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俺のスキルは<剣技:->(いち)!  作者: 日之浦 拓


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ディアの過去 後編

「でね、その先生が酷いのよ! 何をどう説明しても、結局最後は『子供は大人の言うことを黙って聞いていればいいんだ!』で終わらせちゃうの! そりゃ確かに私達は子供なんだろうけど、でも私達のことなんだから、少しくらい私達の意見が通ってもいいと思わない!?」


「カカカ、そういきり立つな。その者はおそらく、『時間』という人が人で在る限り絶対に追い抜かれない要素でしかお前の上に立てぬのだ。赤子が『自分の泣き声の方が大きいのだから、早くおしめを替えてくれ』と主張しているようなものだと考えればよかろう」


「うっわ、そんな考え方もあるんだ……あーでも、確かにあの話の通じなさは赤ちゃんと同じかもね。フフッ」


 暗く冷たい部屋の中に、一人と一体の話し声が響く。バッテリー節約のためケータイは閉じられているので互いの姿は見えなかったが、それでも理香は楽しそうに日々を語り、ディアはそれを微笑みながら聞いた。


 そして勿論、話すのは理香だけではない。ディアもまた理香にせがまれ、己の体験した話を口にする。


「――そうして捕まった義賊の男は、町の中央に貼り付けにされた。そしてそんな男の前に、奴が盗んだ食料を分け与えていた貧民達が姿を現す。


 そのことに義賊の男が驚くなか、役人が貧民達にこう告げた。『あの男に石を投げたら、その分だけ食料を分け与えよう』とな」


「うわ、何それ悪辣!? どうなったの!?」


「無論、最初は貧民達も『そんなことは絶対しない』と言った。だが役人の男は続けてこう言った。『あの男は他者から盗んだ食料をお前達に分け与えていた。なら自分が傷つくだけでお前達に食料を与えられるなら、むしろあの男にとっても本望なのではないか? それともお前達は、あの男が必死に生きながらえさせたその命を、ここで無駄に散らすのか?』


 それを聞いた貧民達は、泣きながら義賊の男に石を投げた。そして義賊の男もまた、笑顔でそれを受け入れた。奇しくも役人の男の言葉通り、『自分が傷つくだけで大切な家族を守れるのなら』と思ったわけだが……」


「自己犠牲ってやつね。凄いなぁ、私には絶対無理……ん? 『だが』って、まだ続くの?」


「無論だ。むしろここから先がこの話の寛容だな。貧民達は最初のうち、泣きながら、嘆きながら、怒りながら義賊の男に石を投げていた。だがそれが一〇日も続けば段々と感情を表さなくなり、一月もする頃にはもはや『男に石を投げる』ことは食料を得るための作業になっていた。


 そしてそれは、更に続く。男に石を投げ続けることで、貧民達は豊富な食料を与えられた。余ったそれを売ることで金を手に入れ、身なりがよくなり家が豪華になり、その指には宝石すらはまるようになる。


 そうなると黙っていられないのが他の民だ。何故元貧民の者達だけが優雅な生活を送り、義賊の男から食料を奪われ続けていた自分達が貧しいままなのか? その不満が爆発し、遂に一般市民が元貧民の手から石を奪おうとする事件が起きた。


『その石をよこせ! それを投げれば俺だって金持ちになれるんだ!』そう叫んだ男に、元貧民の男はこう叫んだ。『ふざけるな! この石を投げる権利(・・)は俺のものだ! 絶対誰にも渡さない!』


 ……その争いを目にし、その言葉を耳にした義賊の男は高らかに嗤った。するとこれまでどれだけ血を流しても死ぬことのなかった男の体が黒く爛れ、崩れ落ちて大地の染みになる。


