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俺のスキルは<剣技:->(いち)!  作者: 日之浦 拓


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とある兄の結末

「ニキアス、お前は……お前はそこまで…………」


「っ!? ち、違う!? 違うのです陛下! これは――」


 失望、憐憫。そんな視線を向けてくるイリオスに、我に返ったニキアスが必死の形相で言う。だがそんなニキアスの言葉を遮り、イリオスは厳格な表情で首を横に振った。


「もうよい。よいのだニキアス」


「何もよくありません! 私はただこの国を救うために、ダンジョン奥底に潜んでいたドラゴンを討とうとしただけなのです!」


「その言い分がもう(・・)通らないことは、お前だってわかっているだろう?」


「うっ…………」


 この場にドラゴンが……レヴィアータがいなければ、ニキアスの主張にはまだ一定の力があった。あるいはレヴィアータが知性を取り戻していなければ、ニキアスの主張の方が説得力があったかも知れない。だがレヴィアータはここにいて、自分が姿を現す直前まで父と会話をしている。


 そう、会話だ。ドラゴンという強大な存在と、会話が成り立つことが実証されてしまった。それは凶暴な獣を飴と鞭で調教するのとは訳が違う。もはやこの場にドラゴンが駆除するしかない魔物、害獣だと認識している者は一人としていなかった。


「なあ、ニキアス。余は確かに未熟者であった。王としても父としても、お前に模範となる生き方を示せなかったのかも知れぬ。


 だがそれでも、余は王なのだ。余の目は決して節穴ではない……お前のしていること、余が何も知らぬと本当に思っていたのか?」


「そ、それはどういう……!?」


「言葉のままだ。お前がエルピーゾを疎んでいることも、『窓を開く術式』を研究していたことも、ちゃんと知っておる。お前が辿り着いた抜け道(・・・)もな……流石にその転移先がレヴィアータ殿の管理する場所であったことまでは知らなかったが」


「……………………」


「それに、幾ら疎んでいるとはいえ、まさか命を奪おうとするほどだとは考えていなかった。それもまた余の至らぬ点であるが……何故だ? 何故そこまで、お前はエルピーゾを……?」


「……それは、陛下が悪いのです。陛下が愚妹に王位を継承しようなどと考えるから!」


 悲しげな表情を浮かべるイリオスに、ニキアスが叫ぶ。


「私は……私はこの国の王太子だ! 王となるべく幼き頃から研鑽を重ねてきた! なのにどうして、夢のような妄想を語り、国外で遊び歩く妹ばかりを優遇するのですか!?


 ドラゴン!? 世界の破滅!? 知った事か! そんな妄想より天下国家を動かす政を学ぶ方がよほど重要だったはずだ!


 なのに何故……そう、私こそ何故と問いたい! 何故ですか陛下!? 何故そこまで私を軽んじ、妹を重用するのです!? 子供の妄想のような英雄譚で、安易に国民の関心を引くためですか? それとも化け物のような男を連れてきたからですか!? 陛下はアトランディアを侵略国家に――」


「もうよい!」


 なおも言い募ろうとするニキアスを、イリオスが制する。


「……確かに、エルピーゾに王位を継がせるという話がなかったわけではない。だがそれでも、余は次の王はニキアス、お前だと思っていた。エルピーゾの性格はどう考えても王には向かぬし、かといってお前を摂政とし、エルピーゾを象徴としての女王に据えるのも、お前が納得せぬとわかっておったからな。


 それに余はまだまだ現役で、王位継承は一〇年以上先の話だ。今はまだ若くとげとげしいお前も、三〇歳を過ぎれば世の中を知って落ち着くこともあるだろう。そうなれば安心してお前に王位を継がせることができるだろうと、ある意味楽観視もしていた。


 だが、それがまさかこんな結果を生むとはな……残念だ」


「何を!? 何を今更…………っ!」


 冷たい目を向けてくるイリオスに、ニキアスは慌てて周囲を見回す。だが当然この場にニキアスの味方となってくれるような者はいない。


「違う……違う! 私はこんな、ここで終わるわけには……っ!」


「っ!? ニキアス! おい、ニキアスを捕らえよ!」


 背を向けて走り出したニキアスの姿に、イリオスがすかさず指示を飛ばす。その間にニキアスは懐に手を入れると、スマホを取りだしとある相手に電話をかけた。


 それはニキアスにとって本当に最後の切り札。頼れば多大な貸しを作ることになり、自分が王となった後に足かせを残すことになるが、もうそんなことは言っていられない。スマホからは呼び出し音が何度も鳴り……


