葛井と英雄達
「ようやく見つけたぜ。お前が久世だな?」
多寡埼ダンジョン、第一〇階層。今日もまたダンジョン探索に励んでいた英雄達に、やってきた平人が声をかける。そこに若干の疲れがあるのは、英雄達が予想よりずっと深い場所で活動していて探すのに手間取ったからだ。
(ったく、まだレベル二になったばっかりだってのに、もう一〇階層で戦ってるだと? こりゃ是が非でも情報をもらわねーとな)
だがそれは、剣一の秘密……自分がこれから奪おうとしている情報の価値がそれだけ高いということでもある。思わずニヤニヤしてしまう平人に、英雄はサッと聖とエルを背後に庇い、警戒した表情で答える。
「確かに僕は久世ですが……貴方は?」
「俺か? 俺は葛井ってんだ。お前らの二年先輩の冒険者だよ」
「そうですか。それでその葛井さんが、僕達に何か用ですか?」
「そう警戒すんなって。その前に確認なんだが、蔓木が育てた新人パーティってのはお前達で間違いねーよな?」
「蔓木……ああ、剣一さん! はい、そうですけど?」
剣一の名前が出たことで、英雄の顔から若干警戒の色が薄れる。それに気をよくした平人は、わざとらしいくらい明るい笑みを浮かべて話を続けた。
「いやぁ、実は俺達も、お前達と同じ秘密の特訓を蔓木から受ける予定だったんだよ。でもちょっとこっちの予定がずれちまったせいで、あいつは今別の新人を見てるだろ? そっちが終わるまで待つか、じゃなきゃお前達から話を聞いて勝手にやってくれって言われたから、こうして話を聞きに来たんだ」
「秘密の特訓、ですか?」
「そうそう。あるだろ? 公には言えないけど、蔓木と一緒にやったやつがよぉ?」
「あー……いやでも、あれは……?」
(よしっ!)
この時、英雄は「転移罠を使って深層に行き、強い魔物を倒すことかな?」と考えていた。公にはできない手段で強敵と戦い強くなるということなら、確かにあれは秘密特訓と言えなくもない。
そしてそんな英雄の反応に、平人は内心でガッツポーズを決める。何故ならその反応は「秘密の特訓が存在している」ことを肯定していたからだ。
「何だよ、そうケチケチしなくてもいいだろ? 別にお前達だけってわけじゃなく、皆友だってその特訓を受けたんだしよぉ!」
「皆友? 誰?」
「ケンイチの友達じゃない? ユージって言う人の名字が、確かミナトモだかミナモトだか、そんな名前だったと思うわ」
「そうそう、そいつだよ! 皆友 祐二。なんだよ、知ってるじゃねーか。あいつもあっという間に強くなったよなぁ」
「なるほど……確かに剣一さんの友達なら、あれくらい余裕っぽいよね」
英雄の頭のなかで、剣一と同じくらい強い祐二の妄想が広がる。本物の祐二がそれを知ったら「冗談じゃない!」と全力で否定するだろうが、残念ながらこの場にいない祐二の心の叫びが英雄に届くことはない。
そしてそれとは別に、剣一の友人の名前まででてきたことで、英雄の判断が揺らぐ。少なくとも目の前にいる人物が剣一の知り合いであることは、英雄のなかで間違いないと思えた。
「どうしよう? 教えちゃっていいのかな?」
「ケンイチがいいって言ったなら、別にいいんじゃない? そもそもアタシ達だって教えてもらっただけなんだし」
「いえ、待ってください」
故に迷う英雄にエルが気楽な感じでそう答えたが、しかしそこで聖が待ったをかけ、葛井に問いかける。
「葛井様、でしたか? 剣一様から私達に話を聞けと、そう言われたのですか?」
「ああ、そうだぜ。それがどうかしたのか?」
「勿論、どうかしておりますわ。だって『聞けと言われた』ということは、剣一様に直接会ってお話したということですわよね? ならばわざわざ私達を経由せずとも、その場で剣一様が葛井様にお教えすればすんだことなのでは? それをしなかったのはどうしてでしょうか?」
「「あっ」」
聖の指摘に、英雄とエルがハッとした顔をする。確かに転移罠の場所やそこで強い魔物と戦えるという情報を教えるだけなら、その場で言えばいい。わざわざダンジョンの奥にいる自分達に聞けと言う意味がないことに気づいたからだ。
「は? そんなこと俺が知るかよ。俺はただそう言われたからそうしてるだけだ」
「つまり剣一様は、秘密を教えるかどうかの判断を私達に委ねたということですわね? でしたら貴方達にお教えすることは何もありません。お引き取りください」
「……はぁ?」
「ちょっとヒジリ、いいの?」
露骨に顔をしかめる平人を前に、エルが問うた。だがヒジリはニッコリと笑顔を浮かべてそんなエルに答える。
「ええ、構いませんわ。この手の輩の纏う空気には、ちょっと覚えがありますので……むしろエル様は何も感じないのですか?」
「アタシ!? そんな事言われても……」
エルの巫女としての直感は、もっと凶悪かつ強大な存在にしか反応しない。少なくとも町のチンピラレベルの悪意では何も感じられなかった。
