準備と乾杯
「剣ちゃん、この荷物ってこっちでいいの?」
「んー? あー、そうそう。そこ置いといてくれ」
「剣一さん、この箱の中身は――」
「あ、それはこっち持ってきて! 棚に入れるから」
「わかりました!」
六月二五日。その日剣一は祐二や英雄達に手伝ってもらいながら、朝から引っ越し作業を行っていた。なおこんなにすぐに引っ越しができたのは、当然ながらエル……というかアトランディア側が事前に様々な準備や手続きを済ませていたからである。
大荷物はアトランディア側が手配してくれた業者によって既に搬入を終えており、今は服や食器などを箱から出して収納している。そうして男三人が力仕事に勤しんでいる間に、女性陣は夜のバーベキューの準備をしていた。
「えっと……こう?」
「そうそう! エルちゃん上手だねー」
「そ、そう!? えへへ……ありがとメグ」
「炊くお米の量は、このくらいでいいでしょうか?」
「うーん、男の子が三人いるから、もう少し多くても……って違う! ディアちゃん達も食べるなら、その倍でも少ないかも?」
「ああ、そう言えばそうでしたね。うっかりしておりましたわ」
野菜を剥くエルを褒めたり、ご飯を炊く聖に指示を出したりしつつ、愛もまた手際よく肉の下ごしらえをしていく。聖の持ってきたそれはかなりの高級肉であり、バーベキューで雑に焼くのは勿体ないという気もしたが、それはそれ。食べ応えと食べやすさを両立させるべく、丁度いい大きさに切り分けていく。
「ねえメグミ。バーベキューなのにご飯を食べるの?」
「あれ? エルちゃんは食べない?」
「アタシがっていうか、バーベキューって肉とか野菜とかをお腹いっぱい食べるって印象だから、ご飯とかパンは食べないのかなって」
「その辺は人によると思いますわ。あとこれは炊いてそのまま食べるのではなく、カレーにする予定です」
「あ、カレーなのね! それなら納得だわ。大体何でもカレーにしたら美味しいもの!」
「あはは、そうだねー。あとは焼きそばも作るつもりだから、好きな方を食べたり、組み合わせて食べたりしたらいいんじゃないかな? カレーとご飯にぶつ切りにした焼きそばとおっきなお肉と野菜を全部混ぜ混ぜして、焼きカレーそば炒飯にするとか?」
「えぇ? それは流石に……あれ? 想像すると割と美味しそうな気がするわね?」
「ちょっと下品ですけれど、美味しそうですわ」
「お姫様もお嬢様も、今日は庶民の味をたっぷり堪能していってねー」
頭の中で料理を想像する二人に、愛がニッコリ笑って告げる。そうして皆がそれぞれの作業を進めていくと、まず剣一達が荷ほどきを終わらせた。
「うっし、荷物はこんなもんだな。おーい、メグー! そっちはどうだー?」
「剣ちゃん? うん、もうすぐ終わるよー」
剣一が声をあげると、キッチンの方から愛の声が聞こえてくる。焼き物はセルジオが庭に用意したコンロで食べるときに焼く予定だが、それ以外の料理は普通にキッチンで作っているのだ。
「よし、それなら呼ぶか」
その言葉を確認し、剣一はスマホを手に取る。ワンコールで繋がった相手と会話をしながら室内をカメラで写すと……
ブォン!
