動き出す巨人
「ねえねえブロ、今の子見た?」
「誰が兄弟だ。装備の点検中なんだから見ているわけないだろう?」
勝ち気そうな女性に肩を叩かれ、しかし黒人の男性は振り返りすらせずそう答える。するとどことなく頼りない雰囲気のする青年が、代わりに女性に声をかけた。
ちなみにだが、彼らが話しているのは日本語だ。ほとんどの国では英語での会話を誰も気にとめないが、日本は日本語以外を話していると酷く目立つからである……閑話休題。
「ハハハ。それで? 我等のお嬢様は今度は何を見つけたんだい?」
「ちょっとジミー、その呼び方はやめてって言ってるでしょ!? これだからナードは……」
「ちょっ!? 僕はギークであってナードじゃないって言ってるだろ!」
「どっちだって同じでしょ? そういう細かいところに拘るのがナードだって言ってるのよ」
「ぐぅぅ……」
「アリシア、ジミー、いい加減にしろ。で? 本当に何を見たんだ?」
「だから男の子よ、すっごく強そうな男の子! 背がちっちゃかったから、おそらく新人の冒険者だと思うんだけど……」
「へー、アリシアのお眼鏡に適うなんて、将来有望な少年だね。うちのチームにスカウトでもする?」
軽く首を傾げながら言うアリシアに、ジミーが冗談半分でそう口にする。だがその提案は、すぐに黒人の男に否定された。
「馬鹿言うなジミー。部外者を入れる権限……ではない、余裕は我々にはないぞ?」
「でもロイ、荷物持ちくらいなら問題無いだろ? 将来有望な少年を育てるのは、人類に対する貢献じゃないかい?」
「……本音は?」
「僕より下っ端が欲しい」
「まったく……くだらないことを考えてないで、さっさと装備の点検を終えろ。俺やアリシアはともかく、お前は銃が撃てなくなったら戦闘能力がなくなるんだぞ?」
「ハイハイ。あーあ、僕にもお手軽簡単な戦闘系スキルが生えてくれれば、今頃サムライソードを振り回してたのになぁ」
「そう思うならもっと体を鍛えろ。アリシア、お前はもういいのか?」
「もっちろん! 私のコンディションは、いつだってパーフェクトよ!」
黒人の男……ロイの問いかけに、アリシアは腰をポンと叩いて笑った。男二人が銃を装備しているのに対し、アリシアだけは刃渡り八〇センチほどの剣を装備している。もしスキルの無い世界が続いていたら「そんな玩具でどうするつもりだ?」と鼻で笑われるところだが、この三人の中で一番戦闘力が高いのはアリシアである。
「よし、それじゃ行くぞ」
「「了解」」
ロイの言葉に二人が答え、三人組は多寡埼ダンジョンへと入っていく。そうして第一階層の奥まった場所、正面以外に出入り口のない突き当たりの小部屋に辿り着くと、周囲に人の気配がないことを確認して改めて会話を始めた。
「……ここならいいだろう。ではこれより、今回の作戦の内容を確認する」
「なら最初のしつもーん! 何でいちいちダンジョンに潜ってそんなことするわけ? 普通に部屋でよくない?」
「ふむ。お前の知能レベルに見合った素晴らしい質問だ、アリシア。ジミー、説明してやれ」
「了解、ボス」
暗に勉強不足だと言われたアリシアがむっとした表情をとり、隊長の指示を受けてジミーが苦笑してからその口を開く。
「といっても、理由は極めてシンプルに、盗聴対策だよ。地上だとホテルの部屋を防諜するのって手間もお金もかかって難しいんだけど、ダンジョンならどうやっても外からは盗聴できないからね。
特にこういう部屋なら、気にするのは唯一の出入り口であるあの通路の角くらいさ。この距離なら集音器片手に身を潜める間抜けがいても気づけるし、万が一逃げたとしても、アリシアなら捕まえられるだろ?」
「勿論、余裕よ!」
ニヤリと笑って言うジミーに、アリシアもまた笑って返す。そうして説明が終わったと判断すると、ロイが改めて話し始めた。
「では本題だが……今回の我々の目的は『次元震』の調査だ。先日アトランディア王国で超大規模な『次元震』が確認されたのは知っているな?」
「そりゃーもう! 何だいあれ、数値が滅茶苦茶すぎてメーターが振り切れたって、技術班が大騒ぎしてたよ」
「私もビックリして飛び起きちゃったわ。夜中に突然ビリビリくるんだもの!」
「……俺としてはアリシアが『次元震』を感じ取ったということの方が驚きなのだが、まあいい。とにかくあれは、観測史上最大の、そして他とは比較にならないレベルの大事件だった。
なので当然政府はアトランディア王国に何が起きたのかを問い合わせたが、アトランディア側の回答は『目下調査中。何かわかり次第正式に発表する』とのことだった」
