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《勇者の困惑》

言っておくが生まれてこの方、婦女子を泣かした事など幼い頃の妹とのケンカでしかなかった。



350年以上前にこの国【ガリオス】は、建国された。

たった14歳の少年が建国の王だったと歴史には語り継がれている。

少年の名はリリス・ガリオスという、ガリオス国初代国王であり最も在位期間が長い事で有名だ。

なぜなら彼は人間(ひと)ではなかったから、人間ではないという記述は国歴からは抹消されているが彼の血を受け継ぐ王家のみにその秘密は語り継がれていた。


そしてもう一つ、120年の治世を行ったリリスがある日突然、忽然と消えた事もまた国民には知らされていない秘密である。


リリスはその名を紡ぐ事もまた憚られその名は【リュリカ】と言い換えられていた。そして王家に仇なすものをリュリカの名の下、粛清した事から他国からは厄災の神と恐れられていった。



目の前に少女が泣いていれば、騎士道の精神によりその涙をぬぐうのは当たり前だとそう王子に教わったのは俺が9歳の頃だったと思う。

だがそれは、神様の場合はどうなのだろうか?


しかもただの神様じゃない、厄災の女神である。


2年と少し前に神殿の巫女が東の森【終焉の森】で見つけた少女は、『王家と神殿に伝わるリュリカ神そのものの姿だった』との事だった。彼女に会う事が出来るのは14貴族の当主と王のみとされ王宮の奥深くに

賓客として扱われていると聞いていた。

だが実際は、王族で罪を犯した人間が幽閉される西塔に居るとは考えもしなかった。


予言の日を待つここ2週間、王宮で行われた宴は今夜最後の盛り上がりを見せていた。

明日には神殿に遣える巫女や神官たちが殺される、だからこそ今夜しかチャンスはなかった。

王族全ての人間が集まるこの日に革命を起こす。


全て上手くいっていた。

王族は全て捕縛し、あとはリュリカ神を抑えれば全てが終わる、そう信じていた。


彼女を見つけるまでは。


まぁ、結論から言うと『これが女神?』という疑問しか浮かばなかった、騎士道に沿って俺は嘘を吐けない。

分厚い鉄牢の扉を蹴破り大事に守られている【リュリカ】という女神を太陽の下に引き摺りだしてやろうと考えていた自分は、彼女を見た瞬間にどこかに消えた。


そして現在、俺は窮地に追いやられている。

いきなり猛然と泣き出した少女をどう扱えばいいのかわからのだ、だから結局俺は、この場を離れる事を提案しそれを実行に移した。


その時決して疚しい考えはなかったが目に入った彼女の状態に俺は驚きを隠せずその華奢な足から目が離せなかった。

婦女子の足に鎖、しかもこれは家畜用に用意されたかなり重いもの。決して人間の足に付ける代物ではないのだ。

傷だらけの足首には多分保護しようとしたのだろうボロボロの布がまかれているが血が滲んでいた。


いくら見た目は少女とはいえ、神と同じ容姿を持つ人間にここまでの事が出来る王族につい畏怖さえ感じる。

愚かな人間を滅ぼすために彼女が遣わされたのだろうと言われたら納得しそうだ。彼女がさっきから俺に何かをしてほしいことは、わかるのだがはっきり言ってその説明がよくわからない。いや説明もないが彼女が必死なことはわかったから、出来るだけ落ち着かせようと俺は務めた。


その冷たい視線は明らかに俺を馬鹿にしているがしょうがない。彼女は神様なのだから・・・いや決して俺がマゾヒストであるわけじゃないぞ、どちらかと言えばSである。


とにかく彼女を落ち着かせてその下着のような服を着替えさせ、足首の鎖を解き傷の手当をしなければと俺の頭の中はいっぱいだ。

抱き上げて運んだ体はものすごく柔らかで華奢であるし足の治療は急を要すると判断したから、焦っていたせいで断りもしないで彼女を運ぶ。

この西塔には月の光が差し込む窓さえない。暗闇には少ないランプしか明かりと呼べるものはない。おかげで彼女の表情を見る事もなく俺は早足で大広間へと向かった。

仲間たちのもとへ。


『革命は成った!』とそう宣言するために。


大広間までに多くの仲間たちとすれ違いその全員がまるでお化けでも見たような顔で見る。多分俺の腕の中の人物に向けての反応だろうが今はどうでもいい。とにかく急ごうと一心に思い、いつの間にか早足が駆け足になっていた。人ひとりを持ち上げて走るのは行軍訓練のおかげで慣れっこだ。


