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ブンゾー

 トカブが中に残っている。急いで外まで連れて来なくてはならない。マメガが何を言っているか最後まで聞き取れないまま、俺は無我夢中に穴へ飛び込んでしまった。落ちて行く感覚がこれまでで最も早い。下手すれば足を折りかねないとも思ったが、最後は意外とふんわり足が着いた。しかし重力を取り戻す感覚も早くなっているらしく、体が一気に重くなる。

「おっと」

 思わず前へ倒れそうになるのを堪える。そのままの勢いで走り出した。朝よりもあちこちひび割れが増えている。

 路地を抜けた先は最初にトカブと会った場所。壁に走るヒビは大きくなり今にでも崩れ落ちそうだ。そんな状況にも関わらずトカブは玉座に座ったままだった。自分以外に誰も居ないこの空間で何か物思いに耽っている。早く連れ出さなければ。

「トカブ!」

「……ショータ」

 生気の無い表情で力なく顔を上げるトカブ。階段を駆け上がり、トカブの隣に辿り着いた。

「出るぞ、トカブで本当に最後だ」

「……私は残ろうと思う」

 この期に及んで何を言い出すんだコイツは。ふざけている場合じゃない。巻き添えは御免だ。

「何でそう考える」

「これまでの事を色々と思い返していた。私は父から移住に関する全権を任された。それが終わった時、私は何が出来る存在なのだろうか。民たちの未来は繋がった。しかし、私はその先も民たちを率いる事が出来るのだろうか。正直、ここから出るのが怖い。私はもう役目が終わった存在になるとしたら、私には何が残されるんだろう」

 気持ちは分からないでもない。自分だって、前の仕事で得た知識経験は、その世界でしか通用しないものだ。それを脱ぎ捨てた時、自分には何が残るのか。自問自答を繰り返していた事の1つだ。

「トカブ。俺は今、トカブのように何か役割を背負っていない。人間の言葉で言うと無職だ。ここに居て何もせず、餌を消費するだけの存在だ。その前は俺も相応に役割を持っていた。自分の役割を捨てる事になった時、俺も正直言えば怖かった。次は何が出来る存在になるんだろう。そもそも、なれるんだろうか。そんな事ばっか考えてた」

 俯いていたトカブが少しだけ顔を上げた。無職が王様に何を偉そうに説教しているのかと矛盾した気持ちになる。

「だから今、他に違う事が出来る存在になれるよう、色々練習している。そういう場所が人間の世界にはあるんだ。でもこれはトカブと事情が違う。トカブは今までもこれからも民を率いる王様だ。トカブの役割は終わらない。その役割を捨てたいってんなら別だけど」

「……いや、捨てたくはないな」

 トカブは立ち上がった。さっきとはまた違う表情だ。何かを決意した男の顔付きだ。

「済まないショータ。急ごう」

「それでいい」

 広間を後にして入って来た穴を目指し走る。トカブが、俺が先に出るのを確認してから自分も外に出ると言うから仕方ない。道中で上からパラパラと木くずが落ちて来た。長くは持ちそうにないのが分かる。しかし、辿り着いた先の光景に驚いた。

「……穴がない」

 上を向いてそこにある筈の穴がない事に絶望した。なぜ塞がってしまった。どうしてだ。

「そうか、マメガがここを離れてしまったからだ。門の管理はマメガの一族が代々担って来た。ここから離れてしまうと門は閉じられる。これでは……」

「ちょっと待て。他の皆は何所からか地上に出られるんだろ」

「それは我々だけが通れる道だ。ショータはここからしか出入りが出来ない。それに我々もこの門からは出られないんだ」

 周囲でバキバキと大きな音が鳴り、何かが崩れる音も聞こえた。床にも縦横に亀裂が走り出す。こういう結末か。30年余りの人生はここで終わるらしい。だが、最後にこんな事に関われたのを考えると、何が意味がある終わり方にも思えた。

「トカブ、その道が通れなくなる前に行ってくれ。トカブは必要な存在だ」

「何を言うのだ。少し待て、方法を考える」

「マメガみたいな力はあるのか?」

「……残念だが」

「じゃあ終わりだ。早くしないとこの世界が潰れるぞ」

「ショータ! 私に諦めるなと言いながら君は!」

「トカブと俺じゃ存在の価値が違う」

 そこまで言った時、トカブに殴られた。そういう経験が全くの初めてではなかったが、気分のいいものではない。尻餅をついてしまった。

「やれやれ見てられんな」

 聞き覚えのある低い声。何所に潜んでいたのか分からないが、唐突にブンゾーが姿を現した。

「ブンゾー!」

 トカブは腰の剣を握ってブンゾーに近付いた。まだ刃は鞘の中だ。

「王様、お助けに参りました」

「世迷い事を言うな!」

「ご覧下さい」

 急に風通しが良くなる。上を向くと、穴が出来ているのが見えた。どういう事だこれは……

「……ブンゾー、これは」

「あなたは昔から慌てると記憶がこんがらがる癖がありますな。奥の広間で私が言った事は全部ウソにございます」

「ウソ?」

「別の場所に住んでいた云々です。私の家は代々、王様の家系に仕えておりました。あえて強く押し出す事であなたの混乱を誘った訳です」

 トカブが剣から手を離した。俺も立ち上がってトカブの隣に立つ。

「王様はあの門がどういうものか、全てを知らないのでしょう。先々代が詳しい事を言われないまま亡くなられたせいです。あの門はですな、この土地の本来の持ち主と会うために作られた物です」

