アトランディア建国史 後編
「我が国の成り立ちが、まさかそのようなものであったとは……」
「エルが知ってる話とは違うのか?」
驚きに目を見開くイリオスを見て、剣一が隣のエルに問いかける。するとエルは少しだけ考えるそぶりをしてからその口を開いた。
「確かにちょっと違うわね。アタシは<空間転移>っていうスキルを持っている人が大災害に見舞われた世界から人類を救って、その人が初代の建国王になったっていうのが一番有力だって教えられたわ」
「へー。まあまあ正しい感じだけど……あれ? でもじゃあ、どうしてレヴィアータの存在が消えてるんだ?」
「それはおそらく、私が表に出なくなったからでしょう」
首を傾げる剣一に、今度はレヴィアータが直接答える。そうして全員の注目が再び集まると、レヴィアータは説明を再開した。
「最初に転移した先は、逃げてきた世界とほとんど変わらない、終わりかけた世界でした。これは転移に使うエネルギーが膨大すぎて、まともな寿命のある世界にはとても入り込めなかったからです。
なので、私達はできるだけ早くその世界も立ち去る必要がありました。しかしここで問題が生じます。元の世界と同じように、私が転移先の世界を食い尽くすことに、アトランディアの民が難色を示したのです。
迂闊でした。己のことを顧みず私を助けてくれた優しき民が、やむを得なかったとはいえ自分達のためだけに世界を幾つも犠牲にすることを、ただ受け入れるはずがなかったのです。
彼らの優しさに救われた私が、その優しさを蔑ろにした……その事実を、私は心から恥じました。故に方針を変更し、世界を食い尽くすのではなく、時間をかけてでもその世界から無理のない形でエネルギーを集める方針に変更しました。
それがアトランディアが一〇〇年足らずで転移を繰り返す理由です。何度も何度もそれを繰り返すことで少しずつ安定した世界に上り、いずれ最上位の世界に辿り着いたならば、そこを安住の地とすることを目指したのです。
またその作業に集中するため、私は当時ほとんど機能停止していたあのダンジョンに入り込み、自分の魔力で活性化してその最奥に籠もりました。そうすることでより効率よく世界から魔力を収集すると共に、結界の維持管理ができたのです」
「何でダンジョンの中なの? 外と何か違うの?」
「ウェイウェイ、それが違うんだぜエルルン。ダンジョンのなかってのは外とは隔絶した空間だから、集めた魔力を保持しやすいんだよ。
ほら、外で思いっきり息を吸い込んで吐いてもすぐに霧散しちゃうけど、風船とかにフーってやれば息が閉じ込められて膨らむだろ?」
「あー、そういう。なるほどね……あ、すみません。続けてください」
ぼそっと呟いた疑問にニオブが答えてくれたものの、それで会話を遮ってしまったエルが恥ずかしそうにそう告げる。するとレヴィアータはニッコリ笑って話を続けた。
「フフフ、構いませんよ。説明の手間が一つ省けましたからね。とにかく私は、そうしてダンジョンの最奥に籠もるようになりました。それでも最初のうちは愛し子達が頻繁に顔を見せにやってきてくれていたのですが……時が経つにつれその回数が減り、やがて聖職者や王族のような選ばれた者だけが催事の時だけに来るようになり……そして最後は誰もこなくなりました」
「そんな……レヴィアータは、それで寂しくなかったの?」
「寂しくなかったと言えば、嘘になります。ですがそれは、愛しき我がアトランディアの子達が、私抜きでも生活できるようになったという何よりの証でもあります。
ならば今更私が出しゃばってもいいことはありません。私の望みは愛し子達が健やかに生きていくことだけ。そこに私の存在が消えてしまっていたとしても構わないのです」
「駄目よそんなの!」
穏やかに言うレヴィアータに、しかしエルが大きな声で叫ぶ。
「アタシは絶対、レヴィアータのこと忘れないから! ねえお父様、この国をずっと護ってくれていたドラゴンなのよ!? お祭りとか、そういうのってできないの!?」
