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俺のスキルは<剣技:->(いち)!  作者: 日之浦 拓


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奇跡の通り道

「この揚げパン美味いな」


「ピロシキね。こっちの水餃子も美味しいわよ」


「それはペリメニよ、お姫様」


 一方その頃、剣一達は聖堂から少し離れたところにあるお店にて、ロシア料理を堪能していた。まだホテルに戻っていないので案内の人はいないが、ここもまた観光地なので、向こうが何を言っているかがわかればどうにでもなる。


 故に今回も身振り手振りでいい感じに美味しそうなものを注文し、三人で適当に摘まんでいたのだが……


ざわざわざわ……


「ん? 何か向こうが騒がしくねーか?」


「本当ね。何かあったのかしら?」


 急に騒がしくなった通りに、剣一達が意識を向ける。すると人混みの中から、白い法衣を真っ赤な血に濡らした見覚えのある少女が走ってくるのが見えた。


「クサナ!? しかも血まみれ!?」


「二人共、警戒して!」


 その姿にアリシアの意識が一瞬で戦闘モードに切り替わり、席を立つと中腰になって剣の柄に手をかける。なので剣一もまた周囲の敵意を探り、エルが数歩前に出て両手を広げると、そこに息も絶え絶えのクサナが思い切り飛び込んできた。


「はぁ、はぁ、はぁ……見つかった、です……」


「クサナ、どうしたの!? とにかくすぐに手当を――」


「違う、です! これはクサナの血じゃなくて…………聖女様が、聖女様が……っ!」


「聖女様に何かあったの?」


「とにかく、一緒に来て! お願い、です!」


「わかったわ。皆、行きましょ」


 クサナの言葉に、一行は顔を見合わせ頷くとそのまま大聖堂へと走り出す。そうして中に駆け込むと、そこにはぐったりと椅子にもたれかかり、目から血を流し続ける聖女ドロテヤの姿があった。


「おいおいおいおい、何があったんだよ!?」


「ねえ教えて! どうして聖女様はずっと血を流してるの!?」


「貴方達は……いえ、それが我等にもわからないのです。私のスキルは<回復魔法:四>なのですが、それでも止血すらできず……っ」


「レベル四で止血もできない!? そんな事あり得るの!?」


 額に脂汗を浮かべながら必死にスキルを行使し続けるジョレスの言葉に、アリシアが驚愕の声をあげる。スキルレベル四は、指の先くらいならば欠損部位を復元することすら可能なレベルだ。なのに止血すらできないのは明らかにおかしい。


「レヴィ! 貴方なら何かわからない?」


「ウオーッホッホッホッホ! 見てみますから、そのまま近づいてくださいな」


 そんな異常事態に、エルは迷わず胸の小瓶に呼びかける。その後は指示通りにドロテヤの側までいくと、小瓶のなかのイクラが何かを探るように明滅し、その光がドロテヤを照らす。


「ふーむ、これは……随分と厄介な状態ですわね」


「厄介? どういうこと?」


「こちらの女性の目は、負傷ではなく『なかったこと』にされているのです。これを回復魔法で治すのは、存在しない三本目の腕を生やすのと同じですわね」


「馬鹿な! そんなことできるわけがない!」


「だから回復魔法では癒やせないのです。ですからもう、無理をして魔法を使い続ける必要はありませんわよ? それは単なる自己満足でしかありませんわ」


「……………………くっ」


 レヴィの……小瓶から聞こえる謎の声の指摘に、ジョレスが悔しげな表情で歯をかみしめる。一見すれば冷たくきつい言い方だが、それはジョレスが既に限界を超えてスキルを使い続けていることに気づいていたからだ。


「そんな……それじゃ聖女様は、助からない、です…………?」


「どうなのレヴィ? 貴方ならできるわよね!?」


 もはや意識のないドロテヤと同じくらい表情を悪くしたクサナを横に、エルが祈るような気持ちで問う。そうして返ってきた答えは、絶望と希望が半分ずつだ。


「確かに、ワタクシならば治せますわ。ですが流石にこの状態(イクラ)では無理です。ワタクシ自身がそちらにいかなければなりません」


「だったら……ケンイチ!」


「おう! ディアに頼んですぐこっちに転移させてもらってくれ。後で食いたいものを好きなだけ食わせてやるからってことで!」


 エルの願いを即座に理解し、剣一が言う。だがそれに対し、レヴィは困ったような声で答える。


「それが……ディアさんは今こちらにいないのです」


「は!? いない!? 何だよあいつ、こんな時に何処行ったんだよ!?」


「わかりませんわ。少し前に『野暮用がある』といって出かけていったのですけれど……」


「ったく、仕方ねーなぁ!」


 剣一は素早くスマホを取り出すと、ディアに電話をかける。だが返ってきたのはまさかの「圏外」というアナウンス。


「圏外って何だよ!? 今時圏外とかあるのか!?」


「落ち着いてケンイチ君。でもドラゴンさんが駄目となると……」


 苛立つ剣一を宥めつつ、アリシアが考える。いくつかの無茶を押し通せばレヴィをここまで空輸(・・)することは可能だろうが、軍人として多少の医術知識もあるアリシアからすると、未だ血を流し続ける聖女がそれまで生きながらえることができるとはとても思えない。


