29話 訓練と旅路
遅くなりました。
「いやー。こんだけ大量に車両が動くと凄いわー」
「あー。なんか言ったかの?」
「砂塵で! 何も! 見えないって! 言ってんのっ!」
兵員輸送トラックのハンドルを握るオプスに助手席のケーナは怒鳴り返す。
窓の外は護衛対象車両の蹴立てた砂埃がまるで砂嵐のようで見通しがすこぶる悪い。
「おーい。交代の時間じゃねえのかー?」
2人の背後、荷台側の小窓が開いてファングが顔半分ほど出してのんびりと問い掛けた。
オプスと何時間かおきに運転を交代するという取り決めにしてあるからだ。ちなみにその交代要員の中にケーナは入ってない。
「あー、そのつもりじゃったのじゃがなあ。この状態で大丈夫か?」
ボンネットまでは見えるがその先は砂煙という光景を差してファングに問う。
オプスの場合は上空に風精霊を飛ばし、その視覚と繋ぐことで周りの状況を把握している。
「ばっかお前ガーランドを馬鹿にすんなよ。この程度の砂嵐の中で動けないんじゃ、騎兵乗りなんかやってられねーぜ」
なんでも周囲をレーダーサイトのように把握するスキルがあるという。
「ふむ。で、その効果は何時間くらいじゃ?」
「う……」
「どのくらいじゃ?」
「い……いちじかん、くらい?」
「話にならんな」
「ぐっ……、ぬぐぐ」
持続時間を指摘されてファングの表情は悔しげになる。ケーナはただ苦笑するばかり。
「まあ、一休みくらいは出来そうじゃの」
「へ?」
オプスの落として上げる発言にケーナは「やっぱ丸くなってるわ」と呟く。
オプスから飛んで来た鋭い眼光を、荷台側へ【転移】することでやり過ごした。そうして次はファングを助手席へ飛ばし、オプスがファングと場所をケーナと同じ手段で入れ替えれば交代完了である。
オプスが「仮眠をとる」とアイマスクを被れば、釈然としない顔でファングがハンドルを握った。
◇
オプスVS騎兵より2日が経過していた。
ケーナたちはアクルワーズ商会の責任者(見物客の中にいたらしい)よりその実力を見込まれ、「是非に」と護衛に加わることとなった。
逆に騎兵をのしたことで青猫団の若手からは大層畏れられ、スバルを仲介として付き合いをするというなんとも面倒な繋がりに至っている。
現在は出発してからだいたい2時間ほど。
アクルワーズ商会の車両はコンテナが30機という大所帯で、装甲車&指揮車に3両ずつ繋がれたものが10台。これが現状砂嵐のように見通しの悪さを作り上げている原因だ。
それに青猫団所有の3両編成車両が4つ。アクルワーズ商会のコンテナを囲むように配置されている。
ケーナたちの所有するトラックは最後尾に位置し、舞い上がった砂塵の影響をもろに被ることになっていた。
目的地はヤルインより1000キロほど離れた海辺の城壁都市バナハース。
何の問題もなければ4日程で着くらしいが、スバルによると今まで順風満帆となった行程はほぼ無いとのこと。
主に自動機械やら砂漠生物の襲撃は当たり前。
車両故障とかはいうに及ばず。一番面倒なのは同じように騎兵も使って襲撃してくる砂漠を根城にする盗賊の存在だとか。
「殿を任されたんだから責任重大だよねえ」
ケーナは【飛行】を使い、荷台を抜け出してトラックの幌の上に降り立つ。
砂埃の真っ只中に飛び込む形になるが、ケーナの周囲にはキーの防御陣が張り巡らされているので、目を開いて呼吸をするのに影響はない。
「さて、えーと、まずは……」
ケーナは目を閉じて体の奥底にある感覚を引っ張り出す。
これがまた朧気なもので自分でもあまり確証がもてない部分である。
オプスの話によるとケーナの閉じられていた魂源が目覚め掛かっているということだが、完全に制御するためにはやはりケーナ自身が自分でなんとかするしか方法はないのだそうだ。
四苦八苦して以前感じたことのある感覚を引っ張り出し、目を開くと風景が一変していた。
車両の巻き上げる砂煙だらけなのは変わらないが、それに風の流れを可視化した光景がプラスされている。といってもガラスに引っ掻き傷を入れたような判りにくい形ではあるが。