「くそっ、何故だ!? 何故出ない!? 直通の番号ではないのか!?」


 ニキアスは知らなかった。電話の相手……日本の黒幕であり、自分とも関わりのあった黒巣 弦斎が死亡したという情報はトップシークレットであり、ニキアス程度ではそれを知ることができなかった。


「殿下、お覚悟を!」


「ぐあっ!?」


 そうしてスマホを片手に走っていたニキアスは、すぐに追いかけてきた騎士に捕まってしまった。地に押さえつけられたニキアスの元に、イリオスが歩み寄り息子を見下ろす。


「ニキアスよ、最後に何か言いたいことはあるか?」


「最後、ですか……ハハハ。ならば愚妹に率いられたアトランディアが滅び行く様を、魂の海からじっくり眺めさせてもらいましょう」


「…………エルピーゾ、お前はどうだ? ニキアスに何か言っておきたいことはあるか?」


 自虐的な台詞を口にするニキアスに、イリオスが猛烈に渋い顔をしてからエルの方に向き直る。するとエルはややおぼつかない足取りでニキアスの前に立つと、俯きギュッと拳を握ったままその口を開いた。


「……お兄様に、聞きたいことがあります」


「何だ愚妹よ? 私はお前に伝えることなど――」


「どうして、私を殺さなかったんですか?」


「っ…………」


 エルの問いに、ニキアスの表情が固まる。しかしそれを気にすることなく、エルはそのまま言葉を続ける。


「あの時……私をフラフープにくぐらせて転送する時、お兄様は私を殺すことだってできたと思うんです。それにそもそも、死体だったら王族とか関係なく『収納袋』に入ったんでしょう? なのにどうして、私を生きたまま転送したんですか?」


 それは純粋な疑問にして、大いなる矛盾。もしあの時ニキアスがエルを殺していたら、ニオブはエルの存在を感知できなかったかも知れないし、仮にできたとしても、剣一があれほど強引に助けに(・・・)行くこともなかっただろう。


 そして、完全な不意を突かれたエルを殺すことは、ニキアスにとってそう難しい事ではないはずだった。殺す方が確実で、殺していればこの状況はなかった。なのに何故……そう問うエルに、ニキアスは表情を歪めてそっぽを向く。


「……別に、深い理由はない。強いて言うなら、お前など殺す価値もなかったというだけのことだ」


「そう、ですか…………あの、陛下。お願いがあります」


「何だ? エルピーゾ」


「私は王位の継承を正式に辞退致します。なのでお兄様を助けてあげることはできませんか?」


「「なっ!?」」


 エルの申し出に、ニキアスとイリオス、二人の声が被る。その後先に口を開いたのはニキアスの方だ。


「ふ、ふざけるな! お前如きがこの私に情けをかけるだと!? しかも王位継承を辞退して……っ! どれだけ、どれだけこの私を侮辱するつもりなのだ!?」


「ヒッ!? わ、私は…………っ」


 その剣幕に、エルが表情を引きつらせる。だがそんなエルに剣一が近づくと、震えるエルの手をそっと握った。するとエルは一瞬剣一の顔を見つめ……手から伝わる温もりを勇気に変えて言葉を続ける。


「お兄様に情けをかけるなんて、そんなつもりはありません。お父……陛下が言うとおり、私には女王なんて向いてないとわかっているだけです。そんな重いもの、私なんかじゃとっても背負いきれないって。


 それに……だって…………っ!」


 エルの目から、ぽろぽろと涙が零れ始める。ヒックヒックと嗚咽を交えながら、その胸の内を伝えていく。


「お、お兄様は違ったかも知れないけど、でも、アタシは、お兄様のこと……そりゃ怖かったし苦手だったけど……嫌いじゃなかった!


 だってお兄様、ずっと頑張ってたから! アタシが放り出しちゃったことを、ずっとずっと……だから、アタシは…………っ」


「エル……」


「嫌だよぉ……せっかく誰も死なずに終わったのに、お兄様だけ死んじゃうなんて、そんなの嫌だよぉ……っ!」


 剣一の胸に顔を埋めて、エルが泣く。そんなエルの様子に、イリオスが改めて息子の顔を見る。


「ニキアス。ひとまずお前は謹慎処分とする。正式な沙汰が決まるまでは、一人でゆっくり考えてみるがいい……連れて行け」


「ハッ!」


 イリオスの指示で、ニキアスが連行されていく。表情の抜け落ちた顔からはニキアスの内心はわからなかったが、それでもこれにて、王太子ニキアスの野望が巻き起こした騒動は、ひとつの結末を迎えるのだった。

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[良い点] 更新お疲れ様です。 ……。『思いはきちんと言葉にしないと伝わらない、親兄弟姉妹・恋人だから言わなくても気持ちが伝わってるというのは甘え』という言葉が有りますが、今回の王家の確執はまさにそ…
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