海外の反応
そうして剣一達が動き出すなか、そこからもたらされた情報はゆっくりと各国の上層部に伝わっていった。そのなかでももっとも早く動いたのは、愛娘から直接連絡を受けたアトランディアである。
「ううむ、まさか世界にそんな危機が迫っていたとは……」
「如何なさいますか、陛下」
「無論、我等は蔓木殿の選択を全面的に支持する」
護衛騎士であるシデロの問いに、国王イリオスは即断で答える。もっともそれは誰もが予想した答えであり、急報ということで謁見の間に集められた他の大臣や文官達にも動揺は見られない。
「本来の建国史を教えているお前達にならば今更言うまでもないが、我がアトランディアは偉大なる護国竜レヴィアータ様の存在によって、今日まで人知れず守られてきた。我等が今ここに在るのはレヴィアータ様のおかげである。
そんな父にして母であるレヴィアータ様を犠牲にして、我等だけ助かる!? そんな恥知らずな選択をすれば、苦難の時代を乗り越えここまで国を繋げてくれたご先祖様にどんな顔向けができようか!
今こそ我等がレヴィアータ様に、そしてレヴィアータ様をお救いくださった蔓木殿に恩を返すときだ! 我がアトランディアは全力で蔓木殿の作戦を支持し、共に世界の危機に立ち向かうことを王として宣言する!
我等はもはや流浪の民に非ず! この世界の住人として、アトランディアの誇りを先住民達に見せつけてやろうではないか!」
「「「オー!!!」」」
イリオスの宣言に、居並ぶ家臣達が声をあげる。こうして一丸となったアトランディアは、レヴィによる転移実験なども含め、剣一達を積極的に支援していくこととなった。
『世界を滅ぼすドラゴンの来訪、ねぇ……キャサリン君、君の判断は?』
『ミスター・ツルギに対する協力です』
ところ変わって、アメリカ合衆国、大統領官邸。日本に派遣し続けている部下からあがった厄介な報告を受け、マイケル・モーガン大統領の問いに国防長官であるキャサリンが渋い顔で告げる。
『ほう? てっきり君なら、ドラゴン三体を殺せと言うと思ったんだがね?』
『安全面を考慮するなら、当然そうです。ですがそれは「可能ならば」という前提がつきます。大統領は一体どうやってドラゴンを殺せと?』
アメリカからすると、ドラゴン三体……特に多少とはいえ交流のあるディアの価値は極めて高いものの、国家どころか世界の存亡までかかってしまえば、天秤に乗せるまでもなく答えは決まっている。
だがそこで立ちはだかるのが、「具体的にどうすればドラゴンを殺せるのか?」となる。先の模擬戦は実際の痛みを以て、アメリカにドラゴンの強さをしっかりと覚えさせていた。
『……核ミサイルでも撃ち込んだらどうだね?』
『友好国の町中にですか? そんな暴挙を行えば、我が国の暴走を止めるためという名目で、ワシントンにも数え切れないほどミサイルが飛んでくるでしょうね。
それに大統領はお忘れですか? ドラゴンは転移魔法が使えるのですよ?』
『む、そう言えばそうか……』
当たり前の話だが、ミサイルは発射してすぐに着弾するわけではない。だが発射したという情報は、現代なら一瞬で伝わってしまう。アメリカから日本となると、それこそスムーズに車で移動できれば一般人ですら余裕で逃げられるほどなのだ。
『それともステルス爆撃機を飛ばして、直接爆撃しますか? どちらにしろ国際問題どころではありませんし……何より、ドラゴンというのは核爆発で死ぬものなのですか?』
『どうなんだろうね? ちょっと興味はあるけれど、試してみるにはリスクが高すぎる。もし死ななかったら……仮に死んだとしても一体でも生き延びたら、おそらくアメリカは焦土にされてしまうだろう』
