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作戦会議その1

 ゆっくりと降りていく慣れ切ったこの感覚。静かに足先から降り立ち、いつもの空間にやって来た。

「な、何だここ……」

「木の中だよなこれ、すげぇ」

「どうなってんだよ一体!」

 さすがの山口も同様を隠せないらしい。でも柏田は変に冷静だ。西崎だけはまだ混乱が残っているのか落ち着きがない。

「悪いトカブ、待たせた」

 目の前に居るのはトカブ、マメガ、リホキ、怪我をしたらしく手当の跡が目立つハナバ。蜂っぽい容姿の兵士たちだ。全員が剣を携えている。トカブは別として、他の者は俺の提案を完全には信じていないのかも知れない。

「あぁ、ようやく全員と再会出来た。皆すっかり成長して見違えてしまうな」

 トカブの一言で3人の表情が固まる。ここからは長い説明が必要になるだろう。

「中1の時さ、道端でカブト虫を拾ったの覚えてるか?」

「中1? カブト虫? そんなんあったっけ」

「あー……ここから近かったな」

「それとこの状況と何の関係があるんだ」

「あの時に拾ったカブト虫がそこに居るトカブだ」

 視線がトカブに集中する。当然だが俺の言っている事を理解した表情ではない。

「間違っていたら済まない。確か、ケーイチとマサト、タクミだったな」

「……翔太お前、何を教えた」

「いや何も。トカブの記憶と俺の記憶を擦り合わせただけで、お前らの名前は憶えてたよ」

「3人共、色々と差し入れをしてくれたのを覚えている。ありがとう」

「差し入れ? 虫用のゼリーとか?」

「ああ、とても口に合った。マサトはいつもショータの持っている書物を読んでいたな」

「え……はぁ?」

 開いた口が塞がらない、をそのまま体現する正人であった。アイツは当時、俺が買っていた漫画をよく読んでいたのだ。自分で買えばいいものを人の家に来て読んでいく不届き者である。

「ケーイチはショータに色々と何か助言をしていたな。木を入れた方がいいとか、ただの土はダメだとか」

 庭先の土をほじくり返してそれをそのままケースに入れようとした俺に佳一は「腐葉土を買って来い」だの「登り木があった方がいい」だのと横槍を入れたのだ。飼うのは俺なのに自分も夢中になっていたらしい。

「……確かに色々口出ししたけど…………20年近く前だぞ」

「タクミもよく霧状の水を掛けてくれたな。あれは心地よかった」

 何か知らないが卓は自ら霧吹き係を名乗り出てしょっちゅう来ては霧吹きをしてた。最初は"好きにしろ"とでも言いたげな雰囲気だったくせに調子のいいヤツだ。

「…………霧吹き? 家で使ってないの持ってったけど」

 この辺でようやく、3人の記憶からトカブの言っている事が本当だと分かり始める。だがギクシャクした空気は依然と変わらない。それもそうだ。虫が人に近い姿形をしているこの空間。一歩間違えれば生かすも殺すも向こう次第。俺もその辺は承知の上で足を運んでいる。

 場所は変わって俺が最初にここへ来た時、ブンゾーに手を引かれて訪れた場所に出た。そこには少し大きいテーブルと椅子が置かれている。周りにはまだ残っている民たちも見に来ていた。

「あれがショータ様のお友達か」

「確かケースケ様、タクジ様、マサオ様だっけ?」

 微妙に違うのが面白いが笑っていい所じゃない。我慢我慢。

「椅子は人数分ある。好きに座ってくれ」

「仕掛けとか何もないから大丈夫だ、座ろう」

 警戒心を解かない3人を前に俺が真っ先に座る。それを見た佳一が次に座り、続いて正人も座った。卓は周囲を取り囲んでいる民たちを何度も見渡すが、最終的にゆっくりと腰掛けた。

「まず、3人を騙して呼び出したのを謝る。悪かった。でも、協力して欲しいんだ」

「済まない、私もショータの案を受け入れた罪がある。3人とはもっと違う形で再会したかったが、あまり時間がない」

 大体だが40分か50分、まぁほぼ1時間程度かけて説明した。柏田はすっかり受け入れて乗り気。山口は懐疑的だが、怪我の手当てを受けた民の格好やあちこちに亀裂が走った内部の状況を見て、何れにしろここが長居出来る空間ではない事を感じ取ってこれを受け入れる。

