36話 戦艦と暴露(1
バナハース子供誘拐汚職事件が発生して10日程経った頃。
都市内はようやく落ち着きを取り戻していた。
事が発覚し断罪劇が繰り広げられた後日。
テスタメント機関から監査役(黒スーツを着た黒いマネキン)が送られてきて、副行政長カーデの手掛けた資料をひっくり返したところ、出るわ出るわ。ごまかし、ピンハネ、握り潰し等々の不正の記録がたんまりと。
それに比べれば行政長が行った不正などは子供のイタズラ程度に見える可愛いものであった。
しかし不正は不正としてロウムは職を追われ、別の者が行政長へとすげ代わった。
まあ、ケーナたちには大して関わりのないことである。
そのケーナたちであるが、本日は朝からバナハースを離れて都市が見えなくなるような所まで遠出していた。
キャラバンの者たちが使う通商路よりも反れた砂漠の中。
非常事態が起こったとしてもまず気付かれることはないだろう。
「ここなら大爆発が起きても気付かれることもあるまい」
「……既に起きたあとだけどな」
疲れた顔のファングの視線の先には山積みにされた自動機械が数体。ここに来るまでに遭遇したものである。
火で炙られたり、氷漬けにされたり、電撃で灼かれたりしたので、焦げ臭いにおいが辺りに漂う。
挙げ句の果てには不可思議な力によってペシャンコにされて、再利用が可能か分からないものもあったりする。
「どうやったらこんなんなるんだよ?」
げしげしと煎餅布団のようになった自動機械を足蹴にするファング。
満遍なくプレス機で均等に潰されたそれは、サソリ型のアダンテと呼称されるものだ。金になる尻尾の機構もなにもかも平べったくなっているので、かなり安く買い叩かれるだろうと思われる。
せっかく苦労してレストアした拿捕品のC型騎兵の使い勝手を試そうとしたのに、自動機械が視界に入った端から魔法が飛んで行くので出番のでの字もなく終わってしまい、不完全燃焼となったファングはしょげていた。
「思ったんだけど……」
「なんじゃ。我にも答えられるものと、答えられないものがあるんじゃが……」
砂をすくっては辺りに撒くという遊びを楽しむリュノフを見ながら、そこから目を逸らすオプスを突つく。
「リュノフってこん中で一番強い?」
「…………」
どうやら答えられない質問だったようで、オプスは明後日の方を向いて黙ってしまう。ケーナの中のキーも無言を貫くばかりである。
ならば答えられそうな方に聞くまでと、リュノフを抱き上げて髪や下半身に付いた砂を払ってやる。
「なぁにー?」
「リュノフってどーゆー立場なの? あのT・Sもあなたの言うことには逆らわないみたいだし……」
「そっちに聞くんかい」みたいに絶句しているオプスを余所に、リュノフは腕組みして「ええとー。うーんとー。んー〜と。うーんとねー。ええっとねー」と考え込んでしまう。
やっぱり無理があったかとケーナが聞くのを諦めようとした時に「あのねー」とリュノフが口を開く。
「ひめさまのー。おちちうえのー」
「お父さん?」
ケーナの朧気な記憶にあるものは人間だった頃の父の姿だ。
それとは別に力の発現があった時には、強大で恐ろしげな父の姿も心に浮かんだ覚えもある。今回リュノフが言っているのはそっちの方だろう。
そんな記憶も統合されていくのかな、などと他人事のような思いも抱く。
「はいかのー。しょーぐんのー。いちばんしたー」
「「将軍っ!?」」
彼女を見るからに一番論外な名称を耳にしたケーナとファングが驚いて聞き返した。
「将軍って軍隊とか率いるあの将軍?」
「そなのー」
「症候群の聞き違いじゃ、……ねえな」
確認のためにオプスに視線で問い掛けると、ふかーいため息を漏らしながら大きく頷いていた。あとは何も解説などを入れてこないので、あまり触れたくない問題のようだ。
