目的地に向けて
「さて、と……ニオブ、エルの具体的な居場所はわかるか?」
問題があったような気がしたが、それを一旦頭の隅に追いやってダンジョンへと侵入を果たした剣一は、隣を歩くニオブに問いかける。するとニオブは伸ばした首をグルグルと振り回してからその口を開いた。
「ウェーイ…………とりあえず、ずっと下だな。ダンジョンの階層で言うと、一〇〇階層くらいだと思うぜ」
「一〇〇!? そりゃ……どうすっかな?」
告げられた事実に、剣一は渋い顔になる。今日までの探索深度は、五日かけて第三〇階層までだ。一般的にはこれでも相当早いペースだが、同じ速度で探索を進められても、一〇〇階層までは一〇日以上かかることになる。
同行者がエルからニオブになったことと、お宝などを一切無視して階段を探して即降りするなら倍以上のペースで進めるとは思うが、それでも三日や四日はかかるとみなければならない。そして一〇〇階層などという場所でエルが三日も無事でいられると考えるほど、剣一は楽天家ではなかった。
「さっき見つけたショートカットでとりあえず三〇階層まではいけるけど、その先をどうするか……いっそディアを電話で呼ぶか? ダンジョンの中まで連れてくりゃ、転移で移動できるんじゃ……」
「ウェイ? なあイッチー、一気に下に降りたいなら、今みたいにイッチーが全部斬っちまえばいいんじゃねーの?」
「斬るって、床をか? それはちょっと……」
一般的にはダンジョンは壊せないとされているが、じゃあ剣一にダンジョンの壁や床が斬れないかと言われると、実は斬れる。
普通に人のいるダンジョンでそんなことをしたら、壁を斬った向こうにいた冒険者も一緒にスパッと……という大惨事が起こる可能性があるので普段は無意識に「斬れないもの」と認識しているが、気合いを入れて「斬る」という意思を高めれば、剣一ならば斬れるのだ。だが……
「ダンジョンの床って、滅茶苦茶厚いだろ? 斬って落としても下の階に詰まるだけじゃねーか? あとここって天井が海みたいになってるから、それ斬ったら階層全部水浸しになって、それこそ進めなくなりそうだし」
「何言ってんだイッチー? ダンジョンの階層を斬るって、そういう意味じゃないだろ?」
「?」
首を傾げるニオブに、しかし剣一も首を傾げ返す。すると少しだけ考えたニオブが、したり顔で首を縦に振った。
「ウェイウェイ、そういうことか……確かにイッチーって魔法関連の知識、スッカラカンだったもんなぁ」
「うぐっ!? ま、まあ事実だから反論しねーけど……え、てことは俺の言ってることっておかしいのか?」
「間違ってはいないぜ? でもそれは一面しか捕らえてないっていうか……ま、実際やって見せた方が早いか。んじゃイッチー、ちょっと離れててくれ」
「? わかった」
何かをするらしいニオブの言葉に頷き、剣一が少し距離をとる。するとニオブは珊瑚の木などがない開けた場所に移動すると、確かめるようにポンポンと足で地面を叩く。
「ウェイウェイ、この辺ならいけそうだな。いくぜ、ミラーダスト・イリュージョン!」
瞬間、ニオブの甲羅がピカッと光り、その場に光で構成された今のニオブの分身が出現していく。
「チッ、やっぱり魔力が落ちまくってるな……なら、こうだ!」
出現した光の亀達が、背中を内側に向け、本体を覆うようにドーム状に並んでいく。その配置が完了すると、ニオブは次の魔法を発動させた。
「ミラーダスト・リフレクター!」
四肢と頭を引っ込めたニオブの甲羅が高速回転しながら跳ねる。それは半球状の甲羅の結界の中でぶつかると、まるでピンボールのように次々と反射して別の甲羅の方へと跳んでいく。
「アゲていくぜ! ウェイウェイウェイウェイウェイウェイウェイウェイ!」
