「信じる」ということ
「へー、この辺は結構店があるんだな。なあエル、せっかくだし何か食べるか?」
「そう、ね。なら……あ、あの肉まんとか美味しそうじゃない?」
「よっしゃ! なら買ってくるから、ちょっと待っててくれ」
この辺は観光客なども多いためか、ちょっとした屋台に加え、店舗の壁に窓があって、そこから注文できるような店なども多く並んでいる。剣一はエルが興味を示した店に行き、商品を注文しようとしたのだが……
『いらっしゃい。うちの包子は具がたっぷりで美味いよー! 何がいいんだい?』
「えっと、これとこれ……あと飲み物は何かあります?」
『うん? 何だって?』
「あっ……」
と、そこで剣一は自分の言葉が通じないことを思い出した。今までは相手が気を遣って日本語を使ってくれていたが、流石に通りすがりの店員にまでそれを要求するのは無理だろう。
「これと、これ! あとドリンク! こう……飲むやつ!」
『んー? あー、飲み物か? ならタピオカミルクティーとピーチティーエードが人気だよ』
「ティーエードって何だ……? じゃあタピオカミルクティー……ムーシュー? そっちを二つ! 二つだ!」
『わかったわかった! そんなに必死にならなくてもわかるよ! 二つだな』
指を二本立て、剣一が必死にアピールする。すると店員は少しだけ呆れの混じった笑顔で肉まんとタピオカミルクティーを二つ、袋に入れて出してくれた。異協と連携し海外でも使えるデビットカードで支払いを済ませると、剣一はすぐにエルのところに戻る。
「お待たせ! ほい、これ」
「ありがと。じゃあ早速……うわ、これでっかい角煮が入ってる! 美味しいけど、高かったんじゃない?」
「んなことねーよ。全部合わせて一六〇円だったし……いや、元か?」
「一六〇元……って、日本円だと幾らなの?」
「さあ? ま、肉まんとミルクティーだし、そんな高くはねーだろ」
問うエルに、剣一が適当に答える。なお一六〇元は日本円だと三〇〇〇円を軽く超えているのだが、剣一がそれに気づくのは帰国後に通帳をチェックしてからである……閑話休題。
「さて、俺も……うわ、マジで美味いなこれ。もう二、三個買うべきか?」
「駄目よケンイチ。そんなことしたらお腹いっぱいになっちゃうわよ?」
「そうか? そのくらい平気だと思うけど……あーでも、夜ってカニだっけ? なら腹は空かせといた方がいいか」
「アタシあれ、ちょっと苦手なのよね。味はいいんだけど、トゲのある殻をいい感じにほじくるのが難しくて……」
「ほじる? 殻をスパッと斬っちゃった方が早くねーか?」
「……ケンイチ、アンタ今夜のヒーロー確定よ? 皆の分も宜しくね」
「おう!」
そんな他愛のない話をしながら、二人は道を歩いて行く。すると近くに小さな公園を見つけ、緑に囲まれた静かなベンチに、二人は並んで腰を下ろした。
「……ねえ、ケンイチ。聞いてもいい?」
「勿論。何でも聞いてくれていいぞ」
「もしもよ? もしもだけど……自分が仲良くしてる相手が、自分の知らないところで凄く悪いことをしてたら、ケンイチはどう思う? その人のこと、どうするの?」
突然の問いかけに、しかし剣一は動じることなく考える。それがエルの悩みだというのなら、できるだけ誠実に答えたい。
「うん? 悪いことなぁ……とりあえずは『何でそんなことをしたのか』って話を聞くんじゃねーかな? で、それが納得出来るなら……どうすんだろ? それこそ場合によって違うと思う」
「そうなの?」
「まあな。たとえばほら、エルは固まってたから知らねーかもだけど、この前の基地の時、俺は襲ってくる兵士達を山ほど気絶させてるんだよ。なんやかんやで不問になったらしいけど、あれ普通に考えたらヤバいだろ? それこそ裁判とかやったら、オッサンになるまで刑務所に入れられるんじゃねーか?」
「そんなこと…………」
ない、と言おうとしたエルだったが、外国の軍事基地でその国の軍人相手に大立ち回りは明らかに重罪だ。誘拐されたことなどを加味しても、この国の法律で裁くならば、剣一のみならず全員が牢屋行きになるのは間違いない。
