嫌な予感
王太子が逮捕されたとなると流石にそれ以上話し合いを続けるわけにもいかず、その日は一旦解散となった。ホテルに戻った剣一はそれから三日ほど、今ひとつスッキリしない気分のまま過ごし……六月一八日。いよいよ明日には帰国となった剣一は、再び元「海の王冠」のあった場所に呼び出されていた。
「よく来てくれた蔓木殿。度々すまぬな」
「いえ、大丈夫です。それよりニオブも一緒に連れてきちゃったんですけど、大丈夫ですか?」
「うむ、構わぬ。というか、その亀……ニオブ殿もドラゴンなのであろう? であれば余が何を言ったところで、どうしようもあるまい」
「あはははは……」
苦笑するイリオスに、剣一もまた乾いた笑い声で返す。その足下では「ウェーイ!? 俺ちゃんはちゃんといい子にしてるじゃーん!」と抗議の声があがっていたが、気にしない。
ちなみに、剣一がニオブを一緒に連れてきたのは、呼び出し場所が城ではなくここだったからだ。ここに呼ばれるならレヴィアータ関連だと思い、それならニオブがいた方がいいと考えたからである。
「久しぶりね、ケンイチ!」
「おう。エルも元気そうだな」
そんな剣一に、イリオスの側にいたエルが声をかけてくる。エルは城で過ごしていたので三日ぶりの再会だが、こうしてパッと見る分には普通に元気そうだ。
「ふふふ、この子はずっと蔓木殿に会いたがっていたのですよ。この間も……」
「ちょっ、お母様!? 何を言うつもりなんですか!? ちが、違うから! 全然そんなの、何にも言ってないんだからね!」
「あはははは……」
今日は同席しているミナスの言葉を、エルが必死に止めつつ剣一に言う。それに対する剣一は、本日二度目の乾いた笑い声で答えるのみ。剣一の心に輝く眼鏡が、これに触れると大やけどすると激しくきらめいて警告していたからだ。
「こら、エルピーゾ、大人しくせぬか。さて蔓木殿。呼び出しておいて無駄話で時間を取らせるのは申し訳ない。早速本題に入らせてもらおう。まずはニキアスの処遇だが……」
「あ、はい」
真面目な顔で話を切り出すイリオスに、剣一も背筋を伸ばして聞く姿勢をとる。
「ひとまず王位継承権を無効とし、別邸に軟禁して再教育を施すこととなった。その結果如何によっては、再度王位継承権を戻すことも検討しておる。これは王としての正式な決定だが……何か思うところはあるかね? 他ならぬ蔓木殿の意見であれば、余としても聞き入れたいと思うが」
「いえ、何も」
問うイリオスに、剣一は即座にそう告げる。正直なところ、剣一からするとニキアスの処遇は割とどうでもよかった。色々と邪魔された時は腹が立ちはしたものの、逆に言えばそれだけ。
なのでニキアスに更生の道が残されたことも何とも思わないし、むしろ実の兄が重い罰を受けることでエルが悲しむことがなくなったと考えれば、喜ぶことすらできるほどだった。
「…………ありがと、ケンイチ」
エルがぽそっとそんなことを呟いたので、剣一は笑顔で頷く。するとエルが顔を赤くしてそっぽを向き、ミナスが娘の態度にホホホと笑う。そのやりとりにイリオスが猛烈に渋い父親の顔を見せたが、ゴホンと咳払いをして気持ちを切り替えた。
「ン、ンンン…………では、次だ。というか、こちらが本題であり、レヴィアータ殿の処遇についてなのだが……やはりレヴィアータ殿を国内に留めるわけにはいかないというのが結論となった」
「えっ……」
イリオスの言葉に、剣一が声をあげて目を向ける。するとこれまでずっと大人しく横たわっていたレヴィアータが、ゆっくりとその顔を上げて口を開いた。
「仕方ありません。強い力というのは、いつどんな時代でも争いの種になるものです」
「我々としても、心苦しい選択だった。ずっとこの国を護ってくださっていたレヴィアータ殿を守れぬこと、その不甲斐なさを悔いるばかりだが……どうしようもないのだ」
「はぁ……」
何となく嫌な予感を感じつつ、剣一が生返事をする。するとイリオスは熱の入った様子で言い訳を続ける。
