行動原理
「またドラゴンかよ!? ドラゴンどんだけ来るんだよ!?」
「剣ちゃんの家が、また賑やかになりそうだねー」
「レヴィをお願いしてるアタシが言うのもあれだけど、アンタまた同居人増やすの?」
「増やさねーよ! もう勘弁してくれよ!」
笑顔の愛とジト目のエルの言葉に、剣一が魂の叫びをあげる。確かに引っ越して家は広くなったが、だからといって居候を追加したいと思っているわけではないのだ。
そしてそんな剣一の態度に、ディアが笑って言葉を続ける。
「カッカッカ、安心せよ……という言い方は違うじゃろうが、今回はそうはならぬよ」
「ん? そうなのか?」
「うむ。ワシ等ドラゴンにもそれぞれ個性とか価値感というものがあるわけじゃが、そんななかでもウロボレアスは、何よりも効率を求める者だったのじゃ。ただひたすら外部の力を取り込み、己を強くすることだけを追求した結果……奴は知性や理性といったものを全て失い、近くにあるもっとも効率のいいエネルギー元を喰らうだけの存在と成り果ててしまったのじゃ。
故に奴とは会話など成り立たぬ。というか、会話ができるような自我など残っておらぬ。それどころかそうして高めた力を自らの意志で使うことすらできなくなり、とっくに神の座に届くほどの力を得ているというのに未だに世界を喰らい続け、収まりきらないエネルギーを周囲に吐き出し続けているという自然災害のような存在になってしまったのじゃ」
「うーん? 何かスゲー迷惑そうなのはわかるけど……?」
「そうじゃな、ケンイチにわかるように言うなら、喰うことしか頭にない阿呆がとっくに腹が一杯になっていることにすら気づかず手当たり次第にあらゆる物を食い散らかし、食った分だけその辺にウンコをまき散らすことで永遠に食い続けている感じじゃ」
「あー、そりゃ迷惑だわ。もし万が一居候になるなら、そのときは祐二に頼むよ」
「僕だって嫌だよ!?」
スケールダウンしたディアの説明に、剣一は秒で納得した。同時に「永遠に糞を撒き散らかす居候とか絶対に嫌だ」という拒絶の決意が固くなる。なのでさらりと祐二に押しつけようとしたが、当然のように断られた。
「だからそうはならぬと言っておるじゃろうが! ワシやレヴィはともかく、ニオブすら懐柔したお主ではあるが……それでも彼奴は倒すしかない。むしろスッパリ倒してやった方がいいじゃろう。
己が何者かすらわからなくなり、永遠と食べ続けるだけの存在として生き続けるなぞ、そっちの方が残酷なのじゃ。
それにそもそも、向こうはワシ等を餌にする気満々で攻めてくるのじゃ。普通の魔物と変わらぬのじゃから、ケンイチとて気に病むような相手でもあるまい」
「むぅ? まあ、そうだな」
少なくとも事前にドラゴンだと聞いていなければ、そんなよくわからない魔物が攻めてきたら剣一は普通に倒しただろう。会話が成り立つ相手や、そうでなくても犬や猫のようにある程度の意思疎通ができる相手ならば配慮もするが、ウガウガ言うだけで襲ってくる魔物は今までだって幾らでも倒してきているのだから今更だ。
その線引きは結局剣一個人の気持ち、あるいは気分によるものなので他者から見れば批判などもあるのだろうが、少なくとも剣一自身は「俺が剣を振る相手を俺が決めて悪いことなんてないだろ」と思っているので、そこは気にしていなかった。
「あれ、待って? でもウー将軍を操っていたのって、その……ウロボレアス? ってドラゴンの力だったのよね? 自我すらないのに、自分の力で人を操ってたの?」
「そうよ! それにアタシが皇帝から聞いた話だと、あの力を与えたのはディアにそっくりの別のドラゴンだったって話よ? そっちはどうなったのよ!」
「あー……それに関しては、色々と込み入った事情があるのじゃ」
アリシアとエルの言葉に、ディアがお茶を啜って一息入れる。
「先に言った通り、ウロボレアスは溜め込みきれぬ己の力を周囲にまき散らしているのじゃ。故にそのドラゴンはそうして巻き散らかされた力の一部をかすめ取り、己の力として振るったわけじゃな。
じゃが、そのドラゴンももうこの世界にはおらぬ。戦いの末、ワシが喰ってやったのじゃ。しばらくお主達と連絡がつかなかったのは、そのせいじゃな」
