ディアの報告
「ふーっ、やっとついたぜ……相変わらずくっそ重いな」
「というか、そもそもバランスがおかしいのではなくて? ニオブさんがディアさんを背中に乗せて、ワタクシが後ろから押さえてバランスを取るとかすれば、もっと楽に運べたのでは?」
「おいおいレヴィ、勘弁してくれよ。いくら俺ちゃんでも、乗せる尻は選ぶんだぜ? ウェイ!」
「ぬぅ、酷い言われようなのじゃ……」
ふわりと庭先に降り立った三体のドラゴン達が、そんな軽口を交わす。その光景に呆気にとられていた剣一だったが、すぐにハッと我に返ると、慌てて庭に駆け出した。
「ディア!? おま、お前! 今まで何処に……っ」
「おお、ケンイチよ、久しぶりじゃな」
「久しぶりじゃな、じゃねーよ! 俺がどんだけ……どんだけ心配したか……っ!」
「はは、すまぬのじゃ。ワシとしても連絡くらいはしたかったのじゃが……」
必死に訴える剣一に、ディアが苦笑しながら虚空に手を突っ込む。そうして取り出したのは、バキバキに砕けて原型を留めていないスマホらしきものだ。
「うっかり海の中に落としてしもうての。水圧で駄目になってしまったのじゃ」
「おぉぅ……いやでも、ディアなら最近やってる転移通信とか、色々連絡できる手段あっただろ?」
「その辺も含めて、ちゃんと説明するのじゃ。じゃがその前に、少し休ませて欲しいのじゃ」
「俺ちゃんも休憩したいぜ! なーなーヒジリン、過酷な労働を終えた俺ちゃんをいたわってくれよー」
「ふふふ、いいですわよ。では甲羅を綺麗に擦って差し上げますわ」
「やったぜー! ウェイ!」
「ワタクシも海水で荒れた肌をお手入れしませんと……我が愛し子エル、お願いできますか?」
「勿論! ジイー! いるでしょー! いつものアトランディア名水を持ってきてー!」
「畏まりました。すぐに用意致します」
「……ねえ、お姫様? 海水で肌が荒れて淡水でお手入れするなら、やっぱり鮭じゃなくてサーモンなんじゃない?」
「何言ってるのよアリシア。レヴィはドラゴンよ?」
「あー…………まあ、そうね。うん、その通りだわ」
「カカカ、いつも通りの賑やかさじゃのう……ぬおっ」
懐かしさすら感じる日常に目を細めていると、ディアの体がぐらりと揺れる。それを受け止めたのは勿論剣一だ。
「おっと、大丈夫か?」
「うむ。すまぬのぅ、ケンイチよ」
「いいよ別に。これからきっちり事情は説明してもらうしな。でも、あれだ。最初にこれだけはきっちり言っとくけど……」
ディアに肩を貸しながら、剣一がニヤリと笑う。
「また会えて嬉しいよ」
「カカカ、ワシの帰る場所はここじゃよ」
多くを語らずとも、その一言で十分。一人と一体はそのまま支え合い、ゆっくりと家の中に戻っていった。
「……なあ、ディア。休むってのはもっとこう、横になるとかじゃねーの?」
その後ディアは、確かに回復のための休憩に入った。だがディアが希望した場所は寝室ではなくダイニングであり、自身がベッドに横たわるのではなく、お菓子やお土産、できたての料理などが所狭しとテーブルの上に並べられている。いる。
「ふぁにふぉふぃってふぉるのふぁ! ふぁひふぁふぁらふぁふぇっているふぉいっふぁふぇあふぁいふぁ!」
「何言ってるか……何となくわかるけど、でも一応喋るときくらいは食うのやめろよ!」
「むぐむぐ……ゴクン。何を言っておるのじゃ! ワシは腹がへっておると言ったではないか!」
「いや、聞いたけどさ……普通そんないきなり食えるもんなのか? もっとこう、おかゆとかで刻んでいく感じじゃなくて?」
「カッカッカ! 世界を食らうドラゴンの胃が、そんな軟弱なわけないじゃろう! いいからどんどん持ってくるのじゃ!」
「はぁ……まあいいけどさ」
「剣ちゃーん! 次できたよー!」
