変わりゆく世界
『ドラゴーン……チャレーンジ! さて、本日の挑戦者は――』
一〇月一日。世界の終わりがジワジワと近づいてくるなか、その日剣一は自宅のリビングにて煎餅を囓りながらテレビを見ていた。そこに映っていたのは、なんとディアである。
『グワッハッハッハ! さあ、哀れな挑戦者よ! 少し位はワシを楽しませてみせよ!』
『フンッ! 俺達がお前を倒して、見事世界を救ってみせる! いくぞみんな!』
『『『オー!』』』
「おー、今回はパーティ戦か。てか珍しくノリノリだな?」
「このところ腕試し的な輩が増えておったからな。局としても少しテコ入れしたかったんじゃろ」
そんな剣一の隣では、ディア本人も煎餅を囓り茶を啜りながらテレビを見ている。そんな平和なひとときを享受しながら、剣一がぽつりと言葉をこぼす。
「……にしても、思ったより全然平和だな。世界が滅ぶかもって情報が広がった時は、正直もっとヤバいことになるんじゃないかって思ってたけど」
「カッカッカ、その懸念はもっともじゃが、所詮人は目の前のものしか見ないのじゃ。ウロボレアスがやってくればあっという間に世界は滅ぶが、逆に言えば来るまでは特に何かあるというでもない。であれば『世界の崩壊』などとても実感できまいよ」
「そっか……まあ確かに、俺だって何が変わったってわけじゃねーもんなぁ」
剣一達のもたらした情報は、とある組織によって先月半ばに世界中にリークされている。だがそれを見た人々の反応は、「またいつもの滅亡論か」という冷ややかなものだった。
「そもそもあれじゃろ? 世界が滅ぶという予知だの予言だのというのは、大体いつの時代、どんな世界にもありつづけるものなのじゃ。確かこの世界にもあったのではないか?」
「あー、そう言えばあったような……何だっけ? アストロゴメス? 一九九九年の七月に恐怖の大王が降ってくる、みたいな……?」
微妙に顔をしかめ、天井を眺めながら剣一が記憶を探る。ノストラダムスの大予言は世界の終焉を示したもののなかではもっとも有名であったが、ダンジョンやスキルの出現という本物の超常現象に世界が翻弄されていたため、あまり話題にはならなかった。
それでも一部の熱心な者達は恐れたり備えたりしていたようだったが、結局何も起こらなかったのは、今この世界を見れば明らかである。
「それに、あのオマケ娘の閃きが素晴らしかったのじゃ。まさかこんな手段があるとはのぅ」
そう言って、ディアは改めてテレビに視線を戻す。
リークされた情報が広がったおり、一部の人間達は「何故ドラゴンを殺さないんだ!」と騒ぎ立てた。それは予想された反応ではあったものの、個人の気持ち……かつ「世界を守り、自分達が生き残る為」という主張理由には反対しづらい。
故にディアは、その正義が暴走するようであれば、己の力を振るおうと考えていた。たとえ剣一達と共に暮らせなくなろうとも、剣一の平穏を守る……それこそが自分から受け継いだ己の使命だと思っていたのだが、そんな矢先にやってきたのが、中国から舞い戻ってきたお調子者のオマケ娘、ミンミンである。
「『そういうことなら、エンターテイメントにしちゃいえばいいネ!』か……確かに大当たりだったな」
話を聞いたミンミンは、テレビ局を巻き込んで「ディアを倒すこと」そのものをエンタメにした。世界中から希望者を募り、誰でもディアと戦えるようにしたのだ。
その結果、ドラゴンを殺して世界を救うという崇高な使命を訴えるものが日本に集まった。そして当然の如く、その全員が死ぬどころか大怪我すらすることなくあっさりと返り討ちに遭うことになる。
そうしてドラゴンの強さをモニター越しに目の当たりにした人々は、改めて「ドラゴンは殺せない」という事実を理解した。となればそれを管理している剣一は「ドラゴンを守るために世界を危険に晒した人類の裏切り者」ではなく「こんな凶悪な魔物を暴れないように押さえつける飼育員」という認識になる。