「人に迷惑をかけたら駄目とか、そういうのはわかってるけどさ。でも人間生きてりゃ誰かに迷惑はかけてるもんだし……開き直りとは違うけど、そこは譲れないってのは誰でもあると思うんだよ。
実際俺だって、あれで本当に捕まるってなったら、暴れる……かも知れねーし」
剣一は人並みの遵法精神を持ってはいるが、理不尽を理不尽として黙って受け入れるほど大人でもない。えん罪に巻き込まれたり、明らかに不当な裁きを受ける立場になった時、自分がどうするのか? それは剣一自身にもよくわかっていなかった。
「じゃあ、それで相手が納得しなかったら? お前の言うことなんか知らないって悪いことを続けたら、どうするの?」
「それは……仲良くしてる相手って言うことなら、無理矢理にでもやめさせる、のかな? 力に任せて相手に言うことを聞かせるって大分酷いと思うけど、それでも……うん。俺がそいつのそんな姿を見たくない、放っておけないってなったら、あくまでも俺の我が儘ってことでそうすると思う」
「その結果として、嫌われても?」
「そこまでするなら、そのくらいの覚悟はするさ。それに……」
「それに?」
首を傾げるエルに、剣一はズズッと残ったタピオカミルクティーを飲み干してから、空を見上げて言う。
「そこまでするくらい仲良くなった相手ならさ、たとえそうやってすれ違っても、いつかまた仲直りできるって信じられる。だったら知らないフリして過ごすより、喧嘩して離れて、でもいつかきっと……って思える方がいいよ。
これは俺の考えだけど、誰かのことを『信じる』って、そいつがやってることを何もかも肯定することじゃなくて、そういう未来があることを『信じる』ことだと思うから」
「…………そっか」
コテンと、エルが剣一の肩に自分の頭を乗せた。柔らかく笑う顔に、もう憂いは存在しない。
「やっぱアンタ、格好いいわね」
「お、おぅ? 何だよ突然……やめろよそういうの」
「なーに、照れてるの?」
「ちっげーよ! そういうんじゃねーから! くそっ」
キュッとしょっぱい表情になった剣一が、エルとは反対方向に顔を逸らす。そんな仕草を幸せそうに見つめてから、エルが改めてその口を開く。
「陛下がね、言ってたの。自分もウー将軍と同じ、黒いなにかの操られてたって。で、それが消えたおかげで、それを仕掛けてきた相手のことを思い出したって。
その相手がね……黒くておっきなドラゴンだったって」
「黒くてでかいドラゴン……? それって……」
「うん……そのドラゴンがね、名乗ったんだって。自分は悪心竜……悪心竜デアボリック・アリタサヤカ・ローズフェラート・アイゼン・イルム・ストラダ・イニシエートだって」
「……へー? それで?」
「それでって……悪心竜デアボリックって、ディアのことでしょ!? 何でそんな平然としてるのよ!?」
ガバッと体を起こし、エルが剣一に詰め寄る。だが当の剣一は、何とも言えない微妙な表情を浮かべている。
「何でって……ディアの名前はデアボリック・アリタリカ・ローズフェラート・アイゼン・イルム・ストラダ・イニシエートだぜ? ちょっと違うじゃん」
「……………………あれ?」
「見た目が同じっぽくて名前だけちょっと違うってことは、兄弟とか家族とか、そういう感じなんじゃねーの? まあその辺はディアに聞いてみれば……エル?」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅー!!!」
突如唸り声をあげたエルが、剣一の胸に顔を埋めてポカポカとその体を叩き始める。
「痛い痛い痛い!? 何だよエル、どうしたんだよ!?」
「何! 何なの!? これじゃアタシが馬鹿みたいじゃない! ディアのことだと思ったから、すっごく悩んだのにー!」
「いやほら、人間誰だって勘違いくらいするから……痛い痛い痛い! 更に痛いから!」
「むーっ! 馬鹿馬鹿馬鹿! ケンイチの馬鹿ー!」
「何で俺なんだよ!? あーもう、仕方ねーなぁ……」
自分の為に、ディアの為に。一人で悩んでくれたエルの気持ちが嬉しくて、剣一はエルが落ち着くまで、その拳を優しい気持ちで受け入れるのだった。





