チィとプリン
最悪な夜が明け、朝がやってきた。
ダイニングには、昨日のままの食器と、
微かにタバコと酒のニオイが残っていた。
結局そのまま寝てしまっていた。ハンバーグ食べてお腹いっぱいになったのと、そのあとの乱闘騒ぎ(?)があったため、疲れてたんだろう。座椅子でそのままダウンしてしまっていて、起きたら携帯が光っていた。チィからのメールだ。
『タクちゃんすごいね!私もタクちゃんの作ったハンバーグ食べたいな。もう熱は全然ないし、ノドも大丈夫になったよ。タクちゃんのおかげだよ。3日後の金曜日から学校にも行くね』
相変わらずの標準語のメールだった。なんでかは理由はわからない。昨日が洗い物片付けてなかったのと、炊飯器もそのままだった。マカロニサラダの残りと、スープと、ご飯だけ食べた。お弁当のハンバーグは焼いてる時間がない。今朝も…母親はいないようだ。パッとご飯を食べて、制服に着替えて、家を出る。
「行ってくるー」
誰もいないけど、一応言葉をかけておいた。それにしても…昨日は少し怖かったな。だいぶ強がってたけど、今思い出すと震えそうになってくる。あれが父親?絶対そんなわけない。むしろ僕が知らないうちにどこかに消えた父親なんて、もう父親じゃないだろ。あ…母親の体…というか幽体というか。薄くなってた気がするのはなんでだろうな。
『チィおはよー。元気か?なんかいるもんあるかな?じゃあ行ってくるー』
学校に入る前に、チィにメールを返信しておいた。学校の授業は退屈だし眠い。でも、仕方ないので行く。今日の晩ごはんは何にしようかなー。
◆◆◆◆◆◆◆◇◇
無事に今日も学校が終わった。今日のお昼は学食でカレーを食べた。300円で安いんだけど、なんとも言えないとろみと、具がゴロゴロもしていなくて、溶けきってもいない、中途半端な具材のカレーなのだ。まずくはないんだけど、美味しくもない。学食のおばちゃんには悪いんだけどね。
あ、チィから返事きてたのかな。学校では携帯はあまり触らないので忘れていた。
『プリンが食べたい。学校終わったら電話して』
簡潔なメールが来ていた。仕方ないのでコンビニにプリンを買いにいきがてら、チィに電話をかける。かけたらすぐに出た。
『学校終わったん?』
「うん、今終わったとこやで。プリンて、なんか甘いもの食べたくなったん?」
『うん、そうやねん。ちょっと元気になってきたかも。あとヒマやねん』
僕は暇つぶしかい。
「まぁ、ずっと寝てたら疲れるやろし、ヒマにもなるわなぁ。もうちょいでコンビニ着くけど、なんのプリンがいいん?」
『んーとね、私とろっとしたやつで、上にホイップが乗ってるやつが好きやねん』
なんか注文が多いな。それになんか女子っぽいな、ホイップとか。まぁ僕も甘いのは好きなんだけど。聞きながらコンビニに入る。
「今ちょうどコンビニに入ったでー。とろっとして、ホイップな…あぁ、ちょうど【お口でとろけるホイップオンプリン】ていうのがあったで。これでいい?」
『わぁ〜、名前が美味しそう!うんうん、それがいい。あとヒマやからそのまま来てほしいんやけど…』
どんだけヒマヒマ言うんだろう。チィのプリンと、あと僕用のホイップとカスタードのシュークリームを買った。あ、チィとチィのお母さんも食べるかもだから、シュークリームは3つにしておこう。
「んじゃ買ったらそのまま持っていくで。少し待ってな、レジをするからな」
『うん』
支払いを済ませてから、コンビニを出る。母親が袋がどうとかうるさいから、学校のリュックに、シュークリームが潰れないようにそぉっと入れた。
「レジ終わったでー。そういえば昨日はちゃんと寝れたん?」
『うんうん。薬飲んだのもあるけど、ノド痛くなくなってきたからぐっすり寝れたで』
いったん家に帰ろうと思ったけど、そのまま来てって言うから、仕方ないのでそのまま行く。自分の家も通るんだけどね。
