24話 3人目のしもべ
デフォルメされた3本首のトカゲが刻まれた紫色のコイン。
ヒュドラをファングが苦労して持ち運び型に変化させたものがこれである。
実際のところはオプスがヒュドラを止め、ケーナに羽交い締めされたファングが嫌々ながら触れるという荒業によってだが。
「で、これをどーやって使えと?」
「普通に敵に向かって投げつければ顕現するであろう」
「カ○セ○怪獣かっ!?」
理解し難い仕組みを簡略化された説明によって流され、ファングは肩を落とす。実際、年下にしか見えないケーナにさえ、腕力で負けるのだから落ち込みもしよう。
お手軽召喚ヒュドラのような隠し玉は持っていて損はない。
出すまではいいが、問題はその後の制御とコインに戻すまでの過程だ。
「本当ならMPを消費して維持するんだけど、ガーランドには無いんだよね」
ケーナのレクチャーに頷くファング。
ガーランドのシステムには魔法はなく、代わりにタクティカルポイント(略してTP)というものを消費してスキルや生存の補助に使われる。
これはキャラメイク時のステータス割り振りによってのみ数値が決定され、以後増減することはない。最低は1、最大で10前後だ。TPは銃器に付随する特殊技能の【曲撃ち】や、怪我を負ったときの度合いを一段階軽減させたりすること等が出来る。
ポイントは使用後、24時間を経て固定値まで回復する仕組みだ。
このTPをMP代わりに使うことは出来ないので、ヒュドラの召喚に必要なMPはオプスが担うことになっている。
コイン自体が魔韻石で作られているので、そこにMPの蓄積は可能だ。
リアデイルでいうならば、ダンジョンで定期的にモンスターをポップさせるシステムを、持ち運び命令式にしただけだ。
コイン状態でも命令は有効になっている。ファングが「伏せ」と言えばコインはチャリンと倒れる。「起きろ」と言えばコインはピョコンと直立する。「進め」は荷台の床をコロコロと転がりだす。命令は問題なく通じているようだ。
「でもなんで俺、食われそうになるワケ?」
「うーん、多分。オプスが譲渡時に『遊び相手』とか『非常食』とか付け加えたかなんかしたんじゃない?」
「……っんのクッソヤロオオオオオオッッ!!!!」
荷台の騒ぎが聞こえても、オプスは我関せずとした態度で幌トラックのハンドルを握っていた。
ファングが特訓のギブアップを申し出たため、3人はヤルインへ帰還する途中であった。オプスは運転席。ケーナとファングは幌トラックの荷台で向かい合っていた。
ヒュドラコインを摘みながらファングは疲れきった顔でうなだれる。オプスがアイテムボックスから幌トラックを出した時に『こんなのがあるなら最初っから使えええっ!!』と叫ぶも、見事にスルーされたのが原因なのかもしれない。
「戻ったらちょっと買い物しよう。食材も減ってきたし」
ケーナはアイテムボックス内の物を確認しつつ、指折り数えて足りない物を挙げている。
その様子を横目でぼんやりと見ながらファングも自身のインベントリを覗き込み、がっくりと肩を落とした。
「あんまり金がない……」
「市内でバイト出来るようなこと無いの? 雑務系とか……。ファンタジーのようにはいかないのかなあ」
「ヤルインもその辺り上手く出来てるからなあ。人足の仕事が無いわけじゃねえが……」
基本的にヤルインというところは極端に人口が増えたりしない限り、門を閉ざしても年単位で生活が可能である。
潤沢な水が使えるオアシスがあり、浄水設備も揃っている。
遺伝子組み換えにより短期間で収穫が可能な野菜や果物、畜産が充分に市民へ届く。などである。
ただひとつ問題があるとすれば、この設備がたったひとりのために用意され、設営した個人の胸先三寸によって何時でも停止するのが可能というとんでもないことだろう。
