渦中へ
急に現れたブンゾーによってこの場の空気は冷え込んだ。ブンゾーの身長は成人男性より頭2つほど大きいだけでなく、体格も有に3人分くらいある。俺なんかが体当たりした所でビクともしないだろう。
「……ブンゾー、そんな」
「王様はどうぞお逃げ下さい。これはワシの我儘だ。付き合わせるつもりはない」
「しかし、私は父から移住に関する全権を」
「謀反を起こした者にまで気に掛ける必要はございますまい。残りたいと思うのはワシの意思であり、賛同した者の意思です」
「そんな後味の悪い事をしてトカブを苦しめるのかアンタは」
「はて、ワシを疎ましく思ったから引退を促したのでは?」
「いや……それは」
「おい!」
思わず声を荒げてしまった。ここで異変を感じたのか部屋の外に居たリホキが入って来た。居る筈のない存在が居た事で表情が変わる。
「……どうやってここに」
「お前さん方も知らん方法じゃよ」
急に後ろで「ガチッ」と音がした。同時にカラカラと何かの音が鳴り出す。それは部屋全体から外の通路にまで聞こえ始め、大勢が走る音が近付いて来た。恐らく兵士たちだろう。
「侵入者だ! 奥の広間が危ない!」
「急げ! 早くしろ!」
後ろを振り向くと、レバーのような物に手を掛けるトカブが居た。警報機か何かを作動させたらしい。
「おぉ、そいつをご存知だったとは。仕方ない、ワシは失礼するよ。これ以上の邪魔はせんから好きにやって下され」
「待て!」
剣を抜いたリホキがブンゾーに近付く。だが次の瞬間、ブンゾーが何かを床に投げ付けた。白い粉か煙のようなのが一気に充満して視界が利かなくなる
「う!」
「何だ!?」
「ショータ、リホキ、こっちに」
トカブが俺とリホキを出入口の1つに引っ張り込んだ。奥には扉があって、もっとその先では他の蜂っぽい兵士らしき者たちが大勢詰めかけて来ている最中だった。
「王様、何事です」
「……ブンゾーを見つけ次第、牢屋に入れろ。私に謀反を起こした。今ここは煙のような物が充満している。それが晴れたら、ブンゾーの捜索を行え」
「ブンゾー様?」
「謀反? ブンゾー様が?」
兵士たちがザワつく。彼らはブンゾーの行動は知らないようだ。かなり限られた者だけがこの事実を知っているらしい。そこに自分が含まれている事に、今更ながら違和感を覚える。
「広間は一旦、使用を控える。別の場所へ行こう」
トカブに連れられてリホキと共にここを離れた。兵士たちはブンゾー捜索のために待機している。
暫く歩き回ると、最初にここへ来た時に2人だけで話した部屋に出た。壁に掛かかる大きな布の裏側に隠し扉があったらしい。
「あれ……ここは」
「本来であれば、使いたくなかった道だ。リホキ。他言はしないでくれ」
「はい。私は外で控えております」
2人だけになる。トカブは木で出来たコップを取り出して、あのお茶らしきのを注ぎ始めた。
「まぁ、少し落ち着こう」
コップを受け取って1口含む。鼻孔を抜ける香りが心に余裕を取り戻した。
「ショータ。さっきの方法だが、具体的に説明してくれるか」
「…………いいんだな?」
「一刻を争う。ブンゾーがこれ以上と言ったのを全て信用する訳ではないが、その方法で移住が時間を掛けずに終わるならそうしたい」
「分かった」
それから1時間ちょっと、移送作戦を説明した。連中に協力して貰うのを前提にしているから、最悪の場合は俺1人でやらないといけない。それでも、今ここで行動に出なければ、気が済まなかった。
トカブは移送作戦を受け入れ、俺が全面的に指揮するのを承諾。夜にまた来る約束をして元の世界に戻った。
