14話 フィールドワークの依頼
宿に帰って来たケーナから人魚の駒を見せられたオプスは、しばし無言になったのちにベッドに潜り込んで不貞寝を決め込んだ。
「ちょっ、まってまって! まだ夕方よ夕方!」
ケーナが毛布を引っ張ると嫌々ながら体を起こす。
ケーナの手に握られている駒を見て、目を擦ってもう一度見てから無表情になった。
「なんとか言ったらどうよ」
「嫌な予感しかせんな……」
オプスにとっての嫌な予感なのか、ケーナも込みでの嫌な予感なのか議論したいところである。
「これを渡して来たのはどんな奴じゃった?」
「ボロ布を頭から被った人かどうかも分からないモノ。目を離したら消えちゃって、キーの索敵からも逃れる逸材よ」
「T・Sの線からは完全に外れとるな……。蛇の目を誤魔化すものとなると、将の可能性も視野に入れるべきやもしれん」
「意味が分からないんだけど……」
オプスだけで納得されると、ケーナでも蚊帳の外な感じを受ける。
その反面、心の何処かがオプスの推論に首肯していた。感覚だけでいうならば、それが前世の記憶領域と言っても過言ではない。
「とりあえず当座は問題なかろう。放っとくがよい。明日は依頼を受けたから動くことになるぞ」
「は、え? 依頼? いつ、どこ? 聞いてないよー」
「今初めて言うたからの。落ち着け」
ケーナをなだめてから仕事の詳細を話すオプス。
依頼主はアテネスの所属する研究所。
仕事はフィールドワーク中の護衛で、研究者の人数は8人。期間はだいたい4~6日程度。
ケーナたちの他3人チームが2組参加予定。報酬は1日6000ギルで、やむを得ない場合に限り途中抜け可とのこと。
「移動用にジープを1台買っておいた。今後も他の依頼で遠出することもあるじゃろう」
「ゆっくり干し肉でも作ろうと思ったのに。忙しないわねえ」
宿主のミサリには数日留守にすることを伝えておく。
一旦チェックアウトして、後日再び宿泊し直すことも考えた。しかしサービスで留守中は無料にしてくれると、ベルナーが申し出てくれた。
「他に誰かが使うような予定もありませんしね」
「身も蓋もないですよ。ベルナーさん……」
その後ろで苦笑していたミサリが全てを物語っていた。
◇
翌朝は朝日が昇るころに門の外へ集合とのこと。
オプスがアイテムボックスから取り出したのは、ジープというかトラックというか……。
「これなんか怪獣映画で見たことがある」
「兵員輸送車というやつじゃな」
濃い緑色の車体に幌で覆われた荷台。
カモフラージュという名の荷物箱が幾つか積まれている。砂漠用の特徴なのか後輪はキャタピラだ。
「こんなに大きいの必要かなあ?」
「安かったからの」
オプスがハンドルを握り、ケーナは助手席に乗る。
市内を徐行しながら移動し、門を通過した所で白いコンテナトレーラーが見えた。白衣を着た人も2人ほど近くに居る。
「あれ?」
「そのようじゃな」
白トレーラーの横には騎兵のキャリーを連結した装甲車が停まっていた。
その脇に停車したオプスは挨拶をしに白トレーラーの方へ行ってしまう。
仕事を請け負ったのはオプスだから後をついてかなくていいかと思ったケーナは、装甲車の上に座っていた男性に呼び止められた。
「よう。あんたらが今回参加する新人さんかい?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
猫の模様が入った青いバンダナに防弾チョッキ。半袖シャツからのぞく褐色に焼けた太い腕。ポケットの多い作業ズボン姿は、背中のライフルを除けば体育会系日雇い労働者のようだ。
彼はペコリと頭を下げたケーナの体を下から上へ舐めまわすように視姦し、ニヤリと笑みを浮かべた。
