12話 憂鬱な午後(2
「この辺りで良かろう」
壁沿いの複合廃墟より離れた場所にあった東屋――市内のあちこちにある屋根付きの休憩所――へ赤毛の女性を下ろした。
彼女は現場から離れたことで落ち着きを取り戻し、顔色も良くなっているようだ。
オプスは「ではな」とだけ告げ、元来た道を引き返そうとした。
「待ってくれ命の恩人殿。言っておきたい事があるのだが、いいだろうか?」
白衣とその下のシャツの襟を直し、赤毛の女性は去ろうとしたオプスのコートを掴んだ。
その声色に焦りを感じ、オプスは足を止め振り向く。
「よいじゃろう。聞こう」
「っ!!」
威圧感を伴った眼光に女性はしばし怯む様子を見せたものの、意を決して口を開く。
「こ、この街は、お爺さまが愛し、守った街だ。人同士での諍いまでならともかく、殺す殺されだのは止めてもらいたい」
「……おじいさま、じゃと……?」
残りの誘拐犯たちをどうやって潰そうか、と考えていたオプスの思考そのものを吹っ飛ばす答えに言葉を詰まらせた。
「お主もしかして、ハイマーの血縁かなにかか?」
「お爺さまを知っているのか!?」
俯いていた赤毛の女性は、顔を上げて驚く表情を見せる。
ハイマーとはこの世界で生きていた頃のオプスの友人の名である。
所属していた傭兵団のリーダーで、共に解放戦線で戦った男だ。
「ククク、まさかこんなところであ奴の血縁と出逢おうとはな。妙な偶然もあるものよ、ハハハハハッ」
佇み方と見た目からいって、悪の幹部か何かが高笑いしているようにも見えるオプスであった。
「ハイマーの血縁なら渡すものがある。少し待て」と言って、オプスはやや離れた所で召喚獣を2体喚び、誘拐された人を助けるように言付けた。誘拐犯の生死は召喚獣の自由にさせるあたり、女性の言い分はほぼ無視である。
実のところ呼び出した奴が奴なので、死人は出ないとみているが結果については興味がない。
「今何をしていたんだ? なにやらドカンバゴンと異様な音がしていたようなんだが?」
赤毛の女性の所へ戻ると、隠れて何をやっていたのか疑問をもたれた。
「なに、詮無きことよ。聞き分けの無い部下にお灸を据えたまで。気にすることではあるまい」
「……分かった」
後ろ髪を引かれるようなくらいの興味はあったが、オプスにばっさり話を切られ、しぶしぶ納得した。
「失礼した。私はアテネス・オルクマンという。しがない研究者だ。助けてくれて礼を言う。ありがとう」
オプスは頷きながら半分になった黒いカードを取り出し、アテネスの前で振る。
「我はオプス。しがない放浪ハンターじゃ。ハイマーの血縁よ、コレの片割れを持っておるか?」
「そっそれはっ!!」
アテネスは半分の黒いカードに目を丸くして驚く。
慌てて体中をぺたぺたと探り、程なくしてオプスの掲げたカードと同じものを取り出した。
オプスが差し出した半分を受け取り、震える手で切り口を合わせる。
2つの欠片はまるで最初からそうであったように完全な1枚の黒いカードとなった。一瞬光ったその表面には金色の蝶の模様が浮かび上がっている。
「こ、このカードが……。これを持っているということは、……まさか貴方が、シュルツ?」
「いや、残念だがシュルツはもう鬼籍に入っておる。我はそれを渡すように頼まれただけじゃ」
シュルツと言う名は、オプスがこの世界で生きていた時に使っていたものだ。
その残滓となるべき遺産をハイマーの血縁に返却し、ようやく肩の荷が降りた安心感を彼にもたらす。
遺産とは、鍵となる蝶のカードがないと開かない地下倉庫に納められたものである。
当時ヤルインを守る以上の力となることを恐れたハイマーにより、封印された銃器類&騎兵&戦車と金塊である。
しかしその遺産を受け取った側のアテネスは、カードを確認した状態のまま途方に暮れていた。表情にも嬉しそうな様子は見られない。
内心何かの葛藤があったようで、小さく首を振るとカードをオプスへ差し出した。
「もう私の一族にはこれを有効活用することは無理だろう。申し訳ないが、もう一度預かっておいて貰えないか?」
その寂しそうな表情に大体の事情を察し、オプスはカードを受け取った。
おそらくハイマーの血縁はアテネス以外には残っていないのだろう。
過去、ハイマー率いる傭兵団は解放戦線でそのメンバーを著しく減らし、解散を余儀なくされた。
ハイマー自身はヤルインに骨を埋める道を選んだ筈だ。
隠れ家として使っていた砂漠の拠点――ケーナたちが転移した所。オプスが生前マーカーしていた――の状況からいってまだ生きてる可能性もあったが、砂漠の生存競争には勝てなかったようである。
「なんとまあ、泣き虫で逃げの上手いGみたいな奴じゃったのにのう……」
「は? もしかしてお爺さまがか?」
「うむ、おそらくはメンバー内で一番死ぬのが遅いと言われてた程じゃ。どんな最後だったのかの?」
言われてたことに理解が追いついていないアテネス。
少し思案してから「お爺さまは泣き虫じゃない!」と顔を赤くして反論し、その後に声を小さくして「10年位前に自動機械の襲撃があって、その時にお爺さまと両親が……」と呟いた。
