剣一の気持ち
「おい、ディア。そういうの冗談でもやめろよな」
「こんなこと冗談では言わぬ。本気じゃよ」
顔をしかめる剣一に、しかしディアは飄々とそう言い放つ。にわかに空気が重くなるなか、ディアは更に話を続けていく。
「よいか? 今から襲ってくるウロボレアスは、ワシ等全員を合わせたよりも強いのじゃ。そしてそれはケンイチ、お主とて例外ではない」
「……俺じゃ勝てないってのか?」
「ああ、勝てぬ。というか、そもそもお主は強いが弱いのじゃ。お主とてわかっているのではないか?」
「それは……」
ディアの指摘に思い出されるのは、聖女ドロテヤのところでした会話。自分が自覚している弱点など、当然ディアも把握しているのだ。
「ケンイチよ、確かにお主は強い。向かい合ってせーので戦うなら最強じゃろう。じゃがそうでないならお主は弱い。ワシ等に勝っていい気になっているようじゃが、封印から目覚めたばかりのワシや暴走状態にあったレヴィは、お主との戦いに実力の二割も出してはおらぬ。
唯一ニオブだけは本気で戦ったはずじゃが、それもお主が弱い人間と侮り、正面から適当に戦ったから負けたのじゃ。もしニオブが本気で……後のエネルギー回収など考えず、不意打ちで大気圏外から光速質量弾を連射したらどうなったと思う?
勿論お主は自分の周囲に向かってくるものは反射的に斬り伏せるじゃろう。じゃがそれ以外は地上に着弾し、一瞬で地球が粉々になっていたはずじゃ。そうなれば暑さも寒さも真空も水中も駄目で、極めて限定された条件でしか生きられぬお主が死ぬのは必定。
つまり、お主の負けじゃ。どれほど攻撃力が高くても、ただの人間では防御力、生存力が低すぎる。あるいはいつ来るか、どんな攻撃かもわからぬものを常時警戒し続けるなら話は別じゃが、そんなことできぬじゃろう?」
「……まあ、うん。それは確かに無理だな」
どれほど強かったとしても、ディアの言う通り、剣一は所詮人間である。夜は眠るしトイレだって入る。場所も時間もわからない攻撃をずっと警戒し続けるのは、どうやっても無理であった。
「それに問題は他にもある。お主達は、ウロボレアスの力の破片と戦ったのじゃろ? その時に何かされなかったのじゃ?」
「何かって……あっ」
「スキルの封印!?」
剣一にわずかに遅れて、アリシアが声をあげる。ウー将軍によってスキルが力を失ったことを思い出したのだ。
「そうじゃ。ウロボレアスは純粋な力だけなら、神の座に届くほどの存在じゃ。それ故にその虚無の炎は技神の加護……スキルすら焼き尽くす。お主達の強さはスキルありきのものじゃろう? それをなくしてただの子供になったら、ケンイチ……お主ゴブリンにすら遅れをとるのではないのじゃ?」
「……………………」
ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべるディアに、剣一は言葉を失う。この世界にスキルやダンジョンが生まれてから、まだたった五〇年。だが先日一五歳になったばかりの剣一からすると、スキルはあって当然のものだ。
なので今更「スキルなんて借り物の力に頼るな」などと言う者はいない。強いスキルを持って生まれたというのは、頭がいいとか足が速いとかと同じ、その人間の個性として扱われているのだ。
であれば、それが失われたら? <剣技:->がなくなった自分を想像して……しかし剣一はブンブンと激しく首を横に振り、抗議の声をあげる。
「で、でも! あの時はほんのちょっと減衰されただけだぜ!? そりゃ制御が甘くなって暴走させちゃったけど、今度は上手くやるし……てか、そもそもあの時は加減するのが難しかったってだけだから、思いっきり斬る分には関係ねーって!」
「阿呆か! デア……謎のそっくりさんが人間に与えた力なぞ、すかしっ屁の残り香みたいなものじゃ! 本体が出てきたらそんな温い効果のわけないじゃろうが!」
「何だよそのたとえ、ひっでぇな……」
ディアの言葉に、剣一は何とかそう返す。だが人間であるというどうしようもない部分に加え、スキルすらなくなった自分の弱さに関しては何一つ反論できない。
故にその引きつった笑顔に、誰も何も言えない。そしてそんな剣一に、ディアが改めて声をかける。
「わかったじゃろう? ワシ等をどうにかすることはできても、ウロボレアスはどうにもできん。ならば――」
「ウェイウェイウェイウェイ! 待てよディア! 俺ちゃんはまだ死にたくなんてねーんだけど!?」