「もうちょいで家着くからカギあけといてやー。まだ一応やけど感染対策しとかなあかんのやろ?」
『んー、マスクしてるし、もう熱ないから大丈夫やと思うんやけど…』
電話してるうちにチィの家に着いた。カギは開けてくれていたから、そのまま入る。そして、カギは閉めておいた。
「プリン持ってきたで〜」
「ありがと〜」
家の奥のチィの部屋から返事が聞こえた。二日前に比べて声もだいぶマシになっているみたいだ。チィの部屋のドアを軽くノックしてから、開ける。チィが部屋の奥のベッドで寝ていた。
「ほれ、プリンやで」
チィの顔がほころぶ。プリンとスプーンを渡す。
「わぁ〜!美味しそう。タクちゃんありがとう。ごめんな、パシらせてしもて」
「あぁ、全然ええよ。甘いもんも食べたくなるやろ。あ、シュークリームも買ってきたで。ひとつは僕が今食べるけどな」
チィがさっそくプリンを開けて食べる。チィは笑うと目が線みたいになる。見てて面白い。
「ほんとにお口でとろけとるわ〜!ホイップも甘すぎんくておいしい」
「そりゃよかったわ。とろけんかったらメーカーに苦情言わなあかんとこやった」
そのたびに苦情受けたらメーカーも大変だよね。僕はホイップとカスタードのダブルシュークリームを食べる。これは小さい時からあったやつで僕は好きだ。たまにクリームが多すぎてかじるたびにクリームが溢れるやつがあるんだけど、それは少し苦手で、程よくくらいのが良い。
シュークリームを食べ終わった。そろそろ帰ろうかな。晩ごはんも作りたいし。
「チィ、そろそろ…」
「あかんっ、もう少し」
え。チィが昔のチィみたいになっている。小さい頃一緒によく遊んでた頃も、こうやって駄々をこねていたな。
「んーと…もう少しだけ話しよ?」
まぁ急ぐわけじゃないからいいか。
「うん、まぁ大丈夫やで」
「タクちゃん、この前の質問の返事聞いてないんやけど…」
え、なんのことだろ。
「なんか質問しとったっけ?」
「えーと…私のことどう思ってるか、っていう質問やん」
あー、思い出した。チィが途中で寝たやつな。僕は返事したんだけど。
「あー、あれな。好きやで」
「かる〜〜!タクちゃん言い方が軽い〜」
言い方に軽いとか重いとかあるんだろうか。
「え、どういう言い方したらいいん?」
「そんなん私に聞くことちゃうやろ〜。あ…」
「ん?なに?」
「日曜日はごめんな。土曜日の夜からしんどなってて携帯も見れてなかってん」
まぁ連絡ないと心配にはなるもんな。
「うんうん。まぁ熱出てて寝込んでたらしゃーないやろ。今度の週末に公園いこっか?もうぼちぼち寒くなってきてるけど」
もう11月になるから、気温が上がってるとはいえ、風は寒い。
「あっ、じゃあ、外じゃなくて屋内で寒くなく過ごせるとこ行こ〜、水族館とか」
実は水族館は好きだ。
「おっ、水族館ええやんか。ここっていうとこあるん?僕は最近の新しい綺麗な水族館よりも、昔からある素朴なとこが、人も多くなくて好きなんやけど」
「私もそこでいい。そのほうがゆっくりできそうやもんね。あっ、その時にサンドイッチ作っていくわ」
僕が言っている水族館はだいたい電車で30分くらいでいける。
玄関の方でカギを開ける音が聞こえた。チィのお母さんだな。
「チィただいま〜。あっ、タクちゃん来てくれてたんやね。日曜日はほんまにありがとうね、助かった」
「いえいえ、全然大丈夫です。チィもだいぶようなってきたみたいで。あ、これ」
チィのお母さんにシュークリームを渡す。
「わぁっ、シュークリームやん。最近自分でも買わないから久しぶりに見たわ。あ、コーヒーいれるわね」
「あ、そろそろ帰ろうと思ってたとこやったんで大丈夫です。ほなまた〜」
どんどん遅くなってしまいそうだったので、帰ることにした。
「タクちゃん、ありがとう。またね〜」
チィの家をあとにした。11月にもなると日が暮れるのも早くなるな。そして、暗くなるとお腹が空く。これは関係ないか。
早く帰って晩ごはんを作ろう。