「とてもハンターには見えねえなあ。どうだい嬢ちゃん、いまからどっかで俺としっぽりいかねえかい?」
「え? ええと……」
「うっへへへhグギャッッ!?」
身の危険を感じたケーナが一歩下がった時、舌なめずりをした男の頭にスパナの一撃が振り下ろされた。
「下品な冗談は顔だけにしとけと言ったろう!」
白目を向いて装甲車より落ちた男に、ハッチから出て来た女性が怒鳴りつける。
ややくすんだ金髪をツインテールにし、胸元を大きく開いた丈の短いジャケット。裾の擦り切れた短パンからすらりと伸びる小麦色の足。足首には男と同じ青地に猫模様のバンダナを結んでいる。
「ウチの仲間がすまないねえ。アタシはスバル。こっちがシグ、馬鹿はガーディだ」
20代後半ぐらいに見える女性は、自分とその背後のヒョロっとした若い男性を指差し自己紹介する。
ケーナは自分と戻って来たオプスの名を告げて、もう一度頭を下げた。
「キングたちも来たか。おせえよ」
ケーナたちの後ろを見ながら舌打ちをするスバル。
振り向くと幅広な形状の茶色い戦車がキュラキュラとやって来るところだった。
車体のハッチから顔をのぞかせた厳つい顔の男性が挨拶だろうか、ビシッと片手を上げる。
それを見たスバルがトレーラーの方に合図を送ると、唸りをあげてゆっくりと走り出す。
「キングたちが先頭を行く。アタシらは右後方に回るから、アンタたちは左後方を頼むね」
「あ、はい!」
キングたちが乗っているという戦車は、速度を上げてトレーラーを追い越して行く。
スバルはハッチ部分に腰を掛けてケーナたちに警護の指示を出すと、装甲車を動かしはじめた。
「では行くか」
「あー。キーの警戒範囲が一番デカいから私は荷台にいるね」
オプスに一言断りを入れ、動き出したトラックの荷台に飛び乗ったケーナは風精霊を2体召喚して周囲に放った。
「護衛はいいけどさ。魔法が大っぴらに使えないのは困るよね。演奏関係のスキルじゃあ、逆に音で寄ってくる奴とかいそうだし」
何か工夫して使える物はないかと頭を悩ますケーナだった。
目的地までヤルインからおよそ東へ10キロメートル弱。
道などないところだがそれでも多少の行き来はあるようで、砂にハマる等のアクシデントもなく1時間ほどで到着した。
周囲は岩の丘が露出している地域だった。
ケーナたちが転移してきた所から北に5キロくらいだろう。
それでもまともな丘らしい丘は無く、風化が進み削られて奇怪なオブジェの展覧会となっている。
人の肩から上の横顔のようだったり、獣の頭のようだったり、斜めになったドリルのようだったりと様々だ。
砂丘と岩場の中間地点の平らな所に車両を停めた白トレーラー。
研究者たちは幾つかの機器をコンテナから降ろし始める。
護衛役たちは始める前のミーティングをするために一度集まるようだ。
荷台から降りたケーナを見たオプスは、彼女から放射される濃密な怒気にギョッとする。
「ど、どうしたんじゃ?」
「……れた」
「は?」
キツイ眼差しを上げたケーナから風が発生し、ぶわっと周囲の砂を巻き上げる。
「風精霊ちゃん1体消された! おのれあのデッカイ影許すまじ!!」
「なにぃっ!?」
1人憤慨しているケーナはともかく、彼女の召喚する風精霊が消されるというのは由々しき事態である。
偵察と言えども110レベルクラス精霊を超える何かがいることが予想されるからだ。
視覚を乗せて飛ばしていたらしいケーナの言い分からして、そのモンスターだか自動機械だかは空にいるらしい。
「他の者にも注意を促しておいたほうがよいのかもしれんな……」
空の脅威など前々世込みでも聞いたことがないため、他のメンバーにも情報を流して尋ねようとオプスは思った。