故にヘイトは集まらない。勿論不満に思う者がいなくなるわけではないが、それはもう気にするほどの勢力ではなく、ただの一個人でしかなかった。
『我こそはと思う者は、いつでも挑戦してくるのじゃ! 悪心竜デアボリック・アリタリカ・ローズフェラート・アイゼン・イルム・ストラダ・イニシエートは、誰の挑戦でも受けて立つのじゃあ!』
画面の向こうで、元の大きさになったディアが雄叫びをあげている。その迫力を前にすれば、<剣技:一>のスキルしかもたない剣一が彼らを圧倒しているなど、誰も夢にも思わないだろう。
『はーい・ということで、本日のドラゴンチャレンジでしたー! 次は大人気のウェイウェイ体操でーす! その後は若い女性の間で話題沸騰! 本日の魚ロット占いコーナーもありますよー!』
「…………本当にミンミンはスゲーなぁ」
「そうじゃな。正直ワシは、あの娘を侮っていたのじゃ」
CMがあけると、画面にはミラーボールの如く甲羅を七色に光らせるでかい亀が映し出される。センターを決めるニオブの周囲には、未だニオブの背中に残るハートマークと同じデザインのTシャツを着た子供が四人並んでいる。
『ウェイ道! 俺のマイウェイ! 飛ばせハイウェイ! 行くぜパーリナーイ!』
美声と共にキレッキレの動きで首を振るニオブの周囲で、子供達が楽しげに踊る。ニオブの歌うこの「ウェイ道」という曲は一〇代の子供に刺さりまくったようで、SNSでは歌ってみた、踊ってみた動画が大量に投稿されているし、何なら登校途中の子供が「ウェイウェーイ!」と叫んでいたりする。
またこれを商機と見たアトランディアの玩具メーカーが「ウェイウェイタートルン」の開発を全力で前倒しして発売した結果、世界中で爆売れして全く生産が追いつかない状態となっている。
剣一のところにはサンプルとして実物が届いているのだが、定価三九八〇円のところ、ネットオークションでは三万円を超える値段が付くことも珍しくないのが現状である。
加えてニオブだけでなく、レヴィが自身の鱗を使った占いコーナーも大人気である。的中率の高さもあるが、何よりリアルな鮭がお嬢様みたいな口調でフワフワ浮きながら占いをするというビジュアルがキモカワイイと話題になったのと、長年の経験からくる助言が心に染みるとかで、こちらは一〇代から四〇代くらいまでの女性の支持が凄い。
つまるところ、剣一があれだけ必死に隠してきたドラゴン達は、今や全員がスーパースターであった。
「別に悪いわけじゃねーんだけど、こうなると俺が頑張ってきたことって何だったんだろうって、ちょっと思うな……」
「カッカッカ、何を言うか。もしも出会った当時にワシ等のことを公表しておったら、こんな風になっておるわけないじゃろうが。
この平和な光景は、間違いなくお主がワシ等と共に歩んでくれた結果じゃ。誇りこそすれ、卑下する理由など何処にもないのじゃ」
「そうか? まあ、うん。みんな人気者になったってことなら、悪いことじゃねーよな」
「そうとも。恐れられるでも崇められるでもなく、親しみを込めて愛される……ドラゴンにこのような生き方が許されるなど、想像もしていなかったのじゃ」
何気ない剣一の言葉に、ディアが心からそう呟く。
それは間違いなく、つかの間の平和。その先には死闘が待っており、果てにあるのは宇宙より広い絶望の闇と、か細く拙い希望の光。
それでも、この面子なら。出会えば食い合うしかないドラゴンを力と心の両方で纏め上げた剣一と一緒なら、あの絶望の未来を変えられるのではないか。
「ああ、本当に……未来とはわからぬものじゃなぁ」
いつかそこに、辿り着けると信じて。ディアは万感の想いを込めて煎餅を囓った。





