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蛙の神様  作者: 五十鈴 りく


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14/30

◇13

 家に帰っても、何をしていてもアキのことばかり考えてしまう。アキとの些細な出来事がいつまでの脳内で再生されている。どんなアキも可愛かった。笑っていても、泣いていても、照れていても、どの瞬間も好きだった。


 正直、いろんなことがうわの空。

 俺はぼーっとしたまま土日を終えて学校へ向かった。アキが向こう側にいるかもしれないから、会えるように少し早めに出る。

 喋ったりはできないけれど、お互いの姿を確認するとメールでやり取りをする。それだけでも朝から幸せった。




 月曜日、学校で――


「なあ、藤倉。お前さ、土曜日に彼女連れて歩いてたよな?」


 なんて、部活仲間の米沢よねざわに廊下で言われた。ちょっと小柄だけど、うちの部のエースだ。


「ん……、彼女っていうか、まあ、あれだ……」


 テレテレしながら俺が曖昧なことを言うと、米沢はほっと胸を撫で下ろした。


「あ、やっぱり違った? あんな可愛い子が彼女とか、ねぇよな」

「なんでねぇんだよ、おい」


 思わず突っ込むと、米沢は小首をかしげた。


「いや、だって藤倉だし」


 ひどい理由だ。

 彼女かって言われると、今はそう断言できるわけじゃないけれど、でもまったく脈がないわけじゃない。初恋だったって言ってくれたし……

 でも、ここで噂になって下手に家族の耳とかに入ってもややこしい。あんまり喋りすぎない方がいいだろうな。


「あんな子、うちの学校にいねぇもんな。どこで知り合ったんだ?」

「……幼馴染」

「えー、いいなぁ、あんな幼馴染!」


 そうだろう。いいだろう。でも、立場が複雑なんだって。

 そんな会話をしていると、休み時間が終わった。チャイムの音が鳴り響く中、米沢は嫉妬心丸出しの一撃を俺の背中にくれた。いてぇし。


 幸せな心地と、物憂い感じが交互にやってくる。アキと歩み寄りたい気持ちがあっても、家族がどう思うのかがやっぱり気になる。

 どうしたら家族はわかってくれるだろう?


 俺はアキが好きで、アキも俺のことを少しくらいは好きでいてくれるんじゃないかと思うのに。


 放課後になってカバンに教科書を詰めつつ、はぁ、とため息をついた俺をトノが自分の席からじぃっと見ていた。あいつの視線はいつも、妙にのしかかる感じがする。


 はた、と目が合うと、トノは俺の方にやってきた。ガヤガヤ騒がしい教室の中でトノは俺に言った。


「カケル、お前ちょっと変だぞ」

「変って?」

恋煩こいわずらいか?」


 ブッと吹き出しそうなことを言う。本ばっかり読んでいるからか、トノの言葉のチョイスが高校生らしくない。今に始まったことじゃないけれど。


「こ、恋煩い……」

「お前、デートがどうの言ってただろ?」

「えぇ?」

「そのとぼけ方、零点」


 真顔で言うなよ。


「どんな子なんだ?」


 俺は少し言葉に詰まった。でも、トノになら本当のことを話してもいいかなって気がした。トノは俺が真剣な時、馬鹿にしたり笑ったりしないでいてくれると思う。


「幼馴染で、でもこうやって会うのは七年振りなんだ。女の子らしい、優しい子なんだけど……」


 ぼそっと言うと、トノはやっぱり真剣に聞いてくれた。


「幼馴染か。でも、今までそんな子の話は聞いたことなかったし、七年振りってことは、引っ越していったとか?」

「そういうんじゃないんだけど、そこがまたややこしくて」


 トノにも俺は自分の村の事情を話したことはない。今時そんなところがあるのかってびっくりされそうだし。

 でも、トノは賢いから、もしかするといい案を授けてくれるかも?

 俺はそう期待して話すことにした。


「ちょっと長い話になるから、夜に電話する」

「まどろっこしいな。でも、まあいいだろ」


 呆れた顔をされたけれど、実はこれでトノは俺の心配をしてくれている。それくらいは俺にもわかるから。一応、ありがとう。




 その晩、俺は宣告通りトノに電話をした。トノは多分待っていてくれたと思う。コール三回で電話を取った。


『はい』

「トノ? あのさ、学校で言ってた話なんだけど――」


 俺はベッドにしな垂れかかりながらポツリポツリとトノに話し始める。

 村のこと。家族のこと。七年前のこと。それから、最近のこと。


 家族には話せない。だから俺は誰かに聞いてほしいと思ったらトノにしか言えない。こいつは口が堅いって知っているから、トノになら話せる。そういうヤツがいてくれてよかったって、俺はしみじみ感じた。

 でも、トノは俺が予期したどんな言葉とも違う、斜め上の変化球を投げてきた。


『お前の話は要点がまとまってない。無駄は多いし、話は飛ぶし、文法がなってない』

「今の話からその感想か!」


 緊張しながら必死で語ったのに、こいつは!


