ふりだしにもどる
海外遠征を終えて帰宅し、引っ越しも終わってバーベキューも楽しんだ。故に剣一にはいつもの日常が戻ってきたわけだが、それは同時に厄介な問題が戻ってきた事も意味する。それは勿論……今後の仕事、収入源のことだ。
日本に帰ってきた以上、当然剣一は日本の法律に縛られることになる。「スキルレベル一だとダンジョンの四階層以降には降りられない」という例の法律だ。
つまり、またお金が稼げなくなる。幸いにして家賃は据え置きとなったが、元々足りていないのだから問題解決には繋がっていない。
「はーっ、マジでどうすっかな…………」
七月一日。月も変わって心機一転……とはならず、その日も剣一は朝からスマホとにらめっこしていた。探しているのは勿論指導員の仕事である。
ちなみに、英雄達の次に指導していた悪ガキ三人衆との契約は既に終了している。葛井兄弟の襲撃以降、色々あってなかなか面倒を見てやれなくなっていたため、異協に申し出て別の人物に引き継いだからだ。
なおその際に「ちょっと乱暴な子達だって聞いていたんですけど、随分と礼儀正しいですね?」と言われ、剣一はそっと目を反らしている。まあ言うことを聞く分には問題ないので、今は別の指導員のもと、新人冒険者として日々鍛錬に明け暮れていることだろう。
というわけで別の仕事を探しているわけだが、剣一のスキルレベルでは募集そのものがない。改めて異協に直接出向いてもいいのだが、何かあったら連絡をくれると言われているのに、それなしで出向くのは仕事の邪魔になるだけだろう。
「法改正……もう一回法改正……むぅ…………」
求人情報に見切りをつけ、代わりにネットニュースに目を通す。するとそこには『保有技能のレベルに応じた異界の門探索における段階的侵入規制法』の批判がポツポツとあがっていたが、それほど盛り上がっているという感じではない。
だが、それも当然だ。英雄達が特別だっただけで、本来新人の育成というのはそんなに短期で結果が出るものではない。第四階層以降に新人を連れて行けないことによる育成速度の低下が目に見えて現れるのはまだしばらく先のことであり、そこから社会問題となり、政治家が取り上げ、選挙や支持率を鑑みて再度の法改正……となるのは、以前に祐二が見立てた通り二、三年はかかることだろう。
ならばそれまでは今回のように時々海外遠征をすることでしのげばいいのでは? という発想も、また駄目だ。確かに今回のアトランディア遠征はかなり割のいい稼ぎになったが、それはあくまで未探索のダンジョンをほぼ独占できたからに過ぎない。
もしエルの好意がなく、今回の旅費や滞在費を全部自分で支払ったうえに普通にダンジョンに潜っていたならば、得られた利益は今の一割程度まで落ちるのではないかというのが剣一の予想だ。
勿論半年一年と長期滞在するなら、かつて祐二達と一緒にダンジョンに潜っていた頃よりも稼げる自身はある。が、家族や親友を残して海外に拠点を移したいとは思っていないため、その選択肢は剣一のなかから消えている。
となればやはり、どうにかして国内でそれなりに稼げる仕事を探す必要があるわけだが……
(俺みたいな子供が大金稼げる仕事なんて、冒険者しかないしなぁ……)
若い頃から経験を積むことがスキルの成長に繋がるということがある程度証明されて以降、冒険者でなくても子供が仕事に就くことは十分可能になった。実際精神的な未熟さを除けば、適合するスキル持ちなら過去の世界の熟練者くらいの結果を出せるのだから当然だ。
だがそれは逆に言えば、スキルに向いていない仕事をしようとした場合は相応の年齢や実績が必要ということになり、職業選択の自由こそあれ、選んだ先で望むように働けるかはまた別の問題となる。
特に剣一のように戦闘系のスキルとなると、正直冒険者以外での潰しはなかなかきかない。実績のある冒険者が引退して剣術道場……とかならまだいけるが、実務歴二年でスキルレベル一の剣一が冒険者以外の一般職に就くとなれば、それこそコンビニバイトのような仕事しかないのだ。
