26話 水泥棒探偵団(2
砂除けで二重になっていた研究施設の入り口を通過すると、受付とは名ばかりのガランとした誰もいないホールが3人を出迎えた。
本来なら受付嬢が居ると思われるカウンターに付いていたインターホンで、アテネスに面会したい旨を告げる。
『お待ちください』
あっさり許可が出たので些か拍子抜けだ。ほどなくして……。
「おやおや、面会人が来たというからどんな奇特な人が来たのかと思えば君たちか」
白衣、ではなく白いローブを翻してアテネスが現れた。
「アテネスさんスッゴい顔色悪いよ! 大丈夫なの!?」
訂正。翻すより足元が覚束ない感じで、目の下に隈が色濃かった。
心配して駆け寄ったケーナに対して「何時ものことよ。キミが気することじゃない」と手を振りながら軽い調子だ。
「何時ものことって……」
「ケーナよ。研究者という人種をその手のことでたしなめても無駄に疲れるだけじゃぞ」
「それはそれで酷い言われようだね。合っているけど」
「認めちゃったっ!?」
ずいぶんと憔悴した感じのアテネスの軽い言い方に、ケーナはショックを受ける。
ケーナは体を支える振りをしながら、アテネスの背中へ手を当て【活力譲渡】というスキルを使用した。本来ならば瀕死の者に対してHP1点とMP1点を分け与えるものである。この世界の人間にMPが効果を及ぼすかは不明だったが、青白かったアテネスの表情に多少の赤みが戻る。
彼女自身が自分の状態に首を傾げたことで少しは改善されたようだ。
「おや。いまなにかしたかい?」
「いえ。どうなったんです?」
「いやね。もう一晩徹夜が出来そうな気力がもりもりと……」
「やらないで下さい! しないでいいから寝て下さいっ!!」
逆効果なことを言い出すアテネスにケーナの悲痛な叫びが飛ぶ。
なにやってるんだかと苦笑したオプスが、アテネスを強制的に眠らせようとするケーナに待ったをかけた。
「待て待て。おぬしは具合の悪い者を見ると目の色を変えすぎじゃぞ」
「えー」
「ちょっと黙っとれ」
もはやどっちが主従か分からない会話にファングも首を捻るばかりだ。
「まあ、こんな所で立ち話もなんだし。うちの課にでも来るといい。散らかってるけどね」
アテネスの案内で白ばっかりで迷いそうななんの飾りもない廊下を進み、エレベーターで上がった所にその扉はあった。
「砂漠、課?」
「うん? 何かおかしいかい? ウチはどこもこんな感じだけどねえ」
スライドドアを開けて「さあ、どうぞ」とアテネスは3人を中に招き入れる。
「「……わあ」」
中を一目見たケーナとファングから呆れた声が棒読みで零れた。
室内は小学校の教室程度で窓は無い。4方の壁は備え付けの棚になっており、ラベルのついた小さなガラスケースがびっしりと並んでいた。室内には部屋の広さに比べて少ない事務机が置かれ、机上は書類が山になって積み重なっている。
職員は10名くらいだが、部屋のあちこちで椅子に座ったり、立っていたり、床にしゃがみこんだりしたりしていた。ブツブツ呟きながらタブレットのような端末と書類を照らし合わせていたり、ケースに入ったサンプルを顕微鏡で調べたりしている。
もちろん床には足の踏み場もないくらいに書類が散乱していた。
「どうやって中に踏み込めと……」
ボソッと呟いたファングの一言が全員の同感であった。
すいすいと書類を踏みながら中に入って行ったアテネスが、瓶底眼鏡で髭モジャなガタイの大きい中年男性を連れてくる。
「ほら課長。この前の出張の時に護衛してくれた飛び入りの2人が彼等」
「おお君たちが! なにやらデカいモンスターを撃退してくれたという部下の命の恩人か! ありがとう! 皆を代表して礼を言わせてくれ!」
ガタイに合わせて声も大きく、至近距離で食らった中でケーナが目を白黒させていた。