甲羅と甲羅が激突する度、囲いの隙間から激しい光が漏れる。それに合わせてニオブの速度が増していき、回転数も上がっていく。
速く、速く、より速く。あっという間に音を置き去りにし、残像が結界内部を埋め尽くした時、遂に光そのものとなったニオブが最後の魔法を発動させる。
「ぶち抜け! ミラーダスト・クラッシャー!」
「うぉぉっ!?」
溢れる光に、剣一が思わずその手で目を隠す。それが収まるとドーム状になっていたニオブの分身がスッと光に溶けて消えていき……後に残ったのは大きな穴だけだ。
「ニオブ? 中か?」
「………………ェェェェェェェーイ!!!」
地面に穿たれた、直径一メートルほどの丸い底なし穴。それを見ながら剣一が一分ほど待っていると、ニオブがドップラー効果を伴う声をあげながら飛び出してきた。
ふわりと宙を舞うニオブの体を剣一が気合いでキャッチし、そのまま地面にそっと置く。
「へっへーん! どうだイッチー! やってやったぜ!」
「スゲーじゃねーかニオブ! 流石はドラゴンだぜ!」
「だろー? 俺ちゃんのこと、もっと褒めてもいいんだぜ?」
「おう! 幾らでも褒めてやるよ。凄い凄い! マジで凄いぜ!」
「ウェーイ!」
笑顔で甲羅や頭を撫でまくる剣一に、ニオブがご機嫌な声をあげる。そうしてひとしきり褒めちぎりタイムが終わると、剣一は改めてニオブが飛び出してきた穴を覗き込んだ。
「滅茶苦茶深いな……これ一〇〇階層まで続いてるのか?」
「そうだぜ! てか、一〇〇階層が最下層だったから、一番下までだぜ!」
「あ、そうなのか。じゃあ……どうやって降りりゃいいんだ? 落ちたら死ぬよな?」
「そこは俺ちゃんに乗ればいいんだぜ! ほらイッチー、急ぐんだろ?」
「そ、そうだな。なら遠慮無く……」
「行くぜイッチー! ダイビングウェーイ!」
剣一がニオブの背に跨がると、ニオブが穴の中に飛び込む。するとすぐに強烈な空気抵抗に襲われ、剣一は慌ててニオブの甲羅を掴む手に力を込めた。
「うぉぉ、スゲー風強い!? これ何とかならねーのか!?」
「ウェイ? できるけど、その分降りるのが遅くなるぜ?」
「くっ……な、ならこのままだ!」
「さっすがイッチー! 気合いがウェイってるぜ!」
落ちる、落ちる、落ちていく。剣一の予想に反して、ただ真っ暗なだけの穴を、一人と一体が落ちていく。そうして落ち続けると、剣一はすぐに風圧に慣れて余裕がでてきた。軽く周囲を見回すと、変わらぬまっ暗な景色に剣一が疑問を漏らす。
「途中の階層とか何もねーんだけど、これどうなってんだ?」
「あのなイッチー、ダンジョンってのはひと続きの空間じゃなくて、階段と階層がそれぞれ独立した別空間として繋がってるんだよ。ほら、明らかに階段の長さより階層の天井の方が高い場所とかあるだろ?」
「あー、あるな」
「つまり、階段は物理的に降りてるんじゃなく、『降りる』って概念で構成された空間だってことさ。
なら後は簡単だ。階層をよけて階段だけを魔法的に貫いて、それをピンとまっすぐ張ってやれば、階段だけが一直線に繋がった通路のできあがり! 俺ちゃん達が今いるのはまさにハイウェーイだってことさ!」
「へー……?」
「イッチー、あんまりわかってねーな? まあイッチーだし……っと、そろそろだな……ウェイ!」
「うおっ!?」
ニオブが声をあげると、突如として剣一達の体を風の膜が覆う。風圧が消えたことに逆に驚いた剣一が声をあげると、ほどなくしてその体が穴から抜け、周囲に光が戻る。
「ウェーイ、到着だぜ!」
「おおー、ここが……」
青く輝く岩肌に囲まれた広い洞窟。「海の王冠」第一〇〇階層に、一人と一体がふわりと降り立った。





