精霊の在る家
「うわ、何だこの肉!? メッチャ美味いんだけど!?」
「ほんと、お口の中でとろけちゃうねー」
「英雄君の差し入れてくれた野菜も美味しいよ。特にこのタマネギは、シャキシャキとトロトロの丁度いい焼き加減が……はふはふ」
「ありがとうございます祐二さん。それうちのお祖父ちゃんが作った野菜なんで、きっと喜ぶと思います」
「さあさあ皆様、どんどん焼きますので、好きなだけ食べてくだされ」
「「「はーい!」」」
額に汗して肉や野菜を焼きまくるセルジオに、その場の全員がいい笑顔で応える。育ち盛りの子供達の胃袋は無限のように肉も野菜も吸い込んでいき、鍋一杯に作られたカレーや炊きたてのご飯もあっという間になくなっていく。
「カレー焼きそば、意外とアリだな……でもやっぱ普通のカレーが一番美味い! おかわり!」
「はいはい。ケンイチ、アンタ本当にカレー好きなのね」
「馬鹿野郎エル、カレーが嫌いな人類なんているわけねーだろ!」
「主語大きいなぁ……確かにカレーも美味しいけど、あんまり食べ過ぎると肉が……」
「祐くんって、食べ放題で元を取ろうとして結局損をするタイプだよねー」
「ウォォォン! これは美味いのじゃ! こっちも美味いのじゃ! ワシはドラゴン発電所なのじゃあ!」
「おいディア、一人で全部食うなよ! ったく……おーいヒデオン、俺ちゃんにもその肉くれ」
「いいですよ。はいどうぞ」
「ウェーイ! ウマウマだぜ!」
「ウオーッホッホッホ! 確かに素晴らしいお肉ですけど、こう油物ばかりだとさっぱりしたものも食べたくなりますわね。お寿司とかはないのかしら?」
「申し訳ありませんレヴィ様。次回は手配させていただきますわ」
「ちょっと待ってレヴィ、アンタお寿司食べるの!? え、それ共食いとかにならない?」
「何を言うかと思えば……いいですか我が愛し子エル、人間だって肉ですけど、肉を食べるでしょう? それにワタクシは見た目はともかく中身はドラゴンなのですから、魚を食べても平気に決まっているじゃありませんか!」
「……なあ祐二、サーモン握りを食べる鮭の動画をネットにあげたら流行るかな?」
「いやぁ、逆に炎上するんじゃないかな? ちょっと想像もつかないや」
梅雨も終わりに差し掛かった気持ちのいい快晴の下、皆が皆美味しいものを食べ、他愛のない会話を楽しみ、賑やかで平和なひとときが過ぎていく。特にドラゴン達は久しぶりに浴びた太陽の光に、本人達の自覚以上に楽しんでいた。
「ふぁぁ……このポカポカとした感じは、本当に懐かしいのじゃ」
「ウェーイ…………」
「確かに。こうして日の光の下でのんびりするなど、何千年ぶりでしょうか」
そうして食事をたっぷりと堪能し終えると、でっぷりした腹をポヨンと揺らしながら、ディアが地面に座り込む。その隣ではニオブがニョーンと首を伸ばしてリラックスしており、レヴィは悠々と小さな池のなかで揺蕩う。
そののんびり具合に触発されて、剣一達もまた縁台に腰掛け、空を見上げて幸せなため息を吐いた。
「ふーっ、食った食った…………あー、ヤバい。これ横になったら寝るな」
「駄目よケンイチ、食べてすぐ寝たら……えっと、牛? 馬? 何かになるって言うんじゃなかったっけ?」
「牛さんだねー。でもどっちかって言うなら、エルちゃんの方がもーって言ってる気がするなー」
「ちょっ、何よメグ! もーっ! って、あ!?」
「実際には寝ちゃうと胃の働きが悪くなるから、起きてる方がいい……だったかな?」
「相変わらず祐二は物知りだなー」
「祐二さん、凄いです」
「祐二様は博学ですわね」
「え、そんな皆に褒められると、逆に怖いんだけど?」
「「「ははははは……」」」
吹き抜ける風がさわさわと木の葉を揺らし、静かな時が流れる。
「……剣ちゃんがここを借りた理由がよくわかったよ。確かにここ、凄く落ち着くよね」
「そうだねー。ホッとするっていうか、優しい感じがするよねー」
「あ、わかります。僕もなんか、田舎に帰ったみたいな気がします」
「私も不思議な安心感を感じますわ。ただ安全という意味では、お爺様の家の方がずっと凄いはずなのですけど……何故でしょう?」
「さあ? でもアタシもちょっとそんな感じがしてきたから、単なる郷愁とかとは違う……のかな? ジイはどう?」
「申し訳ありません姫様、私は特に何も感じないようです」
「そうなの? うーん、本当に何でなんだろ?」
日本人組はまだしも、同じアトランディア人で、同じように日本で暮らしているセルジオが何も感じないのに、エルだけが感じるのは何故か? 全員がぼんやりと考えていると、チャプっと池から頭を出したレヴィが語り始める。