「うむ、到着なのじゃ!」
「ウェーイ!」
「ウオーッホッホッホ! ワタクシ、やって参りましたわぁ!」
転移魔法で現れたのは、三体のドラゴン。ニオブは特に何もしていないが、ディアの腕には大きめのバケツが抱えられており、そのなかではレヴィがいい調子で高笑いをあげている。
そう、これはディアの転移魔法。ちょっとした理由があって、今回は魔法を使って一気に移動してきたのだ。
「よく来たな三人とも。ここが俺達の新しい家だ!」
「ほほぅ。なかなかに趣のある家屋じゃな。なかなか良さそうなのじゃ」
「ハデハデなのも好きだけど、俺ちゃんこういう落ち着く感じも嫌いじゃないぜ?」
「ワタクシが暮らすにはやや地味ですが、隠れ家的な雰囲気は素敵ですわ!」
「それじゃ俺ちゃん、早速探検に行ってくるぜ! ウェーイ!」
「あ、おい! ったく……」
「まったく、相変わらず落ち着きのない奴なのじゃ」
剣一とディアが苦笑するなか、ニオブがシャカシャカと歩いて部屋の外へと出て行く。するとそれと入れ違いになるように、聖が室内へと入ってきた。
「皆さん到着されたようですわね」
「聖さん。ええ、何とか無事に着きました。それで転移魔法の痕跡の方なんですけど……」
「そちらは私の方で対処しておきますので、剣一様はどうぞお気になさらないでください」
「はぁ……じゃあ、宜しくお願いします」
一体どう対処するのかわからなかったが、剣一はとりあえずそう言っておく。なお聖があえてディア達だけを転移魔法で移動するようにお願いしたのは、清秋の指示があってのことである。
そして清秋の思惑は、突発的に起きてしまった一度目の転移魔法の発動によって気を引いた連中を、この二度目の転移魔法ではっきりと釣り上げることである。深く静かに沈んでいる相手は厄介だが、石を投げて波紋を起こせば驚いて顔を出す。そうして姿が見えてしまえばどうとでも対処ができるからだ。
勿論、それを剣一が知ることはない。だがドラゴン三体を抱えるというとんでもない立場となり、何より剣一本人こそが下手に手を出してはいけない最悪の爆弾であればこそ、こうして剣一は人知れず守られているのである……閑話休題。
「剣ちゃーん! そろそろバーベキュー始めるよー!」
「おっと、祐二が呼んでる。んじゃ俺達も行くか。おーい、ニオブ! お前も来いよ?」
「ウェーイ!」
庭先から呼ばれ、剣一が家の中に声をかけてから外に出る。するとそこでは沢山の肉や野菜、カレーの入った鍋などがテーブルの上に並べられ、ジャケットを脱ぎ袖まくりをしたセルジオがコンロの火加減を調整していた。
「おっそーい! ケンイチったら何してたのよ!」
「ははは、悪い悪い」
「ちょっとディアさん? ワタクシはそこの池の中に入れてくださらないかしら?」
「うむ、いいぞ。ワシもお主を持ったままでは飯が食えぬしな」
「うわぁ、肉も凄いけど、果物も高級品だよね? スーパーで売ってるのは見たことあるけど、実際食べるのは初めてだよ」
「肉は聖さんが、果物はエルちゃんが差し入れしてくれたんですよ。ちなみに僕は野菜持ってきました」
「これで皆そろったかなー?」
「愛様、ニオブ様がまだ――」
「ウェーイ! 俺ちゃん参上! 主役は遅れてやってくるんだぜ!」
「どうやら揃ったようですな。では……」
「剣ちゃん、挨拶宜しく」
「えっ!?」
突然祐二に振られて、剣一が驚きの声をあげた。見回せば全員が自分を見つめており、居心地が悪そうにモジモジと体を揺らすと、剣一の視線が祐二に戻る。
「おい祐二、挨拶って何だよ? 引っ越しの挨拶って、タオルとか蕎麦とかもってくやつじゃないのか?」
「それはそれで間違ってないけど、違うでしょ。別にそんなに難しく考えなくても、何か適当に言えばいいんじゃない?」
「お前、それ一番難しいやつじゃん」
放り出すような祐二の言葉に、剣一がしょぼくれた表情になる。そうしてしばし考えると、剣一はとりあえず思った事を喋ってみることにした。
「えーっと……みんな、俺の引っ越しを手伝いに来てくれて、どうもありがとう。これからも冒険者として頑張っていくんで、引き続き応援よろしくお願いします……こんな感じか?」
「何だか、本の後書きみたいな挨拶だねー」
「そういうこと言うなよメグ! くっそ、こういうのは向いてないって知ってるだろ!?」
「ヘイヘイ、イッチー! 緊張はウェイで乗り切るんだぜ!」
「そうじゃぞケンイチ。ここは一発芸を決めるのじゃ!」
「ウオーッホッホッホッホ! ならワタクシが美声を披露いたしますわ!」
「いやいや、収拾つかなくなるから! せめて食い始めてからにしろよ!」
「まったく、ケンイチは本当に駄目ね。そういうときはこれでいいのよ。ジイ!」
グダグダの流れに剣一が困り果てていると、そう言ってエルがセルジオから二つグラスを受け取り、片方を剣一に差し出す。なお中身は当然ジュースである。
「エル?」
「ほら、こう!」
戸惑う剣一に、エルは自分のグラスを上に掲げてみせる。するとすぐに他の皆にもグラスが手渡され……流石にニオブとレヴィは目の前の地面に置かれたが……全員がそれを掲げる。
「「剣ちゃん」」
「剣一さん」
「剣一様」
「ケンイチ」
「イッチー!」
「剣一さん」
求められていることはわかる。だが引っ越しの挨拶とはちょっと違う気がする。気がするが……
「ま、細かいことはどうでもいいか! それじゃ皆、今日は目一杯飲んでくって、楽しんでくれ! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
カチンカチンと幸せの音が打ち鳴らされ、新居の庭先にてバーベキューパーティが始まった。