本人の性格上よく判らない言葉を使うこともあり、リュノフへのその辺りの追求は横に置いておくことにする。ファングもケーナがそれ以上言わないことから、リュノフの不思議っぷりはそのままスルーということにしたようだ。
「……でだ」
ケーナの発案でこんな人の訪れない砂漠真っ只中に来た理由はまた別のことにある。
アイテムボックスからチェーンが付いた手のひらサイズで金色のスペースシャトル型の笛を取り出した。ふよふよと近付いてきたリュノフが物珍しそうにしげしげと眺めている。
「なーにこれー?」
「T・Sの言うことによると笛らしいわ」
オプスはそれを一度聞いているので渋い顔だ。
「かしてー」とねだるリュノフに渡す。体のサイズ違いから、彼女的には広辞苑並みの大きさになるようだ。チェーンを持ってぶら下げて「ぶーん」と、飛ばしてるかのように遊び始めた。
「あれを吹いたらなんかあんのか?」
目の前をすいーっと通り過ぎるリュノフの持っているソレを見ながらファングが呟く。
「T・Sの言うことによると、何かが呼び出されるらしいけど。それがデカいのか、小さいのか。生き物なのか、機械なのかが分からないからこんな所まで来たんだけどね。リュノフ返して」
「はぁーい」
リュノフから受け取ったスペースシャトルの機首部分から「んじゃ行くよ」と前置きをして息を吹き込む。
ピロリロピロリロピロリロリ――!!
水笛のような跳んだ音が周囲に響き渡る。
リュノフだけが喜んでいて、他は何とも言えない表情で油断無く辺りを見回していた。
やがてゴゴゴゴと地鳴りに近い音が地面を振動させながら、何かがこちらへ近付いてくるのが感じられた。視認出来ない何かが砂塵を巻き上げながら地鳴りと共にすぐ近くまで来てから、その姿を唐突に出現させて停止する。
「うーわ、なにこれ?」
「しろーい! おっきーい!」
現れたそれは、白い機体が眩しい陸上を走る艦のような代物であった。
全長が50メートル強、高さが20メートルもある。分かり易く例えると、山型に整えられた6階建てのマンションに匹敵する大きさである。
ポカーンと口を開けて見上げるケーナやぴょんぴょん跳ね回って喜ぶリュノフ。
腕組みして苦い顔のオプスとは別に、ファングだけは俯いてブルブル震えていた。
「どうかしたのかの、ファング?」
「こ、これは……」
「ん?」
オプスが声を掛ければ、ファングの変な様子にケーナも気付く。
具合が悪いのかと思って近付いた時。怒りの形相で顔を上げたファングは声高らかに叫んだ。
「これはオレの戦艦じゃねえかああああああああ――っっ!!!!」
「ひゃう!?」
「え、そうなの?」
「かーかー」とか周囲に虚しく響く慟哭にも似た心からの叫びに、驚いて逃げ込んできたリュノフを抱きしめたケーナは目を丸くしていた。
逆にオプスはこの戦艦の境遇を大体察し、憐れみの視線をファングへ向ける。
「諦めよ」
「まだ何も終わってねえよっ!!」
「これが探してた戦艦? え、なんでこの笛で呼び出されたの?」
「それはオレが聞きてえわ! ちょっ、離せよっ!」
感極まった様子で駆け寄ろうとしたファングをオプスが肩を掴んで止める。
実のところファングの動きに合わせて、船体に設置してある機銃がくるんと向いたのが見えたからである。
「まあ待て。色々説明してくれそうな奴が出て来たようじゃぞ。まずはあれに聞くなりなんなりすれば良かろう」
オプスの指差した先。最上段の艦橋からひょこっと動いた何かがぴょーんと飛び降りて来る。
高所から降りる猫のようにふわりと着地したそれは、首輪のついた茶色い柴犬であった。
「「「い、ぬ……(じゃと)?」」」
「ご主人様お待ちしておりました!」
「喋った!?」
現れた犬には3人が絶句したが、喋ったところで驚いたのはファングだけであった。
「わー! 可愛いい!」
ふりふりと丸まった尻尾を小刻みに振るちまっとした可愛いさにやられ、ケーナが柴犬に抱きついた。
「わ、わぅん?」
「ほーら、わしゃわしゃわしゃ」