「11時前か。12時過ぎたら連絡しなきゃ」
是が非でも来て貰わないといけない。走りながらそのための文脈を考える。しかし怪しませるようなのもダメだ。あくまで詳細を伝えず、何か相談があるかのような感じならいけるだろうか。
家に戻って昼を適当に済ませ、自室でチャットアプリを起動させたら時間が来るのを待つ。取りあえず1人目は山口だ。
12時5分・山口
「悪い。夜に会いたい」
「夜? どした」
「一緒に来て欲しい所がある」
「連帯保証人ならお断りします」
「金は絡まないから頼む」
「分かった分かった。何時だ」
「夜8時に俺の家に来てくれ」
「了解」
12時13分・柏田
「急に悪い。今日の夜、会えるか」
「いいけど何かあったか?」
「一緒に来て欲しい所があるんだ」
「闇金ならお一人でどうぞ」
「金は関係ないって」
「へいへい、何所に行けばいい」
「8時に俺の家」
「はいよー」
12時20分・西崎
「急で申し訳ないけど今日の夜会いたい」
「平日の夜に家族持ちを呼び出すってのはどういう了見だ」
「一緒に来て欲しい所があります」
「危ない橋は御免被る」
「お願いします お願いします」
「んじゃ取りあえず行くけど場合によってはすぐ帰るからな」
「はい。8時に家へ来て下さい」
何とか怪しませず3人を呼び出す事に成功。後は有無を言わさず車に押し込んで走ればいい。そんな簡単にいく保証は何所にもないがやるしかない。
「あとは……懐中電灯がいるな」
ホームセンターに向けて自転車を走らせる。人数分の懐中電灯と反射板つきの腕章も買った。これで夜の山でも互いを見失う事はない。筈である。
親にも夜に車を使いたいと話して承諾を得た。夜8時まで残り6時間弱。この間に出来る事はなんだ。
「道筋を考えるか」
トカブの山から各移住先へのルートを考え直す。最短で行ける道が好ましいが、地震の影響で通れない箇所も存在する。実際に見ないと本当にその道が通れるかは分からないのだ。これは夜に実際走ってみる事にしよう。それとなくだけど。
夕飯を済ませて残り1時間ちょい。カムフラージュのために買った花火を車に積み込んだ。バケツも一緒に積んでおく。
「あと40分……」
ジリジリと時間が過ぎるのを待った。残り5分になった所で、話し声が近付いて来るのが分かる。いざ出発の時。
「んじゃ、出て来ます」
「行ってらっしゃーい」
「あんま調子に乗るなよ」
「分かっています」
外に出る。既に3人が揃っていた。
「来たぞー」
「んで結局何所に行くんだ」
「日付が変わる前には帰してくれよ」
「取りあえず車出すから待っててくれ」
車に乗り込んでエンジンを掛ける。家の正面で3人を拾い、トカブの山に向けて走り出した。
「お、花火じゃん」
「これやんのか?」
後席の柏田と西崎が例の花火を見つけた。さっきまで警戒していた表情が崩れる。
「そうです」
「野郎4人で花火はどうだよ」
「何だお前これならうちの車出したぞ。嫁と俺で1台ずつ運転すりゃ子供も連れてこれたのに」
西崎の実家は農家で車の数が多い。中学の時に遊びに行った記憶だと、5台くらいあったのを覚えている。今は何台か分からないが。
「あー、マジか。言えばよかったなぁ」
「次の時は先に言えよな」
「まぁいいや、たまには男4人で花火も」
車は次第にトカブの山へ近付く。助手席の山口を横目で見た。後ろの柏田と西崎は談笑しているが、山口は終始無言だ。移動ルートの検証を兼ねて少しだけ遠回りしたがもう感付かれただろうか?
