(12)さようなら武司君
次回最終回と思ってましたがちょっと長いので分割しました。
次回が本当の最終回です。
もうちょっと武司君の地獄に付き合ってもらおう。
(12)さようなら武司君。
俺はみんなを集めて相談することにした。
第三層攻略。
ノリと勢いで攻略できな場所だと思う。
この辺で俺の秘密を打ち明けねばと覚悟を決めた。
「みんなに話があるんだ」
場末の安宿の、隅っこの大テーブル。
いろいろバカやったし、ここでさんざん酒を飲んだ。
俺はここ数週間のことを思い出してみんなの顔を見回した。
もう何年も一緒に居たような気がする。
みんなは何やら雰囲気を察して押し黙った。
ジェシーが何か言いかけるが、その綺麗に整った顔を下に向ける。
クロイツも同様だ。
タムラさんは落ち着かない様子で周りを気遣っている。
楊さんは落ち着いた眼差しで俺を見ていた。
アントンは…まあいつも通り静かだ。
「今日は…さ、大事な話っていうか皆に言わなければならない話があって」
俺の口調がいつもの砕けた口調ではないのに違和感を感じているのか、時折ジェシーが俺を見て何か言い淀む。
俺は今まで秘密にしてきたHPの事を話す。
いざ話そうとするとかなり怖い。
おれはこいつらが好きだ。
だから失うのが怖い。
HP1の盾って事は、俺が死んだら盾が居なくなるんだ。
当たり前だがそれは薄氷の上を進む様に、ホントに死と隣り合わせの綱渡りだ。
今までも、これからも。
盾役を俺に依存しているこのパーティーには致命的で、俺が死んだら全滅する。そんな重要な事を今まで黙っていたのだ。
軽蔑されるだろうか? パーティーを追い出されても文句は言えない。
でも、俺はこいつらと旅がしたい。
初心者用と呼ばれるカンターンの地下迷宮をクリアし、世界へ。
「あ、あのさ…実は俺」
そう言いかけた時にジェシーが泣き出した。
頬から静かに涙が伝う。
「ジェシー?」
と俺が問いかけるとジェシーは静かに首を振った。
急にしおらしくなるこの美人。
女の涙はズルい。
「な、なんだ? 知ってたのか?」
ハンカチを鼻に当て、こくりと頷く。
「みんなは?」
「なんとなく、察してた? みたいな」とクロイツも涙目だった。
そしてオロオロするタムラさんの代わりに楊さんが言った。
「武司君さん、いままでありがとう」
「いえ楊さんには俺助けられてばかりで、正直、楊さんが居なかったら死んでました」
沈黙が訪れ、しばし黙り込む。
沈黙を破ったのは意外にもジェシーだった。
「私たち、ずいぶん武司君に甘えてたよね?」
そうぽつりと漏らすように呟く。
「でも私たちには武司君が必要だった、あの女王蜂倒した時、私たち大丈夫って思った」
「うん」とクロイツが頷く。
ジェシーが鼻をすすりながら上を向く。涙をこらえるようにしてまたぽつりと話し始めた。
「ねえ知ってる? 武司君、この宿屋がどうして安いか」
「え?」
「私たちが死んだらね、契約魔法で装備は自動換金されるからだよ?」
タムラさんが下を向きながら頷いた。
「そ…れって?」と楊さんの方を見る。
「我々新米冒険者の致死率って結構高いのさ。宿は取りはぐれがないように契約をする」
俺は愕然としながら思い出した。確かに、防具屋で契約をした。
「防具屋に中古品が入るのはそういう仕組みなんだ…」
楊さんは寂しそうな笑いを浮かべながら俺に教えてくれた。
「自分の装備を担保に泊まってるんだよ」
「それでルイージの酒場より格安なのか?」
あれ? でも俺は契約してないぞ?
