平人と昭人
「…………で、お前はそのガキ共に、無様に負けたってわけか」
多寡埼市内、マンションの一室。ピシッとした高級スーツに身を包み、黒髪をオールバックに撫でつけた蛇のような目をする男を前に、平人は緊張の面持ちで床に正座していた。その隣では桐央と連も一緒に正座しているが、二人の顔面は蒼白であり、そのまま死んでしまいそうな程だ。
「ち、違うんだよ兄貴! 最初は俺達の方が押してたんだ! でも……」
「でも、何だ?」
「いや、俺もよくわかんねーんだけど、久世達がいきなり変身して……そしたら急に強くなりやがって……」
「……変身? お前、漫画の読み過ぎで頭がおかしくなったのか?」
「本当だって! なあ桐央!」
「そうっす! あいつらがナントカーって叫んだら、いきなり光ったり風が吹いたりして、そしたら装備も変わって……」
「……………………連?」
「ま、間違いないです。俺もこの目で見ました」
「ふぅん……?」
弟たちの報告を聞いて、葛井 昭人は考え込む。彼らは三兄弟で、兄の昭人が二〇歳、次男の平人が一四歳、そして三男の令人が一〇歳なのだが、そのうち平人だけが明らかに出来が悪い。
だがそれでも大きな失敗をした後で、こんな馬鹿な嘘をつくほどではない。もしそうだったなら、昭人はとっくに平人に見切りをつけていたことだろう。
つまり、久世パーティは本当に変身とやらをして、いきなり強くなったということだ。その事実は昭人からしても興味深い。
「まあいい。で、その力の出所が、蔓木とかいう冒険者だと?」
「そうだ! そうとしか考えられねーんだ! 皆友にしろ久世にしろ、あいつが関わってるのは間違いねーんだ!」
「皆友……そいつも変身とやらをしたのか?」
「い、いや、皆友はしてねーけど……それに…………」
「それに?」
「何て言うか……皆友と久世は違うと思うんだよ。久世の方は、本当に訳がわかんねーくらい強くなったんだけど、でも皆友はそこまでじゃなかったって言うか……」
平人にとって、変身後の英雄達との戦いはまさに悪夢だった。それまで多少の余裕すらあった戦況が、一転して手も足も出ないほどに追い込まれた。桐央や連はまだしも、自慢の<魔剣技>すら英雄の使う光の魔剣にあっさり斬り跳ばされた時など、平人は本気で催眠系のスキルでも喰らったのかと疑ったくらいである。
対して祐二の方は、突然強くなったとはいえ、まだ自分の理解できる範囲ではあった。たった数日だからこそ強い違和感があっただけで、たとえば三ヶ月くらい後にあの姿を見たならば、「どんな訓練しやがったんだ?」と思うことはあっても、強くなったことそのものには疑問を抱かない……そういうレベルだったのだ。
「はぁ……おい平人、俺はいつも言ってるよな? お前みたいな馬鹿が、情報を小出しにするんじゃねぇって」
「ひっ!? ご、ごめん!」
立ち上がった昭人が髪を掴んでグッと持ち上げると、平人が情けない声をあげる。昭人のスキルは戦闘系ではないため、実は二人が正面から戦えば平人の方がずっと強いのだが、人の上下関係というのは単純な強さだけでは決まらない。
少なくとも、平人にとって昭人は絶対。流石に殺されそうになれば抵抗くらいはするだろうが、それでも平人は自分が勝てるとはこれっぽっちも思っていなかった。
「チッ……」
「あうっ!?」
そんな平人の頭を乱暴に放り出すと、昭人は近くのソファに座り、横に置かれたノートパソコンをカチャカチャといじり出す。その画面に表示されたのは、「異協」にて登録されている剣一のプロフィールだ。
(蔓木 剣一か……なかなか興味深いな)
冒険者歴二年の一四歳で多寡埼ダンジョンの到達階層が第三〇階層というのは、かなり深い。そのくせ<剣技:一>というありきたりかつ低レベルなスキルは気になるが、自分は常に背後に隠れていて、優秀な仲間に先導してもらっていたと考えれば説明がつく。戦わなければ、使わなければ、スキルは成長しないからだ。
だが、果たして自分で戦わない冒険者を、一体誰が連れ回すというのか? それだけの利益がなければ、無能な足手まといをダンジョンの深層まで連れて行く者などいるはずがない。
そしてその答えが、平人の持ってきた情報だ。一緒にいる誰かを強烈に強化する……そんな何かを剣一が持っていると考えるのは、昭人からしても当然に思えた。
(そんな奴が今まで表に出てないのは、どっかの誰かが手を回してるからか? 変身と能力強化は別物? こいつのスキルレベルが低い状態のままであることに、どんな意味がある?