「ウオーッホッホッホッホ! その答えは、ここに『精霊』が在るからですわね!」
「精霊?」
「せ、精霊!? レヴィさん、精霊って、あの精霊ですか!?」
オウム返しにしたエルよりも激しく、祐二がその単語に食いつく。するとグデッと寝転がっていたディアが笑いながらそれに答えた。
「カッカッカ、そう意気込むなユージよ。お主の考えていることはわかるが、レヴィの言う精霊とは、お主の考える『火の精霊』とか『水の精霊』などというものとは違うのじゃ」
「えっ!? そ、そう、なんですか……?」
「ワタクシには祐二さんの想像はわかりませんけれど、精霊というのは、知能を持つ生命が感情の発露と共に体から漏れ出す魔力が染みついた存在ですわ。魂よりこぼれ落ちた、精神の霊体……故に『精霊』ですわね」
「つまりは無意識に行う、中途半端な付与魔法の残りカスみたいなものなのじゃ。全裸のちみっこい美少女が魔法の発動を手伝ってくれておるわけではなくて、残念じゃったのぅ?」
「……祐くん?」
「ちが!? 違うよ!? 別にそんな見た目じゃなくても、火トカゲとか、そういう可能性だってあるじゃない! で、でも、そういうのでもないんですよね?」
愛にジトッとした目を向けられ、祐二が慌ててそう捲し立てる。するとディアは腹をさすりながら話を続けた。
「うむ。たとえばお主達が『心霊スポット』などと呼ぶ場所は、多くの者の『そこに何か怖いモノが在る』という心象が魔力として漏れ出し、場に染みついたものじゃ。
じゃからこそその場にいくと、多くの者が残した『怖い』という魔力に触れ、共感することで自分も『怖い』と感じてしまうのじゃ」
「へー。じゃあこの家の居心地がいいのは、元々ここに住んでた人の心持ちが影響してるってことか?」
「そうじゃな。あくまでも『何となくそう感じる』という程度のものじゃろうが、お主達にとって心地いいと感じるような心境を持ち続けた者だったのじゃろう。
あとはまあ、お主達がそういう微弱な魔力を感じられるくらい魔力の存在に馴染んだというのもあるじゃろうな。おそらく今後は、お主達のようにその場その場の雰囲気を鋭敏に感じ取る者が増えていくじゃろうて」
「そうなると、まっさらな新築物件には今以上に価値が出るかも知れませんね。あるいは賃貸であれば、以前に住んでいた方の気質がそのまま部屋の質に繋がることも……これはビジネスチャンスですわね。是非お爺様にお伝えしなければ」
「ちなみに、俺の前にここに住んでた人はどういう人だったんですか?」
聖がキラリと瞳を光らせるなか、剣一がセルジオに問う。するとセルジオはすぐにその疑問に答えた。
「こちらに住んでおられたのは、この物件の家主様です。お孫様が冒険者だったのですが、町中の物件は家賃が高すぎるということで、ここからダンジョンに通っていたとのことでしたが……」
「え? その、お孫さんに何かあったんですか?」
「いえ、結婚されて子供ができたということで、冒険者を引退され、家主様共々別の場所に引っ越しをなされたのです。ならばここはもう使うこともないかと売却も検討しておられましたが、もしかしたら新たに生まれる曾孫様も親の血を継いで冒険者になることを望むかも知れないと思い直し、最終的には賃貸とすることにしたのだそうです。
またその際に若い冒険者の方を支援したいということでしたので、二〇歳以下の方であれば、相場より安く貸したいとの希望があったと聞いております」
「そういうことだったのか……何だ、よかった」
「ああ、それで。剣ちゃんに聞いた時、これで一六万は随分安いなって思ってたんですよ」
不幸ではなく幸福な理由でこの家が貸し出されたことに剣一はホッと胸を撫で下ろし、祐二はちょっとした疑問が解消されて一人頷く。
「じゃあ、俺がここに帰ってきたいって思ったのは……」
「ここに住んでいた方々の、『無事に帰ってきて欲しい』という願いが精霊として宿っているからでしょうね。剣一さんは、とてもいい選択をしたと思いますわよ。ウオーッホッホッホッホ!」
「そっか」
自然と、剣一の顔に笑みが浮かぶ。豪華なわけでも便利なわけでもないこの家が、何だか無性に愛おしく感じられる。
「……これからよろしくな」
小さく呟き、剣一がそっと縁台を撫でる。なおその後引っ越したことを報告するために実家に帰った際、改めて意識してみるとここと同じかそれ以上の安らぎを感じている事に気づき、「実家スゲェ!?」と驚きの声をあげて母親から怪訝な目で見られることになるのだが……それはまた別の話である。





