52話 決意
「はふぅ」と疲れを嘆息とともに体外へ逃がすように吐き出す。背を伸ばして柔軟をする時に、体内からコキコキ音が鳴るのでケーナは運動不足かなあと思った。
自動機械によるヤルイン襲撃事件より5日程経っており、街中だけは落ち着きを取り戻していた。
ただし、総勢1万機にも及んだ自動機械の残骸は膨大で、外壁の周囲に蟻塚のような山が幾つも出来ている。砂漠に散らばった残骸を集め終わるにはまだしばらく掛かる見通しで、そこから中枢部品を抜き取る作業も進行中だ。
こちらも街中のエンジニアを見習いまでかき集めて対応しているが、終わりは見えないらしい。
無双を行った姫様ことケーナを含む3名は、功労賞ということで他のハンターより倍の報酬を貰うことになった。それに比例して胡乱な噂も浸透し、すっかり街の皆さんから恐れられる始末である。
ハンターたちも普通に接してくれるのは年配寄りの者か、青猫団のメンバーくらいだ。
大多数の若い連中はケーナの顔を見るなり、表情を青ざめさせて逃げ出したり、視線を合わせようともしない者が殆どである。中には以前の青猫団とのVS騎兵バトルの話を持ち出す者もいて、ケーナだけでなくオプスも化け物認定をされていた。
「分かってはいたけど、それはそれで傷付く反応よね……」
言ってて凹むが恐れられるのは慣れている。
姫様の経験を受け継いだ今となっては大して気にも留めることではない。
それより今までは感情の高まりによって放出するだけでしかなかった力の使い方を学べたことが重要だった。姫様と入れ替わっていた時には、自分の後方からぼんやりと光景を眺めていることしか出来ず歯痒い思いをしていた分は取り返せたようだ。
そんな置き土産があっただけでも、今更ながらに感謝である。
「熟練度アップは叶ったようで何よりじゃな」
同じ部屋の中でケーナの呟きを聞いていたオプスが肩を落として安堵していた。
この従者は、自分がまだ創られたばかりの烏だった頃の記憶まで継承してないか、気が気でなかったらしい。
「継承してたらどうなってたの?」
「あんなクソ生意気な態度で、偉ぶるだけは一人前……、の……ハッ!?」
途中で自分でもマズイことを口走ったと悟ったのか、オプスは自らの口を塞ぐ。
目の前にはジト目のケーナが「へ~。ほ~。ふ~ん」と恨みがましい様子でオプスを睨んでいた。
「ハッハッハッハッ、いや、何のことだかのう。さっぱり記憶にないわい」
「『ボクに任せて下さいよ姫様』と言いつつ無いこと無いことをベラベラと……」
「グフッ……」
膝から崩れ落ちそうになるオプスだったが、何かに気付いて持ち直し、猛然とケーナへ食って掛かる。
「ちょっと待て! 元々の製造はそっちじゃろうが! 製造物責任法! 製造物責任法っ!」
「そしたら手伝ってくれた姉様まで一緒に法廷に出頭?」
烏は姉に手伝って貰いながら従者として作成を行い、蛇は単独で造り上げたのである。製造物責任者というのならば姉も込みでのことだろう。
「がふっっっ!?」
盛大に血を吐いてオプスが崩れ落ちる。
ケーナの勝訴が確定した瞬間であった。
「そういえばT・Sって姉様の劣化コピーだっけ……。性格はずいぶん機械的というか合理的というか」
これでも思い出したのは前世というよりは始まりの記憶ばかりである。それもかなり断片的で、この辺の原因は姫様からして欠片のようなものだったからだろか。
「思い出の父親が2人いるってのは変な感じ」
クスリと笑ったケーナは、先ほどから空中で頭を下げたまま微動だにしないもう1人へ視線を向けた。
「ほら、リュノフももう良いのよ」
「でも……、いっぱいごぶれいしちゃったし」
先日のはしゃぎようと暴れっぷりが嘘のように意気消沈して項垂れるリュノフがいた。
なんでもあの時はハイテンションに昇り過ぎて、敬意などをすっ飛ばしてしまったらしい。姫様もそれを無礼とは感じていなかったので、ケーナがそこに突っ込むのも筋違いだろう。
半泣きになっているリュノフを胸元に引き寄せ、頭や背中を撫でたりしていると安心したのか眠ってしまう。
「そうしていると母親みたいじゃな」とからかうオプスの向こうずねを蹴っ飛ばしておいた。
「それはそうと、ファングを朝から見てないけど、どうしたのかな?」
『小銭ヲ稼ギニ行クト言ッテオリマシタ』
「小銭?」
うめくオプスに代わりキーが返答をくれる。
ファングもケーナたちのチームとみなされ、充分な報酬が渡された筈である。本人は「俺なんにもしてねーんだけど」と愚痴っていた。
最もその額が他のハンターの倍どころではなかったのは、ケーナの破壊力をヤルインに向けられないようにと願う、賄賂なども含まれていたようだが。
⬛
その頃ファングはというと、朝から騎兵に乗り込んで残骸集めにせいを出していた。
姫様の残した戦闘の爪痕は、ファングと同じように残骸拾いで砂漠に散らばる騎兵乗りたちに衝撃を与えているらしい。
V字型に抉られた地面や、強い力で引き裂かれた自動機械の姿が人外魔境っぷりを表している。緊急時のためにオープン回線となった無線からも息を呑む声や、『人間の仕業じゃねえよ……』などの呟きがちらほらと聞こえている。
「そろそろ俺も、道を決めなきゃならねえよなあ……」
ボソッと呟いたファングは慌てて口を塞ぐ。
その声は幸か不幸か他の騎兵乗りには聞こえなかったようだ。
(マジでなんとかするようだぜ、ホント……)
苦虫を噛み潰した顔で騎兵を操作する。
今回もケーナチームで一括りにされてしまったが、ファングのやったことなんて微々たるものだ。
ヒュドラのコインをカ○セル○獣よろしく自動機械に向けてブン投げただけである。
最近では白い牙なんてあだ名は何処かに消えて、怪獣使いなどと呼ばれる始末だ。怪獣を普通に受け入れるこの世界の住人に呆れを通り越して笑うしかない。
(先ず騎兵を修理したらケーナたちと別れることにしよう!)
