移住作戦2
山肌から登って来る太陽の日差しを浴びながら、3台は移住先の山を目指す。ちょっとずつ交通量も増えて来たがまだそこまでではない。取りあえず役場、消防、警察の車両に出くわさないよう祈った。
「次の信号で左折するぞ」
「了解」
「へーい」
無事3台とも左折に成功。時刻は6時10分ちょい。目的地の山まで半分ぐらいの所に来た。
「佳一、車停める所って前と同じか?」
「あそこ以外に良さそうな場所はなかった。道路を渡る時は注意しろ」
「渡る? 直接乗り付けりゃいいじゃん」
「保安林の出入り口があるけど道幅的に方向転換出来ない」
「マジかよ」
「しょうがない、スピード勝負だ。正人起きてるか?」
「また寝てやがる。そろそろ起こすわ」
携帯の向こう側で正人が起こされる声を聴きながら運転を続ける。ダッシュボードの上ではリギーがずっとフロントガラスの景色を眺めていた。
「自分が何もしないのに進んでるってのは変な感覚だな」
「人間の乗り物ってのは基本的にそうだ」
「たまには歩かないと体に悪いぜ」
「虫が言うセリフかそれ」
走り続けて何事もなく到着。右手の自販機コーナーに車を停め、ホムセン箱を抱えて道路を渡った。最初に来た時と同様、保安林と表示された看板のある出入り口から山の中に入る。
「着いて来てくれ」
「案内してくれるってさ」
俺の前を飛んでいくリギーを3人は不思議そうな顔で見つめた。構わずに歩き出した俺を後ろから静かに追い掛けて来る。
前回と打って変わって今日は静かだ。これはこれで有難い。だが道を奥へ進むにつて、少しずつ視界に入らない者たちの声が聞こえ出す。とは言え、まだ家の外から聞こえる話し声と大差ない。
「今日もいい天気になりそうだね」
「有難い限りだ」
こうして聞くと人間とあまり変わらない会話の内容だ。しかしある地点を超えると大きく変わり出す。
「いつもの餌場、今日はすっからかんだぜ」
「アリどもの巣が近くに出来たせいだ。あいつら数が多いからってデカい顔しやがって」
「やめろ! 俺を食っても美味くないぞ!」
「かたいこと言うなよ、ちょっと肉を摘まむだけだから」
何だか末恐ろしい会話が始まる。気にしないでおこう。
「もう少し先だ」
相変わらず前を飛ぶリギーの後を追い続けると少し開けた場所に出た。その中で最も太い木の根元に、同じような黒い穴があるのが分かる。もしかして入る事が出来るのだろうか?
「ここで民を下ろしてやってくれ。俺は先に中に入って伝えて来るから、その箱が空になったらあの穴から入るといい。中で待ってる」
そこまで言うとリギーは加速して木の裏へ消えた。少し経つと、木の根元から色んな虫が姿を現す。どうやら出迎えらしい。3人にここで虫を外へ出すと伝えて作業を始める。これが終わるのには10分ぐらい掛かった。
ホムセン箱の中身が全部空になったのを確認。穴へ入る事を宣言した。正人以外はあからさまに嫌な顔をしたが構わず飛び込む。トカブの所と同じ感覚だった。下を向いていた頭がゆっくりと上になる。
「おーい、こっちだ」
下でリギーが手を振っていた。地面に足が着く。目の前にはリギー以外に、短いが特徴的な2本の角が生えているやや草臥れた感じの中年っぽい人物が1人。
「紹介しよう。ショータ、ケーイチ、マサト、タクミだ。今回の移住作戦を考えた人間たちだ」
「あなたがショータ様ですか。王様からお話は幾度もお聞きしております。私はオクワと言います。ここに移住した者たちを纏めている者です」
その名前と角から察するにオオクワガタだろうか。小学生の時に佳一とあちこち探し回ったが見付けられなかったのを思い出す。やはり居る所には居たようだ。
「故郷に残った仲間たちと再会出来て我々も嬉しく思います。王様もこちらにいらっしゃるとの事で、準備に追われておりました」
「あと2回ぐらいで全員を運び終わる予定です。因みに、増えた分の居住が可能な空間なんかは」
「一時的には問題ありません。王様が到着されると共に他の目ぼしい場所を探索に行くための許可を頂く予定です。前々から調査をしておりましたが、3つほどの候補地が御座います。先にここへ来た我々がその候補地へ移住し、新たに加わる仲間たちにはここでゆっくり過ごして貰おうと考えておりました」
前に朽ちたバス停で「手狭になりそう」とGが言っていたのは本当らしい。それを承知で迎え入れてくれるとは有り難い話だった。