「……あの山に行くのか」
小声でそう呟いた。あー、やっぱ気付いたか……
「売っ払う事になったらしい。まだ時間はあるから少しだけなら使わせてくれるってさ」
「なるほど。まぁ、なまじ山なんか持ってると生き難いだろうな」
声量を抑え、出まかせを言って誤魔化す。山口がそこまで深く聞いて来ないのが有難かった。
途中で通行止めを意味するカラーコーンとバリケードを発見。ここは朝に通ろうとして警官に止められた場所だ。朝同様に迂回してトカブの山に裏から近付く。
「翔太、何所で花火やるんだ」
「この辺、田んぼばっかりだけど勝手に入っていい場所でもないだろ」
柏田と西崎が聞いて来る。西崎は妻子があるから特に自分が犯罪行為のような物に加担する事を恐れていた。まぁ、これからやろうとしている事も下手すればそうなる訳だが、降りるなんて言わないでくれると助かる。
「知り合いの山に行く。許可は貰った」
「山? お前にそんな知り合いなんて居たのか」
「怪しいやつじゃねぇだろうな」
「この辺を久々に走っててさ、道端に座り込んだ爺さんが居たんだ。話を聞いたら腰痛めて動けないって言うから電話貸して迎えに来て貰った。それが切欠であれこれ自分が持っている山の事を相談されて、結果売り払う事になったらしい。んで俺も何か夏らしい事がしたかったから花火とかしてもいいかって聞いたらOK貰えた」
大嘘である。しかしこうでもしないと信憑性がないと思った。
「火事になるんじゃね?」
「バケツの中に向けてやってりゃ大丈夫だろ。これ、手持ちのやつしか入ってないし」
西崎の慎重さが怖い。今の所は信じているようだが何があるか分からない。計画としては穴がある木の所まで3人を誘い出して、俺が吸い込まれるのを見せる。そうすれば連中は驚いて引っ張ろうとする筈だ。後はそのまま中に入って……
(トカブが待っているからネタばらし。全部説明して俺もトカブと一緒に頭を下げる。卓はもしかすると拒否する可能性があるけど、佳一と正人が話に乗れば混ざって来る筈。だといいな)
気付けば車はトカブの山の裏に迫っていた。適当な所で車を停める。
「着いたぞ。小川があるからそこで水を汲もう」
「すげー真っ暗、星やべぇな」
真っ先に車から降りた柏田がはしゃいでいる。自分もあれぐらい、良い意味で能天気だったらもうちょっと違う未来があったのか、なんて考えてしまった。
「虫よけスプレーとかあるか?」
「あぁ、裏に積んである。開けて出していいぞ。懐中電灯も入ってる」
続いて西崎が降りた。その次は山口。相変わらず無言だった。自分も降りて西崎がバックドアを閉めるのを確認してから施錠。3人に腕章を配る。
「これ腕にやっとけ。一応だけど逸れないように」
反射板が付いた無地の腕章だ。ゴム紐を腕に通してその上からマジックテープで止めるタイプのだ。
「何かワクワクして来た」
「子供かお前は」
「中二の野活を思い出すな。お前、泊まってた所の外壁に居たカナヘビ捕まえて持って帰ろうとしてさ、帰りのバスの中で逃げられて女子が大騒ぎしてめっちゃ怒られたろ」
「余計な事まで覚えてんじゃねぇ!」
「あったあった。お前暫く女子全員から睨まれたよな」
「持って帰ろうとしたの俺だけじゃなかったぞ別に。他にも4人ぐらい居たわ」
柏田が西崎の黒歴史を掘り起こした。そこに乗っかって盛り上げるが、最後尾を歩く山口だけはやっぱり無言だ。
いつも出入りしていた所で川の水を汲んで山の中に入った。良さそうな場所を見つけてあると言って先導し3人をトカブの木の所まで連れて行く。
「ここ少し開けてるだろ。ここでやろうぜ」
「よーし、何からやろうかな」
「線香花火はやっぱ最後だよな」
「……ん」
4人でしゃがんだ。誰かが火をつける前に動き出す。
「…………あれ何だ?」
「は?」
「あれ?」
懐中電灯で穴を照らす。毎度の如くだがブラックホールのような出入り口がポッカリと開いていた。
「……穴?」
「すげぇ変な穴だな」
「おい、何かやばいような気がするぞ」
西崎の危機察知能力が働いた。それが完全に発動して逃げに入っては遅い。立ち上がって不要に近付くバカな自分を演出する。
「何だこの穴、宙に浮いてるみたいだな」
「近付くなって、離れろよ」
「おい翔太」
「俺も近くで見たい」
後ろから3人が近付いて来る。肩の辺りに手の気配を感じた。引きずり倒されでもしたら計画が破綻する。開いている左手を穴の中に入れてしまえばこっちのもの。
「うわ!」
業と情けない悲鳴を上げる。ズルッと左手が一気に腕まで吸い込まれた。これに驚いた3人が俺の体を引っ張ろうとするが、それは無駄な抵抗だった。
「何だよこれ!」
「ダメだ吸い込まれる!」
「娘の結婚式見るまでは死ねないんだよ畜生ぉ!」
視界が前方に収束するいつもの感覚。後ろから聞こえる西崎の絶叫に思わず笑いそうになったが何とか我慢した。こうして中に吸い込まれた俺たちは下に落ちていく感覚に支配されながら、不思議と頭が上を向いて足が下になり、ゆっくりと降りていくのに身を任せるのだった。