「……本来の持ち主?」

「左様です。先々代より更に3つほど前の事です。この山を丁寧に管理していた人間が居りました。我らはその者とこの山に住み続けるための協定を結んだのです。人間の前での我々の姿では声を掛けても聞き入れて貰えない事から、こちら側の空間へ誘い出す必要がありました。そのためにあの門が作られたのです」

 そこから暫く、昔話が続いた。管理していた人間の一族との付き合いは先々代が若い頃まで続いたそうだ。代替わりの度に次の代表者を連れてここに来ていたと言う。だがある時を境にその一族はここへ訪れなくなった。恐らく、意図的にかそれともチャンスが無かったのかまでは分からないが、誰にもここの事を伝えないまま亡くなったのだろう。

「先々代も薄々とは気付いていたのでしょうが、いつ一族の人間たちが来てもいいよう、あの門を昼間の間だけは開けておくよう指示しました。それでもあからさまだと怪しまれるので、見え難いようにしろとも仰ってはいました」

「……じゃあ俺が見たのは」

「マメガは力をまだ使いこなせていない。それ所かサボり癖があるお陰で見えてしまう状態のまま門を開けておった。お前さんが見つけたのはそのせいじゃ」

「門については分かった。ではブンゾー、移住に反対したのは何故だ」

「実はですな、あの門からは我々も外へ出る事が出来るのです。しかし、これにはある問題が付いて回ります」

 あの門からトカブたちも外に出られるだけでも衝撃の事実なのに、まだこれ以上の何があると言うのだ。

「我々があの門から出ますとな、人間たちの目にはここで会った時と同じ姿形、大きさのままで見えるそうです。つまり、普段の人間たちから見えている状態ではないのです」

「……そんな事が」

「もし何かの拍子で我々が出入りしている道が潰れた時、外へ出るにはここしかありません。出れたとしても、人間たちの目から見えている姿形でないままあちこち動き回れば、どうなるでしょう」

 非常に厄介な事になるだろう。その一族しか面識がないとすれば、関係ない人間たちには恐怖の対象でしかない。最悪、全員捕まって大きな事件に発展する事も考えられる。

「これは先々代の1つ前の時に発覚しました。一族の人間たちも"ここから外に出てはいけない。君たちの命が今以上の危険に晒される"と言ったそうです。この事は当時の王様だけが体験しました。以来、無用の混乱を避けるため言伝だけで引き継がれて来たのです。またここから出る危険を排除するため、外からしか入れない門だともこの時から言い伝えられました」

「では、父は祖父からその事を?」

「ここでまた問題が起きました。お若い頃は覚えていた筈ですが、お年を召されてから抜け落ちてしまったのでしょう。御父上にその事を伝えられないまま亡くなられてしまいました。それだけじゃなく、他の側近たちもいつしかこの事を忘れ、全員が移住に賛成する始末。私はもしここからしか外に出られなくなった時の事を考え、1人反対したのです。御父上にこの事を申し上げても信じて貰えず、寂しい戦いでしたな」

 ブンゾーの顔が次第に落ち込むものへと変わっていく。物悲しい表情だ。

「私はここで考えを少し変え、生まれた地で死にたい者が居ないかと、賛同者を募りました。ある程度はそんな者も居ましたが、今は全員が人間の手を借りて移住してしまいました。これ以上は何も出来る事はありません。1つを除いて」

「1つ?」

「王様と人間をここから外に出すため、門を開けておきます。もう時間はありません。間もなく、大きな揺れが来ます」

 地の底から何かが突き上げるような震動を感じる。卓の予感が本当に当たるのか?

「人間よ。いや、ショータ。気が向いた時でいい。王様に会いに行ってくれ。1人でも気を許せる存在が居れば息抜きになるだろう」

 もうこの時点でブンゾーの覚悟は見て取れた。これ以上、何か言い合いになればここで3人ともお陀仏だ。可能性が高い方に傾くしかない。

「……分かった」

「ブンゾー!」

「お行きなさい。そして成すべき事をされて下さい」

 トカブの腕を掴んで門を見た。自然と体が浮き上がりさっきと違った吸い込まれる感覚を味わう。

「ブンゾー! まだ通れる道がある筈だ! 諦めるな!」

「栄誉ある生き様でございました。健やかにあらせられますよう」

 まだブンゾーが何か言ったように聞こえたが、もう耳には届かなかった。入った時と逆の感じで外に放り出される。俺は上手く立てたがトカブは前のめりに倒れ込んだ。

 ブンゾーが言う通り、本当に中で会っている時の姿で外に出た。彼らにとってこれは確かに危険だ。

「トカブ、立てるか」

「体が重い……何だこれは」

 外の世界と中の空間では何かが違うらしい。トカブは立ち上がるのが難しいようだ。

「時間がない。背負うぞ」

「ま、待て、情けない所は見せられん」

「いいから」

 トカブを背負った瞬間、これまでで最も大きい地震が襲い掛かった。木々が揺れている。そして地面が裂けた。"ゴゴゴッ"と音が聞こえる。

 足を取られながら必死に山を下りた。3人の姿は見えない。先に車へ戻っていればそれでいい。今はとにかく川まで急がなくてはいけない。後ろから倒れる木の音やそのせいで捲れ上がった土煙が飛んで来る。

次で最後です。

日月のどっちかで更新します。


追記

ちょっと改稿しました。悪しからず。

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