そんなエルの戸惑う姿にフフッと小さく笑うと、聖は改めて平人の方に向き直って声をかける。
「ということなので、剣一様には『私達が何も教えてくれなかった』とお伝えください。それで私達が剣一様に怒られるようでしたら、それは甘んじて受け入れますわ。
それとも、それでは都合の悪い理由でもおありなのですか? 例えば……今までの話が全部嘘であるとか?」
「…………チッ」
「平人さん、もう面倒くさいっすよ! さっさとぶん殴っちゃった方が早いですって!」
「それともまた大人しく引き下がるんですか?」
「テメェ等……兄貴のコネを使ってるから、あんまり騒ぎにしたくなかったんだが、仕方ねぇ。いいぞ、適当にボコってやれ」
取り巻き如きに侮られるのも、生意気なメスガキに舐められるのも、平人の許容を大きく超えていた。なので平人がやむを得ずそう決断すると、桐央と連が嬉しそうな声をあげる。
「やったー! さっすが平人さん、話がわかる!」
「覚悟しろクソガキ共。さっきも我慢させられて、俺は苛ついてるからよぉ!」
「あら、私のような子供に煽られて、即暴力ですか? エル様の無礼な物言いにも笑顔で応えていらっしゃった剣一様と真逆で、体は大きいのに随分と器は小さいようですわね」
「ちょっ、ヒジリ!? あれは……だって、仕方ないじゃない!」
「フフフ、冗談ですわ」
「二人共下がって! そっちがその気なら、僕達も黙ってやられるつもりはありませんよ?」
平然と雑談を続ける聖とエルを背後に、英雄が剣を抜いて構える。相手は人間ではあるが、二つ年上の先輩冒険者であり、人数も同じ。しかも自分達に暴力を振るうと宣言しているのだから、それに素手で立ち向かうほど英雄も馬鹿ではない。
だがそんな英雄の勇み足に、平人がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
「あー、こりゃ駄目だ! 見ろよ、素手の俺達に剣を向けやがったぜ? ならこっちも武器使ったって正当防衛だよなぁ?」
「そうっすよ! 難しい事はわかんねーっすけど、平人さんが言うならその通りっすよ!」
「つまり、俺達も遠慮しなくていいってことですか?」
「そういうことだ。つっても流石に殺すのは駄目だぞ? 話も聞かなきゃなんねーし、骨折くらいまでで抑えとけ」
「「うす!」」
平人の指示にそう応えると、桐央は短剣を、連はメイスを構える。その背後では平人もまたスラリと剣を抜いて構えると、英雄達にその切っ先を向けた。
「糞生意気な女は俺の獲物だ。お前らは残りをやれ!」
「じゃあ俺はあっちの裸みてーな女の子をやるっす!」
「誰が裸よ!? 失礼ね!」
「……なら、俺が久世を潰します」
「黙ってやられたりしないぞ!」
「さあ、お仕置きの時間だぁ!」
平人の雄叫びに合わせて、戦闘が開始される。まず飛び出してきたのは桐央だ。
「おら、切れろクソガキ!」
「うわっ!? ねえこれ、反撃しても平気なの!?」
「命が残っていれば、私が何とかしますわ!」
「オッケー! なら、ウォーターアロー!」
桐央の短剣を後ろに飛んでかわしたエルが、聖の言葉を聞いて魔法で反撃する。まったく躊躇無く攻撃魔法を使われたことに、今度は桐央の方が驚いて後ろに下がる。
「ちょっ!? 平人さん、こいつマジで反撃してきましたよ!?」
「このっ!」
「させません! ホーリーウォール!」
「何だと!?」
連が思い切り叩きつけたメイスを、聖が張った光の壁が防ぐ。まさか自分の攻撃が防がれると思っていなかった連もまた後ろに下がり、一連の流れを見ていた平人が表情を歪める。
(何だこいつら? ただのガキじゃねーのか!?)
魔物を攻撃することと人間を攻撃することは、似ているようで決定的に違う。少なくとも普通の新人冒険者なら当てるどころか思い切り攻撃することすら躊躇われ、なかには攻撃できない者も決して少なくはない。
そしてそれは、防御も同じだ。敵意や害意のこもった人間の攻撃は、魔物のそれとは質が違う。ダンジョンの奥深くまで潜れる冒険者であっても、狂気に駆られて刃物を振り回す一般人に殺されるという事件は偶にある。
だというのに、目の前の子供達は躊躇いなく桐央を攻撃し、連の攻撃を防いだ。これは戦闘慣れしているというより、対人慣れ……しかも負けたら大怪我をしたり死んだりするような、本気の勝負に慣れているという言い方の方が適切となる。
そう、平人は知らない。英雄達がセルジオに本気の対人戦を学び、いつか剣一と模擬戦をやって、その成長をビックリされたり褒めてもらうことを目標にしていることなど、知る由もないのだ。
「こいつらただのガキじゃねーぞ! お前達、ぶっ殺すつもりでやれ!」
「了解っす!」
「ぶっ潰してやらぁ!」
「二人共、油断しないで!」
「勿論ですわ!」
「ケンイチに比べたらラクショーよ!」
不良以上ごろつき未満の三人組と、世界を救う機会をなくした救世主達。その戦いの火蓋が改めて切られ、そして…………