「……ふぅ」
軽く深呼吸をして再び目を閉じて集中する。
今やっているのは制御と把握と精度である。
つまりは力の程を制御しながら、精度を磨いて全体を把握するだけの行程だ。なんとなく自分の中にある魔力とは違う力を見つけてから始めた訓練で、やり方はもう手探りでしかない。
マニュアルが魂源の中なので、ただ漠然と『こうしてあーして』という曖昧な感覚が頼りである。そして集中した結果、ケーナの脳裏に浮かんだ光景は数キロメートル範囲までの砂漠とその真ん中で小さく砂埃を上げているキャラバンの俯瞰図であった。
つまりは精度の絞り込みが失敗していることになる。
「あちゃー……」
いったんその光景を切ってケーナは頭を抱えた。
予定ではキャラバンを100メートル範囲で見下ろし、風の流れを制御して砂埃を極力減らす目論見があった。ミニカーを並べて、間の邪魔なものを取り除くような感じである。
だが先程のような範囲の縮尺図だと、力加減をミスった場合、ダウンバースト現象などが発生してキャラバンが壊滅してしまう危険性が高い。
「要訓練しかないか。千里の道も一歩からっとね」
『ソノ意気デス』
こればっかりはキーでも手伝えないので、幌上のケーナの身体のバランスと邪魔の入らぬように防御を固めるくらいだ。
ケーナの試行錯誤は陽が傾き始め、キャラバンが野営のために停車するまで続いた。
「ぬぬう〜」
コメカミを両手でぐりぐりとほぐしながらケーナは呻き声を漏らした。
「荷台の上で何やってたんだよ。お前は」
「何やってたってもう〜、ふわっふわで上なのか下なのか前途多難だわ〜」
「まったく意味がわからねえよ」
ふらふらしているケーナの背を支えながらファングは首をかしげていた。
ただでさえ騎兵が使えないことで運転手としてしか務まらない同行者になっているファングであった。執念で特殊ポイントまでを使い、レーダーサイトスキルの時間延長を行っていたのである。
そのせいもあってオプスから「無理をせんでもよいのじゃぞ」という労いの言葉まで貰い、鼻高々に荷台を覗いてみれば誰も居なくて大いに焦ったのは記憶に新しい。
「上に居る」とオプスに教えて貰わなければ助手席から飛び出していたかもしれない。
「どーしたの?」
「いや、なんでもねえ」
ファングは周辺の安全を確保するために走り回る青猫団メンバーを横目に自分も何か行動を起こすべきだろうかと、肩から下げた銃に手を添える。
「あーだいじょぶだいじょぶ。この周辺はもう掃除済みだから」
「……は?」
ケーナは手をパタパタさせながら突拍子もないことを言い出す。
彼女の精度修練は地上視だけには留まらず、地下にまで届いていた。砂中の原生生物だけではなく、砂丘をさ迷っていた自動機械までバッチリ見付けていたのだ。
ただ排除しようとして視覚化したジオラマ上に軽くデコピンを放ったつもりが、大規模なソニックブームが発生して砂丘が長さ数100メートに渡って不自然にえぐれていたり。地中の原生生物を退治したら、直径200メートルの深さ10メートルの不可思議な盆地が砂丘に刻まれたりである。
キャラバンの進行方向に影響がなかったのが不幸中の幸いであろう。
あまりにも簡単に地形が変わってしまうので、次回からは見るだけに留めようと固く誓ったケーナであった。
青猫団で持ち回りの歩哨を立ててから、キャラバン全体が夕食の準備に入る。
ケーナたちは歩哨や夜の警戒番を免除されている。
青猫団副団長曰わく「あの攻撃が誰も見てないところで放たれるのが恐ろしくて仕方がない」のだそうな。
ケーナはキャラバンの密集している一角でコンテナを風避けにしながら、夕飯の準備を始めた。
とは言ってもケーナの場合はスキル発動させてしまえばすぐ完成なので、あくまで前準備の振りだ。
野菜や肉を切り分けて水で満たした寸胴鍋に放り込んで煮始める。
キャラバンの人員や青猫団の者たちは自前の車両の中に簡易キッチンやレーションがあるので、ケーナの行動を物珍しそうにチラチラ見ていた。