そしてそんな仕事では、家賃どころか生活費すらままならない。堂々巡りする思考のなか、剣一はジッと天井を見つめ……やがてベッドから跳ね起きた。
「これ以上は悩んでも仕方ないな。気分転換にちょっと体を動かすか」
時計を見れば、時刻は既に一〇時を過ぎていた。このままでは気持ちが沈み込むだけどディア達に留守番を言いつけると、そのまま家を出て道を歩き始める。
普通ならバスを使うべき距離だが、今日は歩く。「じゃからワシに任せれば、えふえっくすでドーンなのじゃ!」「俺ちゃんの玩具が爆売れしたら、イッチーくらい余裕で養えるぜ? ウェーイ!」「ワタクシの歌ってみた動画を配信すれば、あっという間に万バズ確定ですわ! ウオーッホッホッホ!」という甘い誘惑を振り払うべく、ただひたすらに歩き続ける。
そうして二時間ほどかけていつものダンジョンに辿り着くと、そこは何処か落ち着くいつもの賑わいに満ちていた。
「あー、何かこの感じもちょっと懐かしいな」
剣一が自分だけでここに入るのは、本当に久しぶりのことだ。誰かの指導をするでもなく、たった一人という身軽さを少しだけ楽しく思いながら、剣一はいつも通りに改札の方へと移動していく。
「ん? あれは……!?」
すると改札前の広場に、やや違和感のある集団がいた。一人は二〇歳前後と思われる金髪の若い女性。メリハリのある体を白いシャツに青いジーンズという極めてラフな格好で包み、その腰には剣一が使っているのと同じ、ごく一般的なショートソードを佩いている。
もう一人はやや癖のある茶髪をした、二〇代中盤くらいに見える男性。釣りに行く人が来てそうなポケット多めの上着と黒いズボンを履いた痩せ型の体型だ。
そして最後の一人は、黒髪を四角い感じに短く刈り揃えた、三〇代くらいの黒人男性だ。フライトジャケットを纏う体はガッシリとした巨体で、ただそこにいるだけで圧力を感じるような偉丈夫である。
といっても、別に外国人が珍しいというわけではない。多寡埼市内なら道を歩いていれば外国人は普通に見かけるし、それを言うならエルだってもろに外国人だ。では何が目を引いたのかと言えば、三人のうち男性二人が、銃を装備していたからだ。
(ここにいるなら、冒険者だよな? うわー、銃で戦う冒険者なんて初めて見たぜ)
柔らかい人間の体と違って、魔物は分厚い毛皮や強靱な皮膚を持っているものが多い。そのため「対魔物用」の銃は総じて大口径であり、その分総弾数が少なかったり、撃ったときの衝撃が大きかったりする。
なので「誰が使っても同じ威力」という銃の利点が、相応の腕力がなければ使えない……つまり「元から強い者でなければ使えない」ことで消えてしまっている。おまけに矢と違って銃弾は回収して再利用とはいかないため、コスパも悪い。
剣などと違って機構が複雑なため手入れも手間がかかるし、大きな音がすることで周囲の魔物を引きつけてしまうなど、他にも色々と問題点を抱え……結果として少なくとも現代日本では、銃を使う冒険者は浪漫重視の趣味人という認識であった。
(あーでも、格好いいなぁ……でもあんなの撃ちまくってたら、それこそ秒で破産しちゃうしなぁ。でも格好いいよなぁ……)
もっとも、それはそれとして大きな銃を振り回して戦うのは、何とも言えず格好いい。それ系のスキル持ちが特殊な金属で加工された銃を使えば炎や氷の弾丸を撃ち出すなんてこともできるらしく、少年の憧れは止まらない。
(……いつかアメリカに遠征に行くことがあったら、俺も一回くらいは銃を使ってみたいなぁ)
そんな事を考えつつ、剣一は改札をくぐって多寡埼ダンジョンへと入っていったわけだが……
「……へぇ?」
誰かを見るということは、誰かに見られるということ。ダンジョンのなかに消えていく剣一の背を見送り、金髪の女性が興味深げに唇の端を吊り上げていた。





