◇28
そうして、その場はお開きになった。玄関で靴を履き、丁寧に挨拶をして去っていく道添家。来た時とは違い、送り出す俺たち家族の表情も柔らかい。
藤倉家の皆は玄関先で見送った。でも、俺は靴を引っかけて外へ出た。もう外は暗くて、玄関先の灯りがぼんやりと光る。
俺が玄関の戸を閉めた音で、うちの敷地の外に出ていた道添家の面々は一度振り返った。俺はそのまま勢いで走った。バクバクいう心臓を一度押さえ、そうしてアキの父ちゃんの前で立ち止まると、大きく息を吸った。そして――
「すいません! アキさんとお付き合いさせてください!」
裏返りそうになる声を張り上げた。アキは――口を両手で押さえて固まっていた。
アキの父ちゃんの頬がピクピクと痙攣している。
俺はふたつの村の仲違いを終わらせるため、偽文書を使って嘘をついた。
上手くいけば噓も方便だって思っていた。でも、今日のことがあって、俺がしなくちゃいけないのは別のことだって気になったんだ。
必要なのは小細工じゃない。正面からぶつかることだ。
強い気持ちを持って、願いを通す。
多分俺にはそれしかできなくて、それが一番俺らしい方法なんじゃないだろうか。
だから、突っぱねられることを覚悟しながらも、俺は当たって砕けることにした。いや、砕ける……は違う。砕けない。何回でもぶつかりたいから。
アキの父ちゃんは、ぼそ、と言った。
「君はアキを助けてくれた」
「え……」
あのストーカーのことかな?
アキを見ると、うるうると泣きそうな顔をしている。
「そのことを知らず、あの時は怒鳴り散らしてすまなかった」
「いえ……」
アキの父ちゃんはびっくりするくらい素直な謝罪をくれた。俺の方が恐縮してしまっていたけれど、ちゃんとオチがあった。
「しかし、それとこれとは話が別だ」
「へ?」
話が別。……別なのか?
アキの父ちゃんはアキの方に振り返る。
「アキ、どうなんだ?」
父親にそんなことを言われて、アキは顔を真っ赤にした。耳の先まで赤い。
「ど、どうって……」
「彼と付き合いたいのか、はっきりしなさい」
俺まで恥ずかしくなってきた。そんな俺に、アキがぼそっとつぶやく。
「お父さんより、まずわたしに言ってほしかったな……」
ブッ。
そこ? 言ってなかったっけ? ……なかったのか。
そうしたら、アカネ姉ちゃんがフォローしてくれた。
「あんた、断る気ないでしょ? わかりやすいんだから」
ミク姉ちゃんがプッと吹き出す。ヒロはキョトンとしていた。
アキは……両手で頬を包むと、こくりとうなずく。
「うん。わたしも……」
最後の方はなんて言ったのか、俺には聞き取れなかった。でも、アキの父ちゃんは納得してくれたみたいだ。
「学生として相応しい付き合いを心がけるように。それだけは絶対だ」
あ、うん……
すごく渋々なのは、本当は嫌なんだろう。大事な娘だから、相手が誰でも、ある程度は気に入らないんだ。俺はそう思うことにした。
「はい! ありがとうございます! おやすみなさい!」
体を九十度に曲げ、体育会系な挨拶をし、俺は家に向けて駆け出した。顔がカッカ熱いから、急いで家に飛び込む。そうしたら――
家の中でニヤニヤしている家族が待ち受けていた。
「あんた、度胸あるわねぇ」
なんてことを姉貴に言われた。
「お前、こんな時間に声を張り上げたら丸聞こえだからな」
兄貴が呆れている。丸聞こえ……聞いていた?
「アキちゃんって可愛い子だものねぇ」
母ちゃんの目つきが嫌だ。耐えられない!
俺は全員を振り払って部屋に逃げ込んだ。でも、ぺろりん、とスマホが鳴って、アキからのメールを見た瞬間に顔がどうしようもなくにやけた。
『これからよろしくね
大好き』
『俺も』