『ですので合理的に考えて、彼らと敵対はできません。どちらも倒せぬ敵ならば、現状味方の方と協力した方が生存の確率は高いかと』
『それは確かにそうだ。ならばアメリカはミスター・ツルギを支援しよう。我が国ならば開けた土地も多いしな……無論協力するなら、相応の見返りはもらうがね』
何処までもドライに、何処までも計算ずく。だがそれ故にアメリカは己の立ち位置を剣一達の味方とした。
『ほう? 朕を操ったアレの大本と戦うのか。何ともご苦労なことだ』
中華真民帝国、皇帝の間。こちらもまた一国の支配者であるエイ・リーロンが、日本から届いた情報に不敵な笑みを浮かべる。
『その、陛下? かなり荒唐無稽な報告ですが……』
『構わん。朕はこの情報が真だと断定する。大体貴様とて、あの虚无の力に影響を受けていた者の一人であろうが!』
『ぐっ……その件に関しては、誠に申し訳なく……』
『いい。それより今後の動きだ』
額に脂汗を浮かべる文官の男から視線を逸らし、エイは視線を動かす。今はまだウー将軍の失脚による影響が色濃く残っているため、室内にいる武官や文官は数えるほどだ。
だが、だからこそやりやすい。全員を睥睨したエイは、皇帝らしく上から語りかける。
『朕はこの報告にあった少年の行動を全面的に支持し、中国は彼を援助するものとする。
これは勅命である。異論は認めぬ。いいな?』
『『『ハハーッ!』』』
不満そうな顔をするもの、不審そうに首を傾げる者、色々な者がその場にいたが、誰も皇帝の命には逆らえない。ウー将軍がいなくなったことで権力が一点に集中した今、君主国家としての強みと弱みが前面に押し出された結果だ。
そうして他の文官達が下がるなか、唯一最初に皇帝に話しかけた者だけが残り、恐る恐ると言った感じでエイ皇帝に改めて問いかける。
『……あの、陛下? もし宜しければ、どうしてそのような裁定を下されたのか、理由をお聞きしても構いませんか?』
『ん? 貴様、朕の勅命に従えぬというのか?』
『ひえっ!? 決して! 決してそのようなことはないのですが……ただ、如何にウー将軍の反乱鎮圧に貢献した少年が主になっているとはいえ、全面的に支持というのは些かやり過ぎではないかと……』
『ハッハッハ、甘いな貴様は』
戦々恐々と問う文官の男に、エイはニヤリと笑って答える。
『かの混乱期、各地には朕以外にも立ち上がる者がいた。今思えば、あれらもまた朕と同じく、誰かの思惑に乗せられ、踊らされた者だったのだろう。あれほど賢しい輩だ、予備を用意せぬわけがない……いや、そもそも誰が勝ってもいいようにしていたのだろうな。
そんななか朕が勝ち抜いてこられたのは、ここぞという時に己の全てを躊躇わずに賭けることができたからだ。そして今、朕の勘がここが最高の勝負所だと告げておる。
ならば派手に全賭けしなくてどうする? どうせ負ければ世界ごと全てがなくなるのだから、余力など残したところで意味がなかろう』
『……そ、その。陛下の勘に、真民全ての命と財産を賭ける、と?』
『そうだ! それができるから朕は皇帝なのだ! 朕は決して名君などではないだろうが、これで勝てば中国は世界を救った英雄に援助した国として、そして朕はその決断を下した皇帝として一〇〇〇年先まで語り継がれるだろう!
覚えておけ。失う事を恐れ今に縋り付く権力者ほど惨めなものはない。どれだけ得てもなお全てを賭ける覚悟があってこそ、人も国も前に進めるのだ!』
目を爛々とさせ、しばらく忘れていた野心的な笑みを浮かべてエイ皇帝が叫ぶ。決して本人は気づかないが、それこそ彼が真に「皇帝」と呼ばれる地位に相応しい人間である、何よりの証拠であった。





