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59話 鉱業都市エディスフ


 都市エディスフはやや小高い丘のようになったカルデラの内側にあった。

 都市を境に東側は砂漠が広がり、西側からは黒々とした険しい山脈が遥か彼方まで続いていた。都市の周囲は渓谷になっており、豊富な鉱物資源が採掘される。

 そこは天然の防御壁となって自動機械の進軍を阻む。


 都市部には幾つもの工場が建ち並び、戦力となる騎兵や戦車が次々と生産されている工業都市だ。

 現在は浄水設備建設で生産どころではなくなっているらしく、工場群から伸びる10数本の煙突の内、煙を吐いているのは3本だけだった。


 先日エディスフも自動機械からの大掛かりな襲撃を無事に乗り越えた、とはベルナーからの情報だ。次が来る前にと住民総出で取り掛かっているらしい。


「人通りが少ねえなあ」


 3重になっている都市門を抜けたところでのファングの感想である。

 第2門と3門の間にある商隊等の待機場所は閑散としていた。フォークリフトもちょっとは行き来していたので、流通が完全に止まっている訳ではないようだ。


「都市内は普通に人の往来はあるみたいだけど?」

「そりゃ何処も変わんねえだろ。エディスフは一般と職人の割合が1:2だから、他の都市より人が少なく見えるんだろうよ」


 この世界での始まりの街がエディスフだというファングが案内役となり、ケーナたちに都市構造を説明してくれる。途中ファングのお薦めの工房を覗いてみたが、シャッターが閉まっていた。賑わいとしてはヤルインの半分以下くらいか。


「普段なら工場からの音がガッツンガッツンやかましいけどな」

「ふーん」


 あちこちから漂う油の匂いに辟易しながらケーナは頷いた。

 慣れれば平気になるのだろうが、病院独特の匂いに慣らされた身としては、慣れたくないなと思ってしまう。


 人の往来の他は資材を運搬する車輛が多く、街中は砂ぼこりが目立つ。

 砂だらけになるのを嫌ったケーナは、魔法で風防結界を張っている。後で浄化を掛ければ綺麗になれるが、常に砂ぼこりまみれなのが気になる理由からだ。


「ばっさばさ~」


 リュノフだけは結界の外で砂ぼこりを纏めあげ、小さなつむじ風を作って遊んでいた。

 第3者には彼女の姿は見えないので、3人の後をつむじ風が付いて行くという奇妙な光景に見えているだろう。リュノフの存在に慣れた今となってはファングもそこに気付くことはなかった。


「ところで目的地があるみたいだけど、何処へ向かっているの?」

「ああ悪い、言ってなかったか。こっちで世話になってた孤児院だよ。上手くいけば今日の宿になるかなって思ってな」

「随分と楽観的じゃのう」

「ホラ俺、白い牙(ホワイトファング)直すのに金貯めてただろ。ケーナに世話になった分宙に浮いちまってるから多少なりとも落としてこれるかなー、と」


「こっちの孤児院も金にがめつい責任者に食われてたりしないでしょうね?」


 バナハースという前例があるだけに、こと孤児院の事に関しては目を吊り上げるケーナであった。睨まれる羽目になったファングは必死で両手と首を振って世話になった孤児院の弁護に回る。


