親友達の事情
そうして剣一がアルバイトに精を出すなか、剣一と離れ二人だけのパーティとなった祐二と愛もまた、自分達の力でダンジョンを攻略せんと日々努力を重ねていた。
「今度こそ……いくぞ、螺旋突き!」
「ボォォォォ…………」
かけ声と共に祐二が槍を突き出すと、その先端にグルグルと渦巻く謎の力が発生する。それにより祐二と同じくらいの大きさの泥人形……マッドゴーレムの腹に風穴が開き、その体がただの泥として崩れ落ちた。
「ふぅ、ようやくか」
「お疲れ様、祐くん。はい、お水どーぞ」
べちゃっと垂れ落ちた泥の山が消え、そこに出現した魔石を拾い上げる祐二に、側に控えていた愛が笑顔で声を掛けてくる。差し出された水筒を受け取ると、祐二はゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み、残りを愛に返した。
「ありがとうメグ。にしても、まさかマッドゴーレムにこんなに手こずるなんてなぁ」
「そうだね。剣ちゃんがいたときは、あっという間だったもんね」
多寡埼ダンジョン、第一五階層。かつてここに三人で来た時、マッドゴーレムは単なる雑魚にすぎなかった。
マッドゴーレムは、その名の通り泥人形のゴーレムだ。力は強いが動きは鈍く、防御力も高くない。実際祐二の<槍技:三>があれば、上手く当たれば一撃で倒せる魔物でしかない。
だが、その「上手く当てる」のが問題となる。一般的にゴーレムは体内にあるコアを破壊することで活動を停止し、マッドゴーレムもその体の内にピンポン球くらいの大きさのコアがあるのだが、ストーンゴーレムやウッドゴーレムなんかと違い、マッドゴーレムは流体である泥の体を持っている……つまり体内をコアが移動するのだ。
腕を切ろうが足を切ろうが、それこそ首を刎ねても体を真っ二つにしたとしても、所詮は泥なのですぐに元に戻ってしまう。しかし今の祐二の腕では、体の何処にあるかわからないコアを正確に狙って破壊するのは不可能であり、運と勘を頼りに適当に攻撃するしかなかった。
「僕の<槍技>に、切断系の技があればよかったんだけど……」
「それは仕方ないよー。誰だって向き不向きはあるし、それを言い出したら私のスキルが<火魔法>だったらーとかってなっちゃうもん」
「ははは、そうだね」
マッドゴーレムの基本的な攻略法は、切断するか焼くかだ。切断してしまえばコアのない方の体は一時的に崩れ落ちてしまうため、コアのある場所をある程度限定できる。
また泥なので、焼けば固まり砕けるようになる。その場合は再融合もしなくなるため、マッドゴーレムにとっては致命傷だ。
ただ、重く粘り気のある泥の体は切断するのに力がいるし、火で焼くにしても相応の火力が必要となる。祐二の<槍技>による薙ぎ払いは打撃属性なので泥の体は斬りきれないし、愛の<回復魔法>は当然火を出すことなどできないので、二人にはマッドゴーレムに対する有効打が存在しなかった。
武器の相性も悪ければ、実力も足りない。そんな事実を突き詰められ、祐二はダンジョンの壁に寄りかかりながら軽く天を仰いで呟く。
「やっぱり、剣ちゃんは凄かったんだなぁ…………」
剣一とパーティを解散し、二人で活動を始めてもうすぐ一ヶ月。失ったものの大きさに、祐二は改めて三人だった頃を思い出す。
あの頃の活動場所は、第三〇階層。その中間であるここは、単なる通過点でしかなかった。だが剣一がいなくなり、自分達の本当の実力を確かめるべく第一階層から丁寧に潜り直した今、祐二はそろそろ限界を感じ始めている。
勿論、ある程度無理をすればもっと深く潜ることは可能だ。だが日常の稼ぎとしてしっかり安全マージンを確保するなら、かつての半分が妥当……その判断は間違っていないはずなのに、自分の中にたまらない無力感が湧いてくる。
「もしも僕と剣ちゃんが逆だったら、どうなってたのかな?」
「その場合、祐くんがもの凄く強いってことだよね? なら別に何も困らなかったんじゃない?」
「えっ!? あー…………確かに?」
もし自分のスキルが<槍技:一>だったとしても、その実剣一のように圧倒的に強ければ、上手な立ち回り方はいくつか思いつく。それを剣一に教えていないのは剣一の性格的に企業への売り込みとかは向かないだろうと考えたからで、自分ならば上手くやれると祐二には思えた。
「それとも、剣ちゃん……あるいは祐くんが、本当に弱かったらってこと? それだったら……きっと私達は、パーティを解散してないと思うな」
