レベル四
スキルレベル四……それは一人前と一流を分ける高い壁である。その理由は、現代の世界におけるスキルレベルのボリュームゾーンが、レベル三であるからだ。
この五〇年での研究の結果、スキルレベルの上昇には三つの条件が必要だとおおよそ判明している。それは「当該のスキルを使用する」、「スキルレベルに見合う困難を達成する」、そして「それをできるだけ少人数で行うこと」である。
スキルの使用は、言うまでもない。<剣技>のスキルを伸ばすなら剣を使って戦うことが必須だし、<料理>のスキルを伸ばすならひたすら料理をする必要がある。流石にそれは当たり前だが、実のところその「当たり前」は、今も研究が続いている。具体的にはどのくらいまでがその「当たり前」の範囲に含まれるかだ。
たとえば<剣技>のスキルを鍛える時、果たしてスキルは何処までを「剣」と認識するのか? 槍を剣のように振るっても<剣技>のスキルが伸びるのか? 剣を手に持ってさえいれば、銃で魔物を倒してもスキルが成長する?
そういう様々な検証は今も続いているが、「成長しない」は悪魔の証明となってしまうため確定は難しく、ひとまず「スキルの恩恵を感じられる使い方や作業であれば成長する」ということが判明しているだけとなる。
次に「少人数で」だが、これは同一の脅威、あるいは案件に対し複数人で取りかかると、人数に応じて成長率が下がるというのが確認されている。圧倒的に強力な魔物を何十人、何百人で攻めて倒すことより、それよりずっと格下の魔物を二人、三人などの少人数で倒し続ける事の方がスキルの成長率が高いことから判明したことだ。
またこれは戦闘に限った話ではなく、たとえばホテルのレストランに務める料理人より、個人経営の料理店の店主の方が<料理>スキルが伸びやすいというものなどもある。「人数が少ない方が自分の関与する率があがり、より多く濃い経験を積めるのだから当然だ」という意見もあるが、とにかく少ない人数の方がスキルレベルが上がりやすいというのもまた、現代の常識である。
そして最後……「スキルレベルに見合う困難を達成する」だが、これこそがレベル三と四を大きく分ける障害となっている。
そもそも、この世界にダンジョンやスキルが出現してからおよそ二〇年経過するまでは、人類のスキルレベルの最高到達点は三であった。二〇年目にして初めてレベル四に到達する人物が現れ、それにより「限界は三ではない」ということが判明したが、レベル三で止まっているの人間の方が圧倒的に多いという事実が変わるわけではない。
それはつまり、レベル一の新人やレベル二の初心者を自分と同じレベル三まで引き上げることのできる人材は沢山いるのに対し、そこから更に上を目指す場合はいきなり助けてくれる者がいなくなり、自分の力だけでそれまでよりずっと強く危険な魔物と闘い、経験を積まねばレベル四にはなれないということだ。
なので世間にいる大半の者は、レベル三で止まる。若いうちの方がスキルレベルが上がりやすいという事実が知れてきたり、そもそもスキルを生かした仕事をすること前提に世の中が変わってきたことで今は大分レベル四に至れる者も増えたが、それでも一人前を超えて一流を目指せるのは、強い意志を持つ者だけなのだ。
ちなみに、非戦闘系のスキルにおいても、レベル三止まりは同じだったりする。これは単に現代の文明レベルでは、スキルレベル四になれるほど難易度の高い仕事が存在しないからだ……閑話休題。
「スゲー! 一八歳でレベル四って、相当ですよね!?」
そんな理由もあって、剣一はアリシアが<Sword Mastery:4>……日本語でなら<剣技:四>のスキルを持っていることに心底感心した。それは間違いなく、目の前の女性がたゆまぬ努力を積み重ね、幾度も死線をくぐり抜けた証なのだから当然だ。
「そうよ、凄いのよ! そしてそんな凄い私が、貴方を鍛えてあげるって言ってるの! そうしたら貴方だって、あっという間に『凄い人』の仲間入りできるわ。 どう? 安心した?」
「っ……は、はい…………」
ならばこそアリシアも、自信を持ってそう告げる。剣一より一〇センチほど背が高いアリシアが、わずかに腰を曲げて前のめりになり、剣一と目線の高さを合わせてニッコリ笑うと、その距離の近さにドキッとした剣一はまた口籠もってしまう。
するとそんな剣一の相づちを合意と見なしたのか、アリシアはパッと姿勢を戻すと、張り切って腰に手を当て声をあげた。
「よーし、それじゃ早速特訓開始よ! まずは……そうね、貴方の姿勢を正すところかしら?」
「あ、いや!? あの、今の『はい』はそういう意味じゃなくて……」
「あれ? 違うの? それとも、私に教わるのは本当に嫌だった? そういうことなら、私も諦めるけど……?」
「いやいやいやいや、別にそんな! 嫌なんてことはないですけど!」
しょんぼりと肩を落とすアリシアに、剣一は慌ててそう告げる。するとアリシアはパッと表情を輝かせ、パンと両手を胸の前で打ち鳴らした。
「なら問題無いわね! ほら、まっすぐ立って剣を構えてみて」
「はぁ……わ、わかりました」
何となく押し切られて、剣一は剣を両手持ちして構えた。実際固辞するほど嫌というわけではないし、剣一としてもスキルレベル四の剣技がどの程度のものなのかは興味があったからだ。
だが剣一の予想とは裏腹に、アリシアは剣一の背後に回り、覆い被さるようにして剣一の体を支えてくる。
「ほら、もっとこう! もうちょっとまっすぐ立つの」
「ふぁっ!? あ、あの、アリシアさん!?」
「ほーら、モジモジしない! ほんのちょっとの重心の違いかも知れないけど、そのちょっとが大違いなんだから!」
「わ、わかりました……」
優しく叱られつつギュッと後ろから抱きしめられ、剣一は必死に体の動きを押さえ込む。そんな剣一をアリシアは微笑ましく思っていたが、剣一の方はそうもいかない。
(うぅぅ、柔らかい……あと何かスゲーいい匂いがする…………)
一般的な冒険者と違い、剣一は割と軽装だ。加えてアリシアも上はシャツ一枚というラフな格好のため、剣一の背中には柔らかな感触が割とはっきり伝わってくる。
そのうえ、アリシアは剣一の顔にピッタリ寄り添うように自分の顔をくっつけているため、吐息が耳にくすぐったいし、匂いも伝わってくる。エルのそれが天日干しした枕のような優しい匂いだとすれば、アリシアの方はどこか甘酸っぱい、柑橘系の匂いだ。
「こら、集中する! で、腕をこう……こっちもまっすぐね」
「は、はい……いや、はい…………」
剣一の手に自分の手を重ね、アリシアが腕を動かしてみせる。しかし剣一の意識は腕以外の部分に向かっているので、なかなか集中できない。
だがそれもやむを得ない。剣一はあくまで健康な一四歳の男子なのだ。このままでは色々なところが色々と問題になってしまうと感じ、剣一は強い意志を以てアリシアを振り払う。
「あ、あの! 俺の指導もいいんですけど、アリシアさんの動きを見せてもらえませんか?」
「私の? いいけど、まずは自分の体がしっかり動かせるようになる方が先じゃない?」
「いやいやいや、そこはほら、客観的に動きを理解することで、自分の体を動かす参考にできるっていうか……ね?」
「そう? まあ別にいいけど……じゃ、しっかり見ててね」
剣一の必死の訴えに、アリシアは少しだけ考えてから剣一と距離を取る。それから腰に佩いた剣を抜くと、静かにその剣技を披露し始めた。





