37話 戦艦と暴露(2
なんちゃって科学と理論。
あと会話と説明文多めです。
元々この惑星は最初からこんな砂だらけな星ではなかった。
緑で覆われ水も豊富で、人や文明とも調和した蒼く美しい星であった。
そんな星に主を追って転生を果たした当時のT・Sは、科学者として統一政府直轄の研究所に所属し、星の繁栄を目標に掲げた研究に勤しんでいた。
同僚と協力し合って一歩ずつ科学力を前進させ、新薬を開発し、自然環境を整えたりしていた。
しかしそれらはまだ、その世界の人類の手のひらの中の技術を使っているだけに過ぎなかった。
事の発端は人類が繁栄の寿命を越え、人口の減少が起こり始めたことにあった。
人に尽くす奉仕種族のようなものを機械的に造り上げようというプロジェクトがスタートしたのである。
当然のことのように当時のT・Sはそのプロジェクトの一員に選ばれて、あーでもないこーでもないと試行錯誤を繰り返した。
最終的には演算システムに「80%以上が使用されていない人の脳を使えばいいのではないか?」という非人道的な結論に達してしまった。非人道的なものを非人道的にしないために、いち細胞から培養した人工脳を造り上げて代用する研究が始められたが、これが難航に次ぐ難産。
その開発期間が10年以上にも及んだため、出資者の者たちがじれてきた。
彼らは「人体実験でも何でもして早急に結果を出せ」と開発チームをせっついたのである。仕方なしに関係者の1人だった当時のケーナが、T・Sに命じてカードの一枚を切らせることになった。
提供したのは『クローニングした脳に人格や記憶をコピーする技術』である。
その際に生じた不自然な辻褄合わせには烏と蛇が奔走したと言う。
ただしその技術自体が100%であっても、コピーされた脳側のケアについては未完成であった。
念の為T・Sは、『閉塞された空間における脳への負荷と影響』というレポートを上層部へ提出した。だがそのレポート自体はコピー脳の技術を得た異世界からの流用であったために確証に欠け、彼女は研究チームから外される事となる。
そうして完成したのが母体と呼ばれる統合人工脳を中核とした奉仕システムである。
子機と呼ばれる多数の端末が瞬く間に星中に広がり、介護に福祉にと活躍した。
子機の得た経験は母体に蓄積され、各々の仕事に合わせて直ぐに最適化し、次々と作業効率を上げていった。
最初の頃の子機は楕円形の胴体に2〜4つの車輪が付き、猫や犬を模した頭部と伸縮式のアームを持つ小型犬程度の大きさであった。それが作業の多様性に対応するために次第に大型化していき、遂には一軒家に匹敵する巨大な子機まで開発されるようになった。
だがそうなってくると逆に人の手を離れたシステムに恐れを抱く者が出る。
危険を訴えた人々の説得に耳を傾けた統合政府は、いざという時のためシステムを停止する鍵を上層部の人間や研究所所長に持たせて状況を見守ることにした。
しかし、T・Sの前身はその先が訪れる前に主の後を追ってこの世界を去った。そして千年近くの時を経て再びこの世界に舞い戻り、その先を知ることになったのだ。
自動機械がかつての奉仕システムであったことを知ったT・Sは烏らにせっつかれたこともあり、母体の捜索から始めることにした。
彼女はまず小型の偵察機を多数撒いた。
だが、自動機械たちはその偵察機を参考にしたとしか思えない形で自分たちを進化させた。
勿論そうなると人類が劣勢に陥るオマケ付きである。彼女的に人類はどうでもいいが、この時代のケーナを守るためには人に協力しない訳にもいかない。
仕方なしに前回の徹を踏まえ、いきなりオーバーテクノロジーなどは与えずに徐々に武装だけを強化していくだけに留めた。本人はもっともらしい組織を作ってそこを窓口とし、人類との接触を最低限だけにした。生物兵器などで自動機械に対処しつつ今も母体を探しているのである。