「武司君の分は前金でタムラさんが担保を入れている」
俺に気を遣わせまいと誘う前にみんなで出し合ったらしい。
登録がいきなり重戦士でレベルが5から、冒険者登録Fランクって転生者しかいないと踏んだようだ。俺は気を使われていたのだ。
「冒険者になるのは小作人のせがれ、食い詰め者、口減らし、まあなるしかない連中が多い。命の危険はあるが一生見る事も出来ないような豪華な飯、金銀財宝が待っているかもしれない」
楊さんは組んだ足から手を離すとカップに汲まれた水を飲み干した。
「だからジェシーは武司君がパーティーに残ってくれるように努めて親しくしてたのさ、転生者ってパーティーで浮きがちになること多いんだ。一人だけ強くて神の恩寵がある、そんな奴が一般人に混ざること考えたらどうだろう?」
確かに、俺強ぇえって天狗になるヤツ多いかもな。で、だんだん孤立して、いまのパーティーの戦力差に不満を持つ。お決まりの解散パターンってやつなのか。
確かにジェシーや皆のお陰で俺はパーティーに馴染んだ。
そりゃあ苦労させられたさ、何度も死にかけた。
でも皆は俺の居場所を作ってくれていたんだ。
すこし涙がにじむ。
ジェシーが意を決したように口を開いた。
「だからさ、武司君、もう我慢しなくていいんだよ? 私解ってる、だって全然私になびかないし、私、いつも貴方を困らせてばかりで役に立ってない」
ただの巨乳女狐だと思っていたが、コイツなりに…。
ジェシーは目を瞑り、吐息を吐き出すように言った。
「武司君は物足りなかったかも、と思って次の狩場を誘ったけど、武司君は私たちの事を考えてくれてた。ホントだったらさ、転生者だもん次の街に行って高レベル冒険者たちとドンドン先に言ってるはずだもんね」
「あ、いや俺…」
「正直さ、足手まといだもん…私たち…だから、武司君…もう…」
ジェシーの頬から伝った涙が膝を濡らす。
上を向いたまま鼻をもう一度すすった。
いつも元気なクロイツも黙ったままだった。
「みんな、いろいろ考えてくれてたんだな、ありがとう」
俺は素直に頭を下げた。
「俺がみんなに言おうとしたことは…」
肩をぎゅっとさせ身を固くするジェシー。
「俺のHPが実は1しかないって事なんだ、今まで黙っててゴメン!」
「はい?」×5
「なかなか言い出せなくてさ…」
クロイツが驚きを隠せない。
「いや、そんな冗談…だって兄貴はずっと最前線で、防御貫通攻撃を何度も喰らって…」
「タワーシールドは貫通したが、金属鎧に助けられてて…さ、もっともガード失敗したら鎧も貫通しちゃうんだけどな」
タムラさんがおそるおそる聞く。
「ジャア、アロースリットデモ死ヌンデスカ?」
「死ぬ、あの時は運が良かっただけ、金属鎧には穴は開いちゃったけど」
楊さんは信じられないって顔をした。
「武司君さん…君は今まで…」
「すいません楊さん、こんな大事な事を黙ってて」
「いや、いいんだ私たちはてっきり君が…今まで何度も死線を潜り抜けて来たんだ、思っても見なかった」
ショックを隠せない様子で黙り込んだ。
クロイツが恐る恐る手を上げる。
「って事は…兄貴、階段から落ちても死ぬの?」
「死ぬ」
「ジェシー姐ぇの胸をガン見して、肘鉄喰らっても?」
あ、いやちょっとは見るけどガン見はしないぞ?