いや、それはどうでもいい。重要なのはその『何か』が手に入れば、今後の冒険者育成に大きなアドバンテージが得られる。業界に食い込んで莫大な利権を……いや、上手くすれば俺独自の人脈を作ることだって……っ!)
「フ、フフフ…………」
「兄貴?」
突然笑い出した昭人に、平人が不安げな表情で声をかける。するとすぐに昭人は平静を取り戻し、平人にニッコリと笑顔を向けた。
「ああ、気にするな。なに、弟の尻を拭うのも兄の役目だと思ってな」
「それじゃ!?」
「ああ、手を貸す……いや、俺が直接動いてやろう」
「やったぜ! 流石兄貴!」
「スゲー! 昭人さんが動くなんて、あいつら全員死んだも同然じゃん!」
「俺、何でも手伝います!」
「おいおい、落ち着け。お前らの出番は当分ないぞ?」
「えーっ!? 何でだよ兄貴、俺だって皆友の野郎をぶっ飛ばしたいぜ!」
「そうっすよ! 俺もあのクソガキ達をボッコボコにしたいっす!」
「俺もリベンジしたいですね」
「……うるせぇ、黙れ」
昭人の言葉に、はしゃいでいた平人達が即座に口をつぐむ。そのまま静かに様子を窺うと、氷のように冷たい目をした昭人が静かに言葉を続ける。
「いいか? 俺が動くってなれば、それはもうビジネスだ。お前達のやるガキの喧嘩じゃねぇんだよ。
黙って言うことを聞け。それが嫌なら……」
「わ、わかった! 全部兄貴の言う通りにするよ! だよな?」
「も、勿論っす!」
「異論ありません」
「……ならいい。ま、こっちのやることが終わったら、残りはお前達にくれてやるよ。殴るでも犯すでも好きにすりゃいい」
「うぉぉぉぉ! やっぱり兄貴は最高だぜ! 皆友の前で愛を好き放題してやったら、アイツどんな顔すんのかな? 先にボコボコにしとくのと、後からボコボコにするのと、どっちが楽しそうか……うへへ、今から楽しみすぎるぜ!」
「平人さん、相変わらず鬼畜っすねー! 俺達にも分けてくださいよ!」
「俺はあのひじり? とかいうガキをボコしたいです。女のくせに、俺のこと舐めた目で見やがって……絶対許さねぇ」
「いいねいいねぇ! 何かあのガキ共もできあがってる感じだったし、久世と日焼け女も合わせてゲームでもするか。ほら、あの……何だ? 漫画とかである、誰を犠牲にして誰を助けるか、みたいなやつあるだろ? 自分が助かるためには仲間を犠牲にしないと駄目みたいな」
「あー、何か読んだことある気がするっす! あとで探しときますね」
「やっべ、俺興奮して鼻血出そう……」
「ちょっ、やめろよ連! こんなところで汚ねーだろ! 平人さん、ティッシュないっすか?」
「知らねーよ、お前らでどうにかしろ! それで兄貴、具体的にはどうするんだ? 順番に呼び出して痛めつけるのか?」
「あ? 何言ってやがる。そんな面倒な事するわけねぇだろ?」
期待に目を輝かせる平人に、昭人は苦笑してからニヤリと笑う。
「うちの人員を動かして、全員纏めてかっさらう。タイムイズマネー……世間が騒ぐ前に、一気に片をつけるんだよ」
そう言うと、昭人は懐からスマホを取りだし操作を始める。ただの悪ガキが始めた逆恨みが本物の犯罪へと繋がり、その黒く大きな闇が、今静かに動き始めた。