 後に何の価値もない石ころと、それを巡って争い合う民のみ。そうしてその国は長きにわたって怨嗟を吐き出す苗床となったのだった……これで終わりだ」


「……何か、救いがない話ね? こんな状況なんだし、普通もっと楽しい話とかするんじゃない?」


「そう言われてもな……我が知っているのはこういう話ばかりなのだ」


「うぅぅ……じゃ、じゃあ今度はまた私! 私が話をするね。えっと、何がいいかな? あー、ちょっと前に駅前にできたラーメン屋の話とか?」


「ほぅ?」


 話の主導は入れ替わり立ち替わり、二人の会話は続いていく。だが……


「まだ助けは来ないんだ……うわ、日付変わってる……?」


「あまり気にするな。正確な時間を把握してしまうと、逆に辛くなるぞ」


「むぅ……でもまあ、そうかも」


 一日経っても、助けはこない。ディアの言葉に理香は不満げに頬を膨らませつつも頷く。


「喉が……乾いたな…………」


「すまん。水があればいいのだが……」


「ううん、気にしないで。リックさんだって飲んでないんでしょ?」


「……まあ、そうだ」


「なら、私だって我慢するよ……あとちょっと、あと少しだから…………」


 二日。封印の扉が開かれない限り、ディアはこの場で魔法が使えない。極めて初歩的な水を生み出す魔法すら行使できないため、理香はぐったりと床に横たわっている。


「ねえ、リックさん…………私はもう疲れちゃったから、リックさんの話を聞かせてよ」


「我のか? ふーむ、なら今度は――」


「あ、待って。また誰かの話とかじゃなくて……私はリックさんの話が聞きたいな」


「む? いや、しかしそれは……」


「……話したくない?」


 かすれるような理香の声に、ディアはしばし考え込む。水がないと、人はあっさり死ぬ。理香の命がもうそれほど長くないことも、その間にここに助けが来ることはないことも、ディアは当然理解していた。


 ならば最後の最後に、己の愚かな人生を語るのはどうなのか? ここは以前に理香が言っていた通り、何か楽しい話の方がいいのではないかと考え……フッと鼻を鳴らして笑う。


(……いや、違うな。我は恐れたのだ。本当の我を知られることで、この娘に拒まれることを。聖剣を携えた勇者が向かってきた時ですら笑っていた我が、そんなことに怯えるとはな……カカカ、何とも滑稽なことだ)


「……ああ、我の話はなしだ。だがその代わりに、とっておきの話を聞かせてやろう。神を目指した愚かな蜥蜴の、罪と罰の話だ」


「おおー、何かスケールがおっきい話ね」


「カカカ、長いだけの退屈な話だ。だがゆっくりと語るには丁度いい。我は勝手に語り続けるから、お前は好きに聞いて、好きに寝ろ」


「わかった。ありがとうリックさん」


 静かにそう告げた理香の言葉に、ディアは己の人生を語っていく。暗い森のなかで生まれた小さな魔物が、弱肉強食の掟に真っ向から立ち向かい、徐々に力を付けていったこと。やがて災厄と呼ばれるほどになった魔物が、遂に世界を食い破ってドラゴンになったこと。


 正義という名の傲慢に酔わせ、恐怖と暴力で世界を支配する神になったこと。人の悪意を束ねて喰らい、その身に莫大な力を蓄えたこと。己に立ち向かってきた幾人もの英雄との死闘。


 あらゆる敵を討ち滅ぼし、あらゆる希望を食い潰し、いよいよ己が真なる神への道を一歩踏み出そうとしたところで、取るに足らぬと思っていた者達に足下を掬われ、封じられたこと。


 ゆっくりと時間をかけて、ディアはそれを語った。急速に弱っていく理香から目を反らすように、ただひたすらに語り続けた。そうして全てを語り終えた時……理香の命の火は、もうほとんど消えかけていた。


