65話 屋台の有用性(2
「これはこれは、お初にお目にかかります」
恭しくお辞儀をした老人の姿に傭兵たちは顔をしかめた。怯えて後ずさる者もいる。
無論その姿が異様だったためである。
身形の良いスーツを着てはいるが、この世界ではまず居ない見た目だ。
小柄で細身ながら腕が異様に長い。骨ばった4本の指には鋭い爪を備えている。
顔は逆三角形でニヤリと嗤う口元には鋭い牙が見え隠れしていた。瘤のような出来物の浮かぶ鷲鼻には片モノクルが掛り、ギョロっとした瞳が不気味さを増している。
頭皮には毛がなく、左右に伸び、先の垂れる耳が異様さを際立たせていた。
もう人間ではなく異形というモノが流暢に言葉を話している時点で普通じゃない。
傭兵側の代表として前に出た者も尻込みしているような状態だ。
それでも逃げ出したりしないのは老人の背後にズラリと並ぶ美女たちにある。
期待してもいいのかと思う下心が、彼等のハンターとしての危険感知を鈍くさせていた。
だいたい商人は脳内算盤を弾けば良いだろうが、有り余った欲望を抱える男たちには、ロクに娯楽もない所に延々と留まることなど拷問にも等しい。
「無作法で申し訳ありません。音に聞こえたバルドル商傭兵団の皆様であれば開店前の宣伝として充分なサービスを提供できるかと思いましてな」
「あ、ああ……。店というのは……?」
異形の老人の背後では荷台上の屋台の準備が着々と進んでいた。
折り畳みのテーブルや椅子を広げ、酒の入った小樽やグラスを準備している。
「見ての通り、酒と女ですな。男が良ければそちらもおりますが。気に入った者がおればその娘を指名して頂いて、あとはお好きなように」
「お、おう……」
代表者は老人の申し出にただ頷くだけである。
その背後で野生の本能に支配されていた男たちは、綱を解かれた野犬のように美女たちに群がった。
その場で女たちに酌をしてもらう者など極わずか。
ほとんどは車輌の陰や、騎兵のコクピットへ連れ込み早速男女の営みを始めていた。
酒池肉林。まさにそれである。
だが彼等の中にはこれが巧すぎる話だと疑う者は居ても、目の前にぶら下げられた御馳走に躊躇する者は居なかった。
その様子を遠く離れた崖の上から、ニヤニヤ笑いで満足そうに見詰める男がいた。
あまりの機嫌の良さにタップダンスでも踊りそうな躍動感を浮かべている
「フッフッフ。食っとる食っとる。罠とは知らずに呑気に貪っておるわ」
独り悦に入って高笑いをしているのは勿論オプスである。黒いマントでもあれば、悪の将軍のようだ。
そこから少し離れた場所では呆れた顔のケーナとビビりまくるファングの姿もある。
「オプスからもの凄い悪役臭がするんだが?」
「あれで普通なんだから放っときなさいよ」
ケーナもこの策に手を貸しているので共犯だ。
彼女とオプスで喚べるだけのサキュバスとインキュバスを召喚し、色々と細かい命令を下してから車輌に乗せて崖下へ送り出したのだ。
召喚魔法で美男美女が呼び出せるなんて、この世界の者は思いもしないだろう。
「飢えたサキュバスたちに精根尽きるまで絞り尽くされて枯れ果てるがよい! 精神抵抗が堕ちたところで、従属魔法によって我々の操り人形と化してくれるわ!」
「悪人どころじゃなかった!」
「きゃー! オプスさん鬼畜ー! 外道ー!(棒読み)そこに痺れないし憧れないわ」
背後からの暖かい(?)声援を受けて、【薔薇は美しく散る】でもってドロドロとする黒雲を背負うオプスであった。
数時間後、ズラリと並ぶ商傭兵団の面々。全員眼が虚ろで頬がコケ、口元はにやけた笑みを浮かべてフラフラと突っ立っている。
その背後には満足した笑顔でサキュバスとインキュバスたちが、各々自由な姿勢でその様子を眺めていた。
オプスは商傭兵団へ従属魔法を掛け終えて頷く。
「よしよし。今後貴様らは此処に居るファングのためにその組織力を尽くすのだ」
「って俺ぇっ!?」
すっとんきょうな叫び声を上げて驚くファングに全ての視線が集中した。その半分以上はイっちゃってる眼ではあったが、あまりの異常さにファングが1歩退いたくらいである。
「むふふー」
ケーナの肩でこっちを見て笑ってるリュノフにイラっときたが、文句を言える立場ではないと知っているファングは悔しげに黙っておく。
