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異世界物怪録  作者: 止まり木
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第十一話 妖怪銭湯

 脱衣所は、先頭の外見と同じようにレトロだった。壁際には分銅を使った体重計やベンチ、観葉植物が置かれ、籠が置かれた棚が列を成している。

「さぁここで服を脱いで。脱いだ服は、この籠に入れて、棚に置いておくの」

「分かった」

 アザミはそういうとシュルリと帯を解くと、次々と脱いで、服を籠に入れていく。

 だんだんとあらわになっていくアザミの肢体にサナリエンは、息を呑んだ。

 エルフとは違い、僅かに黄色味がかった肌、村で一番胸の豊かなエルフより豊かな胸、そして僅かに香る未知の花と思われる匂いをさせる長い髪。異人種ゆえに、ミスティックな魅力を感じた。

「ん?どうしたの?」

「いっいや、なんでもない」

 おもわずアザミ見とれていたサナリエンは、自分も急いで服を脱ぎ始めた。

 全裸になって服を籠に入れると、アザミが手ぬぐいをサナリエンに差し出した。

「体拭くものとか、持ってきてないでしょ。コレ使って」

「ありがとう」

「じゃあ、行くわよ」

 そう言うと風呂場につながるガラス戸を開けた。

 空けたとたんブワッと温く湿度の高い空気がサナリエンに向かって拭いてくる。

 今まで森の外に出た事の無いサナリエンには、感じたことの無い風だ。アザミについて入った風呂場は、サナリエンには想像の埒外の世界だった。

 ヒノキで作られた20人は余裕では入れそうな大きな風呂、その前に並んだ洗い場。

 そして何といっても、壁に描かれた大きな富士山のペンキ絵。これほどの大きな絵はサナリエンは見たことも無かった。


「はいはい、見とれていないで、こっちににいらっしゃい。はいはいコレに座って」

 アザミは、肩に手ぬぐいを掛け、適当に洗い場の前に置かれている風呂椅子にサナリエンを座らせた。

 この銭湯には水道は無く、洗い場の近くに作られた専用の桶に汲み置かれたぬるま湯を使って体を洗う様になっている。

 ヒビキは、自分だけ先に風呂に入っていた。

「銭湯での一番しちゃいけないのは、お風呂のお湯を汚す事。だから、ここで軽く体を洗いましょう。っていっても、慣れてないだろうからあたしが、やるわ…。じゃあじっとしててね」

「えっえっ?」

 アザミは、鏡の前に置かれた石鹸を手に取り、手際よくサナリエンの体を洗っていく。

(うわぁ。この子やっぱ綺麗ね~。肌も水を弾くし、すべすべだし。うらやましいわぁ)

 アザミの姿をミスティックな魅力を感じたサナリエンと同様に、アザミもまた、サナリエンの姿に感心していた。すらりとしたモデル体形に、ピンと伸びたエルフ特有の耳、そして噂にたがわぬ、エルフの美貌。髪からは、若葉の香りがし、そこらのシャンプーより良い匂いがした。