「先日も軽く話したが、現在の我が国の立ち位置はかなり微妙なのだ。我が国はこの世界で発達した科学技術において大きく遅れを取っている反面、この世界ではほんの五〇年前まで存在しなかった魔法技術においては数千年先を行っている。
故に技術交換という制度をとっていたのだが、これのレートが大分甘くてな。というのも、これまでであればあとほんの数十年で、我等はこの世界からいなくなるはずだった。故にこちらの技術がどれほど流出しようとも大した問題はなく、むしろ短期間で相手側の技術や資源を輸入するため、こちらの情報を惜しみなく伝えていたのだ。
だが転移しなくなるとなると話は変わる。今の条件で続ければ、我等はあっという間に『周囲と対等の魔法技術と、大きく遅れた科学技術しか持たぬ小国』に成り果ててしまう。故にそこを絞って交渉を厳にしていかねばならぬのだが……そこで問題となるのが、レヴィアータ殿の存在だ。
いざとなれば世界を焼き尽くせるほどの力。それを持っていると喧伝し抑止力とするのは、余には下策に思える。そんなことをすればまともな外交ができなくなるし、ただでさえ外様の我等が更に孤立を深めるとなれば、国の存続すら怪しくなってしまう。
それに、大きな力があると知れれば各国からの査察団を受け入れねばならぬ。我が国に本当にその力を御することができるのかを調べられるわけだが……難癖を付けてそれを取り上げたり過度に制限しようとしたり、こちらの技術を搾り取ろうとしてくるのは明白。つまり、レヴィアータ殿の存在を公に公表することはできぬのだ。
では隠せばいいのか? それもまた問題だ。先日の騒ぎは夜であったから民衆には新作の魔導具の暴発事故ということで誤魔化せているが、国を相手にするとなればそうもいかぬ。
それに隠したうえで存在がばれれば、それこそ激しい追及を受けることとなる。何処かの国の監視下におかれる属国扱いにされたり、最悪国家を解体される可能性すら……」
「あ、あの! すみません。結論! 結論だけ先に言ってもらってもいいですかね?」
長くて難しい説明が右から左に抜けていき、剣一はたまらずそう声をあげた。するとイリオスは一瞬ビックリした顔になるも、すぐにニッコリと笑う。
「ああ、そうだな。確かに我が国の理由は、蔓木殿には関係の無いことだ。ならば望み通り結論を告げるのだが……どうだろう? 蔓木殿のところで、レヴィアータ殿を預かってはもらえぬだろうか?」
「やっぱり!」
その言葉に、剣一は天を仰いでそう叫んだ。ここに呼び出された時点でちょっとそんな気がしていたが、その予想が的中してしまった。するとそんな剣一に、エルがぷくっと頬を膨らませて言う。
「なによ、いいじゃない! ケンイチのところにはディアもニオブもいるんだから、レヴィアータが増えたって同じでしょ?」
「いやいやいやいや、同じじゃねーよ!? てか、なんで俺!? そういうのって、もっとこう……ほら、信用できる機関とか、そういうのに預けるんじゃねーの!?」
「なら逆に聞くけど、ケンイチはどうしてディアとニオブと一緒に暮らしてるの? 信用できる機関に預けた方がいいのに?」
「いや、それはディアやニオブは、俺と約束があるから……」
「ならレヴィアータとも約束すればいいじゃない! ねえレヴィアータ?」
「ええ、構いませんよ。人の争いに力を貸すことはしませんが、それ以外なら貴方を助け、その力となることを誓いましょう。代わりに貴方には、私の生活の面倒をみてもらいます。どうですか?」
「どうって……でも、そんなでっかい体、どうしたら……」
多分どうにかなっちゃうんだろうなぁと思いつつも、剣一は最後の悪あがきを口にする。するとレヴィアータは目を細め、何故かエルやイリオス、ミナスの顔に変な薄笑いのようなものが浮かぶ。
「……え、何? スゲー不安なんだけど?」
「ふふふ、大丈夫ですよ。今の私は大きく力を消耗しましたから、体を小さくすることに不満はありません。ではこれで…………」
レヴィアータの体がパッと光に包まれ、その光がグングン小さく凝縮していく。そうしてそこに現れたのは……
ビチビチビチビチッ!
「魚になってるーっ!?」
地面の上で元気に跳ね回る、立派な鮭であった。