「……そうだね」
そしてもし、剣一が本当に<剣技:一>に相当する能力しかなかったら? その場合自分も愛も、決して剣一を一人にはしなかっただろう。自分達が苦労することをわかっていても、三人で一緒に活動する方法を必死に考えたはずだと祐二は断言できる。
「だから、そういう考えをしても意味がないの! 剣ちゃんは剣ちゃんで、祐くんは祐くんでしょ?」
「うん、確かにその通りだ。ありがとうメグ」
「どーいたしまして!」
屈託なく微笑む幼馴染みで親友で恋人の愛に、祐二は心から感謝する。溢れる愛おしさに祐二が愛を抱きしめようとしたその時、通路の奥から招かれざる客の声が二人に届いた。
「おやー? そこにいるのは皆友クンじゃありませんか?」
「……葛井」
葛井 平人。赤いシャツの上にチャラチャラと謎チェーンのついた黒い革ジャンという、あまりにもテンプレすぎて逆にギャグなんじゃないかと言いたくなるような不良、チンピラっぽい服に身を纏った同い年の冒険者の姿に、祐二が思わず顔をしかめる。
だがそんな祐二の反応に、平人はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「いやいやいや、俺達同期の間じゃ一番の有望株で? 最前線を突っ走ってるはずの皆友クンが、何でこんな浅い階層にいるんですかねー? ひょっとしてスランプってやつですかー?」
「……そんなこと、君達に関係ないだろ?」
「関係大ありだろ! なあ桐央、連?」
「そうっすよ! 平人さんがあるって言ってるんだから、あるに決まってますよ!」
「平人さんが言うなら間違いないです!」
平人の言葉に、彼の横にいた二人の冒険者が大げさに頷く。鳥間 桐央と尾小保 連。どちらも平人のパーティメンバーであり、腰巾着だ。
「俺達は同い年で同期なのに、皆友クンの活躍が凄すぎて、どうしても世間じゃ二番手って言われてたんだ。なのにそんな皆友クンが、ここ最近調子を落としまくってるっていうじゃん? それを気にしないのは無理だろ。
にしても、まさかマッドゴーレム程度に苦戦してるとはなぁ。マジでどんだけ弱くなったんだよ」
「もう一度言うけど、君達には関係ないだろ?」
「俺ももう一回言うぜ? 大ありだ! フレアスラッシュ!」
いつの間にか背後に近づいていたマッドゴーレムを、平人が振り向きざまに燃える剣で両断する。すると断面が焼けて固まり元に戻れなくなったマッドゴーレムの右半身が、無様にカサカサともがき始めた。
「へっ、雑魚が!」
そんなマッドゴーレムを、平人が更に切り刻む。そうして小さくなったところを最後にダンッと足で踏み抜くと、コアを壊されたマッドゴーレムが魔石と成り果て……それを見ていた祐二が驚きの表情を浮かべる。
「葛井、まさか君は……!?」
「おうよ。最近やっと、俺の<魔剣技>がレベル三になったんだ。ったく、レアスキルは成長が遅くて嫌になっちまうよなぁ? ま、その分成長さえすれば、ただの<剣技>だの<槍技>だのなんて目じゃないくらい強くなるけどよぉ?」
「っ…………」
「ってわけだからさぁ、愛ちゃん。そんな落ち目の雑魚眼鏡なんてとっとと見切りつけて、俺と付き合わない? 楽しいことも気持ちいいことも色々できるぜ?」
悔しげに歯を食いしばる祐二を無視し、平人が愛の肩に手を回そうとする。だが愛はそれをひょいっとよけると、すかさず祐二の腕をとってニッコリと笑った。
「お断りします。私には祐くんがいるので」
「チッ……まあいいさ。じゃあな皆友クン? 今までは追いかける側だったけど、これからは精々置いてかれないように気をつけてくれ! アッハッハッハッハ!」
「お尻ぺんぺーん、ってか? ギャッハッハ!」
「お尻……あーあ、愛ちゃんのでっかい尻を堪能したかったなぁ」
笑いながら去っていく平人について、取り巻き二人もそう言って去っていく。その姿を見送ると、祐二はグッと拳を握ってから愛の方に顔を向けた。
「メグ、大丈夫だった?」
「ねえ、祐くん?」
「何?」
「……私、お尻おっきくないよね?」
「えっ、そっち!? えーっと…………」
「祐くん?」
「ふ、普通じゃないかな?」
「普通って、どういうこと?」
「……………………」
何を言っても駄目な気がして、祐二はひたすら視線を彷徨わせ沈黙を貫く。平人達に絡まれた時の五倍ほどの冷や汗をかきながら、祐二は必死に思考を巡らせ、この場を生還する術を探るのだった。