その言葉を聞きつけた室内の何人かが顔を上げてケーナたちに気付く。
「「「おお、嬢ちゃん! ついに店屋を開くのか!」」」
「開きません」
「「「うええっ!?」」」
どうやら別れ際に言っていた「資金提供するから店屋を開け」というのは冗談ではなく、限りなく実行に移されることが(彼等の中では)決定していたらしい。
きっぱり断ったケーナにショックを受け、肩を落としてしょぼくれる研究者たち。
「も、もう、あの味は……食べられないっ……、のかっ」
「あれから……、あれからの食事の実に味気ない日々にっ、ついに終止符が打たれると思ったのにっ!?」
「天は我らを見放したっ!!」
天井を仰いで慟哭する者まででる有り様である。オッサンたちが悔し涙を流す様子など、実に鬱陶しい。
「な、なあケーナよぅ。作ってやれよ。この悔しがり方を見れば分かるだろっ!」
なにか共感を受けたらしいファングまでもが懇願する始末。
オプスは我関せずの姿勢でいたが、課長とアテネスの憐れみの視線を受けてさすがのケーナも頷くしかなかった。
「分かりました。ここで1食くらいなら作ってあげます」
「「「うおおおおおおっっ!!!!」」」
「でもお店は出しませんから」
「「「ぅぉぉぉぉぉ〜〜……」」」
雄叫びをあげて喜ぶも、ケーナの切り捨てた一言で意気消沈する研究者たち。
(フィールドワーク時にはこの半分しか参加してなかったのに、なんで全員が一喜一憂しているんだろう?)
どこからともなく大きめの土鍋を取り出すケーナを不審がることもなく、食材を提供したり、卓上コンロを用意したりと、彼等の期待の高さが窺える行動の素早さである。
本来なら食材4種類以上を投入し、闇鍋スキルを使えば出来上がるものである。しかし人目が多いため、ある程度火が通ってからケーナはスキルを行使した。
それまでただの沸騰したお湯の中で浮き沈みしていた食材は、あっという間に紫色の毒々しい液体に煮込まれた闇鍋へと変貌を遂げた。
「なんじゃこりゃっ!?」
初めて見る得体の知れない料理にファングが一歩引く。
反対に研究者たちは小鉢とレンゲを持って闇鍋に歩み寄り、次々に掬い陶酔した表情で匂いを嗅ぐ。
【闇鍋】は回復用の【魔女の鍋】と違い戦闘用の食料である。
効果は高揚とHPアップのはずなのだが、こちらの世界では食した者を魅了する怪しい効果となっているようだ。
「それで結局お2人は何をしにここへ? 私に会うために来たって訳じゃあなさそうだが」
ひと匙のスープすらも取り合うムサい研究者たちの醜い争いを横目に、ケーナたちに向き合ってアテネスが首を傾げる。
「元々は研究者としての伝手を頼ってきたのだがの。捜査の末に辿り着いた先がここじゃったので、今は話が違ってきておる」
「捜査の、末?」
オプスの言葉で更に首を捻る羽目になったアテネスに、ケーナは「水泥棒がね……」と、ここに至る経緯を説明し始めた。
「成る程。それでお2人は私の所まで会いに来たのですか……」
かくかくしかじかとケーナが説明を終える頃には(醜い争いを終わらせた)男たちも話を聞いていた。ついでに「水を大量に使う部署について」聞いてもいないのに答えてくれた。
「ケーナ殿の探してるのはおそらく緑地課の奴らじゃないかな?」
「緑地課ぁ?」
「砂漠で順応する植物などを研究してる部署だ」
「そういえば最近「水が無い水が無い」とボヤいとったなあ」
「あ奴等なら植物の為に水泥棒くらいやりかねんだろう」
「まったく、植物よりまずは土壌をなんとかせんとならんと言うのに、嘆かわしい」
「なにより砂漠の研究を優先しとるワシ等に対してぞんざいなことばかり言いおって!」
「けしからん!」
「今はそんなことを糾弾しても仕方ないでしょう」
室長の後が愚痴だらけになってきたので、アテネスが強引に静かにさせる。