「あ、うん、まあ死ぬかな?」
「逆に、なんで生きてるの兄貴?」
「俺に聞かれても」
「なによもう! 武司君がパーティー抜ける話かと思ったじゃない!」
とジェシーがしがみつく。
「兄貴ぃ~っ、俺、今日、なんか、もう! 深刻そうな顔するから! もう!」としがみつく。
「クロイツ、苦しいって」
「なんだ武司君、そんなこと全然平気よ! 隠さなくたってよかったのに」
「ジェシーも苦しいって、おいおい」
ジェシーとクロイツの背中をぽんぽんと叩きながらもうここ俺の居場所なんだなと実感した。
タムラさんも皆も速く話してくれればと言ったが俺は不安だったことを話した。
「だって俺、HP1ですって言ったらタムラさん誘わなかっただろ?」
「マア…ソウデスケド、ソレハタケシクンサン シンパイデスカラ」
ひとしきり泣いたジェシーとクロイツにもらい泣きして俺もちょっと泣いた。アントンさんがぼそっと「もう仲間だろ」というのが一番泣けた。
「で、俺のHP1ってのが解ったところで、本題な?」
皆は頷き、俺の言葉を待った。
「第三階層に行こうと思う。もちろん攻略だ」
あれだけ行こうって言ってたジェシーが真っ先に反対したが俺は計画を話した。
第一にみんなのレベルの底上げ。これは俺が倒れても第三階層から抜け出すことが出来るようにだ。
俺が倒れる前提の話をしたら猛烈に反対されたが、万が一と付け足して納得してもらった。レベルが上がれば俺の生存率も上がる。
第二にボス戦の詳細とシミュレーション、その上で作戦を練る。
今までのように俺が全部の防御を引き受けるだけでは勝てない。
ジェシーにはサポート役を務めてもらう。治療やリンク時の一時的な処理など女性ならではの気遣いを期待した。
実はジェシー自身、その役割を以前からこなしてきた。
アントンに高価な魔導時計を買ってもらったのもそのためだった。
タイムキーパーという奴だ。
以前、蜂の大軍に囲まれた時、パーティーが総崩れになった。
その時から周囲のポップ時間、みんなの技のリキャストを見極め、的確にサポートしていたのである。
ジェシーのHPだけ最後まで減らなかったのは攻撃力を抑えてパーティーのサポートに徹していたからだった。
分配された銀貨を薬草や毒消しなどに使っているのはヘイトを溜めずに比較的動きやすいポジションの自分に適任だと思うからだった。
クロイツはその素早さを活かして敵の背後に回り、シールドでバッシュを狙う役をしてもらう事にした。
本来なら斥候として「背後からの一撃」などを狙うスキルを持つのがセオリーなのだが、HPが低く、下手に敵に狙われるのを避けたい。
背後からプレッシャーをかけつつダメージを与え。盾役のサポートを願う。
俺がシールドバッシュに失敗した場合の保険だ。
楊さんは今まで通り司令塔だ、パーティー二番目のHPがあり前衛として戦う。
特殊攻撃の情報や、敵の挙動の変化、ピンチの際の指示だしを担当。
タムラさんは後方を警戒。全体をサポートしつつ、俺の後ろを守ってもらう。さすがに前後から敵来たら死ぬ。
筋力が足りないので小型の盾を装備し、少なくとも背後からの不意打ち死を避ける。
アントンはパーティー最大のアタッカーだ。そのまま斧スキルを上げて欲しい。どれだけダメージが通るかが勝敗を決める。
最終形態から長引かせないようにアントンを軸に連携攻撃だ。
それから俺たちは随分長く話し合った。
俺に頼った攻略ではなく、皆で。
全体が3レベルに上がる頃、5人だけで第二階層のボスを倒せるようになっていた。俺たちは確実にレベルアップしていった。装備もスキルも。
俺も正式にシールドバッシュを覚えた。我流ではなく、戦士ギルドで習ったシールドバッシュは確かに理にかなっていた。
正式なシールドバッシュは1秒ほどのスタン効果を持つ。
ジャストガードと違い相手の特殊効果をスタンでキャンセルできるのが大きい。第二階層ボスの回復の繭や防御の繭を事前に止められるのが大きい。
全滅したパーティーも防御、回復と粘られ、盾役が麻痺して壊滅した。
麻痺毒を持つ敵はこの周辺で存在しない強敵だ。
下手をすると1分以上戦闘から離脱してしまう。
シールドバッシュ大事だ。
クロイツも覚えたが成功率は盾スキルに依存するらしい。
クロイツは盾スキルを上げるため早朝ソロで特訓していた。