 さて、残りは西崎だが……

「何でお前らそう簡単に色々と信じれるんだよ」

「簡単には信じちゃいない。だけど見て分かる通り、ここは何時までも持たない。移動手段が歩いたり跳んだりだけだと間に合わない可能性が高いから人の手を借りたいってだけだろ」

 あくまで山口の中では"割り切った考え"らしい。それ以上の付き合いはしないつもりなんだろう。

「俺が嫌だって言ったらどうするつもりだ」

 随分と意地悪な物言いだ。しかし西崎だけは他と違って妻子がある。危険な事に関わりたくないのは当然だ。

「無理にとは言ってない。お前は嫁さんと子供も居る。ぶっちゃけ今日だって来てくれただけでも嬉しかった。何が起きるか分からないし警察沙汰になる可能性もある。だからいいよ。こっちも変に怪我されて働けないなんて事になったら申し開き出来ないし、3人でやる」

「まぁ気にすんな。俺は折角だから楽しませて貰う。人生で1回ぐらいこんな経験もいいだろ」

 柏田のそういう楽観的な所は羨ましい部分だ。逆立ちしても真似は出来ない。

「そうか、タクミには守る者が居るのだな。では下手に巻き込めない。ショータ、ケーイチ、マサト、よろしくお願いする」

 実はここまでは織り込み済みである。卓は中学校からの付き合いで違う学区の小学校から来た人間だ。俺ら3人が小学校の時の事で盛り上がると、疎外感を感じてかいじけるのが昔からの癖だった。悪いが理容させて貰う。

「…………ちょっと待てよ。やらないなんて言ってないぞ」

 来たな。

「だから無理はするなって」

「してない。全くお前らは昔から俺だけハブって何やかんやと」

 卓が乗り気になった事で正人はにこやかになった。佳一は俺が卓の性格を利用して丸め込んだのを感じてか「あーあ」と言いたげな顔である。

「済まないタクミ。力を貸してくれてありがとう」

「危ない事だけは御免だからな」

「運転手とかメインで頼む。だったらまだ安全だと思うから」

 こうして俺たち4人は残っている民の移住を手伝う事となった。時間は22時に近いので今日は元の世界へ戻る。トカブたちに見送られて木の外へ出た。


 そのままだった花火とバケツを回収。水は小川に戻して車に乗り込んだ。

「下りる時によく見たら山の表面、地割れしてたな」

「俺は登ってる最中に気付いてたけど何も言わなかった」

 佳一には何となくでも今日集まったのが実は花火目的じゃないってのを最初から悟られていた気がする。正人も暗い中でよく気付いたもんだ。

「マジ? お前なぁ」

「移動ルートは明るい内に決めてたから足突っ込んだりしなかったろ。それで悪いけど、今日はもう時間が時間だ。明日から動きたいけどいいか」

「胃腸炎だっつって休むわ。客商売だから来んなって言われるだろうし」

「俺もそうする。まだ有給使ってないんで消化するかな」

「卓は?」

「あんま気分良くないけど子供をダシにする。子持ちはそういう時に休みやすいからな」

「悪い。全部終わったら焼肉でも行こう」

「お、じゃあ駅地下の店に行こうぜ。たかーい所な」

「翔太の奢りか?」

「奢る」

「うちの嫁と子供は?」

「連れて来ていいぞ」

「よーし乗った」

 とんでもない約束をした気がするけど今はいい。その後は全員を家まで送り届けて帰宅した。翌日の9時に図書館でまた集合。フリースペースで地図を見ながら、トカブの山と目的地までの移動ルートを再確認する。

