪達の姿が里のメインストリートに増えている。
「大丈夫だ。マロ爺がのぼせてな。早く来ていても、待ってもらっていた」
「ったく。誰のせいじゃと思ってるのか」
頭に置かれた手ぬぐいを外しながら、マロ爺が起き上がる。
「あら、のぼせたそもそもの理由は、マロ爺が、覗こうとしたからでしょ。自業自得でしょ」
「ぐぬぬ!」
その時、マロ爺の目に、銭湯から出てきたサナリエンが入った。
「おお!風呂上りのサナリエンちゃんも良いのう。色っぽいのう!」
マロ爺は、直前まで気分が悪かった事も忘れて、懐からスマートフォンを取り出してサナリエンの周りを回る。
「それで、初のお風呂はどうじゃったかの?」
「あっああ、気持ちよかった。ただの沐浴とは比べ物にならないな。それに飲み物もおいしかった」
マロ爺の高いテンションに若干引きぎみに答えた。サナリエンにとって甘いものと言えば、森の木々になる果実か、蜂蜜だけだ。色々な果実を絞り、その汁に牛の乳を混ぜ、味を調えたフルーツ牛乳は、衝撃的飲み物だった。
「そうじゃろう。そうじゃろう。里自慢の銭湯じゃからのう。さて、体も洗ったことだし、じゃあ買い物と洒落込もうかの。アザミ、ご苦労じゃった。もう好きにしてよいぞ」
「あっ!買い物ならあたしも付き合うわ。どうせ、男ばっかと買い物行っても、せいぜい荷物持ちにしかならないでしょ。それに女の子に必要な物ってわかってる?」
「着替えや洗面道具、あとせいぜい食器の類位か?」
アザミは、アオキの答えに呆れて、ため息を一ついた。
「はぁ。やっぱり分かってない。女の子にはそれ以外にも色々必要なのよ」
「そうか。なら、任せる」
「俺も行くぞ」
アザミの同行が決定すると、ヒビキも同行を突然言い出した。
「あら、珍しい。言った一体どうしちゃったのよ。ヒビキ。素直になったの?」
「はっ。そこのエルフの驚いた間抜け面が見たいだけだ。こんな面白い見世物は久しぶりだからな」
ヒビキは上機嫌に言った。妖怪の里では、ある意味全員が顔見知りみたいなものだ。相手が何の妖怪なのか分かれば、その嗜好がある程度分かる。人をからかう事が好きな天邪鬼であるヒビキのあしらい方は、皆熟知している。サナリエンは、ヒビキにとって久方ぶりにからかい甲斐のある獲物なのだ。
「また、間抜けって言ったわね!」
ギャーギャーと騒ぎながら一行は、里のメインストリートを進む。サナリエンは、言い合いに集中して気付いていないが、多数の妖怪達の視線を集めながら…。
一行がまず最初にやってきたのは、呉服屋だ。呉服屋の建物はメインストリートの中でも一際大きかった。それもそうだ。この一軒だけで里の住人達の衣服を一手に引き受けているのだから。
「こんにちわぁ」
アザミが一番に中に入って行く。
正面入り口には、大きく"呉"と書かれた暖簾がかけられていた。入り口自体も大きく、背の大きなアオキが普通に入ってもまだ余裕がある。
「うわぁ」
アザミに続いて入り口を入ると、目の前の光景にサナリエンは眼を丸くした。
彼女が見たのは天井から吊り下げられた服、服、服。サナリエンがどこかで見た事がある様な服から、見たことも無いような、着方すら分からないような服が大量に下がっていた。だがそれらは、サナリエンの背を三倍しても届きそうには無い、高い位置から吊り下げられていた。
「ねぇ、色々な服があるけど、これじゃあ取れないんじゃないの?商人らしき人も居ないし」
サナリエンは、後から続いて入ってきたアオキに聞いた。
「問題ない」
そういうとアオキは、正面を指差した。そこにあったのは、他の服は天井から下げれているのに対し、何故か一着だけ、座敷の上に置かれた衣紋掛けを指差した。衣文賭けにかけられているのは、大きな赤い花とその上を飛ぶ青い蝶が描かれたきらびやかな小袖だった。
「うわぁ綺麗。コレも服なの?」
サナリエンはさっきした自分の質問も忘れて小袖に見入った。
「うふふ。褒めてくれて、ありがとう」
突如、何処からか声が店の中に響いた。女の声では合ったがアザミでもヒビキでも、当然サナリエンでもない。妙に甘ったるい声だった。
「誰っ!」
「心配しないで、喋ったのは、彼女よ」
周囲を警戒して見回すサナリエンの肩に左手を置きながら、右手で指差した。アザミが指差した方には、アオキが示した小袖しかない。
すると小袖の袖から病的にまで白く細い手が伸び、サナリエンに向かって手を振った。
「彼女は、この店の店主で、妖怪"小袖の手"っていうの」
サナリエン以外の面々は小袖の手に気軽に挨拶している。
「こんにちわぁ」
「服まで妖怪なのか!?」
「そうよぉ。よろしくねぇ。噂のエルフさん」
「それで小袖の手。彼女に服を下着を含めて…そうね。四着位用意してくれない?」
「分かったわぁ。服の感じは彼女が今着てる服と似た感じで良いのよねぇ?」
「サナちゃん。それでいい?」
「ああ、動きやすければ、なお良い」
「りょ~か~い」