ジェシーは薬草のスキルを、アントンは斧、タムラさんは警戒スキル。
楊さんはいずれ魔法戦士に転向する予定で魔法知識を上げた。
準備は整った。
大いなる神託以降、この街の冒険者でカンターンの地下迷宮を踏破したものはいなかった。
二階層のボスもトップパーティーが2,3回踏破できている程度だった。
彼らも全滅の経験から慎重になっている。
神託以降、初めての第三階層侵入パーティーとして俺たちは注目されていた。
「まずは調査よね?」とジェシーが肩を叩いた。
気合が入りまくっている俺に釘を刺す。
第三階層は未知の領域だ。
神託からどんな変化があるか、モンスターの出現頻度やら、地図、罠の位置、やることがいっぱいだ。
手始めに地図を作製しながら進む。斥候系のスキルを取得したクロイツが先行して確認。十字路では盾持ちの俺、楊さんが左右に展開し不意打ちを防ぐ。
タムラさんは地図作成。後ろを警戒しつつ慌てず地図を作成していった。
作戦を立てじりじり進む感覚はアメフト時代を思い出す。
モンスターを感知したら安全な場所にクロイツが連れて来る。
足が速いクロイツが適任だった。
三層を攻略初日。
俺たちは順調ではなかった。
しかし手応えはある。俺以外の盾役が徐々に機能していく。
三層の特徴は敵の出現頻度が高い事。敵の行動パターンが増えた事。
今まではレア級モンスター以外は単調に攻撃を繰り出すだけだったが、特殊攻撃を混ぜたり、二回攻撃をしてきたりと多彩になっている。
特に魔法が厄介だった。物理防御無効なのだ、タワーシールドでガードできない。唯一、ジャストガード成功時に効果を無効化できるのみで、俺と相性が最悪だった。
偵察から戻ったクロイツは奥の部屋にモンスターを発見した。
「クロイツ! 敵は?」
「兄貴、結構いる、全部で4匹! スケルトンとなんか杖もったスケルトン!」
「楊さん、初めての見る魔法タイプだ、どうする?」
この階層で数種類、魔法を使う敵に出会ったがスケルトンは初めてだ。
アンデットは生者に反応して攻撃を仕掛けてくる。
姿を隠しても音を殺して近づいても無駄だ。
知覚の範囲に入ったら襲われる。
遠間で知覚され、一方的に魔法攻撃を喰らえば即死だ。
「おそらくスケルトンメイジ、魔法は基本、物理防御無効の攻撃です、武司君と相性が悪い、私が引き受けましょう」
「他は俺が、クロイツ! アントンさん! 魔法タイプから殲滅しよう」
「わかった兄貴!」
「承知!」
楊さんが突入してメイジのタゲを取る。戦士のアビリティーで注意を惹き、メイジが魔法を唱え始める。同時に残りのスケルトンは俺が引き受け、クロイツがメイジをバッシュする。バッシュによるスタンが成功すれば魔法攻撃は来ない。
タイミングを間違えれば楊さんに魔法が降りかかり、残りのスケルトン共も楊さんに集中する。
「こりゃあ、楊さん特攻した時、自分でもバッシュできると楽になるな」
「そうですね、クロイツ君にこの役やってもらって、私はクロイツ君をほかのスケルトンを牽制しましょうか?」
「クロイツ、死ぬなよ?」
「任せて兄貴!」
本当は俺が真っ先に突入できればいいのだが、メイジのタゲを取り、バッシュに成功したあとが問題で、バッシュ成功時にこちらもほんの一瞬だけ無防備になる。護衛のスケルトンへの対応が遅れれば死、バッシュできなくても死だ。
正直俺は正面からくる物理の敵には無敵に近いが、左右と後ろから同時に責めらると脆い。
そして範囲魔法。
自分にかけられた範囲魔法ならジャストガードで何とかなるが、味方が喰らった範囲魔法で死ぬ。
いかに無敵の盾を活かすかという戦略が必要になってくる。
「武司君、単発魔!」楊さんが単発魔法と見極めてハンドサインを出す。
俺が突入しても良い合図だ。同時に突入し俺は楊さんを守る位置で防御、クロイツは楊さんの横からバッシュをかける。
「成功!」と短く合図。
クロイツがメイジの背後に回り、アントンが割り込む空間を作る。
俺は引き受けているスケルトンをノックバックさせてあとはみんなでメイジを倒す。ジェシーはリポップの時間を測りつつタムラさんは後方警戒。
メイジさえ倒せばこっちのものだ。
残りのスケルトンを叩く。
「武司君、後ろにメイジ出現!」ジェシーが盾をガンガン叩きスケルトンの注意を惹く。振り向くと突如出現したスケルトンメイジが遠間から呪文を唱えている。
