《神に非ずとも》
この国の神殿本堂の置かれた森深い庭園、その中心にある東屋には淡い光がキラキラと降りそそいでいた。
その中心で彼女はどこまでも美しく微笑んで我々を迎えたのだった。
「えー・・・この度は」
「シビア、無駄な前置きはいらないからさっさと話しを進めて」
そうにこやかに告げる女神は鮮やかなまでにそう副神官を切って捨てた。
「あの・・・・」
「これは?」
俺とラビスの前に置かれた紙には『リュリカ神処刑ぷろぐらむ』と書かれた紙が置かれている。ぷろぐらむというのが何かわからないがその前が問題だ。
「リュリカ様の処刑計画だ」
シビア副神官が苦々しげにそう告げると流石に俺たちは、待ったをかけた。
「あの全く意味が分かりませんが?」
「リュリカ様?」
そう返しても彼女はうっすらと笑みさえ浮かべ俺たちを見つめた。
「英雄様が何をおっしゃいますやら、そのままの意味ですよ、さて全ての計画をお話しする前にここにあなた方には二つの選択肢があります。えーっと、斬首と縛り首とどっちがいいかしら?」
そんな今日の天気は何かしら的なノリで自分の殺し方を決めるのかこの人は・・・・、手元にあったそのぷろぐらむにはいくつかの手順、その日に制定する新しい国の法律と新しい制度、他国の条約が書かれていた。
「他国との条約はもう調印済みですよ」
そうシビアが言った瞬間にとなりでラビスが叫んでいた。
「なんで!!なんでこんなものを計画しているのかと聞いているんです!」
「・・・・・・」
彼のいきなりの変貌に驚き固まった女神、そして副官であるシビアはただ俯いていた。
「詳しい事情をお話し下さい」
俺がそう言って立ち上がり女神を見下ろす。主に対するには、騎士にあるまじき行動だ。
それでもここで黙ってはいられない。
「・・・・話す必要は」
まっすぐに俺たちを見つめ返す彼女がそう言いかければ、それを遮るように副神官は告げた。
「あります。・・・・・」
「シビア?」
「あなた方は知る必要がある・・・心して聞け・・・・騎士よ・・・これは2年以上前の事だ」
ーーーーー
思いもよらない加勢に俺たちは副神官を仰ぎみた。
俺達の期待をあっさりと裏切りそれを覆す真実を淡々と語っていく彼を止めるものは居なかった。
そして明かされた全ては俺たちを驚かせた。
語られたその事実はともて自分たちには信じられない事だった。
「あなたが人間?・・・・」
「シビア、最初から根底覆しちゃダメよ」
そう言って日の差す庭園で笑う彼女は、確かに普通の女性に見えた。
「女神でないのならあなたはなんなのですか?」
そう言った俺の声は僅かながら震えていた。
「・・・・國守瑠佳、ただの物知りな22歳かな」
「嘘だ!!たかだか22歳の女に我々いや全世界がこんなに簡単に・・・」
そう叫んだラビスに彼女はただ微笑みを向けた。
「神でもなんでもいいのよ。その計画書通りに私は4日後にこの世界を去る」
そう言って立ち上がって彼女は計画書を取り上げた。
ーーーー
そして話は、冒頭に回帰する。
「騎士よ、我が願いのためにその剣を捧げよ・・・・言ってみたかったのよこの台詞」
そう明朗に告げて彼女は頬を染めて喜んだ。
「ふざけるな!!いくらなんでも・・・俺たちは」
ただ悲しみに溺れていたあの瞳。
その夜、革命の日に月明かりの中泣きながら俺を見上げた彼女の瞳が今日は太陽の光を含んでまるで珠玉の様だった。
「我々はあなたの斬首を取り仕切る事になったってことでしょうか?」
「えぇ、後のことは全てあなた方にお任せするわね、あとこれは極秘扱いだから」
そう何事もないような声音で自分の処刑計画を離す人間が居てもいいのだろうか?いや居てはいけない。彼女が人間ならなおさらだ。
「なぜ?そう問う事はゆるされますよね」
そう俺が告げればキョトンとこちらを伺う。
「あなたを殺すことで得られるのはここに記載されている全てですか?」
「えぇ、勇者さま。」
微笑を絶やす事なく当たり前の事を当たり前であると彼女はそれを告げた。
どこまでも優美に彼女はこくりと手に持った紅茶を飲み干して笑った。
「・・・たった2年だぞ、嘘だろう」
俺自身も目を疑うに値する他国との破格の条約の数々、5年の間の不可侵条約。
関税に関する特別な配慮、そして難民の救済。
農民たちへの特別処置としては3年の兵役免除。貴族員の構成再構築策、その他もろもろ・・・。
そして何よりも新法のその斬新さに俺達はただただ驚くばかりだった。
「リュリカ様の指示に従い、亡き神官長様と共に我々は秘密裏に動きここまで準備を進めておりました。」
「本当に・・・長かったわね」
「はい」
たった2年で、ここまでの事を出来る人間が本当に人間なのか。
「どうやって隣国との交渉を?」
「・・・たった2回だけだったけど、各国の大使が王宮に集まる日があるでしょう、アレを利用したの」
「王の生誕祭・・・まさかあなたはそこで?」
「えぇ、・・・ありがとうシビア・・・おいしい」
飲み終えたカップに再び紅茶が注がれ、それを再び口にし、おいしいとほほ笑む彼女がこれを成したのだ。
「それが本当ならやはりあなたは・・・・人間ではない・・・」
「失礼な・・」
「ならばどうしてこんな事が出来る」
俺の言葉を受け彼女は笑って言ったのだ。
「私が私だからよ」
そう自身満々に笑う彼女に俺は呑まれたのだった。