そのへんの命綱を握っている当人がそれを分かってないのが一番の難題である(市民にとっても)。
ヤルインに戻って宿の違うファングと別れたケーナは、「突発的な長期移動のために幌トラックの備品を購入してこようぞ」というオプスとも別れた。
彼女はその足で市場まで移動して食材を購入しつつ、店主たちから市内のたわいない噂話などを聞いたりする。
興味深かったのは『水の使用量をかなり厳しく制限されている』くらいか。
オアシスまで足を伸ばして様子を窺ってみるが、初日に見た時と水位の変化はないように思える。特筆すべきはオアシスの周囲に警備員と思われる武装した者が点在してることだ。
「ずいぶん物々しいけど、水泥棒とか水質汚染とかかなあ?」
ハンター組合で見掛けたことのあるスキンヘッドで強面の人に声を掛けてみた。
彼は砂アゴをトラックから降ろすのに協力してくれたこともある人物だ。
「あ、ああ。蹴り姫の嬢ちゃんか」
「どこまで浸透してるんですか、それ……」
「何を言う。市内のハンターだったら全員知ってるんじゃねえか」
もはや誰かの口を塞げばイイというものではなくなっていることに、深〜い溜め息を吐くケーナであった。
「まあ、察しの通り水泥棒なんだがな」
「こーんな見通しのいい所で水泥棒ですか……。勇気とか無謀を通り越して豪胆ですね、その人」
事の起こりは5日程前。
ハンター組合の職員が、夜半にタンクのような物を背負ってオアシス方面から逃げ去る一団を目撃したんだとか。通報を受けた行政側で調べたところ、目撃された場所から直線位置にあるオアシスの湖畔で、人が大量に行き来した痕跡が見つかったらしい。
「オアシスったって有限だからな。個人が好き勝手に使えるものでもねえ。そんなもんがまかり通っちまったら、この都市全体の生命線にも影響すっからな。こうして俺らが呼ばれるってことだ」
「なるほどー、分かりました。つまり今はワリの良い仕事がないんですねー」
「……まあ、そーとも言うな……」
苦笑いのハンターに礼を言ってケーナはその場を離れる。
2つ名が売れてるせいか、オアシスに近付いても怪しいと思われてないようで、手を振る者までいる始末だ。
ケーナたちは魔法で水が精製出来るので、それに対しての焦りはない。
このオアシスに関しては、都市ひとつを支える水がめとして10数年維持できているだけで既に異様な分類である。
「これ実は地下に浄水場みたいな設備があって、何処からか水を集めてたりするんじゃ……」
「ぱぁーんぱっかぱぁーんん!! だぁ〜いせぇ〜いかぁ〜い!」
「ひゃっ!?」
ボソッと呟いたケーナの独り言に突如として反応があり、驚いた彼女は声の主から距離を取る。
振り向いた先にいたのは、ケーナより頭ひとつ分背の低い人物だ。
全身を隠すような茶色いローブを頭からすっぽり被っていて、わずかに見える口元だけがチェシャ猫のような笑みを浮かべている。
何よりも驚くべきことは今の今までそこに人がいたことに気付かなかったことだろう。
「だ、誰っ!?」
『ケーナ様、奴デス』
キーに「奴」とか言われてもクエスチョンマークが浮かぶくらいでケーナには誰のことだか分からない。
「なぁんだ蛇はそこに居たのね。姫様に同化してるだなんて羨まけしからんワタシと代われ。不敬罪不敬罪よこんちくしょう。■■■に知られたら打ち首獄門待ったなしなんだかんね」
表情が見えないにも関わらず、キーの処遇に憤慨しているようだ。
途中何を言ったのか解らない単語もあったが、聞き取れない別の現地語なのかと思ったくらいである。
少なくともキーを「蛇」などと呼ぶ者は限られているので、目の前の人物が誰なのかピンとくる。