「って訳だ、遠慮せず次を運んで来てくれ」
「戻らないのか?」
「トカブからあれこれ頼まれてんだ。あんた等が運んでる間にそれを進めるよ」
「分かった。じゃあこの辺で」
"蚊帳の外"って表情の3人を連れて外の世界へ出た。車を停めた場所まで戻る。
「……何か夢でも見てる気分になって来た」
「俺も」
正人はさっきまで寝てたからそんな感覚になるのは仕方ないとしても卓は半ば現実逃避の方へ心が傾いているようだ。図体はデカいくせに変な所で臆病な男だ。まぁ昔からだけど。
「よーし戻るぞ、何だかんだもう7時前だ」
佳一の言葉で我に返る。意外と時間を食ってしまった。さっきまで走っていなかった大型トレーラーや出勤時間が早い人たちの車通りが増えている。トカブの山まで戻るのに所要時間が増えるのは間違いない。
引き返す途中、消防団の消防車とすれ違った。特にこちらへ何か違和感を覚えたようには見受けられない。サイドミラーで様子を窺うが何事もなく終わる。
「肝冷えた」
具合の悪そうな声で卓はそう言った。
「知った顔居た?」
「そこまで見てない、ってか見たくない」
正人が興味本位かそれとも悪戯心で聞いたのか分からないがとにかく卓は嫌そうな声で答える。
「事故るなよ。まだ先は長いから」
「へーい」
「また寝ていい?」
「どんだけ寝るんだよ」
7時半過ぎ、また河原に戻って来た。出来れば1回で終わらせようと目論んだ俺たちはホムセン箱を1人1つから2つに増やす事を決定。さっきよりも動きが鈍ったが勢いで川を遡り始めた。
曲がり角に到着し佳一が先に地面へ上がる。だが何かを見たらしく咄嗟に姿勢を低くした。
「どした」
「何だ、何か居たのか」
正人と卓が仕切りに聞くも佳一は口に人差し指を当てて2人の発言を遮る。草を掻き分けてこっそり顔だけ出して様子を窺っていた。
「……よしいいぞ」
「佳一」
「パトカーが見えた。走って行ったから大丈夫だと思う」
「別に静かにしなくてもいいだろ」
「咄嗟にやっちまった。気にすんな」
グレーよりな行為をしている自覚はあるけど明らかな犯罪をしている訳でもない。まぁ警察に見つかれば何を言われるか分からないから注意するに越した事はないと思われる。
ってな事を考えつつ川から上がり、ホムセン箱を抱えて山に入った。木の所まで急いで向かう。
「ショータ様、お待ちしておりました」
「何か問題は」
「大丈夫だ。箱を多めに持って来たからさっきより大勢を運べると思う。伝えて来て欲しい」
「承知しました」
「お待ちを」
木の周りで飛んでいたハナバとリホキが俺を出迎える。2人は木の根元に降りて姿を消した。数分後、またゾロゾロと虫たちが地上に出て来る。
「ちょっと中に入って来る。続けてくれ」
穴に飛び込んだ。一度、確認しておかなければならない事があった。マメガを尻目にトカブが居る玉座の場所を目指して走る。まだそこにはトカブ以外にも大勢居た。トカブは数人と何かを話し合っている。
「トカブ」
「ショータか、少し待て」
何かの紙を周りに居る者たちへ手渡す。計画書のようなやつか?
「各自、この通りに頼む。今来ている迎えに乗って先に行っていてくれ」
「どうか御早い到着を」
「王様もお気を付け下さい」
彼らも外に向かって動き出した。護衛の兵士もまだ数名居る中、トカブに近付く。
「トカブ。そう言えばだけどブンゾーは」
「あれから姿を見せていない。兵たちは民を落ち着けるためにその多くを動員したから探すための者を用意出来なかった」
「ブンゾーに賛同して移住を拒んでいた連中はどうなった」
「それが不思議な事に全員がここへ集まった。さっきのでその全員を送り出したが目を光らせる意味で何人かの兵も一緒に付けている。リギーが居れば何かしようとしても防いでくれるだろう」
リギーはそのために向こうへ残ったって訳か。であれば安心していい、と思う。トカブが信用しているならこれ以上は何も言わなくていい筈だ。
「分かった。この感じだと次で最後に出来ると思う。トカブも準備をしててくれ」
「うん。待っているぞ」
固い握手を交わして外へ戻った。それぞれの持つホムセン箱は1つ目がほぼ満杯。2つ目も半分程度が埋まっている。
「翔太、そろそろ運ぶぞ」
「悪い」
「みんなー、また来るから戻ってくれー」
「満員だ。次を待ってくれ」
さっきと同様、地上に出ていた虫たちが戻って行く。ある程度は重くなったホムセン箱を抱えて山を下り、川に入った。水音が来る時よりも大きい。重くなった分で当然か。