「く、くぅんくぅ〜ん」
「わー! もこふわだわ。柔らかーい!」
首元に手を入れてかき回したり、全身の柔らかさを堪能するように撫で回したりしているケーナの手腕にメロメロになる柴犬。
その様子を見ていたリュノフが頬を膨らませてケーナに飛びついた。
「り、リュノフのほうがかわいいもん! ひめさま、リュノフもわしゃわしゃして!」
「え?」
下半身が魚とは言え見た目が完全に幼女のリュノフ。
彼女をわしゃわしゃして全身を撫で回す行為は第3者的にアブノーマルに見えるんじゃないだろうか? とケーナは一瞬躊躇する。
ケーナが思考停止したところでリュノフのキツイ視線は柴犬を捕らえた。
ビクッと震えた柴犬を威嚇するように視線の高さを合わせたリュノフは「しゃーっ!」と吠えた。
「わ、わん?」
「かわいいのはリュノフだけでじゅーぶんだもん! おまえなんかあっちいっちゃえっ!!」
「せ、折角ご主人様が呼んでくれたんだもん! 会えるのを楽しみにしてたんだもん! どっか行くとかありえないんだもん!」
ひしぃっとケーナの足にしがみつく柴犬に合わせ、反対側の足にしがみつくリュノフ。火花を散らして睨み合う1人と1匹に再起動したケーナも困り顔だ。
「おい、どうするんじゃケーナ。どちらか優劣つけんと止まらんじゃろうこれは」
「優劣つけろって無理よ。どっちも可愛いいんだもの」
「そんなことより俺に説明を寄越せよ!」
苛つきながらファングが柴犬とリュノフの間に割り込もうとした時である。
「私でよろしければ幾らでも説明致しますわ」
いつの間にかそこに居たT・Sが申し出た。
その声色には微妙な苛立ちがにじみ出ている。
「T・Sァ!? どっから出て来たの?」
「はいケーナ様今そちらから」
T・Sが指差す方を見れば、1つがプレハブ小屋2つ分くらいありそうな大きさのキャタピラの間に、タラップの掛かった昇降用のハッチがあった。
そして彼女はケーナではなくファングの方を向くと、腰に手を当てて不快感を露わにした。
「アナタですね人類大虐殺の引き金を持ち込んだのは」
「ええっ!? オレが何したっつーんだよっ」
いきなり矛先が自分へ向いた心当たりの無い非難にうろたえる。
「私がこの艦を拾ったのはエディスフより北東3キロ弱地点になります咄嗟に干渉しましたのでこの艦がエディスフを壊滅させるようなことは防げましたわ」
「なんだって? オレはそんな命令は出してねえぞ」
ちなみにエディスフというのはヤルインを挟んでバナハースの反対側にある都市の名前である。
山岳地帯に面しており鉱山を幾つか有していることから、工業都市として有名だ。騎兵や車両はほぼエディスフで生産されていて、機械工学を学べる施設も充実している。
過去幾度となく自動機械からの襲撃があったが、いずれも自前の戦力によって退けていた。などという説明をケーナはオプスから受けていた。
「いいですかAI制御というのは即ち自動機械の恰好の依り代な訳ですプロテクト? そんなものは何の役にもたちません惑星上に蔓延する支配波は全ての自動制御に作用して人類の敵に仕立て上げますアナタが真っ先にする行動は逃げ出すことではなくAIを破壊することでした」
「おめっトリップしてきて直ぐに世界の現状なんかわかるかああぁぁぁっっ!!!!」
「まあ、そうだよねー」
理不尽な罪の羅列に血を吐くような叫び声をあげるファングであった。
最初は戸惑うし情報が欲しいよねと、実感したことのあるケーナは苦笑するばかりだ。
「……でも、そんな細かいことまで判明してるんだ。対策のようなものは取れなかったの?」
T・Sはケーナの問い掛けにやや視線をさまよわせていたが、姿勢を正すと意を決したように口を開いた。
「今の人類にはそれの対策は無理でしょう。
……なぜならば、自動機械という物共の“祖”は私が造ったものだからです」
「「「…………ハイ?」」」
マスコット将軍