「あなた……、もしかしてT・S?」
「イエス、アイ、アム」
先程の憤慨っぷりとはうって変わって楽しさで弾む口調に切り替わり、ケーナの問いに答える。ついでとばかりにローブを跳ね除け姿を現した。
見た目は10〜12歳位の少女の姿。腰まで届く茶色の髪は首筋で軽く結わえているだけ。どこかの学校からまるっと拝借してきたような茶色のブレザーとチェックのスカート。足元は頑丈な軍用ブーツで固められていた。
この時点で、ケーナは都市の表通りだというのに周囲からは人の気配が無くなっていたのに気が付く。人払いかなにかの結界の類かと思ったのだがキーから『周囲ノ位相ヲズラシテイル』と囁かれて、彼女の力量に驚いていた。
「今生では初めまして姫様。第3使徒T・Sで御座います」
跳ね除けたローブが折り畳まれるように手の中へ収納され、片膝を立てて跪いたT・Sはケーナへ恭しく頭を下げた。
「馳せ参じが遅れて申し訳なく。この星では色々とありましてそれを解決するまではお側に侍る訳には参りません。事情は折を見て詳しく」
「う、うん。わ、分かりました……?」
「有り難き幸せ」
なんだかよく分からないまま頷くと、T・Sはニンマリとした笑みを浮かべて顔を上げた。
「それでさっきT・Sさんの言ってた『大正解』の意味は……?」
おそるおそる疑問を口にするケーナに少女はかぶりを振る。
「私程度に丁寧語など不要ですよ姫様。どうぞ吐き捨てるように忌々しく罵って下さっても結構ですとも」
舞台俳優のように両手を広げ、うっとりしながら抑揚のない声で述べる態度にケーナの表情が引きつった。それに構わずT・Sはニヤニヤ笑いを崩さぬまま話を続ける。
「ああそうそう。都市の水源でしたね。姫様お察しのとおり海から引いた水は浄化設備を経て地下の地底湖へ。その際に出た不純物よりより分けた塩などを私めの裁量により各都市へ配布しております。今は姫様の居るこのヤルインへの配給を最優先で行っておりますがお命じ下されば他の都市の流通をぶった斬ることも可能でございます」
「やらないからっ!」
「かしこまりました」
少しの会話でケーナはこのT・Sという少女の恐ろしさに気づいた。
オプスやキーはまだ周囲の人々に配慮する気遣いはある。だがこのT・Sにはそれが皆無のようだ。
都市を維持する機構を作り上げるほどの科学力を有しているが、命令次第ではその全てをケーナへ集中させることも出来ると。
ケーナはうかつに愚痴ったら何が起こるか解らないという思いに、緊張で顔が強張った。T・Sはそれを見るなりニヤニヤ笑いを引っ込めて真顔になると、再び頭を下げた。
「心配なさらぬとも今はまだ約束がありますので短慮をするつもりはありません。それが済み次第片付けて参ります。それまではこちらを」
と、どこからともなく取り出したのは献上物に使われるビロード布の敷かれた台。
その上に鎮座していたのはキーチェーンに繋がれた、手の平サイズの金色をしたスペースシャトルである。
「砂漠で困ったことがおありでしたらそれを吹いて頂ければ。居住や攻撃防衛などにお役に立つ姫様専用の下僕が現れます。それでもって以前のツチノコの手打ちとして頂ければと」
「吹く? 笛なのこれ!? ツチノコってクッチーのこと?」
疑問だらけなケーナに、T・Sはクリムゾンツチノコは人為的に作り出した対自動機械用であることを告げた。その上で未だ調整が不十分であり、もしまた砂漠で出会うことがあれば攻撃を加えなければ害は無いことを確約した後、姿を消した。
彼女の姿が消えた途端、周囲は街中の喧騒を取り戻す。
貰ったキーホルダーを握り込んでアイテムボックスに送ったケーナは水泥棒の方へと意識を切り替えた。