「ふーん。まああの規模の次元震が起きたなら、どんな不具合が起きてるかなんてわかったもんじゃないだろうし、妥当な回答だと思うけど?」
「そうね。それの何が問題だったの?」
「うむ。実はそれに前後する形で、ごく微弱な『次元震』が観測されているんだ。そしてその震源地は……ここだ」
「ここ? ここって、このダンジョンってことかい?」
「いや、違う。だが極めて近くだ。おそらくはこの町……多寡埼市内のどこかだろうと言われている」
「つまりこの町に新しくできたダンジョンが、アトランディアの次元震と関係あるかもってこと?」
次元震とは、その名の通り次元に歪みが生じた時に観測される、独特の魔力波動だ。これが観測された場合、多くの場合その震源地には新たなダンジョンが出現している。
ならば今回もそういうことかと問うアリシアに、しかしロイは真剣な表情で首を横に振る。
「いや、違う。この町にダンジョンはできていない」
「? 次元震があったのに、ダンジョンができてないの? ジミー?」
「いや、そりゃ偶にそういうケースもあるってことは知ってるけど、それ以上はわからないよ。そもそもダンジョン関係はわからないことの方が圧倒的に多いんだから」
「まあ、そうね。ごめんなさいロイ、続けて」
「わかった。二人の疑問はもっともだが、それこそが我々が調査に派遣された理由の一つだ。この町で確認された次元震は二度。一度目は六月五日で、二度目は六月二五日。アトランディアでの次元震が一四日の夜だから、およそ一〇日刻みで起きていることになる」
「うわー、それは確かに怪しいね。日本とアトランディアならそこまで離れてないし……なら僕達の目的は、次元震の起きた場所を特定して、その場所の調査。更に三日後に三度目の次元震が起きるかの確認ってところ?」
「でもそれなら、専門の調査部隊の方がいいんじゃない? 私達を派遣したってことは、上層部は危険があるって判断したからでしょ?」
「うむ。実は上層部は、もっと別のことを懸念している。それは何処かの誰かが次元に干渉できるような強力な兵器を開発、使用し、アトランディアに攻撃したのではないかということだ」
「っ!?」
ロイの言葉に、アリシアとジミーの表情が一変する。
「お、おいおいロイ。上層部のお偉方は、遂に頭に虹色のポニーを飼うことにしたのか? 次元兵器って、そんなの……」
「俺だってそう思う。だがアトランディアで観測された次元震の強さからすると、自然現象というよりは、人為的なもの……それこそ兵器による攻撃と考える方がしっくりくるそうだ。観測されたエネルギー量があまりにも大きすぎる」
「む…………」
「てことは、私達の仮想敵は日本軍なの?」
深刻な表情で問うアリシアに、しかし今度はロイは首を縦にも横にも振らない。
「不明だ。少なくとも日本政府は次元震が生じていたことすら知らなかったと伝えてきている。それに自国内でそんな兵器を運用するのに、わざわざ町中を選ぶ理由が全くわからない。
無論そこに次元兵器を運用するための制約のようなものがあるのかも知れないが、現段階では何もかもが未知で、単なる妄想にしかならない。
故にこそ我々だ。専門の調査部隊ほどではないにしろ相応の情報の収集解析能力と、調査部隊よりもずっと高い戦闘能力を持つ我々が、現場に向かって調べるのが今回の任務となる」
そこでロイが言葉を切ると、アリシアが盛大にため息を吐く。
「はぁ……日本で美味しいものを食べ歩くのは、次の機会になりそうね」
「僕だって、紙のコミックを大量に買ってお土産にするつもりが台無しだよ」
「コミックなんて、電子で幾らでも読めるでしょ?」
「わかってないなー、アリシアは。確かに電子は便利だけど、紙の本には紙の本のよさってのがあるのさ! 輸入でもいいんだけど、送料が馬鹿にならないし」
「そんなの知らないわよ! そもそもジミーの方が私より階級が上なんだから、給料はもらってるはずでしょ?」
「そっちこそわかってるだろう? 所詮は公務員、軍人の給料なんてたかが知れてるさ」
「むぅ」
「パーティはそこまでだ。二人共、任務に入るぞ」
「「了解」」
ロイの言葉に、アリシアとジミーの顔が軍人のそれになる。陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊に続く、アメリカ軍第六の部隊、地軍。ロイ・カーター中尉率いる小隊が、こうしてダンジョンの中から静かに動き始めた。
※この世界では宇宙軍が設立されていないので、地軍が第六の部隊となります