「んなのねーって! ぜってぇっ! あの神父のおっさんがそんなんに手を染めるわけがねえっ!」


 必死の否定ぶりにあっさり「ならいいけど」と納得したケーナに胸を撫で下ろすファングであった。




「おや、これはファング君お久しぶりですね」


 保育園のような敷地と建物を有する孤児院で彼等を出迎えたのは、髪に白髪の混じった壮年の男性である。

 彼は門の所で園内を駆け回る子供たちを優しい目で見つめていてファングたちの接近に気付いたらしい。ケーナの第一印象としては年期のいった教師といった感じだ。


「よお、おっさん」


 と手を上げて挨拶したファングがゴスッと殴られた。男性が手に持っていたブ厚い本で。


「以前にも言いましたが、目上の者には敬語を使うものですよ」


 ニッコリ微笑んで痛みにうずくまるファングに諭すあたりは神父というか先生というか。


「こちらはお友達ですか?」

「オプスじゃ、よろしく頼む」

「あ、ケーナです。こんにちは、初めまして」


 気さくに手を上げて挨拶するオプスと、ペコリと頭を下げるケーナににこやかに「はい、こんにちは」と返す男性。


「ああ申し遅れました。ここの責任者でディアンと申します。ファング君がお世話になったようで」


 「ああいえいえそんなことは」「いやいや」と、謙遜し合いで頭の下げあい合戦に移行しそうになったところでファングから待ったが掛かる。


「切りがねえよ、ディアンのおっさん」


 ごす、がす。


「ぐおおお」


 ケーナとディアンから拳骨を振る舞われ、再びうずくまるファングであった。


「懲りない人ですねえ、君は」

「フレンドリーにも程があるでしょう」


 何もしていないオプスも込みで呆れられた視線が3対も突き刺さる。

 更に横から子供たちの飛び付きをくらってファングは地面をゴロゴロ転がっていった。


「「「ファングにーちゃんおかえりー!」」」

「ぬわーっ!?」


 ファングは子供たちにたかられ地面に押し潰されている。


「まあ、こんな所でもなんですからどうぞ中へ。お茶でも淹れましょう」

「お構いなく」

「すまぬな」


 ディアンに案内され中に通されるケーナとオプス。

 子供団子の中から「ちょっと待てえええええっ!?」とくぐもった叫び声が聞こえたが、誰も気にしなかった。


「とーとーおいしいひとになってるぅ」

「リュノフ、本人の前で言ったらダメだよ」



 孤児院内のディアンの私室でお茶を頂きながら、ファングとの出会いや旅の話を披露していく。

 途中、ケーナは窓に鈴なりにへばり付いてこちらを凝視する子供たちを目にして席を立つ。何故かファングも混じっているのに苦笑した。


「子供たちと遊ばせてもらっても良いですか?」

「それは構いませんが。元気があり余っている子たちですからねえ。振り回されないように注意してくださいね」

「その辺は心得ていますんで平気です。オプスはこっちよろ」

「ここは問題ないと思うんじゃがの」


 ケーナが警戒しているのは妙な監視や尾行が付いていないかだ。

 都市に入ったところで俯瞰視角等で尾行などがないのは確認しているが、なにかしらの監視を感じていた。

 孤児院に被害が及ぶようなら完膚無きまで叩き潰す予定だ。オプスはそこまで警戒するのは取り越し苦労ではないかと思っている方である。


 実のところこの孤児院は青猫団組合で経営している所であった。荒くれ者などの妙な者からのちょっかいがないように、青猫団関係者が警戒しているだけなのである。


 さすがにケーナもそれを知るよしがない。

 双方勘違いをしながら警戒され、警戒し合いをしているだけなのであった。



「おねえちゃんだれ?」

「ねーちゃん、にーちゃんの彼女なのか?」

「あそぼー!」


 ケーナが外に出るとワッと子供たちに囲まれてしまう。

 下は5歳くらいから上は10歳くらいまでの9人だ。12歳くらいの子もいるらしいが、室内で4歳以下の子の面倒を見ているそうだ。


 純真な子供であればリュノフが見えるような可能性もあるかと思ったがそんなことはないようだ。子供たちの注目はケーナに向いていて、彼女の脇で暇そうに欠伸をしているリュノフへの視線はない。


 ケーナと入れ替わるように室内へ入ったファングは、ディアンと「寄付を受けとってくれ」「受け取れません」の問答を繰り返していた。


「普段は何して遊んでるの?」

「すなあそび!」

「おにごっこ!」


 グルリと孤児院の庭を見渡して見ても、50メートル×50メートル程度の庭には小さな砂場と鉄棒くらいしかない。全体的に固い土が広がる荒れ地だ。

 孤児院の建物の側には家庭菜園らしきものはあるが、気候的なものもあり3分の1は枯れかけている。


「うん。先ずは緑地化させてみよう」

「りょくちかってなにー?」

「ねーちゃんなにすんのー?」


 ケーナとしては庭を芝生で覆えば、子供たちが転んでも怪我しないだろうと軽い気持ちで実行。ハイエルフの種族専用スキルにある【森林化】魔法の下位スキル、【緑地化】魔法を最低威力で行使した。


「げっ!?」

「「「うわ━━━っ!!」」」


 予想に反して孤児院の庭のみならず、そこを中心地とした直径300メートル範囲内を雑草畑に変えてしまい慌てる。周囲には小規模な工房(ほぼ留守)が広がっていることもあり、辛うじて騒ぎにはならなかった。


「何だ何だ? 何をしたんだよケーナ!」

「これはこれは……」

 

 異変を感じたファングとディアンも外に出てきて、子供の膝丈くらいの草地が広がっていることに目を丸くする。子供たちは珍しさから草をちぎったり大の字に寝転んだりしていて、意外にも楽しそうだ。


「元が荒れ地だったからこの程度だったんじゃろう。砂漠でやればもっと範囲は(せば)まったろうの」

「あ、そうか!」


 ケーナは魔法威力×地形効果でこの広がりようになったということに、オプスからの指摘で気付く。砂漠で行使すればこの半分以下の100メートル前後が草で覆われただろう。緑が多いところで使えば1キロ四方が牧草地になりうる魔法である。


「感心してねえで元に戻すには?」

「枯れるまで待って」

「おい! 後で騒ぎになるだろーが!」


 

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