「まっすぐ」の一振り
「まずは基本の型からね……………………」
「……おおー」
特に気合いを入れるでもなく、無言でただまっすぐに剣を振り上げ、振り下ろすアリシア。だがその何気ない動作にこそ、剣一は感嘆の声をあげた。
かつて相対した、聖の祖父である白鷺 清秋。ほんの少しだけ見たその太刀筋は、スキルに頼らぬ人の技の高みにあった。
対して剣一の剣は、スキルという神の力を何よりも強く具現化したものだ。それは完全にして完璧であり、人には理解することすら叶わない、完結した技の頂点である。
そして今見たアリシアの剣は、その両方のハイブリッドだった。スキルの恩恵を十全に受けた人間が、たゆまぬ努力で磨き上げた人と神の合わせ技。その美しい軌跡は、剣一に思わず声をあげさせるほどに素晴らしかった。
(へぇ? これがわかるんだ)
そしてそんな剣一の反応に、アリシアもまた内心で驚いていた。もっとわかりやすく派手な動きとか、せめて気合いを入れて高速で振り下ろしたとかならまだしも、自分がしたのはゆっくりと剣を振ったことだけ。それは間違いなく剣術の基礎にして奥義だが、その凄さがわかる人間はあまりいない。
だが、剣一はそれを見抜いた。その表情や声色から適当に反応しているだけではなく、本当に自分の剣に感心しているのがわかる。そういう態度になるのは本当に何もわからない初心者か、一定以上の腕を持つ剣士だけなのだ。
「貴方、本当に才能あるのね……なら続けるわよ?」
「はい、お願いします!」
優れた技量を持つ剣士の技を間近で見る機会などそうはないので、剣一のテンションは高い。そして自分の努力を理解し、かつ学習しようと意欲を見せる可愛い後輩を前にすれば、アリシアの方も楽しい気分になってくる。
斬り降ろし、斬り払い、斬り上げ。八方向の斬撃を全て一切のブレなくこなすと、アリシアはそこで初めて短く息を吐いて体から力を抜いた。するとさっきとは逆で、今度はパチパチと剣一が拍手を送る。
「スゲー! いや、凄いですね! 目印も何もないのに、完全に同じ一点を通るように全方向から剣を振るとか……」
「それがはっきり理解できてる貴方も相当だけどね。なら次は貴方が剣を振ってみて。あ、補助はいる?」
「いや、それは遠慮しときます! まずはほら、自力でやってみたいんで!」
「あら、そう? なら見ててあげるわね」
また背後から抱きしめられると、邪念的な色々が盛り上がってしまう気がする。なので慌ててアリシアの補助を断ると、剣一は改めて自分の剣を構え、アリシアと同じようにまっすぐに振る。だが……
「…………うん?」
「どうしたの? 綺麗に振れていたと思うけど?」
「いや、何か…………うーん?」
あらゆる剣技の頂点たる力を持つ剣一であれば、意識さえすれば完全にまっすぐ剣を振り下ろすことなど造作もない。だがその動作に、剣一はほんのわずかな……だが無視できない違和感を感じていた。
それは強いて言うなら、靴下の中に入った小石。そのままでも歩けるし走れるけれど、ことあるごとに気になるし、本当に本気の時は邪魔になりそうなナニカ。
「こう……こうか? でも…………んん?」
故に剣一は、幾度も剣を振るう。意識してまっすぐに、意識せずまっすぐに、スキルに任せてまっすぐに、自分の感覚でまっすぐに…………そうして一〇分ほどかけて素振りをしまくった剣一は、遂に一つの答えに至った。
「……よし、これだな」
「ええー?」
頷き、剣を振るう剣一。しかしそれを見たアリシアは納得出来ないとばかりに声をあげる。
「ねえ、どういうこと? せっかくまっすぐに振れてたのに、なんでちょっとズレた振り方に決めたの?」
「え? あー、ああ。それはですね、これは『俺のまっすぐ』なんです」
「? どういうこと?」
「えっと……何て言えばいいかな。ほら、人間の体って、まっすぐじゃないじゃないですか。だから人によってまっすぐの角度とか位置が違うって言うか……」
「……つまり自分の体のバランスに合わせて、まっすぐを修正したってこと?」
「多分? 何かそんな感じだと思います」
首を傾げるアリシアに、剣一は若干自信なさげに告げる。とはいえ剣一にはこれ以上上手く伝える方法が思いつかない。