「そりゃワシだってそうなのじゃ。しかしどのみちウロボレアスがやってくれば、ワシ等は喰われて終わりなのじゃぞ? ならば粘って全員を道連れにした後、無駄死にするのがお主の望みなのじゃ?」
「うぐっ!? いや、そういうわけじゃねーけどさぁ……ウェーイ…………」
「ワタクシに力が残っていれば、アトランディア共々転移して逃げることもできたのですが……」
「ちょっとレヴィ! 嫌よ、アタシみんなを残して自分だけ逃げるなんて!」
「別に皆を残す必要はありませんわ。親しい方々を……それこそここにいる方々の家族を全部纏めてアトランディアに招待すればいいのです。曲がり形にもにも国家なのですから、五〇人や一〇〇人増えたところでどうにでもなりますもの。
まあ、それができないから困っているのですが」
「うぅぅ……」
「そうじゃな。レヴィが転移で別の世界に避難できるなら、ワシが封印の間に戻ることでこの世界のドラゴンを一体に減らすことができる。それなら他にも同条件の世界がある故、ウロボレアスが引きつけられることもなくなるのじゃが……無理なものは無理じゃからな。
ということじゃ、ケンイチよ」
「ウェーイ…………まあ仕方ねーか」
「そうですわね。愛し子達の行く末を見届けられなくなるのは残念ですが……」
「……お、おいおいおい。何勝手に終わった感じにしてるんだよ」
「やめてよレヴィ! まだ何か……何かこう、あるでしょ!」
ディアのみならず、ニオブとレヴィの続けた言葉に、剣一とエルが声をあげる。しかしディアは力なく笑いながら、その首を横に振る。
「あればよいのじゃが、現実はそう甘くないのじゃ。ワシ等に残された道は二つ。一つはワシ等を斬り、この世界を守ること。そしてもう一つは……ワシ等と共に最後まで抗うことじゃ」
「そんなこと…………ん?」
「じゃが、そちらの勝率は低いぞ。安定を取るなら、今すぐワシ等を――」
「待て待て待て待て! え、何? ちゃんと勝てる見込みがあるのか!? 俺じゃ勝てないって言ってたじゃん!」
「ああ、お主一人では絶対に勝てぬのは間違いないぞ。というか、ワシ等全員が協力しても勝ち筋はたった一つしかないのじゃ」
「あるのかよ!? あるならそれを言えよ! んなのそっちを選ぶに決まってんじゃねーか!」
「……本当によいのじゃ? 九割九分九厘失敗するうえに、そうなったら世界と道連れじゃぞ?」
「そんなの――」
「そうなる原因はワシ等なのじゃ。原因を排除すれば全て丸く解決するのに、原因を守るために世界を危険に晒すどころか、ほぼ失敗して滅亡するのじゃぞ? そんなものを誰も受け入れはしないのじゃ」
「知らねーよ!!!」
諭すようなディアの言葉を、剣一は地団駄を踏んで拒絶する。
「……ああ、そうだな。冷静に考えるとヤバいよな。きっと誰に聞いたって、ディア達を殺せって言うんだろうさ!
でも、知らねーよ! 俺はそんなの嫌なんだよ! ガキの我が儘だって言われたって、世界中の奴らから恨まれたって!
俺は、俺は……っ! 友達を殺してまで、世界を救いたくなんてねーんだよ!!!」
それは間違いなく、剣一の魂の叫び。崇高な意志などなく、高尚な考えなどなく、ただただ自分の我が儘を貫き通すだけの……だからこそ純粋な言葉。その酷い戯れ言に、しかし祐二が苦笑しながら剣一の肩に手を置く。
「まったく、剣ちゃんは仕方ないなぁ」
「祐二……?」
「だねー。こうなったら剣ちゃんは、言っても聞かないもんねー」
「なら僕達がするべきことは、その〇.一パーセントを一〇〇パーセントにするための作戦を練ることかな?」
「ぼ、僕も協力します!」
「アタシだって! レヴィを犠牲にして助かるなんてごめんよ! それならケンイチを信じて任せる方がずっといいわ!」
「そうですわね。微力ながら、私もお手伝いさせていただきますわ。そもそも世界を救うのが私達の使命なのですし」
「祐二、メグ、英雄、エル、聖さん……みんな…………っ」
仲間達の言葉に、剣一が思わず涙ぐむ。だがすぐにその目元をグイッと拭うと、剣一が改めてディアに向き合い、宣言した。
「決めたぞディア。俺は……俺達は立ち向かう! 勝てる可能性があるなら、俺が必ず勝ってやる! だから協力しろ! じゃねーと明日からおやつぬきだからな!」
「はぁ……やれやれ。まったく我が儘な主なのじゃ」
背筋が震えてしまいそうな剣一の脅し文句に、ディアはどこか嬉しそうにため息を吐くのだった。