やっと大広間まで着いたが周りは俺を見つけたあと同じようにポカーンと見つめて固まった。

そんなこと一切気にせずにそのまま王座の横に立ち告げる。


「革命は成った!これで我々は自由だ。全ての国民に伝えよ、ガリオス帝国は生まれ変わると」


よし決まった。そう確信してみんなの歓声を待つと沈黙が世界を支配していた。


「女を抱いて言うセリフかそれは」


そう俺にツッコンだのはこの革命の指揮を取ったもう一人の英雄、ラビス・テ・ザディアという男だ。

俺の幼馴染でこの革命にはなくてはならない人物である。


「女神を倒しに行くと息巻いてたお前はどこに行った、っていうかその少女がそうだろう」


そう言って俺を非難する視線に狼狽えそうになる。


「いや、一応確認をしておく必要があると思って・・・」


上手い言い訳が見つからない。だがやっと明るい場所で腕の中の少女を見た俺は絶句した。

その瞳は、美しい紫紺の色をしている。そして髪は伝承の通り漆黒なのだから。

やっと明るい場所で見た彼女はうす布の何枚も重なっているドレスからもわかる豊満な肉体を持っていたしそれを間近で直視した俺が固まる事は、誰も責めないと思いたい。だって俺は男だから。


「おい、騎士道どこに行ったよ、その女神が何を言ったか俺は知っている・・・300人を超える人間を生贄に指名した女だぞ?」


「っ!!」


そうだった。いろいろと予想出来ない事が起きていたためにこの少女?が厄災の女神であることをすっかり忘れていた。


「いい加減に降ろしてやれ」


そう命令されてやっと彼女を降ろした。重い鎖と共に降ろすようにしてやらないと足が痛むだろうとついゆっくりと降ろす。分厚い絨毯でも鎖の重さで音が響いた。


「いっ」


小さな悲鳴が聞き取れて慌てて様子を伺うと彼女はニッコリとそれこそ傾国の美女に相応しく微笑んだ。さっきまで泣いていた所為か瞼はわずかに赤く腫れているがそれ以外は完璧だ。


「うわぁ、王も随分な趣味してるな」


そう言ったのはラビス、馬鹿にしたように彼女をそう揶揄したがその瞬間に彼女はすさまじい勢いでラビスを睨んだ。


「黙れ、誰があの無能の趣味と?一応言っておくけど私があの男に触れられたことなど一度もないわよ」


一瞬誰がそれを言ったのか分からなかったが確かに自分の前に立つ彼女が告げたらしい。それも満面の笑みで。


「っひ!!」


ラビスがビビッている。あの女タラシが女性にこんな言葉を投げられる日が来るとはと感心した。


「これは王が着けたのだろう?」


そう聞けば彼女はため息をつきながら答えてくれた。


「そうよ、私が逃げないようにと着けてったわ、でその王は今どこ?」


「それを知ってどうする?」


「どうもしないわ、幽閉はしておきなさい。王の血筋が大事なんだから、殺す必要があるなら殺してもいいけどまずは、民にそれを知らせ彼らの断罪をさせなさい」


そう言った彼女はどこかすがすがしい笑みを浮かべていた。


「なぜそんな事をさせるんだ?」


「新政府への反発を抑えるには効果的よ、矢面に立たせるには一番の的よね。言っておくけどただ黙って聞くなんて無能な事はしないようにね。彼らの声からこれから国をどうするか、指針を得る場よ・・・あと、私を殺すのもその時にしなさい。出来るだけ大きな舞台を用意して、いいわね?」


「えっ?」


「さっきは先走ったけど。王族は、何人かは幽閉してしっかりと管理しなさい、それなりにマシな奴もいたでしょ?たしか5番目と7番目の皇子と4番目と10と最後の末の姫ならまだ矯正が効くでしょう」


7番目・・・そう言われた瞬間俺は怒りで息が詰まった。


「っ!皇子はもういない」


そう絞り出すように言った俺に少女は、にこやかに告げた。


「その皇子なら生きてるわよ」


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