タクミと母ちゃん
晩ごはんを食べてる時に、母親から、
現世に居ることのできる期間があとわずかだと知らされるタクミ。
急な知らせに戸惑うタクミだが…
僕はその次の日から、早起きして弁当を作ることにした。あ、チィが金曜日から学校に復帰するから、前にチィが弁当作ってくれるって言ってたから、それはチィに相談しないとだけどね。とりあえず、今日と明日は作ろう。
母親は、もうずっと居てくれるわけじゃない。ある程度一人でできるようにならなくちゃ。
冷凍ごはんをレンジであたため始める。そして、鍋に水を入れて、味噌汁の用意もしておく。キャベツを2枚くらい剥がして千切りにする。あと玉ねぎの半分残ってたのを薄切りにして置いておく。
2つちょうど残ってた卵で、前に教えてもらった出し巻き卵を作る。2回目だからまだ上手くはないけど、なんとなくはできた。味噌汁の鍋が沸いたところにキャベツと玉ねぎを入れて、ほんだしを入れる。
出し巻き卵を焼いたあとの四角いフライパンで、ウインナー2本と、ハンバーグを焼く。冷蔵庫から前に作っていたマカロニサラダの残りを出す。味噌汁の鍋に味噌を溶かしいれ、最後にみりんを少し足して、味噌汁は完成。2段のお弁当箱のひとつに温め終わったごはんの半分を入れて、もうひとつの段に、出し巻き卵を6つに切ったうちの3切れと、ミニハンバーグ、ウインナー2本、マカロニサラダを入れる。盛り付けは汚いかもだけど、お弁当が完成した。
「よしっ、お弁当完成」
僕だけでも、ちゃんとできるんだ。いつまでも母親に頼ってばかりではダメなんだ。
朝ごはんは冷凍ごはんの半分と味噌汁、マカロニサラダを食べた。
『タクちゃんおはよ〜。お弁当も自分で作って凄いやんか!急にどうしたん?』
「うん。まぁ結構教えてもらったから、母ちゃんにしたらまだまだかもやけど、割とちゃんとやれると思うで。やから心配せんでええよ」
『そっか…偉いなぁタクちゃんは。あ、今日は晩ごはんなんか教えてほしいのあったら考えときや』
教えてほしい料理な…。
「うん、また学校行ってる間に考えとくわ。じゃあ行ってくるー」
『うん…いってらっしゃい』
母親は寂しそうに手を振る。
学校に行く道の途中で考えていた。あと13日の間、僕が母親にしてやれることはなんだろうか。母親が僕にしてほしいことは何かあるだろうか。元々、母親が急死した時点であまりにも唐突だったことに、僕自身がついていけてなかったのだ。そして、感情がついていけてない状況で、母親が幽霊になって現れるものだから、僕にしたらまだ母親の死を、母親がいなくなることを受け入れることができていないのかもしれない。
寂しい気持ち?うん、それもある。あとはなんだろう。孤独感…かな?でもそれはチィがそばにいてくれている。あ…これは自分だけの感情だよな。母親の気持ちというか、そこを考えてなかったのかもしれない。母親は普通ならまだまだ生きれたはずだ。それが、急に倒れてしまって。昨日の晩も言ってたっけ、49日の間に現世で思い残してることを済ますって。思い残してること…か。僕を育てるためにきっと、色々なことを我慢してきたに違いない。もしかしたら、恋愛とか、食べたいものとか、行きたいところとかもあったかもしれない。
僕は、何ひとつ母親のこと、考えてあげれてなかったんだ。
◆◆◆◆◆◆◆
学校が終わった。色々考えながらモヤモヤと過ごしていると、なぜか眠気はなかった。いつもいつも学校では眠いのにな。今日はチィの家は行かなくていいか。一応安否確認のメールだけ送っておく。
「ただいまー」
家に着いた。心なしか、いつもの家のいつもの間取りは冬の始まりの寒さのせいもあってか、淋しい感じがした。実際の寒さと、今は母親もいないようだから、尚更だったのかも。結局晩ごはんどうするかは考えてなかったな。なんだかお腹も空いていない。学校から帰ってきたままで、ダイニングの座椅子に座っていた。
◇ ◇ ◇
いつの間にか眠っていた。
『タクちゃん…大丈夫?学校帰ってきて眠ってしもたんかいな。風邪引いてまうで』
母親が帰ってきていた。
「うん、そうみたいやわ。なんかお腹もあまり空いてなくて、寝てしもた」
母親は少し笑った。
「あんな、ご飯はいったんいいから少し話したいんやけどええ?」
『うん、うん。ええよなんぼでも』
「あまり母ちゃんと真面目な話っていうか、したことなかったやんなー、って思ってな。僕は、母ちゃんがおらんかったら、こうやって大きくなれてへんのやなぁと思ったんよ」