そんな人々の好奇心も、ケーナがスキルを発動させたことで驚愕へ変わる。
「な、なんだこのかぐわかしい芳醇な香りは……!?」
相変わらずボコボコと泡を立てて煮込まれる原色紫のスープ。とても食べ物の色ではない。
しかしそこから漂ってくる匂いはこの世界の誰もが嗅いだことのない未知の匂い。
嗅ぎ続けることで口の端に涎が垂れ下がりそうになる美味しそうな匂いだった。
誰もが視線をそこに向けて「ひとくち味見を」と催促したくなる中、青猫団の中より歩み寄って行った者が3人。スバルとガーディとシグである。
「よう、嬢ちゃん。お裾分けされに来てやったぶっ!?」
「何であんたが上から目線で催促してんだい! そんなんだから青猫団の印象がどんどん悪くなるんだろうがっ!」
問答無用でスパナをガーディの顔面に叩き込むスバル。
ケーナは小分け用の容器を準備しながら、平然としているガーディの頑丈さに唖然とするばかりだ。そんな2人をスルーしたシグは清々しい笑顔でケーナに話しかける。
「いや、相変わらず匂いだけでも絶品ですねえ。見た目はアレですが……」
「ああ、匂いと味は五つ星なんだがねえ」
「色さえなけりゃあなあ……」
「何か文句があるなら聞きますけど?」
「「「そんな滅相もないっ」」」
ケーナから背筋の寒くなる笑顔を向けられた3人は異口同音に首を横に振った。
その後ろでは見るだけなら2度目になるファングが、毒々しい色のスープを入れた器を持って固まっていた。
「どうした。食わんのか?」
「食えるもんなのかこれ?」
「前も食べとったし、あっちでも食っているじゃろうて」
と、オプスは3人組みの方を指す。
欠食児童のようにがっついているガーディ以外は、レンゲを使い味わって食べていた。その表情はスバルもシグも、美味さから笑みを浮かべている。
「……マジか」
確かに引き込まれそうな匂いはするが、色さえなければファングもがっついているところだ。
「さっさと食わんとケーナが気を悪くするぞ」
「う……。わ、分かったよ」
「まあ、その前に我が【強制操作】を使ってスープで溺れそうになるくらい食わせてやるから安心するがよい」
「安心出来る要素が何処にもねえよ!」
ケーナのことに関しては有言実行なオプスである。
操り人形のように食わされるのは御免だとばかりに、ファングは慌ててそれを口に入れた。目をつむって「南無三!」とか思いつつも。
食べた後の目を見開いて驚愕するファングの表情はケーナを楽しませたので、オプスが手を出すことは無かった。
「明日はパンにしよっかな〜」
「いきなりグレードが下がったな」
ケーナの呟きを聞いていたガーディが残念そうにこぼす。
「んん? ガーディさんパン嫌いですか?」とケーナが疑問顔で首を傾げる。
「いやまあ、好きか嫌いかで言えばどちらとも言えんなァ」
「そーですか……」
しゅーんと肩を落とすケーナを見てオプスから怒気が吹き上がった。間髪入れずにスバルからスパナが飛んだのは言うまでもない。
「いてえよ姐さんっ」
「この馬鹿ったれ!! ちょいちょいとこれだけの物を作る嬢ちゃんのパンがそこらへんの保存食と同じな訳ないだろうが! 少しは頭働かせなって言ってんだろう!」
「ええー」
脳筋には難しい気の使い方を怒鳴られたガーディが今度は肩を落とす。
スバルに「どういうものか説明してやんな」と促されたケーナはパン食の魅力を語り始めた。
「ええっと。焼きたての食パンで、両面キツネ色の焦げ目があって、乗せたバターがゆっくりと溶けながらお日さまのようないい匂いがしてー。あ、イチゴジャムやベリーのジャムを塗ってもいいよね。外側はほんのりカリカリで、内側はふわふわの食感なんだよー」
多少子供っぽい言い方ではあったが、周囲で聞き耳を立てていた青猫団員たちの食い意地を惹くには充分であった。我も我もとご相伴に与ろうと口を開く中、一部の人員は疑問を感じていた。
パンすらも水分を奪われ固くなるこの熱砂の砂漠で、どうやってそのような食物を手に入れるのだろうと。