「…………これで我の話は終わりだ」


「…………ねえ、リック……さん…………」


「何だ?」


「あのね……これを、見て……欲しいの…………」


 必死に首を持ち上げると、理香が顔の前でケータイを構える。その小さな画面を覗き込むためディアが顔を寄せると、不意にケータイがパシッと強い光を放った。


「ぬあっ!? 今のは……!?」


「あ、撮れた…………ふふ、やっぱり今の……リックさんの話だったんだね……」


 画面に映し出された写真に、理香は小さく笑ってポチポチとボタンを押していく。そうして満足のいくものを仕上げると、パタンとケータイを閉じる代わりにその口を開いた。


「ねえ、リックさん。今の話が本当なら…………私のこと、食べる?」


「は!? 何を言い出すのだ。何故我が貴様を食べることになる!?」


「だって……リックさんに食べられると、私がリックさんと一つになれるんでしょ?」


「いや、厳密には違うが……」


「私ね……やりたいことが、沢山あるの」


 言葉を濁すディアに、意識を朦朧とさせた理香が言葉を続ける。


「駅前のラーメンも食べたかったし……季節のパフェだって食べたかった……お父さんやお母さんに会いたいし……友達とか、妹にも…………高校生にだってなってみたかったし、恋人をつくって、結婚して、赤ちゃんを産んでお母さんになって…………嫌だよ、死にたくない……私まだ、死にたくないよぉ…………」


 乾ききった理香の目から、涙は零れない。カピカピに乾ききった喉から出る声は、高くかすれて震えている。


「だから、私のこと食べて。それで私の分まで、私のやりたかったことをやって」


「……そうはいかん。たとえ扉が開かれたとて、我はここから出るつもりはない」


 それはディアにとって、新たに得た信念。もはや誰とも関わらず、誰にも何もせずに朽ちて消えていくことこそ、我が身に与えられた相応しい結末だと信じるが故の意志。


 だがそれを、理香が揺らす。


「なら……そう、お願い。私のお願いを聞いてくれたら……私を食べていいよ」


「取引になっておらん。我はいらぬと言っているだろう!」


「次に……次にここに誰かが来たら…………その人のお願いを叶えてあげてくれない? それでもし……もしね、その人がリックさんと一緒にここを出るのを望んだら…………その時は……………………」


「だから――」


「生きて」


 若干の苛立ちを込めたディアの言葉を、理香の一言が止める。


「私の分まで……生きて…………だってね、世界には…………楽しいことがいっぱいあるんだから。私が……私がこんなに生きたいって思うくらい……いっぱいいっぱい、あるんだから…………っ!」


 絞り出すようなその言葉に、ディアの心はギュウと締め付けられる。命の終わりを受け入れていた偉大なる竜の魂に、たかだか一五年しか生きていない……一五年しか生きられなかった矮小な人間の想いが突き刺さる。


「……………………わかった。我が名に賭けて約束しよう」


「ありがとう、リックさん……………………」


 最後の息が、理香の口から漏れる。その手からこぼれ落ちたケータイをディアが音と気配を頼りに大きな爪でそっと開くと、そこにはやつれた一人と一体の顔が、酷く不鮮明に映し出されている。加えて画面には文字が書き加えられており……


『ぴんぼけ記念写真! Dear for リック From 理香』


「『親愛なるリックへ(デアボリック)』……神よ、全てはお前の掌の上か? いいだろう、今しばらく付き合ってやろうぞ。カカカカカ……」


 ほのかな熱が残るうちに。少女が腐れた肉の塊になる前に。ディアは目の前の少女に食いつき、その全てを飲み込んだ。血の一滴、涙の一雫、骨の、肉の一片たりとも残さぬように、衣服も鞄もケータイも、少女を囲む大気すらも己の内に取り込んでいく。


「クハァァァ…………聞くがよい、世界よ。今より我の名は悪心竜デアボリック・アリタリカ(・・・・・)・ローズフェラート・アイゼン・イルム・ストラダ・イニシエートなり!」


 たった三日一緒だっただけの友の血肉と名を背負い、ディアの咆哮が天に轟く。それが悪心竜デアボリックが今のディアになった瞬間であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 ……ディア、いやこの時点ではリックに多分初めて出来た『友』の死を見届けその身に取り込む…悲しい一件ですな。 しかし彼女を取り込んだからこそ、名前とその善性を取り込み『…
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