「なんかさ、あれ思い出すな」
「あれ?」
正人が急に何かを思い出したらしい。あれとは何だ。
「あれだよあれ、モンスター倒すやつ、タイトル出て来ない」
最近また新作が出たヤツか。どうしてそれを思い出したのかは分からない。
「何でそれを思い出したんだ」
「竜の卵を納品するってクエストあったろ。今この状況がそれっぽくね?」
着ているのは作業服で抱えているのはホムセン箱。似ていると言われれば似ているかも知れないがしかし……
「卓、お前授業中にイヤフォン外れて肉が焼けた時の音が盛大に漏れたよな」
「やめろ! 言うな!」
「え、あれ卓?」
「移動教室に本体置きっぱにして筆記用具忘れたって先生に嘘付いて取りに行ったの正人だっけ」
「いやそれ俺だけじゃなくても翔太もだろ」
急に懐かしい話が始まるのも束の間、地鳴りがした。その後でかなり大きめの横揺れが襲う。咄嗟に左右の茂みへ体を預けて揺れが収まるのを待った。
「……やべーな」
さっきまで陽気だった正人の声が上ずっている。ここに来てようやく恐怖を覚えてらしい。
「急ぐぞ、上流から鉄砲水でも来たらお終いだ」
卓の発言で俺たちは足早に川を下った。河原に戻ってホムセン箱を積み込み、もう1度移住先の山へ向けて車を走らせる。
道中、赤色灯を回したパトカー2台とすれ違った。他に役場の車が1台。だが交通規制は敷かれていないようで特に問題もなく到着する。またホムセン箱を下ろしてさっきの所まで辿り着き、出迎えが見守る中で大量の虫たちを解き放つ。さっきよりも多いせいで20分ぐらい掛かってしまった。
空になったホムセン箱を持って車へ戻る。逸る気持ちを抑えながら法定速度でトカブの山を目指した。その途中でまた大きい横揺れが起きたので路肩に停めて暫し待つ。
「……みんな大丈夫か?」
「大丈夫だ」
「でーじょぶ」
「早く終わらせようぜ」
再発進して15分くらい走り河原に到着。水も水量は変わらないし濁ったりもしていないから恐らく大丈夫だろう。少し急いで川を遡りまた山に入った。木の所まで着くと、さっきと光景が変わっている事に佳一が気付く。
「地割れが増えてるな」
「マジか」
「何か木も傾いてる?」
「やばいやばい、早くするぞ」
俺たちを待っていたのか、何も言わなくても虫たちが木から出て来た。明らかに数が少ないからさっきので殆どを運べたらしい。恐らくトカブの関係者が多いと思われる。
「みんな早く!」
「急げ急げ!」
「待ってくれー」
最後まで残っただけあって彼らも焦っているようだ。虫たちを運んでいると腕に黒いハチが止まる。
「ショータ様、民はこれで全部です」
リホキだ。他にも数種類のハチがホムセン箱の中に入って来る。兵士たちもこれで全員か?
「ハナバも居るんだな?」
「ケーイチ様の方へ入りました。大丈夫です」
「おい、マメガはどうした」
「マメガは何所だ!」
誰かがマメガを呼んだ。しかし返事はない。木の方を見ると、根元の所で足を止めている虫が居た。そこに近付いて掬い上げる。
「マメガ、怪我はないな」
「大丈夫だけど……」
煮え切れない言い方だった。手の上で体の向きを変えてずっと木を見ている。
と、ここでまた地鳴りが起きた。思わずしゃがみたくなるような恐怖心を沸き上がらせて来る。
「下りるぞ!」
「勘弁してくれ!」
卓が真っ先にホムセン箱を抱えた。全員でそれに倣うように同じくホムセン箱へ手を伸ばす。だが次の瞬間、俺の手は止まった。
「待て! 王様は何所だ!」
「待ってくれ! 王様が居ない」
「王様! 王様!」
トカブが居ない? 何故だ。もう時間はない。でも置いていく訳にはいかない。どうしてトカブはまだ出て来ないのだろう。何か起こったのか? まさかブンゾーが?
「見て来る。3人は先に車まで戻ってくれ」
「了解」
「気を付けろ」
「怪我すんなよ」
ホムセン箱は3人で何とかして運んで貰おう。マメガは佳一のホムセン箱へ放り込む。穴へ飛び込む瞬間、蓋が閉められつつあるホムセン箱からマメガが何か叫んでいるのが分かった。しかし全部を聞き取れないまま俺の体は木の中へ入ってしまう。
「おいダメだ! 俺が離れると穴は消えちまうんだ! 戻してくれ!」
既に地鳴りの音がマメガの声をかき消すまで大きくなっていた。誰もそれを聞き取れないまま山へを駆け降りている。
あと2回で終わります。