 最後に、きっちり髪まで洗ってやり、その髪を手ぬぐいで纏めた。そして、サナリエンを洗い終えると、自分もさっと洗い、髪を纏めると洗い場から立ち上がった。

「さぁ、銭湯のメインディッシュであるお風呂に入りましょ。ああ、頭の手ぬぐいは取らないでね。髪をお風呂のお湯につけるのもマナー違反だから」

 そう言うと今度は、ドロンと言う音と共に自分の尻尾を消す。もちろん風呂の中に尻尾の毛を入れない為だ。

 大きなヒノキ風呂のそばまで近寄ると一旦、アザミはサナリエンをしゃがませ、近くに積み上げられていた桶を一つ取り、お湯を掬った。

「ハイ掛け湯しましょうね~。ちょっと熱いかもしれないけど、直ぐなれるから」

「熱!あっつ!」

 掛け湯をされているサナリエンが、抗議の声を上げるが、お構いなしにお湯を掛けていく。

「コレでいいわね。じゃあ先に入ってて。ちゃんと肩までつかるのよ?」

 サナリエンが、恐る恐るといった感じでお風呂に片足を入れるのを確認すると、アザミは今度は自分に、ザッパとお湯かける。

「よし」

 妖艶な雰囲気とは裏腹に、男らしい掛け湯をするとサナリエンを追って、自らも浴槽へ入る。

「あぁ~」

 お湯に入った瞬間、サナリエンは身の内から沸きあがる声を止める事は出来なかった。

「んふぅ。やっぱりお風呂は良いわぁ」

 アザミも同様に、感嘆の声を上げる。男が聞いたら、問答無用に前かがみになってしまうほど色っぽい。

「うぁ婆くせぇ」

 先に入っていたヒビキが、そんなアザミに嫌味を言った。

「何よ。あたしとあんたじゃ、そう大して違いは無いじゃない。あたしが婆なら、あんたも婆よ。炉利婆」

「何だとテメェ!俺はまだ成長期なんだよ!」

「あらあら、齢200歳を超える、天邪鬼が成長期?笑わせてくれるじゃない。人間だったら寿命で四回は死んでるわよ?」

「何が"人間だったら寿命で四回は死んでるわよ?"だよ。一体いつの時代の話をしてんだ。糞狐」

「何よ。妖怪"ツンデレ"」

「俺をツンデレって言うんじゃねぇ!」

 ヒビキとアザミが言い合ってた時、一緒に入ったサナリエンは、一人心ここにあらずといった感じで初めてのお風呂を満喫していた。

(ああ、何だこれは。お湯につかるという事がこれほど、気持ちの良いものだとは…。湯の熱が私の体の全てを包み込み、骨の髄までしみ込んだ疲れを溶かし出しているようだ。これを知ってしまうと、もう沐浴には、戻れないんじゃないだろうか?はふう。それにしても本当に気持ちが良い)

 だが、そんな平穏も長くは続かない。

「なぁに、一人で、満足そうにしてんだよ。間抜けエルフ!」

 その様子に気付いたヒビキが、ちょっかいをかけてきたのだ。本当なら、アオキとの関係を問いただしたいのだが、よくよく考えるとここで問いただしたら、隣の男湯に入っているアオキにまる聞こえだ。

「きゃあ!」

 間の抜けた表情でとろけていたサナリエンに正面から近づくと、堂々とその胸を両手で鷲づかみにする。

「えっ!いや!ちょっと」

「ふむ。やっぱエルフの乳はあんまでかくねぇな。俺より小さいんじゃねぇか」

 モニモニと手を動かし、サナリエンの胸の感触を確かめる。

「ちょっ!胸を揉まないで!止めて!」

「良いじゃねぇかちょっと位。減るもんじゃなし」

「それは、女のあなたから出て良いせりふじゃないわよ。ヒビキ」

 ヒビキのいたずらと銭湯の効果により、サナリエンの肌が桃色に上気する。それに伴い、サナリエンからちょっと危ない声が出始める。

(あら、色っぽい声ねぇ。でも)

「止めなさい。ヒビキ。それ以上はダメよ。出禁食らうわよ」

「チッ!」

「はぁはぁ」

 ヒビキは、おとなしくサナリエンの胸から手を離した。里に一つしかない銭湯を出禁になるのは、ひねくれ者のヒビキとしても何としても避けたい。


 それからしばらくして落ち着いたサナリエンが、アザミに質問にした。

「こんな大量の水を沸かしているが、何を燃料にして燃えてるんだ?先ほど、外から見た時は、煙も煙突も無かったぞ」

「"地獄の業火"よ」

 アザミは、事も無げに答えた。

「は?なんだその"地獄の業火"って言うのは?」

「簡単に言うとね。地獄って言うのは、罪人が死ん時に行きつく先なの。罪人は、そこで生前犯した罪の償いとして責め苦を受けるのよ。要するに拷問ね。んで、その拷問の中に火で焼いたり、煮えた湯が入った鍋に放り込んだりするのがあるの。地獄の業火っていうのは、その罪人を焼いたり、罪人を入れる湯を沸かす為の火の事よ。しかも、この火、燃料要らずの超エコな火なのよ。一説には、罪人達の怒りを燃料してるって話」

「なっ何でそんな物がここにある!そうか!お前達は、その地獄って言う所から来たのだな!」

「違うわよ~。私達が前に居たのは、地球の日本って所よ。"地獄の業火"は、この銭湯を作るって話になった時、マロ爺が地獄に行って貰ってきたのよ。コレで24時間お風呂に入り放題じゃ!って言ってたわ。普通、私達が行ける場所じゃないんだけどね」