「そうだったのか……何だよ、そんなに苦戦するなら助けを呼べばよかったじゃねーか」
「カッカッカ、確かにお主を呼べば一瞬で片が付いたのじゃろうが……これはワシの個人的な戦いだったのじゃ。許して欲しいのじゃ」
「むぅ……」
すまなそうな顔をするディアに、剣一が小さく唸る。水くさいと思う反面、そういうディアの想いは大切にしたかったからだ。
「それにそうやって相手を喰って知識や記憶を奪ったおかげで、今回の敵の事がわかったのじゃ。いわゆる結果オーライというやつなのじゃ!」
「……まあ確かに、ディアが無事で帰ってきたんだからいいけどさぁ」
「にしても、どうしてこの世界にだけそんなにドラゴンが来るんだろうね? 前に聞いた話だと、基本的に一つの世界には一体しか来ないんでしょ?」
と、そこで祐二が改めて疑問を口にする。この場に三体もいるという時点で大分今更ではあるが、それでも気になることは気になるのだ。
「ふむ。以前にも話したと思うが、ドラゴンが一つの世界に一体しかおらぬのは、他のドラゴンがいるところに行くのが割に合わぬからじゃ。
相手も同格の存在なのじゃから、当然戦えば負けることもあるし、勝ったとしても大きく消耗している可能性が高い。つまり他のドラゴンと争うより無数にある別の世界を狙った方が効率がいいから、結果として一つの世界には一体のドラゴンしかおらぬのが普通、ということになるわけじゃな。
対してこの世界の場合、ワシはワシが封印されていた場所がたまたまこの世界に繋がっていたわけじゃし、レヴィはアトランディアに繋がる者であって、この世界を襲ってきたわけではない。
故にワシとレヴィの気配に気づかずニオブがここを攻めてきたから、結果として三体のドラゴンが揃ってしまったのじゃ」
「ウェーイ、そうだぜ。いくら俺ちゃんが最強だからって、流石にディアやレヴィがいるのがわかってたら来てないんだぜ!」
ディアの説明に、ニオブが同意して首を振る。唯一の純粋な侵略者の言葉には、その場の全員が納得したが……
「でも、じゃあ何でその……ウロボレアス? とかいうドラゴンは攻めてくるんだよ?」
「うむ、そこじゃな。奴がこの世界にやってくる理由は……実はワシ等がいるからなのじゃ」
「えっ!? いや、意味がわかんねーっていうか、今の話と思いっきり矛盾してねーか?」
「そうですわね。他のドラゴンと争うと効率が悪いから同じ場所にはやってこない、というお話でしたのに、効率を重視するドラゴンが、他のドラゴンが三体もいる世界を優先的に狙うのは辻褄が合わないと思いますが……」
剣一の言葉に合わせて、聖が首を傾げる。そしてその当然の疑問に、ディアは用意していた答えを告げる。
「それこそがウロボレアスの特異性じゃな。これも先に言ったが、ウロボレアスは神になれるほどの力を既に有している……要は途轍もなく強いのじゃ。対してワシ等は長年の封印やケンイチとの戦いなどで弱体化しておる。少なくとも自力では世界を飛び立てぬ程度には弱ってしまっておるのじゃ。
つまり、ワシ等は三体いてもウロボレアスにとって敵ではない。むしろ高カロリーのおやつが三つも同じ場所に落ちているという、いわばボーナスステージなのじゃ」
「なるほど。僕達にとっての変異ミノタウロスみたいな感じなんですね」
今の英雄達にとって、多寡埼ダンジョンの転移先にいる変異ミノタウロスは、素だとかなりの強敵である反面、スキルを発動して変身してしまえば余裕を持って……それこそ手加減してでも戦えるくらいの、ちょうどいい練習相手だ。
逆に言うと、そのくらいでなければ変身後の英雄達にとっては練習相手にすらならない。自分が強くなればなるほど、「ちょうどいい相手」にも相応の強さが求められるのは道理であった。
「というわけじゃから、ウロボレアスに対する対処法は、主に二つじゃな。そしてそのうち一つは、実に簡単じゃ」
「ほーん。どうすりゃいいんだ?」
テーブルの上に辛うじて残っている煎餅を囓りつつ、剣一が問う。するとディアはお茶を置き、事もなげに告げた。
「奴を引きつける餌をなくせばいいのじゃ。ワシ等三体をお主が斬れば、それで解決じゃよ」