「む、それは…………すぐには難しいな」
「なんで!? レヴィアータはアタシのことだって助けてくれたのに!」
食い下がるエルに、しかしイリオスは困りながらもしっかりと説明をする。
「いや、お前の気持ちを蔑ろにするつもりはないが……ほら、レヴィアータ殿の話では、アトランディアはこの地に根を下ろし、転移することはないのであろう? となると諸外国への対応を、今まで以上に真剣に考えねばならぬのだ。
その際、ドラゴンという超常の存在を他国がどう受け止めるかを見極めねばならぬ。場合によっては『そんな脅威は即刻駆除せよ』と通告されることも――」
「そんなの突っぱねたらいいじゃない!」
「外交とはそんな単純なものではないのだ。余とてレヴィアータ殿を悪いようにするつもりはない。だからこそここは慎重にならねばならぬのだ」
「むぅぅぅぅー!」
イリオスの言葉を聞いてなお納得がいかず、エルがむくれた顔で唸り声を上げる。するとそこに、またも招かれざる客の声が響いた。
「陛下、騙されてはなりません!」
「ニキアス!? お前、一体今まで何処にいたのだ!?」
昨夜城から姿を消し、以後ずっと行方不明だった……と言っても実質半日程度だが……息子の姿に、イリオスが驚きの声をあげる。だがニキアスはそれを意に介することなく、ズンズンとレヴィアータの方に近づいていく。
「邪悪なるドラゴンめ! 今度は直接陛下を誑かすつもりのようだが、そうはいかん! この私が、今度こそ貴様を始末してくれよう!」
その手に握られているのは、ダンジョンの最奥で持っていたのと同じ見た目の短剣。それに気づいた剣一が即座に斬り跳ばそうとしたが、その動きをニオブが首をニュッと伸ばして制する。
「ニオブ!?」
「ウェーイ。大丈夫だから見てろって」
「先は仕留め損なったが……今度こそ、これで私が英雄だっ!」
ニキアスが気づいた時、周囲に人影はなく、あるのは崩壊したダンジョンの部屋だけだった。故にニキアスは慌てて扉をくぐると、意を決してモヤモヤの中に飛び込みもがく。その結果何とか地上に戻ってくることはできたのだが……そこで見たのは穏やかに丸まっているドラゴンと、その側で野営する剣一達の姿であった。
全員が生きている。ドラゴンも、下民も、愚妹も、何もかもが無事で存在している。流石にこれだけ証言者が揃ってしまうと、如何に自分が王太子という立場であっても、愚かな者なら惑わされて自分の言葉を信じないかも知れない。
ならどうするか? ニキアスは慌てて城に戻ると、こっそりと宝物庫に入り、既に効果の実証された竜殺しの短剣を手に取る。
そう、証言者が多すぎるなら、始末してしまえばいい。そのうえで英雄の肩書きを得られるなら、残り二人などどうにでもなる。戦いならば勝てずとも、王太子という権威の前では下民は所詮下民でしかないのだから、自分にひれ伏して当然……そう考えて、あるいは妄想してニキアスはレヴィアータに再び短剣を突き刺したのだが……
パキィィン!
「…………は?」
「竜殺しの短剣は、私が与えた対ドラゴンの切り札。無力な人間が無力な武器を持ち、無駄なあがきをしているとドラゴンに油断させることこそが肝要なれば、その剣は見た目だけの偽物。
本来はそれが砕ける時、同時にダンジョン奥に封じてあった本物の短剣がその場に転移し、ドラゴンに刺さる仕様でしたが……あの時貴方が私に使った本物は回収済みですから、もう現れませんよ」
「……え? え!?」
レヴィアータの言葉を、ニキアスは理解できない。否、理解するわけにはいかないが故に、右から左に音として聞き流している。
だが、この場にいた他の人物は違う。レヴィアータの言葉を聞き、ニキアスが何をしたのかを知った。剣一やエルだけでなく、国王や護衛の騎士達がいるなかで、その醜態を晒してしまった。
つまり、もうどうしようもない。急速に冷えた頭でそう気づいてしまったニキアスは、時が凍り付いたようにその場に立ち尽くすことしかできなかった。





