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エピローグ

 3人は抱えたホムセン箱と共に河原まで戻っていた。ここ一番の横揺れを車にしがみ付いて耐える。それが収まると川に入って山の方を見た。高架橋を越える程の凄まじい土煙が撒き上がっているのが見て取れる。

「どうなったんだ?」

「あの舞い上がった土こっちに来ないよな」

「ダメだ、電話に出ない」

 山口が翔太の携帯に掛けるも呼び出し音が鳴るだけだった。暫く待つと、土煙の中から人影が現れる。それはトカブを背負って歩く翔太の姿だった。

「翔太!」

 真っ先に駆け出した山口に柏田と西崎も続く。2人を河原まで引っ張って頭や背中の土を払った。トカブが中に居たままの姿なのが気になるも急がなければ周囲を封鎖される可能性があるのでここを引き払う。

 

 立ち上がれないトカブは後部座席に寝かせて車を出した。何台かの消防車とすれ違いながら移住先の山に向かう。

 到着後、人目を気にしつつ道路を渡って森に入った。幸いにも見られてはいない。歩いている途中で向こうからリギーが飛んで来た。トカブを背負った俺の周りをグルグル飛び始める。

「随分と愉快な事になってんじゃねーか。あのジジイが言ってたのは本当だったんだな」

「知ってたのかお前」

「本気にはしてなかったけどな。誰だって嘘だと思うだろ」

「リギー、あまりブンゾーを悪く言うな。後で説明する」

「分かった分かった。取りあえず急げ。そんな所を他の人間に見られたら拙いだろ」

 足早に木の所へ進む。同じようにポッカリ開いた穴に飛び込むと、ハナバやリホキたちが待っていた。

 マメガは顔を青くしながらもどうしてトカブが中に居る時と同じ格好で穴から入って来たのか気になるらしく、最初に出会った時のように俺へしつこく突っ掛かって来た。

 オクワがこの場を収めると共にトカブは担がれて奥へ。少し休めば回復するだろう。これでトカブと最後の民たちを送り届ける事に成功した。

 その後、さっきの地震でトカブの山がどうなったか気になるのでまた戻った。だが近付くに連れて流石にパトカーや消防車の数が増えたため、違う場所を目指した。

「ちょっと西にある山にさ、展望台があるんだよ。そこならよく見えると思う」

 正人がそう言うのでその展望台まで行った。山肌を削った道の途中にあるその展望台は10台ぐらいの車が停められる空間と、木で作られた柵がある。しかし管理が行き届いていないのか「〇〇山展望台」とある看板の肝心な部分は字が薄くなって読めない。

「どうだ、佳一」

「まぁまぁよく見える」

 携帯のカメラで最大にズームする。山は3つほどに避けていた。周辺には緊急車両の赤色灯が幾つか見える。

「あれじゃあもう住めないな」

「山がああなるって誰が予想したんだ?」

「トカブの父親らしい」

「マジ?」

「すげぇな」

 正人と卓は感心したような声でそう言った。だが本当の所、ここまでの事は予想していなかったと思う。あくまであちこちひび割れして不便になる程度に考えていたんじゃないだろうか。