『タクちゃん何言いだすかと思ったら、なんやの気持ち悪い。そんなん気にせんでええで』
やれやれといった感じで母親は首をふる。
「うん、まぁ聞いてや。僕は小さい時から母ちゃんに助けてもらっていた。ご飯も毎日作ってくれた。風邪ひいた時は看病もしてくれた。僕は…それがずっと当たり前のことやと思ってたし、もちろんありがたいことやとは思ってたけども、それがいつか終わってしまうなんて、想像してへんかったんよ」
『タクちゃん…』
「母ちゃんが急に死んでしもた時、頭真っ白になってしもて、それこそなんも考えれんかった。僕…たぶんぼーっとしてたと思う。でも、葬式終わったら母ちゃんが来てくれたやん?やから、なんか頭ではわかってても、まだ母ちゃんが死んだ気がしてなかったんやわ」
母親が目を閉じる。
「昨日の晩にな、母ちゃんがあと2週間やって言ってくれたやん。その前の49日っていうのもの聞いてなかったからもあるけども。たぶん、ようやく。ていうか…はじめて母ちゃんがいなくなるんや…て実感してしもたんやと思うねん」
閉じた目を開いて母親が話す。
『タクちゃん、ごめんな、母ちゃんが勝手になんやかんやしたせいで…でもな…料理とか教えるとか大層なこと言うたけど、母ちゃんもそんな大した料理できへんし、そんなんをタクちゃんに押し付けるのも迷惑やんな…』
もちろんだけど、迷惑なわけない。
「あっ、ううん。僕ほんまに料理できひんかったから、それはすごく助かったんやで、ほんまに。でもな、それのせいで母ちゃんに迷惑かけて…ていうか今までも散々迷惑かけてたやんか」
『あんなタクちゃん。これだけは先に言うとくからな。母ちゃんは、タクちゃんの母ちゃんになれて、ほんまによかった、って思ってるんやで。もし母ちゃんひとりやったら、きっとこんなに楽しい人生やなかったよ』
母親は話しながらうつむく。
『タクちゃんは優しいから、母ちゃんに何がしたいん?とか聞いてくれるやろ。すごく、ほんまにすごく嬉しいんやけどな。でも、母ちゃんの心残りはな。一番はタクちゃんなんや』
僕が、心残りってどういうことだろう。
「僕…??」
『うん。タクちゃんが学校卒業して、大人になって仕事して。ちゃんと生活していけるかな、とか。誰か悪い大人にいじめられへんかな、とか。もちろん悪いことだけやなくて、チィちゃんとどうなるんかな、とか。タクちゃんに子供ができたら、どんな子供になるんやろな、とか』
それは過保護過ぎだろ。
『もっと。もっと、これからのタクちゃんを見ていたかったんよ。ごめんな、勝手ばかり言うてるけども。母ちゃんだけのことを言ったら、さっきも言うたけど、母ちゃんはめちゃくちゃ幸せやったで。もう何も言うことないわ』
なんて言ったらいいか。僕は言葉が出なかった。
『まだ少し日にちあるからな。もしタクちゃんが料理はもうそんなにええって言うなら母ちゃんもええし。でもな、タクちゃん無理してひとりでなんでもできるで!って強がりはせんとってほしいんよ。できたら、残りの日にち、こうやって話すだけでもいいんよ』
知らない間に、涙が頬を伝っていた。
「うん、うん…わかった。料理は、あと少しだけ煮物とか、おひたしとか教えてほしいかな。あとは僕も…母ちゃんの話とかも聞きたいわ。ごめんな、今朝も強がりって自分でもわかってるんやけど、素直になれんくて。母ちゃんに心配かけたらあかん、って思うと強がってしもたんやわ」
『タクちゃんにそんな無理させて、悪い母ちゃんやわ。ほんまごめんな、こんな早くに死んでしもて。あ、そういえば…タクちゃんお腹空いてないん?帰ってからなんも食べてないんちゃうの?』
「そやねん、さっきまで全然空いてなかったんやけど…今少しだけ空いてきたわ。もう食材あまりないから、前に教えてもらったパスタとかパッと作ろかな」
少し遅くなったけど、冷蔵庫の残りの食材で和風パスタを作った。そして、食べるとやっぱり眠くなったけど、そのまま寝てしまうとよくないので部屋に移動する。
『明日は少し食材買い足すのに買い物に行こか。卵もないもんね』
「うん、わかった。じゃあ母ちゃんおやすみ〜」
母ちゃん。
母ちゃん。
ありがとう。
母ちゃんがいなくなるまで、あと13日
タクミんちの冷蔵庫の中身
◯白だし
◯キャベツ 四分の一
◯スパゲティ 300g
◯マヨネーズ
◯ウインナー 8本
◯ハム薄切り 2パック
◯ベーコン 2パック
◯ミニハンバーグ 1個
◯冷凍ごはん 1パック