炎の弾がスケルトンメイジの呪文で生成される。
盾を構えて突進するジェシー。
ファイヤーバレットの呪文。単発! 瞬時に判断して身を挺す。
ジェシーは盾防御で威力を半減させることに成功したが、あちこち火傷を負う。しかしへこたれてはいられない。
「ジェシー、スイッチ! 少しだけ耐えろ!」
「わかった!」と後ろのスケルトンを抑える役目を代わる。
俺がメイジをバッシュする。
アントンの戦斧がスケルトンに特効らしい、半分鈍器だからか骨には良く効いた。
通路に出てメイジを囲む。俺がバッシュして魔法を防ぐ。
追いついたアントンの一撃がメイジを粉砕する。
周囲を警戒、敵なし。
「マジ、紙一重だったね」とクロイツ。
しかしうかうかしていられない。
「ここ、スケルトンメイジ出るのか、厄介だな」
「地図ニ明記シマシタ」
少し離れて安全地帯から様子をうかがう。
「リポップ5分って所ね」と魔導時計を睨みながらジェシーがタムラさんに時間を伝える。
「あの突然現れたメイジは、たぶん罠モンスターなのでしょうね、初めて見ました」
楊さんが冷静に分析する。
「あそこの玄室のスケルトンに攻撃すると時間差で現れるみたいです」
「冷や汗が出る展開だな」と俺は生き残ったことを女神様に感謝する。
下調べとか予備知識なかったら死んでた。マニュアルのダンジョン攻略の項目に書いてある、モンスターの行動について予習しておいてよかった。
知らなければ完全に不意打ちだった。
こうして数日駆けてマップを作成し、俺たちは第三層を攻略していった。
今日も作戦会議、攻略、地図作成のトライ&エラーを積み重ねる。
出発前に作戦会議だ。
「結局さ、第三層のボス部屋、見つかんないよね? 兄貴」
クロイツはリンゴをかじりながら地図を指さす。
「ここも行き止まり。ここもダメでしょ?」
現在の課題はボス部屋の場所探しだ。
「こっちにはスケルトンメイジの罠か…」
俺は腕を組んで悩んだ、あまり考えるのは得意ではないが頭をフル回転させる。
「なにか隠し扉とかあるんじゃないかしら?」ジェシーが地図を睨む。
「斥候スキル上げないと攻略できないヤツか?」
そうなると戦士×5重戦士パーティーには辛い。
「専門職じゃないと中級スキル覚えられないかね、オレのスキルで見つけられるかな」クロイツも腕組みしながら考える。
「でもオレ斥候職になったらバッシュ使えないしなー」
一時期は斥候役としてスカウトやローグに転職も考えたが、現在バッシュ役として優秀すぎるクロイツが抜けると作戦が成り立たない。
「アントンさんは両手斧だしバッシュ役は難しいですね」楊さんもお手上げの様子だ。
「私ガヤリマショウ」とタムラさんが手を上げたがHP24のタムラさんは死亡率が高そうで無理はさせられない。
何か考え込んでいたジェシーが
「あれ?」っと声を上げる。
「なんだジェシー」
「この部屋なんだけどさ、あのスケルトンメイジいたとこ」
「ああ、あの挟み撃ちされる罠んとこか」
俺も地図を見る。
「ここの先、行ってなくない?」
確かに。
「リポップ時間計ってそのままかもな」
「行き止まりっぽかったし、探してなかったわよね!」
俺たちは顔を見合わせた。
他のパーティー達もまだボス部屋に到達してないという。
「マップ、変わってる? ねえ武司君、ボス部屋変わるとかあるかな」
「ジェシー、それ盲点だったかも」
「あの死体パーティー、ええと何て名前だったかしら」
「グランべさんとこのか?」
「そう、そのパーティーってさ神託前は第三階層クリアしてたんだよね?」
「そういや、そうだな。第三階層ボスからドロップするなんとかって鉱石でひと財産作ってたって聞いたな」
「霊石ですね」と楊さん。
「対魔法装備の核になるヤツよそれ、10レベル以下のパーティーには無縁の高級品だわ」この巨乳は金の話になると楊さんより詳しいな。
「マジか? いくらすんのそれ?」
「確か1個100ゴルドだったかしら」
うわまじか? それで10レベル以上のCランクパーティーがこんなとこでウロチョロしてるのか、納得いくな。
「でも、レアドロップ品だし安定して狩れないようだと薬品代で赤字って聞いたわ」
「ちょっと待て、あれ? お前、前に三階層行こうって進めてたよな?」
「ああ、あの時は…武司君なら薬品代いらないじゃない? って思って、うふ?」