「とりあえず貴様らが守る第1項目は、個人の人命に支障が出ない程度に身を粉にして働くことである」
オプスはイっちゃってる面々を前に訓示で忙しいようだ。言ってることは聞く側に匹敵してだいぶおかしい。
「第2項目として組織を維持する以外での設備投資費は認めよう。贅沢費に当たる利益が出た場合は全てファングへ送ることだ」
もはやただの一方的な搾取命令でしかなかった。宛先は別人ではあるが。
「いやいや、何で俺の財源みたいな扱いになってんだよ。ありえねえって」
「何言ってんの。私たちが居なくなったら、ファング一人ぼっちになっちゃうんだよ。今のうちに財源を確保しておけば老後も安泰でしょ」
「お前も酷いこと言ってるって分かってるか?」
駄目だコイツら人の話聞いてくれねえ、とファングにはもうお手上げである。
彼には魔法云々に対抗する手段がないので、流されるままでしかない。
「まあ、お主も色々思うことがあろうが、これも同郷人のよしみからきた老婆心だと思っておれ」
「……オプス、すまねえすまねえが……」
「まあ、ボス格は頭の中まで弄ったから他の奴等の術が解けても、敏腕さは発揮してくれるじゃろうて」
「なんでそこで「いい話ダナー」っつーのをぶっ壊すの? わざと、わざとか?」
ツッコミが冴え渡るファングがわめき散らす中、オプスは彼等に別命を刷り込んでいく。
サキュバスたちも込みでバルドル商傭兵団に娼館経営を組み込んでやるようだ。
オプスとケーナが喚び出したサキュバスたちは内包する魔力こそ少ないが、飢えた荒くれ者が多いこの世界であれば餌が豊富と思われる。早々消滅することにはならないだろう。
塔前よりバルドル娼館傭兵団を追い払ったオプスは、彼等のトレーラー群が彼方へ消えていったのを確認してから表情を切り替えた。
「全く手間を掛けさせおるのう」
「悪役そのものじゃねえか!」
ボソッと呟いたオプスに突っ掛かるファングを見ながら、ケーナは「あはは」と苦笑した。
ファングの言い分も解らないでもないが、今のオプスはケーナ以外を有象無象程度にしか考えてないから、言うだけ無駄である。朝まで二人で呑み明かしたファングには解らないだろうが。
「リュノフは何処まで手伝えるの?」
「リュノフはね~、ひめさまをてつだうの! みかどにもそういわれたんだよぉ~」
「話が微妙に通じてないわね」
「みかど」という響きには懐かしさを感じる。ここに来て何か隠す部分を感じなくなっているようだ。
悪魔の塔と現地人に呼ばれる機動エレベーターの前にまでやってくると、内部で何かが蠢く気配が伝わってくる。それはその場にいる3人にも感じ取れていた。
「さてさてちょっと突っついてくるかな」
ケーナは耳のアクセサリーから外した如意棒を引き延ばし、手元でひと振りして準備体操代わりに振り回す。
オプスにはいつのまにか出現した大剣が背負われ、足元には無詠唱で現れた雷精霊の獅子がグルグルと唸っている。
「全滅させてしまっても良いのじゃろう?」
「フラグ立てるのやめーや!」
ターフから降ろした白い牙をバックにオプスにツッコミを入れたファングに、2人の不思議そうな視線が突き刺さった。
「な、なんだよ?」
「お主は留守番じゃぞ」
「へ? なんでだよ!?」
いきなり戦力外通知じみたことを言われ、目に見えて焦るファングに呆れつつケーナは口を開く。
「あのねえ、あの騎兵何で動いてるの?」
「騎兵は太陽光発電に決まってる」
「あの中で発電が出来ると思う?」
「……あ」
騎兵は電力供給をボディ各所のハードポイントに装備されたソーラーパネルに頼っている。
その為に夜など光の届かない所では全く役に立たない。山のようなバッテリーを積めばなんとか動くが、それでも稼働時間は長くはないだろう。
最悪、何処ぞの決戦兵器みたいに、電力供給の出来るバックアップ車輌と長いコードで繋ぐしか道はない。
「んじゃ、ちょっと中を探ってくるんで、ファングさんは留守番よろしくね~」
「戦艦のバックアップが出来るくらいまで下がっておれよ。自動機械の奴等が外まで出て来ないとも限らんからの」
手を振って機動エレベーター内へ踏み込むケーナとオプスを見送り、1人砂漠に残されたファングはがっくりと肩をおとしたのだ。
1日に少しずつ5種類の小説を書き進めていると、だんだん何を書いてるのかわからなくなりますね。




