資格なき者達
「えぇ、またアンタかよ……てか、どうやって先回りしたんだ?」
「ええい、うるさい! 王太子たるこの私が、貴様如きに後れを取るわけないだろうが!」
ウンザリ顔で言う剣一に、ニキアスが顔を赤くして怒鳴る。ちなみにニキアスが先回りできたのは、王族としての特権を使ったからだ。たとえるなら剣一がタクシーで移動しているところをサイレンを鳴らしたパトカーで追いかけたからこそ、出遅れてなお先回りし、これだけの人員を配備できたのである。
「ハァ、まあいいや。俺はダンジョンに用があるんだから、退いてくれよ」
「馬鹿か貴様は!? 通すわけがないだろう!」
「何で?」
「何でだと!? この私が許可していないからに決まってるだろうが!」
「でも、王様には許可もらってるぜ?」
いきり立つニキアスに、しかし剣一は平然とそう告げる。そう、剣一がこのダンジョンに入る許可は、最初に王様に会ったときにもらっているのだ。そしてそれは期限付きだったわけでもなければ、撤回もされていない。「王族が一緒でなければ入れない」だけで、「中に入って探索する」ことは許されているのだ。
「アンタも王子様なんだろうけど、こういう場合って普通は王様の許可の方が優先されるよな? それともアトランディアだと違うのか?」
「それは……違わないが…………」
そんな剣一の指摘に、ニキアスが言葉を濁す。ニキアスのなかでは剣一に言いくるめられている時点で現国王の権威は地に落ちており、ならば真に国を想う自分の命令の方が優先されて当然だという思いがあるが、それとは別に王の権威は守られるべきだという考えも強くある。
何故なら、そう遠くないうちに自分がその「王」になるからだ。今この場で王の権威を軽んじれば、自分が王になったとき、自分の権威が軽んじられることになる。プライドの高いニキアスにそれを許容できるはずもなく、ニキアスは何とか自分の正当性を考え……そしてその答えに至る。
「……いや、そうか。おい貴様、貴様はどうやって『海の王冠』に入るつもりなのだ?」
「うん? どうって、こう……結界的な奴をぶった切って?」
「それはつまり、アトランディア王国の財産であるダンジョンを、意図して損壊するということだな? そんなものを見過ごすわけないだろうが!」
「あっ。あー……」
ニキアスの指摘に、今度は剣一が渋い顔になる。地球においてもアトランディアにおいても、ダンジョンというのは壊れないし壊せないというのが一般常識だ。少なくともダンジョンの破壊に成功したという情報は、どの世界のどんな文献にも存在しない。
が、将来に渡って絶対に壊すことができないかと言われたら、それは当然わからない。なのでほぼ全ての国には、ダンジョンの破壊を禁止する法律があるのだ。
もっとも、そんなもの存在するだけで施行されたことは一度もないし、汎用的な技術ならともかく、ダンジョンを壊せるような個人に対してどうやって罪を問うのかなどという問題はあるのだが、とはいえそういう法律があり、剣一の言動が犯罪になるという主張はこの場において正しかった。
「さあ、どうする? 今すぐ引き返すなら、未遂ということで寛大な処置も検討してやろう。それとも自分が凶悪犯罪者だと認めて、この場で首を刎ねられるのが望みか?」
「はーっ、そうくるか……」
居丈高に言ってくるニキアスに、剣一はポリポリと頭を掻く。善良な日本人である剣一としては、当然犯罪者になどなりたくないわけだが……
「なあニオブ、エルを助けたら、一緒に謝ってくれるかな?」
「何だよ、不安なのか? なら特別に、俺ちゃんも一緒に頭をウェイウェイしてやってもいいぜ?」
「ははは、そりゃいいな」
「お、おい!? 止まれ! 貴様、どういうつもりだ!?」
何の気負いも感じさせず、笑いながら歩き始める剣一に、ニキアスが焦って声をあげる。だが剣一の足は止まらない。
「どうもこうもねーよ。俺はただ、友達を助けに行く……それだけさ」