うふ? じゃねえよ色香に迷ってたら今頃死んでた。
最近、ちょっと見直してたけど基本、こいつの提案にうかつに乗るとあぶねえな。
「今は反省してるし、武司君のHPの事も知ってるから無茶言わないじゃない、もう!」
「俺、何も言ってないだろ?」
「顔にそう書いてありますぅーっ!」
肘をぎゅっと抓られる。
「いてて、まあ、話し戻そう、マップとかモンスターの配置変わってるならボスも変わってる可能性あるのかな」
「有り寄りのアリね?」
どっから覚えて来るんだその言葉? 巨乳異世界人。
「じゃ私、情報収集行ってくるわね?」
「どこ行くんだ?」
「直接聞いてくる」
しばらくしてジェシーはほろ酔い加減で戻ってきた。
Cランクパーティーのグランべさんに酒奢ってもらって、お話聞いてきたと。こっちもスケルトン部屋が怪しいんじゃないかとの情報を提供したわけだが、調べてくれると助かると明日は一緒に攻略することになった。巨乳女狐は今日もしたたかだった。
翌日、グランべパーティーと共に出発。
死体だったときは兜で分からなかったが口髭のあるなかなか武骨な男だ。
身長も俺と同じぐらいか190cm近くある暗黒騎士だった。
メンバーのバランスも良く、斥候役のローグ、回復薬の司祭、盾役の盾持ち戦士二人、アタッカーの暗黒騎士と黒魔法使いがいる。
実に羨ましいが居ないものは仕方ない。
打ち合わせ後、例のスケルトンの玄室を一緒に攻略した。
グランべのパーティーが玄室を調べている間にリポップを処理する。
流石に10レベルのパーティーだけあってスケルトンの処理は早かった。
こちらも後から出現するメイジをボコる。
三回ぐらいスケルトンを処理したころにクランべさんのパーティーが仕掛けを発見した。
ゲームだとすぐに発見できるんだが現実では時間がかかる。
クロイツに探させてたらと思うとゾッとした。
棺桶をずらすと隠し階段が現れる。巨乳女狐の勘はドンピシャだった。
「褒めて!」と腕に絡みついてくるがその手が少し震えている。
まあそうだな、初挑戦が人生最後になりかねないもんな。
神託後の初回攻略者は特別なアイテムがドロップすると言うが、今回の目的はこの先やっていけるかという挑戦だからグランべのパーティーにファーストアタックを譲ることにした。
「マジ、でっかい扉だね兄貴」
クロイツがボス部屋の前で呟く。
「ああ、そうだな」
グランべさん曰く、前のものと趣が違うらしい。
練習したボス戦のシミュレートが通じない可能性があるため、今日は様子見と言ったところだ。
拳を合わせ挨拶すると先輩パーティー達は扉の向こうに消えていった。
それから1時間、一向に帰らない。
「遅いわねグランベさん」
「まさか死んでないよね?」とクロイツが扉に近づく。
「様子見ようか?」と言ったところで扉が開いた。
司祭と盾役の戦士だけ出てくる。
盾役がじりじり後退して司祭を守ったのだ。
「アンディー、今回復します、回復したら私が中に、死体だけでも回収を」
「無茶だ! くっそ! ニーナお前まで死ぬぞ」
戦士の盾はすでに持ち手の部分しか残っていない。
脇から臓物が出て瀕死だった。
司祭も同様、治療が必要で最後の奇跡を自分にかけて一命をとりとめた。
生き残ったアンディーという戦士に事情を聴く。
おそらくレベル推奨自体も変わっているらしい。
初心者用ダンジョンじゃなかったのかよ?
よく考えれば、そんな都合の良いものがある筈がない。
これはゲームバランスが取れた世界ではないのだから。
ボスは昆虫型のモンスターからアンデットに変更されていた。
ボスは魔法を使ってくる、大鎌を振るう死神タイプ。
アンデットがボス部屋を守っていた時点で気が付くべきだった。
弱点は打撃系武器、眷属のスケルトンが常時リポップする。
眷属のスケルトンはメイジか片手剣かのランダムだという。
俺が「アンディーさん、出直して救援呼ぼう!」と提案すると首を横に振る。アンデットがボスの場合、最悪、死体がアンデット化する。
役所に申請している間にこの街最強の暗黒騎士がアンデットになる可能性が高いというのだ。
黒魔も戦士もローグもいて攻略不能のダンジョンになる。
虫の息のアンディーを抱いて司祭が泣きじゃくる。
助けに行きたいが、俺たちではどうにもならない。
悔しそうに扉を蹴るクロイツ。
女狐、そんな責任感じた顔すんな?