「卵が先か鶏が先か論争だなあ」
「仕方ないのう。昔とまったく変わっとらん……」
呆れてボヤいたケーナはともかく、正体のバレそうなオプスの呟きは幸か不幸か誰にも聞こえなかったようだ。
「こういうのは早い方がいいから」とアテネスの案内で3人は緑地課に向かうこととなった。
「話はえーな」
「あそこは研究の特性上、水の使用は他のところより多くなっているがね。それでも水泥棒がバレた場合は大問題になってしまうし……」
緑地課に辿り着いたアテネス含む4人に待っていたのは、そこに所属する研究員たちの冷ややかな視線だった。
「私たちが水泥棒? あらぬ疑いを掛けるのは止めてちょうだい」
ここの室長だという、ミュイセという名の40代くらいの婦人は、目を泳がせながらそう否定した。
「普通馬鹿正直に「貴方たちが水泥棒ですね」なんて聞かねーよな……」
「……アテネスさぁん」
【真贋看破】のスキルでケーナたちにはそれが嘘だと見抜けていた。ついでに室内にある植物から「ウソダヨ」「ドロボウシテキタヨ」との囁き声がケーナには聞こえている。
緑地課の部屋は砂漠課よりも広く、天井が倍以上ある吹き抜けロビーのような形状だ。床一面に細い水路が幾つも通っており、所々から天井に届く樹や人の腰くらいまでの苗木が水耕栽培で植えられていた。
らちがあかないと判断したのか、オプスが一歩前に出る。
嫌な予感がしたケーナが制止するよりも早く、オプスの【威圧】が緑地課の者たちだけに襲いかかった。
ガタガタ震えながら顔色を真っ青にした研究員たちが一斉に床にへたり込む。
「よし。貴様等、正直に答えぬのならば、これ以上の地獄が待っているとしれ!」
「それ脅迫としか言わないからっ!」
緑地課というグループ指定で掛けているので、全く影響のないファングとアテネスには事態が把握出来ずに疑問顔だ。
ちなみに【威圧】の威力は精神値と魅力値に影響する。
魅力値がゲーム時の種族中ドベだった魔人族ではそれ程の威力はない。
これ以上の地獄とは、2つの値がぶっちぎりのトップであるハイエルフ族が放つ【威圧】のことだ。相手が心臓発作かなにかで死ぬ可能性があるのでやらないが。
しかしオプスの【威圧】だけで全員が「私がやりましたごめんなさい許して下さいママ〜ッ!!」と泣き出すのに1分も掛からなかった。何故か満足げなオプスの頭をケーナはド突いておく。
「自供が取れたので、あとはこちらで上に連絡して判断を仰いでおきます。ご協力ありがとうごさいました」
これ以上行政内のゴタゴタにハンターが首を突っ込むとロクなことにならない。
そう付け加えたアテネスに後は任せて、ケーナたちは研究機関を出て帰路についた。
「結局金にはならなかったなー……」
「ふふふーん」
ボヤくファングとは裏腹にケーナだけは妙に機嫌がいい。
何事かと集中した2人の視線に気付いたケーナがマントに隠していたあるものを取り出した。
「じゃ〜ん!」
「……げっ!?」
「ほう?」
それはシャボン玉のような光の膜に包まれた、20センチメートルくらいの植物の苗木だった。光の膜はキーの付加した保護シールドである。
「盗ってきたのか!?」
「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。この子が「ここに居たら死んじゃう〜」って泣いてたから救い出してきたのよ」
「は?」
ファングはハイエルフの特殊能力などを知らないので、ケーナを見る目に生暖かいものが混じる。
「それはどうする気じゃ?」
「いつか森を作ったときに中心に据えて世界樹にするわ」
力説するケーナに、オプスは厄介事を背負いこんだ気がして目眩がした。
まあ、宿に戻ってからのケーナの報告に、更に頭痛の種が増すことになるのだが……。