返事をすると小袖の手は、腕を天井に向かって伸ばした。でも、明らかに天井まで届いていない。サナリエンがその様子に疑問に思っていると「よっ!」と小袖の手が掛け声を出した。すると腕がぐんぐんと伸びていく。そしてとうとう天井近くまで伸びると、近くに掛けてあった服をいくつか取る。今度は逆にどんどん腕が短くなる。気がつけば、サナリエンの前に服が用意されていた。思わず受け取るとサナリエンは、その服の滑らかな肌触りに驚いた。小袖の手が選んだのは、うすい茶色のトレッキングパンツとグリーンのシャツだ。サナリエンが今着ている服と、大体同じ色合いの服だったが、肌触りが圧倒的に違う。
「まずはコレねぇ。ちょっと着てみてくれる?試着室はあっちね。下着の方は、裏にあるからそっちから持っていくわね」
小袖の手のさした先には、大きな試着室に繋がる戸があった。
「え?」
「はいはい、サナちゃんはこっちに来ましょうねぇ。マロ爺は、ここで待機ね。監視よろしく」
「俺が、マロ爺の分もちゃんと見てやるから安心しろよ」
そういうとアザミは、サナリエンの靴を脱ぐように促して、座敷に上げると試着室の方へ消えていった。ヒビキもサナリエンをからかうべく、一緒に向かう。小袖の手も音も無く浮かび上がると、まるで三人の姿を隠すように後を追った。
「そんな!ワシも手伝うぞ!」
「マロ爺はダメだ」
今回もマロ爺は、アオキに襟首を捕まれ、無理やり座敷の角に座らせた。
マロ爺も抵抗するが、鬼であるアオキの拘束からは逃れる事が出来なかった。
得てして女性の買い物、特に服に関しては、時間がかかる。それは、妖怪であっても例外は無く。銭湯を出た時は、まだ低かった太陽が、気がつけば太陽が中天を指していた。その間、小袖の手の手が試着室から伸びては、天井にかかっている服を掴み、引っ込んでいくという事が何度もあった。
「アオキさんや。サナリエンちゃん達は、まだかいのう」
「マロ爺。それは、さっきも聞いた」
それを聞くとマロ爺は、ダウンロードしてあったゲームアプリで遊んでいるスマートフォンから顔を上げた。
「んな事はわかっとるわい!それにしても遅すぎじゃろ!もう昼じゃぞ!…はっ!もしや、試着室で何かあったのか!?よし!ワシが今行くぞ!」
マロ爺は勢い良く立ち上がった。いざ行かん。女の花園へである。
「ダメだ」
だが、それはアオキの一言と、両肩を捕まれ無理やり腰を下ろされた事により、あえなく強制終了となった。
そこでようやく、試着室のカーテンが開かれ、女性陣が出てきた。最初に小袖の手、次にヒビキとアザミ。サナリエンはまだ出てこなかった。
「お待たせ~」
「時間がかかったな」
「女の買い物は、時間がかかるものなのよ」
アザミはあっけらかんと言った。
「身に染みて知っている」
何時も、無表情に淡々と仕事をこなしているアオキがこの時ばかりは、うんざりしている様だった。
「ねっねぇ。本当に、この格好で出なきゃダメ?」
試着室の方から、サナリエンの声がした。その声は、何故か弱気な声だった。
「ダメよ。ほら、サナちゃん。恥ずかしがってないで、早く出てきなさい!せっかく綺麗になったんだから」
なかなか試着室から出てこないサナリエンにしびれを切らしたアザミは、試着室に戻ると、サナリエンを引っ張り出した。
出てきたのは、白いワンピースに麦藁帽子を被ったサナリエンだった。アザミに手を引かれた、その姿は、避暑地に訪れた、いい所のお嬢さんといった感じだった。
(私は、何でこんな格好をしてるんだ?ううっ。足がスースーする)
とても恥ずかしいのか、麦藁帽子の縁を掴んで下に下ろし、顔を隠そうとした。だが、その姿が妙にいじらしい。
「うひょ~!いいのう!かわええのう!」
その姿にマロ爺は、大興奮でスマートフォンをサナリエンに向けた。
「あら、無断撮影はダメよ」
だが、スマートフォンをサナリエンに向けた瞬間、アザミにスマートフォンを取り上げられた。アザミは、取り上げると、そのままスマートフォンをヒビキにパスした。キャッチしたヒビキは、手馴れた様子でスマートフォンを操作していく。
「おっ!マロ爺!この写真は、ちょっとまずいぜ。犯罪だな。でもマロ爺には、世話になってるからな。親切な俺が消しといてやる。ありがたく思いな!あっ!これもヤバイな」
マロ爺に向かっていい笑顔でそういうと、ぽちぽちと画面にタッチしていく。
「まっ待て!ワシがやる!」
マロ爺が必死の形相でそれを止めようとするが、アザミに「まぁまぁ」と止められる。
「あっわりぃ!スマフォごと初期化しちまった!」
「あああああああああああ!」
絶望しているマロ爺を他所に、アザミは、いたずらっぽく笑いながら、アオキに向かって言った。
「ほら、アオキ!女の子が着飾ってるんだから、男はそれに対してちゃんと感想を言ってあげるのがマナーよ」
アオキは、ワンピースを着たサナリエンを見てボソッと言う。
「…よく…似合ってる」
「うう…」
サナリエンは、ますます腕に力を込めた。