今現在ファングの懐はだいぶ暖かい。
それこそ半年くらいなら遊んで暮らせる程に。これもケーナが報酬をなんでもかんでも3等分にするせいである。それにオプスは文句を言わないので、異を唱えているのはファングだけとなる。
第3者から見れば贅沢な悩みに聞こえるかもしれないが、ファングからしてみればまるっきり寄生でしかないのだ。断るという選択肢もあるが、それを実行しようとするとケーナが涙目になり、オプスとリュノフが怒って生命の危機に陥るので、初回以降はやっていない。
出来れば全額をインベントリの中の自機の修理に回す予定だ。
叶うならば砂上戦艦も返却してもらいたいところではあるが、あそこまで改造されてしまっては望みは薄そうだ。
色々とこだわりを込めて作ったAIが、ケーナに従順な犬になってるのを見るのは思いっきり辛い。
実のところターフはT・Sが造り上げた物で、元々のAIとは別物なのをファングは知るよしもなかった。
この後、色々と考え過ぎていたせいで、残骸を引きずりながら壁にぶつかってしまい、他の騎兵乗りに爆笑されてしまうことになる。
「そろそろこの街を発つべきじゃろう」
料理スキルでの夕食が終わったあとオプスが切り出した。
ヤルインには食堂がないわけでもない。ただ、今の彼らにとっては非常に居心地の悪い空間となっている。
店に入るなり周囲の客が一斉に目を伏せ、こちらの様子をうかがいつつヒソヒソ話をするからだ。
そんな状況で食事をする気にはならないので、この状態となった訳だ。
「ああ、例の鉱山だか騎兵だかの街……エレファントとかいう」
「エディスフな。エディスフ」
見当違いな名前をのたまうケーナに突っ込みを入れるファング。
「移動する前に新たな車両を購入したんじゃが、先ずは明日にそれのお披露目といこう」
なにやらふんぞり返って妙なことを言い出したオプスに、ファングは嫌な予感をひしひしと感じた。「やったー!」と喜ぶケーナがいるので、その辺りはファングの知らないところで行われていたようだ。出発当日が明日の新車両お披露目になりそうだが、常に荷物の類いをインベントリなどに入れている彼らに旅の用意など不要である。
翌朝、宿屋兼喫茶マルマールを引き払い、新車両は壁の外に停めてあると聞いただけでファングは逃げ出したくなった。
外壁沿いの隊商ごとのコンテナが停められている場所で、その車両は異彩を放っていた。
一見するとキャンピングカー要素も含まれたトレーラーヘッド。問題はそれに繋がれたコンテナの方だった。
そこには四角い金属の箱ではなく、家屋が建っている。
見た目は海の家と言われるような小屋だ。内部は前方4分の1が囲ってある店舗部分。そこから真ん中にカウンターが伸びていて、左右から6人ずつ、12人が座れるようになっている。
あとは家屋の周囲に吊り下げられた派手なノボリとかだろう。
『水補給承ります』だの、『キンキンに冷えた生ビール』だの、『ウイスキー水割り』だの、青と赤で目立つ『かき氷』だのである。はっきり言って周囲の注目の的だ。
「わー! なにこれー?」
その物体に唖然とするケーナとファング。興味津々なのはリュノフくらいだ。
「おい。ケーナは知ってたんじゃねえのかよ……?」
「や、私は水売りやるとしか聞いてなかったんだけど。これはこれでもいいかなぁ」
「マジかい……」
あっさり受け入れるケーナに、味方はいないのかと嘆くファングである。
水と氷はスキルと魔法で作れる上に、ビールくらいならストックもある。ウイスキーに関しても材料さえあればケーナたちにとっては簡単だ。
「ファングよ、何か不満があるようじゃな?」
「不満しかねーよ! 何が悲しゅうて砂漠ん中で飲み屋をやろうとしてんだ!」
「何を言っとるんじゃ? ちゃんとあの酒の席で茶店をやろうと企画したじゃろう」
「俺が立案したようなこと言うの止めてくんないっ!? 全部お前が企画して話進めたんだろっ!」
ケーナから生暖かい視線を向けられて、ファングはオプスから距離を取った。うやむやにお祭り好きな人間だと誤解されるのは、我慢ならない。
「ちゃんと夜には赤提灯を掲げて飲み屋をやるから心配するな。日本酒らしきものも作れるからの」
「こいつ俺の話を聞いてないっ!?」
ギャーギャーとファングが一方的に不満を並び立てる中、飄々とそれを煽るオプス。
「2人とも楽しそうね?」
「俺が疲れていくだけのような気がするのは気のせいか……?」
ニコニコ顔のケーナに突っ込む気も起きず、がっくりと項垂れるファング。
精神衛生上、やっぱりこの3人から離れようとも誓った瞬間である。