当たり前の話だが、人の体は完全に左右対称ではない。そもそも内臓の配置からして片方に偏っているのだから、完全な対称には最初からなり得ない。
加えて、地面だって平らではない。塵一つないほど完璧に整備された完全に水平の床など国際的なスポーツの会場ですらあるものではないのだから、普通に石ころの転がる地面の上など論外だ。
そんななか、アリシアの定義する「まっすぐ」とは地球の中心へと向かう重力に対する垂直方向になるわけだが、それが先に言ったようにブレブレの体や姿勢の「まっすぐ」と同じであるか? 剣一はそれを「違う」と判断した。
そう、違うのだ。もっとも強く、もっとも鋭く「まっすぐ」に斬るためには、剣一自身の「まっすぐ」と、世界の中心へと向かう「まっすぐ」と、斬る対象のなかにある「まっすぐ」……その全てを組み合わせることで初めて見える「まっすぐ」でなければならないのだ。
勿論、普通はそんなことできない。少なくともスキルレベル四程度の<剣技>スキルでは、それを認識することすら敵わない。
「むぅぅぅぅ…………どういうことなの???」
だが、アリシアはその考えに触れた。自分では見えない、感じられない、わからない高み……それが存在することだけは、今この段階で知った。
剣一の隣に立ち、アリシアが剣を振る。いつも通りの太刀筋は、完璧かつ完全な「まっすぐ」だ。
その隣で、剣一も剣を振る。アリシアの目にはそれが「まっすぐ」からズレているように見えるのに、なまじ高いスキルを持っているが故に、それが自分の剣よりも優れているということが何となくわかってしまう。
「わかるのにわかんない……えぇ? これ私の方が悪いの?」
「あの、無理に剣筋を変えようとするのは、やめた方がいいと思いますよ? 俺の場合、それこそ毎回……斬る度に最適に調整してるって感じなんで」
「何よそれ!? ちょっと貴方、本当にどれだけ才能があるの!? 私だってこれでも、地元では天才だって言われてたのに……はぁ、上には上がいるのね」
「えーっと……何かすみません」
「いいわよ別に。それに才能はともかく、実戦経験は絶対私の方が上だもの! 教えられることだってきっと沢山あるわ。だから……えっと…………」
「あ、そう言えばちゃんと名乗ってはいなかったですね。俺は蔓木 剣一っていいます」
「ツルギケンイチ……ケンイチね。私はアリシア・ミラーよ。普通にアリシアでいいわ。
ねえケンイチ、私貴方の事もっと知りたいわ。私と友達になってくれない?」
「友達ですか? 別にいいですけど」
「やったー! なら今日から私とケンイチはフレンドね! お姉さんが沢山可愛がってあげるわ!」
「うわっ!? ちょっ!?」
剣を収めたアリシアが、ケンイチの頭を自分の胸に押しつけてギュッと抱きしめてくる。その過剰かつ過激なスキンシップに、剣一は顔を赤くしながら必死に脱出した。
「か、勘弁してください! その、色々とあれがあれなんで」
「何よ、照れてるの? 子供なんだから気にしなくていいのに」
「子供って、四歳しか違わないじゃないですか! あ、でも、来月で一五歳になるから、三歳?」
「えっ!? 来月一五歳って、ケンイチ貴方、今一四歳なの!?」
「そうですけど?」
「……ごめんなさい。私てっきり、貴方はもっとずっと年下だと思ってたわ」
アリシアは背の低さと良くも悪くも子供っぽい純粋な感じから、剣一の年齢を一二歳だと考えていた。ティーンエイジャーですらないなら男性ではなく男の子、子供という認識だったのだ。
それがまさかの一四歳……もうすぐ一五歳だという。その年齢の男子を子供扱いするのは確かに違う。
(じゃあ私、もうすぐ一五歳になる立派な男の子に抱きついたりしちゃったの!? うわー、どうしよう!?)
「……………………」
「……………………」
「……あの、あれよ。こういうときは汗を流すのがいいのよ! ほらケンイチ、貴方も剣を振って汗を流して、全部忘れなさい! そしたら私も忘れるから!」
「あ、はい。そうですね」
微妙に顔を赤くしたアリシアが素振りを始めたので、剣一もその隣で素振りを再開する。そうして二人はプニョプニョとスライムが通り過ぎるのを眺めながら、しばしいい汗を流すのであった。