『いや、大事なことだから先に言った』

「そこっ?」

『でもまあ、事情はわかった』


 あ、そう。最初からそう言ってくれればそれでいいのに……

 俺が電話口で脱力していることも多分トノはわかっている。


『明治の頃から仲違いしている村、か……』


 神妙な口調でトノは言う。その含みのある言い方が俺は気になった。もしかすると、トノは何か感じるものがあったのかなって。たくさん本を読んでいるトノだから、何かそういう事例を知っている?


「百年以上経ってるよな? それなのに、今でもなんてさ」


 俺がポツリと言うと、トノは小さく唸った。


『ミステリー小説っぽいシチュエーションだな。いわくつきの村で起こる連続殺人事件――』

「オイコラ!」


 勝手に惨劇の舞台にするな! それこそ本の読み過ぎだ!


『まあ、それは冗談だけど』

「本気だったら正気を疑う」

『でも、それだけ昔からっていうなら何かあるんだろうけど』

「あるかな? 理由とかわからないんだけど」

『今度カケルんちに遊びに行っていいか? ちょっと見てみたいし』


 あんまり家に友達を呼んだことはない。兄弟たちがあんまり呼ばないから、自然と俺も呼ばなかった。トノなら大人受けいいし、いいかな?


「一回家族に訊いとく。……話聞いてくれてありがとな、トノ」


 半分以上茶化された気がしないでもないけれど、それでも気が軽くなった。それは事実だ。だから、ありがとう。


『ん、じゃあまたな』

「うん。明日学校で」

『おやすみ』

「おやすみ」


 そう言って電話を切った。




 翌日、朝食の席で俺は家族に言った。


「あのさ、トノがうちに遊びに来たいって言うんだけど、いいかな?」


 すると、皆が一度動きを止めた。けれどそれは一瞬で、すぐにまた動き始める。


「カケルがよく話す殿山くんか。そうだな、せっかく来るのなら泊まっていくといい」


 じいちゃんがそう言ってくれたのなら、他の家族は何も言わない。姉貴は学校で何度もトノに会っているから、家族の中では一番トノを知っている。母ちゃんも何度かは学校で会っている。


「殿山くん、久し振りね。あたしの卒業以来か。うちに来るなんて珍しい」

「カケルがいつもお世話になってるから、おもてなししなくちゃね」


 母ちゃんの料理、トノも喜ぶと思う。


「カケル兄ちゃんの友達? 今度僕の友達も呼んでいい?」


 なんてアツムも言い出す。


「そうだなぁ、順番だな」


 って、親父はのん気に沢庵をかじっている。

 ……こうしていると、普通の家族。むしろ、仲がいいのにな。




 そんな中、朝一番にアキからメールが入っていた。俺はそれをバスの中で見た。


『おはよう カケルちゃん

 洋梨のタルト焼いたんだけど

 よかったら食べない?』


 そんなの家で作るんだ?

 姉貴がそんなことしている姿は想像できないけれど、アキなら似合う。お菓子作りが趣味なのかな。クラスの女子にもたまにそういう子がいるけれど。


『食べる!

 絶対食べたい!

 学校から帰ったら連絡する』


 もちろん食べたいけれど、それはアキが作ったからだ。アキの手作りってところが肝心。それから、タルトを受け取るのを口実にしてアキに会える。それが何より嬉しい。


『こっちから言い出しておいて

 こんなこと言うのも変なんだけど

 そんなに期待しないでね』


 俺の返信が勢いづきすぎたのかもしれない。アキがプレッシャーを感じたみたいだ。

 いや、失敗作でもいいんだ。極端な話、砂糖と塩を間違えていたって食べるから。

 アキのおかげで今日も幸せな一日になりそう!




 俺が浮かれて教室へ行くと、トノがそんな俺を文庫本の端からじっと見ていた。


「おはよ、トノ」

「おはよう」

「昨日はありがとな。遊びに来ても大丈夫だって。むしろ泊っていけってさ」


 トノは文庫本を閉じると、なんでだかふと柔らかく笑った。その顔、女子に見せたら騒がれそうだな。


「ふぅん。カケル、今日はご機嫌じゃないか」

「へ? そう?」


 俺はどうやらすごくわかりやすいらしい。なんとなく目をそらす。


「例の彼女と仲良くなれたのは何よりだけどな、まあその家族間の問題をなんとかしないといけないわけだよな」


 ヒュッと浮かれた空気が掃除機で吸われたような気分になった。トノのひと言が俺を現実に引き戻す。


「まあ、そうなんだけど……」

「僕が行くまでに村の歴史とかちゃんと調べておけよ。そうじゃないと対策も立てられないからな」

「う、うん」


 村の歴史か。それならまずじいちゃんに訊くのがいいかな……


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