無名な有名人
「いやー、聖さん久しぶり! 正直本当に来てくれるのかは半信半疑だったんだけど……」
「ふふふ、お約束したのですから、勿論参りますわ。それに今回は国内の問題でしたから、エル様より私の方が適任でしたし」
「そっかー。エルと英雄は元気なのか?」
「はい。おかげさまで」
笑顔で挨拶を交わす二人の背後では、黒服の男達が手際よく全裸の男達を縛り上げ、倉庫の外へと運び出していく。その光景にあんぐりと口を開けていた祐二と愛だったが、ハッと我に返るとおずおずと剣一に声をかけた。
「ね、ねえ剣ちゃん? これ何? 何が起きてるの!?」
「剣ちゃん、その子は誰なの?」
「あ、うん。紹介するよ。この子は聖さんって言って、前に俺が指導員やってた子で、家を出るときに電話しといたんだ。
聖さん、こっちは俺の親友の祐二とメグ」
「初めましてお二方。私は光岡 聖と申します。以前剣一様に多大なお世話になりまして、本日はそのご恩返しに参りました」
「これはご丁寧に。僕は剣ちゃん……いえ、蔓木君の友人で、皆友 祐二です」
「私は天満 愛です。宜しくね、聖ちゃん」
「はい。よろしくお願い致します、皆友様、天満様」
祐二達の名乗りに、聖がニッコリと笑ってお辞儀する。その丁寧な物腰は如何にも育ちのいいお嬢様という感じであったが……
「お嬢、こちらの車だと運びきれないみたいなんですが……」
「ああ、でしたらその辺の運送トラックに適当に詰め込んで構いません。最悪死んでさえいなければ、お爺様がどうとでもなさいますわ」
「了解しました」
「お嬢、奥の部屋に子供が三人寝てたんですが、そっちはどうしましょう?」
「子供? ひょっとして私や剣一様達のように、彼らに拐かされた子かも知れませんね。そちらは丁寧に扱ってください。合わせて身元の確認と、必要ならば身内の方への連絡も任せます」
「了解しました」
「お嬢――」
「…………ね、ねえ剣ちゃん? もう一回聞くんだけど、これ何?」
黒服の男達に慣れた様子で指示を出す聖の姿に、祐二がもう一度剣一に声をかける。だがその問いには剣一も困り顔だ。
「うーん、何って言われてもなぁ……正直俺も聖さんのことそんな知ってるわけじゃないし」
「えぇ? 知らない人にこんなこと頼んだの? というか、頼んだらどうにかなるものなの!?」
「いやぁ、前にお金か権力で解決できることなら力になれるって言われたから、試しにお願いしてみただけなんだけど……なってるからいいんじゃね?」
「そんな適当な……」
「オイ、離せ! 離しやがれ!」
と、すっとぼけた剣一の言動に祐二があきれ顔を浮かべたところで、不意に倉庫のなかに怒声が響く。どうやら昭人が目を覚まし、拘束に抵抗しているようだった。
「随分騒がしい方ですわね」
「アァ? 何だこのガキ?」
「私はこの場の責任者ですわ」
「責任者!? こんなガキがか!?」
「おい若造、お嬢に無礼な口を利くな」
「ぐっ!?」
背後から羽交い締めにされた昭人が、体を締め付けられうめき声をあげる。だがそれでもギラつく視線は力を失っておらず、聖の顔をジロリと睨み付ける。
「チッ……まあいい。お飾りだろうと責任者を名乗るなら、上と連絡くらいつくだろ。いいか? 俺のバックになってくれてるのは、黒巣 弦斎って人だ。これだけの人数動かすならそこそこの組織なんだろうが、そんなのあの人に比べたら吹けば飛ぶような雑魚なんだよ!