「ケンイチー! さっさと取りに来なさーい!」
「あー、今行く! 悪い、祐二と英雄も手伝ってくれるか?」
「いいよ。行こうか英雄君」
「はい!」
女性陣が料理を作り、男性陣がそれを運んだり、空いた皿を回収して洗う。その流れを一時間ほど繰り返したところで、漸くいつものぽっちゃりぶりを取り戻したディアが、食べるのをやめて満足そうに腹をさすった。
「ふーっ、食ったのじゃ! 身も心も大満足なのじゃ」
「そりゃこれだけ食えばなぁ……」
家にあった一週間分ほどの備蓄食材が、綺麗さっぱりなくなった。大型の冷蔵庫は展示品かと思うくらい空っぽになっているし、何なら今夜の夕食分すら残っていない。
「ふふふ、今夜の最高級焼き肉も楽しみなのじゃ」
「まだ食うのかよ!?」
「まーまー、剣ちゃん。ディアちゃんもそれだけお腹が空いてたってことだから、仕方ないよー」
「追加の食材は、既に手配してありますわ。夜までには十分届くかと」
「ありがとう聖さん。ったく、感謝しろよディア」
「それでディアさん。この数日はどうしてたんですか?」
「そうよ! レヴィに見つけられないなんて、アンタ何処で何やってたのよ!」
「待て待て、順を追って説明するのじゃ……ふぅ、茶が美味いのじゃ」
湯気の立つ緑茶を飲み、ディアがホッと息を吐く。それから皆の顔を見回すと、改めてその口を開いた。
「ケンイチよ、ワシとよく似た名前のドラゴンがいたらしい……という話は覚えておるのじゃ?」
「うん? そりゃ覚えてるけど……あ、すまん。皆にも話しちゃったんだけど、よかったか?」
色々うっかりすることのある剣一だが、流石に一週間ほど前に話したばかりのそんな大事なことを忘れたりはしない。加えて「行方不明のディアを探す手がかりになるかも」ということで、その情報はこの場にいる全員と共有済みだ。
勝手にそうしてしまったことを気にする剣一の言葉に、しかしディアは笑って首を横に振る。
「いや、構わぬ。むしろ手間が省けたのじゃ。ならば言うが……ワシがいなくなったのは、その者を探し、話を聞くためなのじゃ。
その後色々あって、其奴はもうこの世界にはおらぬのじゃが……おかげで重要な情報が手に入ったのじゃ」
「へー。どんな情報だ?」
「え、待って剣ちゃん。僕としてはその『色々あって』のところが気になるんだけど?」
「ユージよ、そこはワシのプライベートな部分じゃから秘密なのじゃ」
「駄目だよ祐くん? 女の子の秘密を詮索するなんてよくないよー?」
「……………………」
ディアと愛に指摘され、祐二が猛烈にしょっぱい顔で黙り込む。なお同じように気になっていた英雄は、辛うじて口を開く前だったことに心から安堵したのだが……まあそれはそれとして。
「ケンイチが斬ったという、黒い何か……それの出所というか、正体がわかったのじゃ」
「おお、そうなのか!」
「え? でもそれってケンイチが全部斬っちゃったんでしょ? 気にはなるけど、音信不通になるほど必死に急いで調べる必要あったの?」
「結果論で言うなら、あったのじゃ。何せ其奴は、この世界を丸ごと飲み込んでしまうからのぅ」
「世界を丸ごと……!? あれ? それって――」
「聖女様が言ってた世界を滅ぼす何か、じゃない?」
「ああ!」
アリシアの指摘に、剣一がポンと手を打つ。
「なるほど、そう繋がるのか…………待て。世界の外からやってきて、世界を丸ごと飲み込む? スゲー嫌な予感が一段と強くなったんだけど……?」
聖女ドロテヤの話を聞いた時に感じがそれが、ここに来て更に強くなる。そうして渋い顔をする剣一に対し……
「うむ! 外からの侵略者は、新たなドラゴン! その名も永炎竜ウロボレアス・エンドテイルなのじゃ」
何故かドヤ顔を決めながら、ディアが倒すべき敵の名を口にした。





