«英雄の憂鬱»
唐突にすみません。やっと周囲が落ち着き始めましたので、こちらを投稿させていただきます。
不定期過ぎる更新で大変申し訳ありません。
今後とも気長に待っていただければ幸いです。
全てを大人しく受け入れるそんな風に言っておきながら、どこまでも強い決意を秘めた瞳が俺を射抜いた。
リュリカ・・禍の神は、俺たちをどこに導こうというのだろうか。
あの赤い瞳には何が映っているのだろうか・・・俺にはそれが出来るのか。
「なぁ、彼女が本当にリュリカ神だというなら・・・、殺す必要はないんじゃないか?」
そう思考していた言葉が出ていた。
そんな俺の独り言を隣の男が決して聞き逃す事なく持っていた書類で俺を殴った。バサリと結構な太さのあるそれは、今後俺達がしなければならない手続きが一面に上げ連ねてあってそのどれもが既に準備されている。
「バカかっ・・・あそこまで完璧な計画書を見せられて、お前がそれを壊すなんてそれこそ彼女は望まないさ」
そういいながらいつもは飄々とした態度を崩さないこいつがイライラと再び持っていた書類をめくり始める。
用意された神官専用の馬車は貴族が使うものに比べて質素で座り心地はあまりいいとは言えない。揺れるその馬車は、彼女が用意してくれたものでしかもお土産と称してとてつもない量の食糧も一緒に積まれていたりするのだ。
人間の乗る場所まで積まれていた果物の一つが道の悪さで揺れる馬車中を転げまわる。その一つを拾い上げるとついこの間見たばかりの光景が思い浮かんだ。
占拠した城の食糧庫には、俺が今まで食べた事のない高級食材に溢れていたのだ。
どうやって食べるのかは神官から渡された書物に詳しく書かれていたが、何故かとても日持ちするものが多かった気がした。
俺にも食べ方が分かったのは、珍味の合間に隠された干しイモ、干し野菜だ、だがまさかのリュリカ神の指示だというのもまた感慨深い。
これは、どう考えても彼女が国民に配給するために用意していたとわかる。
米もそして麦も溢れる程ある。
これを配給する順序から配給用の荷車まで全てが準備を整えられているのだ。
俺達はこれをただ実行するだけでいい。
「・・なぁ、たった数日前・・・お前が俺に言ったこと覚えてるか?」
「・・・あぁ」
「城内に突入する前だ、お前は言ったんだ。神などいない、我々はそれを証明するってな」
そう俺は、確かに言った。
「そうだな・・・」
あの夜、王や王妃、側室方々は口ぐちに訴えた。
我々にはリュリカの守護があるから、害すれば祟られると。天罰は必ず下り、お前たちは死ぬだろうと騎士や革命軍に参加していた農耕民にもそう叫んだのだ。
神という存在は、信仰深いこの国にとって畏怖を覚えるものである。だからこそその言葉をはねのけるための言葉であったのに、まさかそれが本当になるとは思わなかった。
リュリカ神は確かに俺達の前に居た。
「このまま俺は、彼女を殺すことを受け入れられない。どうしていいかわからないんだ」
「おーい・・英雄よ。どうした?」
ペラりと捲られた書類のそこには確かに英雄と書かれている。
俺の名は書かれていなくともその形容詞は俺の事を指し示すのだ。
「どうしただと?」
「おいおい、俺に当たるなよ。俺だってあんな美人を殺したくないさ。だが・・・・ここまでの完璧な計画を俺達が自分の感情だけで壊していいものか俺には判断がつかないぞ。」
ついさっき渡された計画書はどこまっでも完璧でそして恐ろしく精密に練られていた。そしてこの計画はほぼ完全に成功を収めようとしている。
なぜなら彼女の死後我が国は復興のために彼女の全てを利用するのだ。
彼女はその身全てでこの国を救うのだ。
何故ここまでとそう思わずには居られない。
神官からは、彼女が俺よりも年上の女性だと聞いたが見た目はとてもそうは見えなかった。
国王からは、女神だというのに明らかに監禁されて虐げられてきたであろうことはあの日目にしたから知っている。昼間に見た彼女のその足首にしっかりと巻かれていた包帯は血も滲んでいた。
あんな風に閉じ込められた国の人間をどうしてここまでして守ろうとするのか聞いてみたいが、それさえ許されないのだろうか。
「あれが本物の女神なのか・・俺は、あんな小さな女の子を殺すために反乱を起こしたのかっ」
革命に後悔はない。それでも最後の最後に全ての種明かしをされたおかげでまるで俺達は無意味な存在だったようにまで思えるのだ。
彼女が居ればよかったのではと。
ここまでやってくれた彼女を犠牲にして、俺は、俺達はこれからこの国を正しく導けるのだろうか。
「俺が・・たとえ俺が2年をかけた所でこんな風に出来るとは思えない。俺達が死ぬ事と彼女が死ぬ事には明らかな損失の差が在りすぎる」
「おいおい、ついこないだまで命は平等だと言った口で何を言ってるんだよ」
そう、命に価値なんて基準が必要であるか、そんなものはない。全てのものが平等だ。
そう民を前に、革命軍の全ての人間の前にそう宣言したのは、この俺だ。
「あぁ・・平等だ。だがな・・それは俺達人間の間での話だ。彼女は神だ・・なら神と人間ならってうおおお」
「おぐっっい”」
その後は続けられなかった。何故か馬車が急に止まったからだ。
積んでいたたくさんの果物が崩れて俺達の上に降り注いだ。結構立派なものだったからそれなりに痛いがそれでも突然に止まった衝撃よりも敵襲ではないかと腰の剣に手を触れた時、俺は、懐かしい声を聞いたのだ。




