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蛙の神様  作者: 五十鈴 りく


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29/30

◇28

 そうして、その場はお開きになった。玄関で靴を履き、丁寧に挨拶をして去っていく道添家。来た時とは違い、送り出す俺たち家族の表情も柔らかい。

 藤倉家の皆は玄関先で見送った。でも、俺は靴を引っかけて外へ出た。もう外は暗くて、玄関先の灯りがぼんやりと光る。


 俺が玄関の戸を閉めた音で、うちの敷地の外に出ていた道添家の面々は一度振り返った。俺はそのまま勢いで走った。バクバクいう心臓を一度押さえ、そうしてアキの父ちゃんの前で立ち止まると、大きく息を吸った。そして――


「すいません! アキさんとお付き合いさせてください!」


 裏返りそうになる声を張り上げた。アキは――口を両手で押さえて固まっていた。

 アキの父ちゃんの頬がピクピクと痙攣している。


 俺はふたつの村の仲違いを終わらせるため、偽文書を使って嘘をついた。

 上手くいけば噓も方便だって思っていた。でも、今日のことがあって、俺がしなくちゃいけないのは別のことだって気になったんだ。


 必要なのは小細工じゃない。正面からぶつかることだ。

 強い気持ちを持って、願いを通す。

 多分俺にはそれしかできなくて、それが一番俺らしい方法なんじゃないだろうか。


 だから、突っぱねられることを覚悟しながらも、俺は当たって砕けることにした。いや、砕ける……は違う。砕けない。何回でもぶつかりたいから。

 アキの父ちゃんは、ぼそ、と言った。


「君はアキを助けてくれた」

「え……」


 あのストーカーのことかな?

 アキを見ると、うるうると泣きそうな顔をしている。


「そのことを知らず、あの時は怒鳴り散らしてすまなかった」

「いえ……」


 アキの父ちゃんはびっくりするくらい素直な謝罪をくれた。俺の方が恐縮してしまっていたけれど、ちゃんとオチがあった。


「しかし、それとこれとは話が別だ」

「へ?」


 話が別。……別なのか?

 アキの父ちゃんはアキの方に振り返る。


「アキ、どうなんだ?」


 父親にそんなことを言われて、アキは顔を真っ赤にした。耳の先まで赤い。


「ど、どうって……」

「彼と付き合いたいのか、はっきりしなさい」


 俺まで恥ずかしくなってきた。そんな俺に、アキがぼそっとつぶやく。


「お父さんより、まずわたしに言ってほしかったな……」


 ブッ。

 そこ? 言ってなかったっけ? ……なかったのか。

 そうしたら、アカネ姉ちゃんがフォローしてくれた。


「あんた、断る気ないでしょ? わかりやすいんだから」


 ミク姉ちゃんがプッと吹き出す。ヒロはキョトンとしていた。

 アキは……両手で頬を包むと、こくりとうなずく。


「うん。わたしも……」


 最後の方はなんて言ったのか、俺には聞き取れなかった。でも、アキの父ちゃんは納得してくれたみたいだ。


「学生として相応しい付き合いを心がけるように。それだけは絶対だ」


 あ、うん……

 すごく渋々なのは、本当は嫌なんだろう。大事な娘だから、相手が誰でも、ある程度は気に入らないんだ。俺はそう思うことにした。


「はい! ありがとうございます! おやすみなさい!」


 体を九十度に曲げ、体育会系な挨拶をし、俺は家に向けて駆け出した。顔がカッカ熱いから、急いで家に飛び込む。そうしたら――

 家の中でニヤニヤしている家族が待ち受けていた。


「あんた、度胸あるわねぇ」


 なんてことを姉貴に言われた。


「お前、こんな時間に声を張り上げたら丸聞こえだからな」


 兄貴が呆れている。丸聞こえ……聞いていた?


「アキちゃんって可愛い子だものねぇ」


 母ちゃんの目つきが嫌だ。耐えられない!

 俺は全員を振り払って部屋に逃げ込んだ。でも、ぺろりん、とスマホが鳴って、アキからのメールを見た瞬間に顔がどうしようもなくにやけた。


『これからよろしくね

 大好き』


『俺も』


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