「とにかく病院……いえ、この出血量と同じペースで輸血なんてそもそも無理よね。本当にどうしたら……」


「お願いです! クサナが、何でもする、です! だから聖女様を……」


 漂う諦めの空気に、クサナがその場で泣き崩れる。するとエルの胸元から、レヴィの声が再び響く。


「…………一応、最終手段がなくもありませんわ」


「最終手段!? どうするんだ?」


「ワタクシがニオブの背に乗り、そちらまで飛んでいくのです。ニオブの速度であれば、一秒かからずそこまで辿り着けるでしょう」


「おぉぅ、そりゃ速いな」


「っ!? だったら今すぐ来て欲しい、です! 聖女様を――」


「ですがそれほどの速さで動くと、衝撃波で周囲に致命的な損害が出ます。一応大気圏外で移動するつもりですが、この家の庭から飛び立つ時と、宇宙からそちらに降り立つ時だけは大きな衝撃波が発生することは否めません。


 かといってそこをゆっくりにしては本末転倒。その女性が生きている間に辿り着けなくなってしまいます」


「うぅ、うぅぅぅぅぅぅぅぅ…………っ!」


 聖女を助けるために、周囲に大きな犠牲が出る。そう告げられたクサナは、ギュッと手を握って人生で一番の葛藤をする。


 大好きな聖女様を助けたい。だがそのために関係ない大勢の人を傷つけてもいいのか? 幼い少女には重すぎる命題にクサナは悩み……その答えが出るより前に、レヴィの言葉が続けられる。


「なので剣一さん。貴方にはワタクシ達が飛び立つ時と着陸する時の衝撃波を、全て斬り跳ばしてもらいたいのです。ああ、あとその場所の天井も斬って、穴を開けておいてくださいませんか? そうすればスムーズに着陸できますので」


「……えっ?」


「なるほど、わかった!」


「えっ、えっ!? そんなこと、できる……です?」


 安請け合いする剣一に、クサナが戸惑いの声をあげる。だがそんなクサナに対し、剣一はニヤリと笑って親指を立てる。


「できるさ! 安心しろ、俺が……俺達が必ず聖女様を助けてみせる!」


「ま、ケンイチならできるわよね。あーでも、大聖堂の屋根って斬っちゃっても平気なの?」


「平気ではないでしょうけど、緊急事態だし……ねえ、そこの貴方。聖女様が助かるなら、屋根くらいいいわよね?」


「……えっ!? あ、はい。それは勿論」


 補修には大金がかかるだろうが、聖女の命とは比べるべくもない。頷くジョレスに言質を取ったとばかりに、アリシアがいい笑顔を剣一に向ける。


「だ、そうよ。さあケンイチ君、思いっきりやっちゃいなさい!」


「頑張ってね、ケンイチ!」


「おう!」


 アリシアとエルの声援を受けて、剣一は腰から剣を抜き、だらりと両腕を垂れさせる。


 感じるべきは、衝撃波。ここで生じるものはともかく、もう片方は日本にある借家という、遙か海の向こう側。


 だが、剣一はそこを知っている。衝撃波が空気を振るわせる振動だということもわかっている。存在を知り、原理を理解し、いつ何処で起こるかもわかるのならば、それを斬れない道理などない。


「……ニオブさんと話をつけました。カウント、行きますわよ?」


「いつでもいいぜ」


「三……二……一……」


「全剣――」


 一秒が永遠にも感じるなか、必死に祈るクサナの耳に数字が減っていく声が聞こえる。そして――


「ゼロ!」


「抜刀!」


 大聖堂の高い天井に、突如として直径二メートルほどの丸い穴が開く。塵より細かく刻まれた瓦礫がぶわりと周囲に舞うと、天井から差し込む光にキラキラと照らされ……


「ウオーッホッホッホッホ! 流石は剣一さん、パーフェクトな仕事ですわ!」


「ウェーイ! 俺ちゃん超特急、ただいま参上だぜ!」


 光の道を通って天から降りて来たのは、白い亀に乗った一匹の鮭であった。

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