「と言った次第でして出来ればケーナ様がいらっしゃる前に母体を破壊できていれば良かったのですがねおのれ絶対ぶっ壊すおやどうしましたケーナ様」
「ちょっ、ちょっと待って……」
ベラベラと立て板に水のようにまくし立てるT・Sの説明には、質問を挟む間もなく目を回しながら聞いていたケーナであった。
一応脳内へキーが文章に起こした物を表示していたので、遅れてそれを読んでいるところである。
「オプスたちは知ってたんだ?」
「一応はその時の記憶も多少は残っとるからのう。それでもお主以外の事柄に対しての関心は最小限じゃから、人間共の行動はほとんど覚えとらんが」
トラックのバンパーに腰掛けながら答えるオプスに同感だと脳内のキーも頷いたようだ。
だがここで1人ブツブツと呟いていたファングが「結局お前ら主従が原因の一環なんじゃねえの」と周りの空気を凍らせるひとことをのたまう。
「「……」」
オプスとT・Sが絶句する中、ケーナだけは考え込みながら「うーん。そうかもしれないけど、そんな10コだか12コだか前の前世の発言を私のせいにされてもなあ」とか空気に気付かないことを呟いていた。
「あっれー。ひめさまがわるいっていうんだー」
楽しそうな、それでいて背筋に氷を放り込まれたような。薄ら寒い声が静かな砂丘に浸透する。
ふよふよと漂うリュノフの表情は笑っていても、ファングを見詰める瞳には剣呑な光が宿っていた。その手がすうっとファングを指差す。……より先に横槍が入る。
「こらこらリュノフ、やめなさい」
「えー」
なんとなくで嫌な予感を感じたケーナがリュノフを腕の中に抱え込む。
蛇に睨まれた蛙のような気持ちになっていたファングへ、すすっと近寄ってきたオプスが耳打ちした。
「オヌシさっきの聞いとったくせに度胸あるのう」
「は? 何が……」
「リュノフ殿の前でケーナを非難して、危うくそこのアダンテのようにペシャンコになるところじゃったぞ」
「……マジ、か」
リュノフに見詰められた時に体の芯から絞られるような悪寒は気のせいじゃなかったと、今更ながらに身震いをする。
「お前らちょっと過保護過ぎじゃねえの」
主にファングが口を滑らせると身の危険と隣り合わせ的な意味で苦情を訴えてみる。
「過保護とは少し違うじゃろうな。我等2人は友人のようであれ、と生み出されたため不敬にまで至っておらん。だがT・Sは上位の者に、ケーナを護る武装であれという風に生み出されておる。リュノフ殿は盟主より何かしら命を帯びてここに派遣されとるんじゃろう。つまりは命令を遂行しとるに過ぎんから、過保護ではなかろう?」
「その上が完全に過保護じゃねえか……」
疲れ果てたように肩を落とすファング。この話は平行線になるような気がするので、追求するのは諦めた。
「ふむふむ。それってただ単に脳をクローニングするだけじゃダメだったの?」
母体の破壊に協力するために、ケーナは対象についての詳しい話を聞き出していた。
「それですとただのタンパク質のカタマリになりますから意識なり記憶なりをインストールして脳として働かせる必要がありますしかしそこに重大な欠陥があったのです」
T・Sの両手に製図用ポージング人形が2体出現した。片方は木製だが片方はガラス製で頭の部分に丸い球が見てとれる。
「記憶や人格を丸ごとコピーするということはその瞬間までの人間をもう1人作り上げることですそこまではいいのですが問題は片方が脳だけしかないことです」
T・Sの手にある片方のガラス人形から体が消え、頭にあった球だけになる。
「つまりは今まで普通に生きてきた者が一瞬で体がない見えない喋れない聞こえない感覚もない状況に置かれる訳ですね外から入ってくるのはデータだけで何も出来ない状況は終わることなく延々と続きストレスも増大することになります」