己が犯罪者になることも厭わない……わけではないが、とりあえずそういうのは友達を助けてから考える。そんな剣一のある意味短絡的な行動に、ニキアスは慌てて指示を飛ばす。
「っ……お前達、奴を捕らえろ! いや、王族に対する反逆罪だ、殺しても構わん!」
「「「ハッ!」」」
王太子からの命令に、周囲の騎士達が一斉に剣を抜き、剣一を取り囲む。そうして円の内側にいる騎士達が三人ほど、剣一に向かって駆けよっていったが……
「どうした? 何をやっている!?」
「そ、それが……?」
剣一との距離が一メートルほどになったところで、騎士達の動きが唐突に止まった。激しい戸惑いの表情を浮かべ、しかし体は彫像のように固まっている騎士達の横を、剣一は悠々と通り過ぎていく。
「何を棒立ちしているのだ!? 貴様等、ふざけているのか!?」
「ち、違います! ですが、どうしても体が動かなくて……?」
「無理はしない方がいいぜ? それを超えられちゃうと、俺としてもちゃんと相手しなくちゃだしさ」
混乱する騎士達に対し、剣一が苦笑して言う。剣一がやっているのは、単なる威圧、あるいは威嚇だ。別に騎士達の足を斬ったとかではなく、ただ自分の強さを……「斬るという意思」を軽く広げているに過ぎない。
だが騎士達には、それがわからない。シデロほどの強者ならともかく、戦乱のないこの世界で、ダンジョンの魔物相手に戦闘訓練をするくらいしかしていない騎士達には、自分の身を斬る気配の正体を看破し、言語化することなどできないのだ。
だが、理解はできずとも感じてはいる。理性を超えた本能が、この先に進めば死ぬと伝えてくる。そんな無意識を押し殺して剣一に襲いかかれるほど、騎士達は強者ではなかった。
「こんな子供相手に何もできぬとは、それでもお前達はアトランディアの騎士か! ええい情けない、こうなれば私が自ら誅伐してくれよう!」
そんな高さでのやりとりなど当然理解できないニキアスは、動かない騎士達に見切りをつけると、剣を抜いて剣一の正面に躍り出た。
だが立ちはだかる王太子の存在を、剣一は一切気にしない。畏れも敬いもなく、ただただ無造作に歩み寄り、その距離が一メートルになった時。
「ヒェ……………………」
まるで空気が漏れるような情けない声をあげて、ニキアスがその場に尻餅をついた。空に広がる深い朱に体中の血が吸い上げられてしまったかのように、凍えるように冷たい体がガクガクと震えて止まらない。
何もわからない。何も考えられない。目を閉じることも、耳を塞ぐことも、息をすることさえできない。それでも唯一「ここに在る」ことだけを許されたニキアスの横を、剣一が一顧だにせず歩き去っていく。
そうして剣一が離れると、ニキアスの心身はようやく自分が生きていることを思い出した。一気に溢れた色々で顔や股間がグショグショになるが、誰もそんなもの見ていない。注目すべき唯一は、既にダンジョンの入り口に辿り着いている。
「さて、と……」
剣一は改めて、ダンジョン「海の王冠」の入り口に手を伸ばした。そこには初めて来た時と同じく、ポヨンと自分の侵入を拒む膜のようなものがある。
「ウェーイ。イッチー、いけるかい?」
「へへへ、当然」
ニオブの問いに、剣一はあっさりそう告げる。流石に目では見えないが、肌で感じる物理的な抵抗は、確かにそれがここにあると、剣一に確信を与えてくれる。
であれば、斬れない道理がない。剣一は腰から剣を引き抜くと、両手で持って正面に構える。
「フーッ……はあっ!」
ドドドドドドドドド…………ズズゥーーーーーーン!!!
ギュァァァァァァァァ!!!
気合いと共に銀線が閃き、その瞬間アトランディア全土を震度六程の揺れが襲った。同時に空から悲鳴にも似た高い不協和音が鳴り響く。
「おぉぉ? 何か島を覆っていた魔力が変わった感じがするぜ?」
「そうなのか? 何か……いや、今はいいや」
胸の内に生じる、強烈な「やっちまった」感。だが今はエルを助けることの方が大事だと自分に言い聞かせると、剣一はそのまま振り返ることなく、阻むもののなくなったダンジョンの中へと入っていった。