「何者なんだ?あのお爺さんは?」

「妖怪ぬらりひょんよ。勝手に人の家に上がりこんで、まるでその家の主のように好き勝手に振舞って、帰っていく妖怪よ」

「何なのそれ、訳が分からない」

「そうよ。訳が分からないのが、妖怪なのよ」

 アザミはクスクスと笑った。


 一方、男湯では…。

 むさ苦しい鬼と、枯れ木のような老人が肩を並べて風呂に入っていた。

「のう」

「ダメだ」

「まだワシ、何も言ってないんじゃが…」

「銭湯の中では、マロ爺を抑えておいてとアザミに言われている」

 男湯には、アオキとマロ爺の二人しか居ない。女湯からは先ほどから、アザミ達の話し声が響いてくる。

「ちっ!あの女狐め!余計なことを…」

『ちょっ!胸を揉まないで!止めて!』

 女湯から聞こえてくる、サナリエンの嬌声にマロ爺はそわそわとしだし、隣に座っているアオキを見上げた。

「なぁ。アオキ、ちょっとだけ、ちょっとだけじゃから!」

「ダメだ。しっかりと肩まで浸かれ」

 アオキは、腰を浮かしたマロ爺の首をむんずと掴み、腰を浮かせかけたのを、無理やり肩まで浸からせる。

「貴様!男のロマンと言うものが分からんのか!この唐変木!」

「マロ爺。それは、犯罪だ」

 それから、女湯に居るサナリエン達が出るまでマロ爺は、肩まで風呂に浸かっていた為、見事にのぼせる事になった。


「あー良い湯だった」

「あーあっちぃ」

「ほぅ」

 しっかりとお風呂を堪能した三人は、すりガラスの戸を開け、脱衣所に戻ってきた。三人とも長湯をしたおかげで、額にうっすらと汗をかいていた。

 三人は、銭湯に備え付けられていたタオルで体を拭いて服を着た。

「おっ!上がったね。なら、そこの冷蔵庫から、好きなの持ってきな!」

 垢舐めは、サナリエン達が上がったのを見ると、脱衣所の隅にある木製の箱を指差しながら言った。

 冷蔵庫といっても、電気製品の冷蔵庫ではない。昔懐かしい氷冷蔵庫だ。氷冷蔵庫とは、その名の通り、氷の力で中の物を冷やす冷蔵庫だ。氷冷蔵庫には上下二つの扉があり、上の扉の中に氷を入れ、その冷気を下の棚に流して、下の扉の中に入れた物を冷やす。

「おっ!ラッキー」

「あっ!あたしは、牛乳ね。サナちゃんには…フルーツ牛乳ね」

 ヒビキが喜び勇んで、冷蔵庫の扉を開けると、そこには、古きよき牛乳瓶が立ち並んでいた。

「うひょー冷てぇ!」

 その中の一本を取り出して、頬に当てる。熱くなった肌に、ビンの冷たさが心地良い。

 冷たさを楽しむと、冷蔵庫にあった牛乳のビンと、フルーツ牛乳のビンをポポイッと投げる。

「ちょっと投げないでよ!」

 そう言いつつも、アザミは余裕で二つのビンをキャッチし、フルーツ牛乳をサナリエンの前に差し出した。ヒビキは、それを無視して、コーヒー牛乳をグビッと飲む。

「コレは?冷たっ!」

 サナリエンは、不思議そうにそれを受け取る。サナリエンにとって未知の容器であるガラスで出来た、ビンの冷たさに驚いた。

「飲み物よ。やっぱり風呂あがりコレよね~」

 アザミは上機嫌で、プラスチックで出来た牛乳瓶の蓋を取る。

(本当は、紙蓋に針を刺して開ける方が良かったんだけどね。…あらやだ。自分で思ってても婆臭いわ)

 腰に手を当てて、一気にあおる。リズム良くアザミの喉が上下し、見る見る牛乳を飲み干した。

 一方、サナリエンの方は、見よう見まねで蓋を開けると、まず最初に匂いをかいだ。

(あっ良い匂い。これは、オレジの匂いか?)

 恐る恐るフルーツ牛乳を口に含むと、フルーツ特有の酸味と甘みが牛乳によってまろやかになって広がった。

「甘い!おいしい!」

 夢中になって、くぴくぴとフルーツ牛乳を飲んでいくサナリエン。

「あんた達、大切に飲むんだよ。それがなくなれば当分は飲めなくなるんだからね」

「うげっ!マジかよ!」

「当たり前だろ。こんな所に飛ばされて、コーヒー牛乳とかフルーツ牛乳は、もう仕入れられないんだからね」

「マジで!じゃあもっと飲もう」

「ダメだよ!ウチの飲み物は風呂上りに一人一本と決まってるんだ!もう一本のみたきゃ。そうだね…夜にでもまた入りに来な。そしたら飲んでいいよ」

「ちぇ。分かったよ」

「分かればよろしい。それとあんた達、早く外に出な。アオキと爺さんが待ってるよ」

「そういえば、そうだったわね。じゃあ行きましょうか」

 アザミ一行は、それぞれのビンを空にすると、空き瓶を冷蔵庫の隣にあるプラスチックケースに入れ、銭湯を後にした。

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