「どうなるの?」
「おそらくは100年も経たずに狂うでしょう停止コードも打ち込まれたでしょうが現在の状況を見るに通用しなかったとみてよいでしょうカラクリはだいたい理解しております」
当時、脳のコピーには研究チームの主任自らが率先し、献体として自らを提供した。
最初はそれをテストケースとして、メインにはまた別の者が当たる予定であった。しかし時間や資金の問題もあり、変更無しでプロジェクトが進んでしまったのだ。
後に主任は所長にまで出世して停止コードを持つことに至る。
そのアクセス方法がDNA照合であった故に、母体まで同じ権限を持つことになった。
おそらくは狂い始めた母体は情報を手に入れる過程で停止コードの存在を知ったのだろう。所長が閲覧出来る機密事項は演算システムとなった彼も入手出来る。
それを利用して子機を駆使し、停止コードそのものを無効化するよう自らを改造し、狂うがままに人類に反逆し始めたのだろう。
「私は今まで通りの探索を続けますがケーナ様はのんびり砂漠ライフを満喫なさっていて下さいあとこの子に名前をお願いします」
事情は話し終えたとばかりにT・Sは足元で大人しくしていた柴犬を抱き上げて、ケーナへと渡す。
すかさず逃してなるものかとオプスが彼女の肩を掴もうとした。それより先に光を帯びたT・Sの体を突き抜けてしまう。
「チッ! 転送か!? オヌシまだケーナからの命令が下されておらぬぞ!」
それに何も返すことなく、意味深なニヤリとした笑みを残しT・Sは姿を消した。
「すまん。逃した。アヤツはあれがあるから神出鬼没なのじゃがな」
予めオプスにはT・Sが現れたら確保するように言ってあったのだが、あのタイミングで消えるとは予想してなかった。
行き先が分かればオプスの能力で空間ごと“繋ぐ”ことは出来るのだが、痕跡もない状況ではそれも不可能である。
「もう自由人なんだなあ。……仕方ないからT・Sの言う通り、砂漠ライフを楽しみつつ母体探しでもしますか」
「あれホントにお前の武装なのかよ……」
消えた空間から視線を空へと移し、ファングは溜め息をこぼす。
地平線にはもう夕焼けが薄くなり始め、頭上には紺色の空が広がって来ている。
「今日はここで野宿かなぁ?」
「そのようじゃな」
肩をすくめるオプスがトラックをアイテムボックスにしまい込み、焚き火用の炭を取り出す。
ケーナにまとめて抱えられながら「しゃー!」「ふー!」と猫じみた睨み合いをリュノフとしていた柴犬が、注目と言うふうに「オン!」と吠えた。
「ご主人様、宿泊なら艦を使ってください! 寝泊まりするくらいは出来ます!」
「あ、そうなの?」
見た目何処に泊まれるのか疑問はあるが、カプセルホテルのようなベッドがあると聞かされて柴犬をギューッと抱きしめる。
「にしても名前かあ……。私、名付けって苦手なんだよねえ」
「ポチとかジョンとかあるじゃろう」
「それだと戦艦ポチになっちゃうじゃん」
ありふれた犬の名前をオプスが挙げれば、あくまで戦艦前提にこだわるケーナ。
「ころっけとかー。かれーぱんとかー」
「イジメか! 付けないからね」
横目でにやにやしながら言うリュノフに、悲しそうに「くぅーん」と鳴く柴犬を庇う。
「あとは榛名とか金剛とか比叡とかか?」
「山の名前じゃん。んー、じゃあねえ……。柴犬……、しば……、芝……、TURF? だったっけ? ターフにしよう!」
早速とばかりにケーナは首輪の名札に『たーふ』と書き込む。
「平仮名じゃねえか」
「可愛いは正義!」
拳を握って力説するケーナに、異を唱える気もないファングとオプスは「「はいはい」」と頷いておくのだった。