気軽にグランベ焚きつけた結果ではなく、自己責任だ。
俺たち冒険者はいつも自己責任だ。
死ぬときは死ぬ。
「まあ、泣くなジェシー、お前の責任じゃねえ、撤退を見誤ったグランベの自己責任だ」
「あなたねえ!」と司祭が非難の視線を送る。
よせと戦士が司祭を肩を掴む。
「まあ、そうだ自己責任だ、後輩パーティーに良い所見せようと思って引き際を間違えた」
「そうだな…」
俺は拳を握りしめた。
HP1という理不尽、勝手にモンスターの調整をする理不尽。
似たようなものだ。
「お前たちはこのまま引き返せ、できればコイツを連れて…」
「何言ってるのアンディー、傷は塞いで…」
別の所からも出血している、アンディーは流血ダメージが継続していたのだ。
「ジェシー、治療を」と言う前にジェシーは動いていた。治療スキルでアンディーの止血を済ませる。
「クロイツ、敵の配置は聞いた通りだ、行けるか?」
「もちろん!」と嬉しそうに返事をする。
「こっちには特効があるアントンがいる、盾役が豊富だから逆にバランスがいい、作戦を立てる、楊さん知恵を貸してくれ」
「もちろんだよ」
「おまえらのレベルでは無理だ、死にに行くようなものだぞ」
「まあ、それも自己責任って奴だ、なに倒しに行くわけじゃない、救出に行くだけだ、それくらい出来るだろ?」
作戦は楊さんのアイデアでメイジタイプがポップしたら倒さない事にした。
クロイツがメイジにバッシュをかけ続ける。
下手に攻撃して倒さない。
バッシュするだけなら詠唱時間のあるメイジが最適だと判断した。
眷属はスケルトンタイプの片手剣の場合は2体まで、メイジタイプだと1体出る事がアンディーの情報でわかった。
グランベ達の敗因は眷属を下手に処理したこと。
ポップした眷属対応に戦力が分散したこと、特効の打撃武器が存在しなかったこと。ボスへのバッシュ要員が1枚だったことだ。
またアタッカーである黒魔法使いの魔法がレジストされたのも大きい。
こちらは成功率は低いが楊さん、タムラさんが補助の盾になれる。
俺のバッシュの保険が2枚ついてるという事だ。
レベルに開きがあるがなんとかなる!
という目算だった。
「マジコイツ硬てぇ! 兄貴、骨に片手剣、相性最悪だ」
「攻撃通ってるのアントンだけじゃない?」ジェシーも叩くが傷一つつかない」
「黒魔法も通らねえで斬撃無効なんじゃねえかな?」俺は盾の耐久度を気にしながら耐える。
「タムラさん! 死体の回収終ったらいったん逃げよう!」と後ろに向かって叫ぶ。
「ワカリマシタ!」
「武司君さん、範囲魔法!」と楊さんが警告。
「了解、シールドバッシュ! …成功」
「よし、連携!」
連携の追加効果でアントンのバトルアックスに大きなダメージが乗る。
すかさずヘイトをウオークライで奪い返す。
「武司君、この調子だ」
「クロイツ! 単発魔」
「了解!」
メイジ無効化作戦は成功だ。防御に徹して魔法だけをスタンで止める。
「タムラさん、回収どうです?」
「グランベサン、重クテ持チアガリマセン!」
「ジェシー、補助に!」
「わかった、あと少しでボスリキャスト時間来る!」
「サンキュー、ジェシー!」
ジェシーは親指だけ立てるとグランベの救出に向かった。
「全員、鈍器以って攻略しないと駄目かもなぁ、楊さんそろそろ撤退準備しましょう」
そう思った時に心の隙ができたのか。
「武司君、魔法来る!」
「なんか詠唱速い!」
「楊さん、拙いバッシュ失敗!」
「私も失敗!」
「クロイツ補助!」
「ダメだこいつも詠唱してて、いま使ったばかり!」
無情にもボスの魔法が放たれる。
黒い精霊が足元を這う。
範囲黒魔法? 致命的だ。
「武司君!」というジェシーの叫びだけが広いボス部屋に木霊した。
俺が耐えているうちに魔法タイプを楊さんとクロイツが撃破する。
武司君の笑いあり涙ありの成長物語。
無双できないけど誰にもできない異世界攻略を書きたくて始めたこのシリーズ。
次回ホントに最終回です。
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