 そしてもう1つ気になるのはブンゾーだ。果たして脱出したのか、それともあの場所と運命を共にしたのか。見に行きたいが今は無理だ。

「よし、じゃあ戻って報告だ」

「少し休もうぜ。疲れた」

「俺も」

「お前は助手席で半分近く寝てたろ」

 近くにあるベンチに4人で腰掛ける。時間は9時前。思ったより掛かったけど移動の事を考慮すればやっぱり早くして正解だった。

「何か腹減ったな」

「後でコンビニ寄るか?」

「草臥れたなしかし」

 急だったけど3人に声を掛けて良かったとも思う。特に卓には無茶をさせてしまった。

「なー翔太、そう言や再就職の方は順調?」

「休みが終わったら本格的に動き出す」

「この一件で結構な時間を浪費したんじゃないのか」

「それは言わないで欲しい」

「知り合いの土建会社に口利いてやろうか?」

「あんまり興味ないな。自分で探す」

 何となく、この面子で働けたらいいな、と最近になって考えていた。誰が何の役職となるだろうけど、頭の片隅はずっとあった。

「…………なぁ、ちょっと提案があるんだけど」

「何だ」

「提案?」

「もう面倒ごとは暫く勘弁してくれ」

 少しだけ言い淀む。だが意を決して口を開いた。

「4人でさ、便利屋とかしないか?」

 乗り気な返事があるかと思いきや、3人は押し黙った。少し戸惑っていると佳一が口を開く。

「具体的に何をやるんだ」

「いやそれは……例えばエアコンの取り換えとか」

「給料の設定は」

「不便じゃない額とかで」

「会社の形式は。誰が代表だ。何所にオフィスを作る」

「その辺は皆で話し合って」

「やめとけよ。若い内からあまり楽な方へ転がるのは良くないぞ」

「俺さ、帳簿とか苦手なんだよ。青色申告ってそういうの必要なんだろ? 面倒だわ」

 全員に否定されてしまった。シュンとなる。

「まぁでも、例えば定年まで全員が無事だったら暇つぶしの種として考えておこうぜ」

「ありっちゃありだしな」

「……その頃は国保幾らなんだろうな、年金もだけど」

「2万超えたりして?」

「やってらんねー」

「年金受給開始の年齢が85とかになってるかもな……」

 人の意見を全否定しておきながら暗い未来の事ばかり口にしやがる。

「んじゃ覚えとくぞ。お前ら定年まで無事で居ろよ」

「いいからお前はまず仕事先を探せ」

「そろそろ行こうぜ。報告報告」

「下の方で道が規制されてないといいな」

 展望台を下りて移住先の山へ向かった。トカブたちに現状を報告し、細やかな宴の後に解散。当然だが酒は飲んでいない。ブンゾーについてはもしも姿を現せば受け入れると言う事で落ち着いた。彼の言う通り、年に1~2回は4人でここを訪れる事も約束する。

「じゃあこの辺で」

「御馳走様」

「元気でな」

「……またその内」

 佳一がそんな事を言った。少し意外だと自分でも思う。

「ああ。みんな、ありがとう」

 トカブ、リギー、オクワ、そしてマメガたちに見送られながら軽く手を振って別れた。外の世界はすっかり気温も上がって汗が噴き出て来る。そんな中を帰路へ着いた。


 こうして俺の、恐らく人生最初で最後の不思議な夏休みは、幕を閉じたのだった。




 あれから1年。再就職は何とか決まり、通勤用の車も中古で購入。訓練期間も無事に終える。就業までの僅かな休みに俺は3人を乗せメインのドライバーとして、県内の外れにある美味いらしい店へ何度か出掛けたりした。自分の仕事が始まると集まる回数は目に見えて減り、今では2か月に1回会えればいい方だった。携帯では連絡を取り合っているから会えなくてもそんなに距離感は感じない。

 

 卓の嫁さんと子供を交えた焼肉では表立った追及はされないまでも"こういう事は今後、控えて欲しい"と釘を刺されてしまう。ぶっちゃけ、怖かった。地震が起きる中で大黒柱を好き勝手に引っ張り回したんだ。仕方ないと言えば仕方ない。


 諸々が落ち着いてから山の様子を見に行ったがブンゾーの姿は見つけられなかった。持ち主不明の土地らしく、その後も大きな手が入る事はないまま、中途半端に窪んだ山としてそこにあり続けている。


 毎年の夏になると網戸にリギーがくっ付く事がある。これはトカブの方で「いつでも来ていい」と言うサインだ。リギーだけじゃなく、自分が居る外の世界で虫たちの声が聞こえる事もない。あれはやっぱり一時的なものだったんだろう。俺は3人に連絡を取って近々の休日を聞き出し、予定の合う日を作ってトカブの所に行く計画を立てた。


 この付き合いが何時まで続くかは分からないが、可能な限りは関係を保ちたいと思っている。

お付き合い頂きありがとうございました。

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