「なるほど。ではなおさら持っておれ。そして使える奴に渡せばよかろう」
と、再びアテネスの目の前に突き出されたカード。
「キミは傭兵団の生き残りみたいだが、使ってはくれないのか?」
「あいにく、戦車や騎兵なんぞに頼らずとも保有している戦力だけで足りるのでな。我らには必要ない」
召喚獣や魔法で足りない場合は外から持ってくる手段もオプスにはある。
ケーナの記憶が戻り、T・Sが彼女の配下に収まれば戦力は桁違いに跳ね上がるはずだ。
今更(オプスから見て)戦車や騎兵などはあるだけ邪魔になってしまう。
「……有効活用出来るかどうかは分からないが、なんとか使用できる者を探してみるよ」
精一杯の笑みを浮かべるアテネスに「そうじゃな」と頷き言葉を続けようとしたオプスだったが、それは出来なかった。
突如後方にあった廃屋の屋根を轟音と共に突き破った黄色い物体のせいで。
振り向いたオプスと唖然とするアテネスの近くに、その黄色い物体は空に放物線を描いてから落ちた。
アームがねじ曲がって変形し、操縦席が粉砕されたそれはショベルカーだったもと思われる。
「どうやってこんなのを飛ばせるんだ……」
1トン程度はあるものが吹き飛ばされてゴミのように宙を舞ったのだ。その気持ちは分かる。
「ああんの馬鹿共が……。表沙汰にするなと言うたじゃろうに」
憤慨しながら頭をひと振りし、廃墟に向かって歩き出すオプス。一応アテネスに声を掛けるのも忘れずに。
「お主はさっさと此処から離れるとよかろう。次は攫われるだけでは済まんぞ」
「え。あ、あの! もう一度キミに会いたい時はどうすればいい?」
「ハンター組合に言づてをするか、ケーキ屋を探すがよい」
「は?」
返答に疑問を感じながら、アテネスはその場を離れる。あまり深く付き合うと更なる厄介事に巻き込まれそうだからだ。
それでももう一度会って話をしたいくらいには、彼に興味を持っていた。
「ケーキ屋か……。最近ロクに外出してなかったから、丁度いいかな。ふふふ」
アテネスの眼は好奇心を越えた怪しい光を放っていた。
◇
男たちは困乱と恐怖の中にいた。
自分たちは先も後もないクソみたいな世界を呪い、悪魔を喚び出すという呪法を試しただけなのに……。
もうフィクションとしか言えないような本から得られた法陣を描き、書かれた内容に従い生け贄となる女性たちを市内より攫い集めた。
蝋燭を無数に立て香を焚き、雰囲気に呑まれながら支離滅裂な呪文を唱えて終わるはずだったのだ。
それがどうだ。今回に限り法陣から紫色の光がほとばしった。
そこから首の無い白い樹の体に、ドクロを右胸に収めた化け物が出現したのである。
何人かが泡食って逃げ出そうとすれば、出口からは4本腕で黒いトカゲの化け物が現れる始末だ。
「グフフ、これよこれ。恐怖に引きつる顔。怯えが心地イイ」
4本腕それぞれに大剣を携えた黒い竜人型の悪魔。
ドレクドゥヴァイは男たちの恐怖に歪む顔に満足そうに頷く。
「ヤハリ儂ノ芸術ニハ男ガ材料トシテ欠カセンナ。女ナドヤワクテトテモトテモ使エンワ」
白い枯れ木の体に右胸のうろにある骸骨が、カンラカンラと笑う。
シュベズという悪魔は男たちをこねくり回した作品にご満悦だ。
6人いた男たちはすでにその数を2人に減らしていた。
4人はシュベズによって双頭の芋虫へと変えられてしまった。肌色の肉の胴体の前後に人の頭が付いている形だ。それが2匹。人だった頃の手足の指は、歪な脚として胴体の左右に20本ずつ蠢いている。
モコモコと気色悪い動きで地面をガリガリとかじっていて、逆側の頭の口からはさらさらと砂金が吐き出されていた。
「はハははッ。は……ハハははハはハ……」
1人は地面に座り込んだまま、口の端から涎を垂れ流しながら笑い続けている。完全に自我を吹っ飛ばしてしまったようだ。
「っち、クッソがああっ!!」
残った1人はこの地下を作る時に使った重機に乗り込み、ショベルカーでもってドレクドゥヴァイに突撃を敢行した。
「くかかかかっ!」
1本が畳1枚のような幅広の大剣に、横から振り回したショベルアームが軽々しく受け止められる。
「んなバカな」と男が驚愕している間に、ショベルカーはフライパン上で調理されるオムレツのようにひっくり返された。
その時点で運転席から転げ落ちた男には目もくれず、ドレクドゥヴァイはポンと浮かしたショベルカーを大剣で打ち上げた。
「……ア」
天井を突き破って飛んで行くショベルカーにシュベズは冷や汗を垂らす。
まあ、その直後に怒り心頭のオプスが「表沙汰にするなと言ったじゃろうこの馬鹿共がっ!」と乱入し、2体に折檻という名の蹂躙を行った。
哀れな男たちはその場に捨て置かれた。
誘拐された女性たちはその日の夕方ごろにオアシスの畔で倒れているところを発見され、無事に家族の元へ戻ったそうだ。
彼女たちの証言により数日後にハンター組合と行政関係者が地下アジトに踏み込んだ。しかしそこに残っていたのは、気の触れた男が1人と砂金の山と奇っ怪な芋虫のミイラが2体だけであった。
事件は闇に葬られたらしい。