「こっちの県道から行った方が楽?」

「いや、そこ県道とは名ばかりの農道だ。すれ違いが面倒だから止めとけ」

「山の方に入って大きく迂回するとか」

「信号が無いせいか分からんけど80キロぐらい出して走ってるアホが多いから行かない方が良い」

「んじゃ国道は?」

「あっち混むんだよなぁ。大きなトラックもよく走ってるし」

 正人、佳一、俺の提案を悉く潰す卓であった。

「お前何でそんなに詳しいの?」

「あの辺にウチの会社の資材置き場があんだよ。大きな現場とかだと色々と作業用資材が必要になる。そういうのが置いてある所があるんだ。黙ってたけどあの辺の道は殆ど走ってる」

 まさかの道路事情に詳しい存在が居るとは。しかしここで卓の顔が引き攣る。

「やべ、何ヶ所かNシステムあるな」

「別に前科なんてないだろお前」

「でもどうすんだよ、あれ顔も撮ってるぞ。紆余曲折の末にバレて、立ち入り禁止区域で運転してましたね、って家に来られたら終わるぞ」

 そこまで恐れる必要もないと思うが、卓的にはどうしても気になるらしい。Nシステムがある道を避けて移動ルートを作るとなると中々に骨が折れそうだ。

「んじゃこうしよう。佳一と正人で偵察して来てくれ。卓は知ってる限りの抜け道みたいなのを地図に書き込んで2人に渡せばいい。偵察してる間は俺と卓で買い出しをやっておく。ホムセン箱か何かがないと残ってる皆を運べないし」

「分かった、少し時間くれ」

「偵察か。いいね」

「そう言えばだけどよ、その移住を手伝う時は私服でやるのか? 何かあったら個人を特定されそうな気もするが」

 佳一の疑問点は確かにそうだ。私服には誰だって個性が出る。ならば個性の出ない格好。作業服か何かの方が好都合だろうか?

「俺は訓練校で着てる作業服を使おうかな」

「田んぼ手伝う時の作業服あるから俺はそれにする」

「俺も会社の作業服使うか」

「お前、車のメーカーロゴがこれ見よがしに入ったヤツ着る気か?」

 正人の仕事は正規ディーラーの営業だ。有名な某メーカーの社名が記された作業服を着るのは自殺行為である。

「あー……クビになるな、やめとこ」

「俺の貸す。ウチは下請けの零細だから作業服は無地だ。何所でも売ってるから分かんねーよ」

「あざす」

 卓が地図に書き終わるのを待って別行動に入った。ここからだと佳一の方が家が近い。正人と2人で家に戻り、車で移動ルートの選定を任せる。俺は卓が車で戻って来るのを図書館で待った。

「……そう言えば図書館なんて久しぶりだな」

 この図書館は建て替えられているので昔の面影はない。時間があるから少し中を見て回る事にした。

「お、この辺の本は昔のだな」

 何となく見覚えがある。それに他の本と比べて草臥れていた。傷も目立つ。

「さすがにもうレーザーディスクはないよなぁ」

 子供の頃は佳一とよく来てレーザーディスクやVHSの映画を予約して見ていた。今もあるのだろうか。映像コーナーに足を向ける。

「……すげぇな、ビデオはまだある」

 シリーズ物の映画でVHSは健在らしい。DVDもそこそこあるがレーザーディスクはもう無かった。

 懐かしい気分に浸っていると携帯が鳴った。ここでは通話出来ないから外に出る。

「えーと……何所だ」

「おーい翔太」

 黒い車から手を振っている卓が居た。思わず近付くのを躊躇うぐらい車体が大きくていかつい車だった。前に乗せて貰った時は白い軽自動車だった記憶がある。

「……これお前の?」

「軽の方は俺と嫁の共有で子供の送り向かいがメイン。コイツは俺だけの車。家族乗せるならやっぱ大きくないと」

「左様で」

 いかつい車に乗り込んでホームセンターに向かった。店内に入ると同時に余震が襲い掛かる。

「おっと」

「げ、大きいな」

 店内の棚から商品が幾つか落ちる。天井の照明もそこそこ揺れた。家電コーナーに置いてあったテレビの映像が全て緊急地震速報を流し始める。

「何かさ、その時が迫ってるの感じないか?」

「その時って?」

「今までのが前触れか何かでそろそろバカでかいのが来るとか」

 卓の勘の良さか何かがまた働いているのだろうか。そう言われるとそんな気もして来るが果たして……

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