わかったらさっさと上と連絡とれ! で、今すぐ俺に土下座して詫びろ!」
「生憎ですが、そうする必要性を感じませんわ」
「は!? 何言ってんだ、黒巣 弦斎だぞ!? おいテメェ、今すぐこのガキを無視して上のやつに電話しろ! じゃねぇと一生後悔することになるぞ! 知らなかったですむような相手じゃねぇんだからな!」
「……………………」
必死に首を捻って叫ぶ昭人の言葉に、しかし黒服の男は答えない。代わりに一点の曇りも無い芸術品のような笑みを浮かべた聖が、感情の感じられない平坦な、あるいは冷淡な声で語りかける。
「そんなに騒がなくても、黒巣という方のお名前は伺っておりますわ。それを知っているからこそ、私が直接ここに来たのです」
「知ってる!? あの人の名前を知ってて、こんなガキを責任者に!? ガキに責任おっかぶせて無かったことにできるとでも踏んだってのか!? んな見積もり甘いにも程があんだろ!」
「まさか! お爺様はそのような非道なことはなさいませんわ。それに私が責任を取らされるなどということもありません。何せお爺様は、黒巣様とはお知り合いのようですから」
「…………は? 知り……合い…………?」
そこで初めて、昭人の表情が曇る。露骨に動揺してぎょろぎょろと瞳を動かす昭人に、聖が幼子を見るような視線を向けて言葉を続ける。
「ええ、そうです。普段は防犯のために母方の姓を名乗っているのですが……私の本名は、白鷺 聖と申します。お爺様は白鷺 清秋ですわ」
「白鷺……清秋……!? まさか…………っ!?」
その名に心当たりがあったのか、昭人の動きが完全に止まる。そして己のスキルにより、聖の言葉が真実であるとわかってしまう。その結果昭人の体はガックリと力を失い、今度こそ抵抗することなく黒服の男に運ばれていった。
「なあ祐二、黒巣とか白鷺とかって、有名な人なのか?」
「ごめん、僕もちょっとわかんないな」
そんな昭人と聖のやりとりを聞いて、剣一と祐二が小声で話し合う。するとクルリと振り向いた聖が、さっきまでとは違う温かみのある笑顔で二人に声をかけた。
「お騒がせ致しました……黒巣様とお爺様のお名前は、一般の方にはあまり馴染みはありませんので、お二人がご存じなくても無理ないと思いますわ」
「へ、へー……」
(つまり『一般じゃない人』には有名なんだ……うわぁ)
「何だかよくわかんないけど、聖ちゃんは凄いんだねー」
「ふふふ、別に私が凄いわけではありませんわ」
ドン引きして口元を引きつらせる祐二の隣で、愛が物怖じすることなく聖と雑談に興じる。となれば祐二も黙っているわけにはいかず、剣一も加わって軽い状況の説明会となった。
「え、じゃあ聖さん達も襲われたのか!? 怪我とかしてないか!?」
「はい。前回襲撃を受けたときよりも手強い相手ではありましたけれど、剣一様のおかげで本気が出せるようになりましたから、この程度の相手なら問題ありませんでしたわ」
「ごめんなさい……何か僕が迂闊だったせいで、色んな人に迷惑かけちゃったみたいで……」
「祐二のせいじゃねーって! それを言うなら、あんなもんを気楽によこしたディアのせいだしな!」
「ディア? 剣一様、それが能力強化の秘薬をお作りになった方なのですか?」
「ふふふ、ディアちゃんならお菓子を山盛り買ってあげたら、簡単に追加を作ってくれそうだよねー」
「それをあの昭人って人が知ってたら、剣ちゃんの家に大量のお菓子が届いてたんじゃない? こう……トラックの荷台満タンな感じで」
「うわ、勘弁してくれよ! ただでさえデブなのに、これ以上デブられたら俺が寝る場所がなくなるじゃねーか!」
「……え? お菓子というのは何かの隠語ではなく、本当に市販のお菓子なのですか? 剣一様、その辺もう少し詳しく伺っても構わないでしょうか?」
「何だ、聖さんもディアに興味あるのか? なら今度英雄とエルも連れて、一緒に家に遊びに来るといいよ。ニオブのやつも喜ぶ……喜ぶ? まあとにかくウェイウェイ騒ぐだろうしな」
「まあ、それは素敵なお誘いですわ! あ、でもその前に……」
パッと喜びに顔を光らせた聖が、思い出したようにパンと手を打ってから剣一に言う。
「実はお爺様が、剣一様に興味があるようなのです。今回の件のお礼……などと厚顔無恥なことを言うつもりはございませんが、もし良ければ我が家にも一度遊びに来ていただけませんか?」
「聖さんの家に? えっと……」
剣一の視線が宙を彷徨い、祐二のところで止まる。すると祐二は一瞬顔をしかめたが、すぐに諦めてため息を吐いた。
「はぁ……光岡さん、僕も同行してもいいかな? 事の発端は僕みたいだからきちんとお礼も言いたいし……あと剣ちゃん一人だと、また何かやらかしそうで心配だから」
「何だよ祐二! 俺が何やらかしたって言うんだよ!」
「それ語り出すと一日二日じゃすまないけど、本当に聞きたい?」
「うぐっ……」
「あ、なら私も一緒に行きたい! ねえ聖ちゃん、いい?」
「勿論ですわ。どうぞ皆さんでお越し下さい。美味しいお茶を用意しておきますので」
こうして全裸の男達がトラックの荷台に黙々と積み込まれていくなか、剣一達の光岡邸への訪問が決定した。





